62話 修行参観 3
【ジル目線】
勇者に与えられるスキルというものは心の奥底の渇望が関与していると、昔聞かされたことがある。
『だからよ、もし仮にアタシが勇者として力を与えられていたらもっと違うスキルだったんじゃないのかとか希望を持つんじゃねえよ? アタシの心は一つっきりだ。勇者とか、魔王とか、そんなのは分岐点に過ぎねえ。根っこの部分は同じなんだよ』
そう、続けたあのお方の言葉にはなるほど、と思わされた。
あの羅刹のごとき力を持つ人物を他に知らない。
拳一つで地を割るなど日常茶飯事。空遠く見える星の一つを破壊したと言っても、それは真実なのだと受け入れるに容易いだろう。
自分と比べるのもおこがましいほどの膂力を持つあのお方だが、しかしこうも続けておられたと思い出す。
『ジル、お前はいくら頑張ったってアタシら魔王にゃなれねえ。それは分かっているな? だが、魔王になれないからって魔王を越えられないかと言われればそりゃ別だ。勇者の仲間が魔王を倒すことだってあるんだ。鍛えりゃ魔王を倒すことだって夢じゃねえかもだぞ?』
そう言ってしごかれ……否、山一つを平地にするまでに修行をしていただいた。
その後、修行は完成だと言われ、その証として顔を隠すマスクまでも頂戴した。
特別性だと、あのお方はおっしゃった。
それは強くなった後にこそ付けるに相応しいものだと。
その真意は未だ分からないままだが、それでもあのお方のことだ。
いい加減なことは言わないだろう……大雑把なことはよく言っていたが。
「何思い出にふけってんだ。そういうのは、一人の時にやってくれ」
しかし、あのお方と目の前の男を比べれば、勇者と魔王、その垣根を払い、あのお方の言葉を借りて『根っこの部分は同じ』と考えたとしても大分違う。
「なあ、聞いてんのか? ああ?」
この男――シドウは小物というか、子悪党のように詰め寄ってくる。
我が何も返答しないからだろう。その表情は発現とは裏腹に、寂し気な、心配げなものであった。
「……電池切れか? ずっとほったからしてたからなぁ。錆びついたわけじゃないよな……」
『我を絡繰人形と一緒にするでないわ』
「お、生きてたか」
ふざけた男だ。
先ほどの表情はすでにどこかへと去り、今はにやけた笑みを顔に貼りつけていた。
どうやら、我の顔を見て、我がシドウの話を聞いていることを察したのだろう。
『……して、何の用だったか』
「お前……ほんとに聞いていなかったのかよ。悲しいぜ、そんな死体人形に蘇生させた覚えは俺にはねえぞ」
『そんな仕様には出来ないことは知っているだろうに。いや、すまぬすまぬ。少し昔を思い出していてな』
「ほーん」
『気になるか? 何しろ我がこの森を任されたこと、ひいては我がかつて仕えていた――』
「いや、別に今はいいや。てか、それよりも聞きたいことあるし」
……。
せっかくの我の人生なのに。
我のかつての主の話など、いくら乞われようとおいそれと語るものではないというのに。
それを聞かせてやろうと、その言葉の価値をこの男は……まあ知っていてそれでもなお断っているのだろう。その真意は計り知れないがな。
「それよりも、だ。魔王について聞かせろ」
『……ほう』
なんだ、結局は聞かせて欲しいのではないか。
そうねだられたのならば、聞かせてやらんでもない。
「あ、だが絶対にお前の主についての話じゃないからその話はするなよ? 俺が聞きたいのは魔王マモンについてだ。さすがにアレを主と言ったりしないよなお前」
『……むう。マモン様のことであったか』
魔王マモンか。
語りづらいというか、何というか。
『確かに、我のかつての主も魔王であるから、我も魔王についてはそこいらの者よりは精通しているといってもいいだろう。だが、ことマモン様となると話は違うのだ』
「どうしてだ? というか、マモンだけって、他の魔王は別なんだな。まさか、マモンってやつの能力はあまり知れ渡っていないとか?」
『そうとも言えるが、違うとも言えるな』
シドウがマモン様について知りたい理由というのも、シドウが勇者だという前提があれば何となく予想が付く。
しかし……先日は『翠の巨人』で今回は魔王マモン様か。
この短期間で面倒な輩に絡まれ過ぎではないか?
『魔王は世襲制というか、それぞれがマモン様やレヴィアタン様、ルシファー様という肩書を背負った人物なのだ』
「て、ことは魔王の1人が死んだところで別の奴が魔王になれば、結局は減ったことにならねえのか」
『まあ、そもそもで魔王様が死ぬことが滅多にないのだがな。魔王様の交代も、次代に自ら譲ったり、それ以上に相応しい能力を持った者が先代を殺したりと様々だ』
そして、マモン様もその一つだろうか。
肩書を譲り受けたわけではなく、先代の死によって引き継がれるマモン様という肩書。
『しかし、ことマモン様だけは違う。数年、あるいは十数年か……。比較的子供が就くことが多いことが原因かもしれないが、死にやすいのだ。……殺されやすいといってもいいかもしれないがな』
勇者達や、人間もそれを分かっている節がある。
他の魔王様の出現には諦めやさほどの興味を示さない場合が多いが、マモン様だけは狙われる。
見た目も、精神的年齢も、そして魔王としての経歴も。若く強さが未完成であることを知っているから歴戦の戦士を送り込めば倒せる可能性が高いと知っているのだ。
『確か……今のマモン様は3年前だったか。先代マモン様が10年ほど前に他の魔王様に喧嘩を売って返り討ちにされ、満身創痍となった状態を国軍に攻められて亡くなられた7年後に就任されたのであったな』
「その先代も何やってんだよ……いや、他の魔王もやりすぎだろ」
実際はどこまでが真実なのかは定かでは無いのだがな。
あるいは他の魔王様の手にかかってすでに亡くなられていたのかもしれないし、勇者との決闘の末に亡くなられたのかもしれない。
「……ん? 随分と就任のインターバルがあったんだな。7年って、その間はマモンの席は空いていたのか?」
『そうだな。どのような仕組みかは知らぬが、魔王様が亡くなられた場合、次代は7年後となる。それが世界から魔王への罰だと、あるいは人間への救済なのだとあのお方は言っておられた』
もし仮に、仮にだ。
その7年の隙間の中で全ての魔王様が死んだのならば……まあ考えても無駄なのだろうが。
「てことは、ジルは今のマモンについては知らないってことか」
『それ以前から我はこの森にいたからな。先代の死も、今の魔王様も変わったということを風の噂で聞いたくらいだ。それ以上は我は語れぬよ』
「それじゃまあ、俺の話を聞かせてやるよ。俺が魔王にスカウトされた話をよ――」
シドウが語ったのは、魔王に勧誘された話……ではなく、魔王の一人の部下に勧誘された話であった。
……勇者としての側面ではなく、スキルそのものを見込まれてたか。
確かに、この男のスキルはあの魔王様に通ずるものがある。それに、あの魔王様は自身と似た立場の者を家族同然に扱うとも聞いた。
きっと、慈悲からの勧誘だったのだろう。
聞いた限りではマモン様の誘い方が悪かっただけで、あの魔王様が来られていたのなら、もしかしたらシドウは首を縦に振っていたのかもしれない。
「そんで、マモンを倒さなきゃいけない流れになっちまったんだけどさ。これが全然当たらないのよ」
『マモン様の能力か』
「スキル名はなんつったっけかな……シルビアが鑑定出来たって言っていたが……【斜角】か。ああ、そうだ。そんなことを言っていた。自分の攻撃は角度を調節して絶対に当たるようにして、相手の攻撃は逆に当たらせないとかいうスキルだ」
……なんともまあ、マモン様らしい能力といえば能力だ。
スキルは心の奥底の渇望から成るもの。
ならばきっと今代のマモン様は……
「俺の方でも一応は対策を考えてあるんだわ。シルビア達もそれぞれで強くなろうとしているみたいだしな」
『修行か。お前はしないのか?』
「めっちゃしているっての。し過ぎてぶっ倒れたくらいだわ」
『ほう。それは感心だな。そのマモン様との闘い、我の力は必要か?』
なるほど、攻撃そのものの命中を操るスキルか。
それくらいであれば我でも勝てそうだ。
あのお方ならばきっと一瞬で決着を着けることであろう。
「いや、いらね。お前の馬鹿力は俺の構想には入っていないんだわ。むしろその図体じゃ余計な詮索をされちまう。お前じゃなくて、俺は他の死体人形を取りにきたんだ。あいつらの方が使えるからな」
『ほう。……またいつぞやの搦め手か』
「ハッ。それしかやってないっての。正攻法じゃ俺自身が闘わなきゃいけないじゃねえか。それじゃすぐに負けちまう」
『むしろお前の修行相手なら、いつでも付き合ってやるぞ?』
「それこそいらねえよ。俺は魔法使いだぜ? 体を鍛えたいんだったら走って終わりだ」
体力づくりか。
それもまた魔法使いだからと切り捨てるべきではないものだ。
ふむ。それを分かっているのであれば我から言うこともないだろう。
『大丈夫なのだな?』
「ああ、余裕だっての。まあ俺の活躍劇なら後でいくらでも聞かせてやるよ」
どれが本題であったのか。どれもが本題であり、欲しい情報を我から聞き尽くしたからか、シドウは手を振って去っていった。
魔王マモン様との闘い。
猶予は一日か……。
『シドウよ。抱え込むのではなく、周囲を頼ることも必要だ。それはお前のいう死体人形だけではなく、生きた他人を利用してでも、生き残ることを優先するのだ』
マモン様を倒せる者は決してシドウだけではないのだから。




