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57話 翠の巨人 6

 結局、情報を集めているつもりでいて、俺は表面的、断片的なものしか見ていなかったのだ。


 『翠の巨人』の力を侮り脱走を許した。

 奴の居場所を被害者とも言うべき者達から聞き出し追い詰めようとした。

 その途中で奴の成長速度を思い知らされたわけだが、しかし成長だけが植物のあるべき姿ではないのだと俺は失念していた。

 ……いや、たとえ失念していたのだとしても、もっと丁寧に情報を集め、出会った者達から話を聞きだしていれば早くに奴を見つけられていたのかもしれない。





 結果から言うと、『翠の巨人』を見つけ出したのは脱走を許してから一日半後のことであった。……正確な脱走時刻は分からないため、予想の範疇に過ぎないが、しかし俺が探し始めてからも一日が経過していることを鑑みれば遅すぎたと言わざるを得ない。


「……グリセント様、一つご報告したいことが」

「何だ……? 『翠の巨人』でも見つかったか?」


 正直言って俺は疲弊していた。

 足を動かし目を凝らし耳を澄ませ心をすり減らしていた。


 他の奴隷とて放っては置けないものが何人かいる。

 今にも死にそうな者や逆に生命エネルギーを溢れさせて周囲を殺してしまいそうな者、すぐにでも得意先に納品しなければならない奴隷もいる。

 俺にしか扱えないなどといった傲慢さは無いが、しかし扱える従業員は限られている。


 一度商会に戻った俺は仮眠を少しばかりし、起きればすぐに食事を取りながら仕事を進めていった。

 一通りの、俺が抜けていた分を終わらせると一息つく間もなく外に出ていた部下のシュロロクライが部屋へと入ってきた。

 あまり期待せずに俺は尋ねる。

 何があったのか、と。


「『翠の巨人』……かどうかは分かりません。緑……そう、緑です……我々が探していたのは『翠の巨人』でした。ですが、緑に冒された者は見つかれど、肝心の巨人は見つかりませんでした……」

「よほど巧妙に隠れ潜んでいるのではないのか?」

「ええ……そう考えるのが妥当でしょう。……ですが、とある男から聞き出した情報がありまして」

「ふむ……お前が言うのだ。聞く価値はありそうだな」

「はい……実は……その」


 なぜかシュロロクライは言いよどむ。

 自分から情報があると言っておきながら。


「グリセント様もよくご存じのシドウという男から聞いたのですが……」

「あいつか……」


 そう言えば昼間に会ったような気がする。

 大した情報を得られなかったから忘れていたが。


「全身が葉に覆われた男を見たようです。フードを深く被ってはいたようですが、その隙間からは確かに葉に覆われている体があったと」

「被害者とは違うのだな?」

「ええ。何せ、その者こそがあの果実を配っていたようですから。シドウという男、例の件があるからあまり信じたくはないですが、しかし嘘を付いているようには思えませんでした」


 ふむ。

 必要のない嘘は付かないタイプ……では無いなアイツは。

 つまらない嘘を付かないタイプと表すべきだろう。


「しかしここで『翠の巨人』とは思えない情報をシドウは言いまして」

「思えない、だと?」

「その葉に覆われた男……奴の体を覆っていた葉は緑ではなく紅かったと言うのです。モミジガリの季節だぜとか不可解な事を言っていました」


 ……モミジガリというものが何かは分からんが、紅いか……。


「こうよう……」

「はい……? 今何と……」

「紅葉だ。チッ……道理で見つからんわけだ。俺達は緑に覆われた人物を探していた。だが、奴はとっくにそれを承知の上で体を別の色に染め上げていた。植物を自在に操るのであれば葉の色を操るくらいは出来よう。まして、それが自然に起きるものであるなら尚更だ」


 やられた、と言える程に俺は考えを張り巡らせていなかったのではないか。

 むしろ考えが足りていなかった。

 奴の力をまだ甘く見ていた。


「すぐに従業員及び雇った冒険者共に通達しろ。緑だけでなく、紅葉……いや、もはや葉に覆われていればそれでいい。明らかに被害者ではない、葉に覆われた果実を配る男を見つけ次第捕縛し――」

「大変です!」


 この期に及んで『殺せ』ではなく『捕まえろ』と言う程に奴にはまだ価値があると俺は思い込んでいた。

 だが、とっくに限界は迎えていたのだ。

 体を酷使した俺ではない。俺に使われていた従業員や冒険者でもない。

 街の住人でも……足りない。


 この街そのものが限界だったのだ。

 約一日半。

 それだけの時間を奴に与えてしまった。

 俺は奴を探していたが、奴は逃げるどころか果実を住人に配り続けていた。


 その意味は部屋に飛び込んできた別の従業員からの報告ですぐに分かった。


「街のあちこちで巨大な木が突如出現しました! 今のところ被害と言うべき被害は出ていませんが……どれも動き出しこの街の重要拠点に向かおうとしています」


 木……つまりは植物。

 『翠の巨人』が遂に仕掛けてきたというわけか。


「……重要拠点とは、つまりはどこだ?」

「それが……一つがここです」

「ッ!? ……報復のつもりか」


 『翠の巨人』を捕らえた俺への報復。

 なるほど、力を蓄えた今の奴なら赤子の手をひねるのと同じくらいに俺の命を奪うことも簡単であろう。


「……なんだあれは」


 窓の外を見れば確かに部下の言う通り、もはや怪物や神とも言うべき巨大な樹木が歩き出していた。

 方角から察するに、冒険者ギルドや教会……そして俺のいる商会へと向かっているようだ。

 だがそれだけであればたった今報告を受けたばかりだ。

 目の当たりにすればより実感が沸くが、改めて驚くことではない。


 俺が驚いたのはもっと別のこと。

 

「人が……取り込まれているのか!?」


 何と、巨大な樹木は枝を蔦のように伸ばすと逃げ行く人間を捕まえ始めた。

 そして――捕まった人間は一つとして例外なく樹木の一部となった。

 比喩ではない。

 人間が樹木と一体化し、新たな枝としてそこに生えたのだ。


 食虫植物という昆虫を主食とする植物の話を聞いたことがあるが、この大きさだと人間を主食とするのだろうか……。

 いや、違う。

 栄養分だとか、そういうものでは無いだろう。


「……愛だったか。確か『翠の巨人』はそう言っていたな」


 見知らぬ人間でさえ愛していると。

 愛に生きる種族……文字通り、愛故に一つになっているのだろう。


「くそ……」


 俺は自室から飛び出した。


「グリセント様!」

「どちらへ!?」


 部屋にまだ残っていた二人の部下の声が聞こえるが、それを振り切って俺はある場所へと目指す。


 もはや醜聞も矜持も無いだろう。

 俺は街を守るために行動するなんて馬鹿げているとは思っていたが、こうなっては仕方ない。

 どの道今からでは逃げられない。

 

 ならば、どうにかするしかあるまい。


「俺にしか出来ないこと、か」


 そんな能力があれば良かったのだがな。

 悲しいかな俺には武力というものはない。


 武力を持つのは俺の部下や雇った冒険者、そして奴隷だ。


「俺に力を貸せ」


 ソイツがいる部屋へ入り開口一番、俺はそう命令した。


「今、『翠の巨人』が街中で暴れている。目的の一つがここだ。どうせ俺を狙っているのだろうが、お前も危ないことには変わりない。……俺の部下や冒険者にも対応はさせているが難しいだろう。だからお前もやれ。死にたくないのだったらな」

「……」


 黙ったまま、ソイツは考え込むように目を瞑る。

 檻の中で座ったまま、周囲にある凍った蔦や枝を一切気にすることなく。


「死にたくなかったら……か。ゲホッ……別に私は生き死にの為に生きているわけでは無い」

「……ならばなぜお前はまだ生きているのだ。群れに疎まれ追い出され、その挙句がこのような場所で一人咳き込んでいる。それがお前の人生だとでもいうのか? なあ、『蒼の群れ』の娘よ」


 どの口が言うのだ、と俺は自嘲しながら『蒼の群れ』に問いかける。


「……別に、これが私の望みなわけでは無い。ただ、こうなってしまったのだと受け入れているだけに過ぎない」

「妥協か? ……いや、諦めか。ならば待遇を上げてやろう。見事『翠の巨人』を沈めた暁には……」


 ……いや、駄目だ。

 それではこいつは動かない。

 待遇とかそういうことでは無いのだ。

 『翠の巨人』に対しての考えが足りなかったのだ。『蒼の群れ』に対しての認識も改めろ。


「俺が家族に……いや、それも違うか」


 群れ、つまりは家族に追い出されているこいつにとって同じ繋がりはもう持ちたくないだろう。


「金で雇おう。俺の商会で従業員として働かないか? お前が働いた分だけ俺は報酬を出す。お前が辞めたいと望むまで、あるいは俺が使えないと判断するまでは俺はお前を裏切らん。何故ならば俺は商人。金の掛かった契約を破ることは無いからだ」

「……ほう」


 『蒼の群れ』は目を開いた。


「金の繋がりか。それは、私が今まで馬鹿にしていたものだ。血より濃い繋がりは無いのだと、金など下らんと吐き捨てていた。……だが、今となっては違うな。信じる価値はあるのだろう。この国の王よりも、金は信じるべき存在なのだろうな」

「ああ、何せこの街……いや国の民は金の為に働いているのだからな」


 『蒼の娘』は立ち上がる。


「分かった。私の初仕事は『翠の巨人』退治だな? 伝説手前と言われようと、それが二つ合わされば伝説そのものだろう。見ておけ、伝説の闘いというものは滅多に見られないのだから伝説なのだ」


 俺のスキルは……いや、俺の商人としての勘はコイツを檻から出しても大丈夫だと判断していた。

 こいつは逃げ出さない。逃げ出したところで逃げる先がない。


 俺の下で生きるのが今は何よりも安全であることをこいつは知っている。


 『蒼の群れ』を檻から出し、そして地上へ向けて階段を駆け上がる。


「まずは三つある樹木のうち一つを止めてもらおうか。多分すぐ近くだろう。なにせここに向かっているのだからな」


 詳細な説明は不要だろう。

 むしろ俺よりもこいつの方が『翠の巨人』について詳しいはず。


 商会の一階に上がるとそのまま店を飛び出す。


「やれ、『蒼の群れ』よ。お前の初仕事だ」


 『蒼の群れ』は眼前にまで迫る樹木をしっかりと見据えてこう言った。


「いや、無理だろこれ。何でこうなるまで放っておいたんだよ……」

「すまぬ……」


 ……まあ言いたいことは分かるが諦めないで欲しいものだ。

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