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59話 翠の巨人 8

 穴の中は思っていたよりも快適な空間……などな訳は当然ながら無く、何故か俺は自分の足では移動せず、何かに背負われながら風を切るように地の底へと進んでいった。


 俺を背負う何者かから放たれる獣臭さと腐乱臭の混ざったような臭いは……まあコボルドなのだろうな。

 シドウがどのような手練手管を使いコボルドを手懐けたかは知らんが、どうせろくでもない手段であることは間違いない。

 腐乱臭が動物か何かの死体を餌として与えていることの証拠だろう。まさかコボルド自身が腐乱臭を放っているわけがない。餌として喰ううちに付いてしまったのだろうな。


 そうして運ばれること十数分。俺の体感だからもっとかかっているかもしれんし、短いかもしれない。


 突如として足元のコボルドの動きが止まり、そして俺は放り出された。


「ぐぅっ!?」


 転がりながら何とかダメージを最小限に抑え立ち上がる。

 前振りも無く乱暴なことだ。

 飼い主に似たのだろう。

 数匹分の走り去る音が聞こえる。同時に獣臭さと腐乱臭が消える。


「……おい。雇い主さんよ。今のは……」


 暗闇の中で『蒼の群れ』が何かを言っているが、それと同時に周囲に灯が付いた。

 シドウと連れの女、『蒼の群れ』の顔が見える。

 俺達のいる空間はそれほど広くはない。

 空間のあちこちで小さな灯が灯っている。


「お、気が利くじゃねえかシルビア」


 そういえばシドウの連れの女の名はシルビアであったな。

 エルフによくある名だとか。


 ふむ。

 エルフというのは長寿に加え魔法の適性が大分高いと聞くな。


「火魔法の類か……」


 魔法の適性が高いといっても、火はその限りではないと聞いたのだがな。

 いや、このくらいなら使えるのか。

 もっと強大な、それこそ地上にある巨大な樹木を燃やし尽くすほどの魔法はエルフには無理だという話であって、小さな種火くらいなら起こせるのだろう。


「いや……これは私ではない。火ではなくこれは……」

「苔の一種だよ。僕が植えたんだ、良いでしょ?」


 その声は待ちかねていた、それでいて決して聞きたくは無かった者の声であった。

 声だけで姿は見えない。

 だが、声の主は見えずとも楽しそうであることが分かる。


「いやぁ、まさかここまで来るとは思わなかった。僕は君達を愛しているけれど、君達だって僕を愛しているんじゃないのかい?」

「下らんな。愛するとか愛されるとか。そういったものは人の迷惑にならんところでやっていろ」

「愛というものは一人じゃ成り立たないのさ。だからこそ、誰かに押し付けてしまうことも厭わない。だけれど、それが愛なんだよ。愛は尊いのだから何をしたっていいじゃない」


 ……やはりこいつは、こいつら『翠の種族』は最悪の性格の持ち主のようだ。

 愛を謳って自分達の好きなように振る舞う。


 そんなもの……


「うわ、聞いたかよシルビア。こいつ堂々とストーカー宣言してるぜ?」

「しているな。だから力を持っているわりに『翠の巨人』は疎まれているんだ。しつこいくらいに愛、愛と言うからな」


 やはり俺の考えは間違っていなかったらしい……が、こいつらと同じ感性を持っているというのはあまりうれしくないな。


「そういえば最近そんな奴に出会わなかったか?」

「ほう、君はそんな危険人物に出会っていたのか。この街に、そんな奴がいたというのか」

「ああ。それもどこぞの大手の従業員だ」


 ……うん?

 何やら風向きがおかしい。


 あの二人はこちらを見てニヤニヤと笑いだしている。


「俺の買った奴隷を追いかけて、何と俺に向けて凶器を振るって来たんだぜ? 危うく俺は死にかけたんだがよ、まあ今となっては水に流して笑い話だぜ」

「君は心が広いなぁ。きっとゆとりを持って生きているんだろう」

「誰がゆとり世代だ!」


 どうやら本気で言っているわけでは無いらしく、俺に向けての皮肉のようだ。

 と、思えばシドウはシルビアに向けて声を張る。


「……そんなこと一言も言っていないのだが。というかゆとり世代とは何なのだ」

「……何でもねえ。とにかくだ、このストーカー野郎はしかも浮気野郎ってことだろう? ハーレム野郎に劣るぜ」


 それを受けて空間内に一つの木人形が現れる。

 木を無理やりくり抜いて出来たような質素な出来栄えだ。


「ハハハ。面白いね君達も。だったら、僕と愛し愛される関係にならないかい?」

「生憎と俺は異性にしか興味ないもんでね。せめて見た目くらいは可愛い女の子になって出直して来いや」


 シドウがヒラヒラと手を振る。


「……しょうがないね。だったら力づくでも僕と一つになってもらおうか」

「うわお。聞きましたシルビアさん? 今度は強姦魔に成り下がりましたよ。そんな奴には早いところ成敗なさってくださいな」

「……まあ、そうだね。氷魔法というのは得意な分野ではないが、やってやるだけはみようか」


 木人形が氷に埋め尽くされる。

 その勢いのまま空間内を俺達の足場を残して全てが氷で埋め尽くす。


「ふう……一丁上がりだ。どこに根があったのかは分からないが、ここまで氷漬けにすればどこかしらで繋がっただろう」

「いや知らなかったのかよ」

「というよりも見抜けなかったのだよ。あちらこちらで根の反応があるのだが、ありすぎて判別出来なくなってしまってね」


 ……シルビアの目は何やら特別なものなのか?

 あるいは俺の【勘定】のような見ることによって発揮されるスキルか。


「……お前の出番は無かったな」


 傍らに立つ『蒼の群れ』に言う。

 その表情は硬い。


「まあ、無かったとはいえ、その知識に多少は助けられた。従業員としての待遇を今更取り下げるつもりは無いから――」

「違う! 警戒するのだ。奴は今もまだ……生きている」

「そうだよ! さすがは僕達と対になる種族だ」


 氷を砕いて何本もの蔦が空間内に入ってくる。

 それらは全て俺達をそれぞれ掴み取り、捕まえる。


「表面上を凍らせても無駄だってのは地上で学ばなかったのかい? 僕にとっては囮にも近い樹木の幹でさえそうなんだ。本体の根も数層くらいは重ねているよ」

「ッ!?」


 年輪か。

 あれは幹特有のものだと思っていた。

 だが、相手は植物を自在に操る『翠の巨人』。植物に関しての常識は通用しないというわけか……。


「おいおいシルビアさんよぉ。弁明は早いところお願いしますよ」

「ち、ちがっ!? 私だってあれで終わると思っていたんだ……まさかここまで力があるとは……」

「結局は無駄だったというわけか……」

「あ? おいグリセントよぉ、うちのシルビアのやることにイチャモン付けてるんじゃねえぞ」

「君……」

「そういうのは俺の役目だ。というか、俺の台詞取るなよ言うこと無くなっちまったじゃねえか」

「……掴まっていなければ一発入れていたところだったな」


 抵抗しないところを見るとシルビアも魔力切れのようだ。

 シドウは先ほどから口だけだが、特段対抗できるような手段は持ち合わせていないのか……?

 まあ俺も似たようなものだから文句を言うことは出来ないわけだが。


「無駄? いいや、無駄じゃなかったさ! だって愛の前に障害があれば燃えるものだろう? 僕と君達との愛はそれだけ深まった! 深い愛情を注ぐことが出来るのさ」


 空間内に響き渡る『翠の巨人』の声は徐々に大きく、饒舌になっていく。

 もはや終焉の時は近いのだろう。

 それを分かっているから、最後の障害である俺達を取り込めば目ぼしい敵はいなくなる。

 後はゆっくりとこの街の人間共を愛せばいいだけ……


「そう思っているのだろうが、それこそ無駄な思考だ。だろう? 『蒼の群れ』よ」

「そうだ。そして雇い主さんよ、先ほどお前が言った結局は無駄だったという言葉。それだって私からそれが違うのだ。この状況、考えようによっては最高なのだ」

「……」


 背筋を悪寒が襲う。

 風邪を引いた時のような、冷気が背を撫でていった時のような、恐怖を抱いた時のような。


「『翠の巨人』よ。お前が今、私達を掴んでいるコレは何だ? 蔓か? いいや、違う。地下において蔓よりも私達を捕まえるに相応しいものがあるだろう……」

「ッ……」

「そう、これこそが根だ。お前の弱点であるな。そして、その弱点に私が触れている」


 『蒼の群れ』の周囲にある蔦……いや、根が凍り始めていく。


「慌てて地上から蔓を持ってくる時間が無かったのだろうが、手間を惜しんだな。もしも根で無ければここから脱出するくらいしか私達に出来ることは無かった。だが、これが全てに繋がる根だというのなら、私は全力を以てしてお前を倒すことが出来る」


 やがて俺達を掴む根も氷始め、崩れていく。

 解放された俺達はその光景をただ立ち尽くして眺めるばかり。


「……全ては愛のためだよ。分かってくれないかい、『蒼の群れ』?」

「愛なんざ下らねえってのは雇い主さんと同意見だ」

「君達は群れ、つまりは家族で生きる種族なのにかい?」

「ハッ! 私はとうに家族に捨てられた身だ。だがあえて言うならな……家族ってのは愛が無くても別にいいんだよ。愛していなくても繋がることが出来るのが家族ってものだ」


 それが最後であった。

 『蒼の群れ』の触れていた根を起点として空間内の植物が氷に覆われ、そして地上を目指して侵食していく。後で知ったことだが、同時刻帯に地上の樹木全てが氷漬けにされ、そして崩れ落ちたらしい。


 それきり、『翠の巨人』の笑い声は聞こえなくなった。

 終えてしまえばあっという間だったのだろうか。

 死ぬときは誰しも案外こんなにあっさりなのかもしれないが。


「雇い主さんよ……これで任務完了かい?」

「ああ、十分過ぎる成果だ」


 さすがに『蒼の群れ』も力を使い果たしたのか息を切らしている。

 だが、今気づいたのだが、あの喘息のような症状は消えている。

 ……いつからだ? 俺が従業員として雇うと契約した時からか?


「報酬は弾もう。お前の初の給料日は今日だな」

「それなら……私に金の使い方を教えて欲しい」

「それは素晴らしいな。ああ、値切り方から踏み倒し方まで教え込もうではないか」

「それは別にどうでもいいが……ああ、次こそは私は自分の為に生きてみよう」


 群れという集団に振り回された娘の本音のようなものだったのかもしれない。

 あるいは『翠の巨人』という愛を謳う自分本位な存在を目の当たりにして少しだけ影響を受けたのかもな。

 だが、決して悪い影響とも言えないだろう。

 自主性は必要だ。

 それをこれから俺がきっちりと教えてやろう。


これにて『緑の巨人』偏は終了です

思ったよりも長くなった…


ちなみに氷魔法の威力としては『蒼の群れ』>シルビア=女魔法使いって感じですね。

女魔法使いは氷に特化していますが、シルビアはほとんど万能なのに女魔法使い並みに氷魔法の威力出せます

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