58話 翠の巨人 7
「……『蒼の群れ』と『翠の巨人』の力はおよそ拮抗している。真正面からぶつかれば闘いは長引くか、あるいはすぐさま互いに命を削り切って野垂れ死にするだろう。……まあ長生きしている奴らは伴って強くはなるが……こいつの本体もまだガキなんだろう? 私と同じ様に」
『蒼の群れ』が樹木を顎で指す。
ふむ、己をきちんと子供と評価していたのか。
「檻に居たお前に対し枝や蔓は瞬時に凍らされていたようだな」
「あれは残滓に近いからな。枝葉は簡単に風にそよぐが幹はびくともしない。それと同じだ。私という本体と『翠の巨人』の一欠片じゃ比べるまでも無い」
「つまり……」
眼前に迫りくる樹木を見て俺は思う。
これが本体かどうかは分からない。
だが、3本あるうちの1本と考える事だって出来る。
つまり、『翠の巨人』の力は三分の一にまで減っている――
「――なわけないだろう。たった今劣悪な環境から出された私と、少なくとも一日は力を蓄えた『翠の巨人』。地力は一緒だが全力が違う。あの木一つで私一人と同等だと思えばいい」
「お前を三人揃えなければこちらは負けるというわけか」
「この場合の負けの定義がどうだかは知らぬがな。案外と、取り込まれてみれば幸せかもな。何も考えずにただ生きているというのも、苦労知らずという点では苦労者にとっては願っても無い話だろう」
馬鹿を言うな。
「それこそ人生の負けそのものだ。他人に生かされる人生なんて願いたくもない」
「ひとまずはこいつを止めなければ私達は死ぬというか取り込まれて、お前の言う通り人生終了な訳だが……どうする?」
……単純な戦力不足か。
ここで『蒼の群れ』を消費してしまえば後々困ることになるのは間違いない。
かといって、使わなければ樹木はやがて完全に商会の従業員、奴隷全てを飲み込みつくすことだろう。
「くっ……や――」
「……なんですかあれ。敵ということでよろしいですね?」
やれ、と最後まで言えなかった。
その前に、樹木が一瞬にしてその全長を氷漬けにされたからだ。
「グリセント様。遅れて申し訳ございません。ひとまず回復しましたので……とは言え、今のでまた魔力はゼロになりましたが」
「お前か」
それは俺の雇っている女魔法使いであった。
恐らくはこの街でも有数の氷魔法の使い手。
全力を出せばここまでとは……良い方向に予想以上だ。
「勿論、お給金は弾んでもらえると考えてもよろしいでしょうか?」
「ああ、これが片付いたらな。金のことに関しては約束してやろう」
「……? 片付いたらと言いましても、もう終わりでは? 正体が分からないままでしたが商会を壊そうとしていたのでとりあえずあの果実や枝葉と同類なのだと思い氷魔法を使いましたが……違うのですか?」
「いいや、それは当たっている。同類という点だけならな。だが……この樹木は3本ある。これはまだ奴の一端なのだ」
「そして、こいつ自体もまだ倒したなんて思わない方が良さそうだぞ?」
『蒼の群れ』が樹木を見上げた。
パラパラと凍った箇所から樹木は崩れていく。
枝の部分では凍った人間が見える。どうやら取り込まれていた状態からは解放されたようだ。……まあ凍ってはいるが仮死状態になっているのだろう。溶かして回復魔法でも使えば問題なかろう。
「回復すれば問題ない……だからこそ早いところ解決しなければならないな。回復魔法は冒険者よりも教会の人間の仕事だ」
冒険者ギルドも教会も襲われかけているのだからどちらにせよといったところだが。
「それで? まだこいつを倒したと思うのは早いという事だが」
「年輪って知っているか? 木というものは年を重ねるごとに大きく成長するわけだが、幹も当然ながら太くなっていく。確か一年ごとに一層増えていくのだったかか。……まあ期間はこの際どうでもいいことだ。だからつまり、私が言いたいこととは」
「凍らせたのは表面だけ。年輪の外側の何枚かというわけか」
「……そういうことだ」
木を伐採したことは無いが、運ばれる丸太くらいなら見たことがある。
……なるほど、年輪という防御機構を『翠の巨人』の樹木は伴っているというわけか。
たとえ傷ついても年輪の外側を剥いでいけば無傷に限りなく近くなると。
「感心している場合でもないがな。……そこの女が使った魔法は私から見ても見事ではあったが、しかし足りてはいなかった。時間を与えすぎたのだ。数十年、数百年分の年輪を一日程度で揃えてくるのは私も想定外ではあったが……」
「……」
悲観していては女魔法使いを責める雰囲気となってしまう。
今も暗い顔で俯いている
「だが、ひとまずは止まった。考えるなり逃げるなりの時間稼ぎにはなっただろう」
「あの……休んでもいいですか。せめて座ってもいいでしょうか……」
違った。
ただ疲れていただけだった。
それだけ強大な魔法を使ったのだろう。
しかしそれでも時間稼ぎにしかならないという現実。
「何か……何か手は無いのだろうか」
「はいはーい。お手を探しなら俺の手はどうですかー?」
その時であった。
嘲りと煽りを交えた声が聞こえた。
「貴様は……」
「いやはや、大変なことになっているじゃねえか。昨今はお祭りだってもっと大人しいぜ」
「なぜここにいる……シドウよ」
現れたのはシドウと連れの女……耳と髪の色からエルフ族だろうがそれ以上は分からん。価値がマイナスということは出来れば知りたくは無かった。
「それがよ、俺が知らない人から果物を貰ったからこいつに自慢したらよ、それは駄目だって取り上げられちまったんだ。そして、どこでそれを貰ったのかって問い詰められて、逆にこれは何なのか問い詰め返してやったらとんだ大物じゃねえか」
「それで高みの見物とやらでもしにきたのか……」
野次馬根性もいいところだ。
まさに今、この街でも数えるしかない危険地帯の一つに来るとは。
「違うって。来たるべき決戦に向けて戦力を少しでも確保できねえかなって思ったんだけどよ……まあこいつは無理そうだな」
「諦めるなよ。持って帰ってもいいんだぞ? お前のところで世話出来るならな」
「そうやって自分のところで世話出来なくなったペットを押し付けるのは良くねえぜ」
「ハハハ」
「ハハハ」
そのまましばしハハハと笑い合っているとシドウは連れのエルフに頭を叩かれ、俺は『蒼の群れ』に服の裾を掴まれる。
「雇い主さんよ、早いとこしないとまた動き出すぞこいつ」
「そうだ、そこの『蒼の群れ』の娘の言う通りだシドウ。私達は別にグリセントを笑いに来たのではないだろう。この状況をどうにかする一手を出しに来たのだ」
「そうなのか……!?」
「ああ、お前らを救ってやれる一手を俺が考えてやったんだぜ」
……妙に奴の顔が腹立たしい。
この状況故にか、それとも奴があえてそうしているのかは知らぬが。
「さて、問題だ。植物ってのはどうやって生きている?」
「……は?」
「あ、水と光ってのは無しでな。養分の材料なんざ今は問題じゃねえ。俺が言いたいのは、どこから水を吸っているかってことだ。いいか、お前ら。植物っていうのは地上にあるだけが全てじゃないんだよ」
シドウが言い終わるのと同じタイミングであった。
ボコリ、と地面に穴が空く。
地割れではない。
何者かが地を掘り穴を空けたのだろう。
「……おい、今チラッと見えたのだが」
「気にすんな」
どう見てもコボルドだったのだが……まあ今は確かに気にしている場合ではない。
仮に街の中にコボルドが入り込んでいたとしても冒険者が数人出張れば数分で片付く。
シドウが見逃しているということは何かしらあるということなのだろう。
むしろ、それによってこの状況は好転するというのなら、見なかったことにするしかない。
「……シドウに任せると話がややこしくなってしまいそうだからな、私が簡略に纏めよう。あの3本の巨大な木は地上では別に動いているようでいて、地下では一つの根によって繋がっている。およそ表面的な攻撃では弱点らしき弱点を消し潰してしまっているこの木も、全ては根を守るためのカモフラージュみたいなものなのだ」
つまり、根を叩けば解決するというわけか……。
「だからよ、行こうぜ。楽しい楽しい地下迷宮への入り口だ。ゴールは勿論この木の本体であるところの根。道は俺が把握している。はぐれたらそこで終了だ。見つかるまでずっと彷徨うことになるぜ」
「一本道で作れば良かっただけなのでは?」
「それじゃぁただお前達を助けるために穴を掘ったみたくなっちまうじゃねえか。いつか俺が個人的に使うために堀った。それがたまたま使えそうだからお前達に貸してやる。それでいいじゃねえか」
穴も、コボルドも見逃せと。
そうシドウは言っている。
「……どの道お前が言わなければ見つからなかった穴だろう。俺とて大事にはしたくない」
「分かってるじゃねえか」
そう言って、シドウは底の見えない暗い穴へと飛び込んでいった。
続いてシドウの連れの女も飛び込む。
「……ええい、こうなれば仕方がない。お前達は氷魔法の使い手をかき集めて地上の樹木を足止めしろ」
「では、この中へは……」
「俺と『蒼の群れ』で行く。シドウ達とてそれで十分と判断したから何も言わずに行ったのだろう。必要な戦力があれば何かしら言ったはずだ」
「……お気を付けて」
無論だ。
俺の一番大事なものは命と次に金だ。たまに順序は逆になるがな。




