55話 翠の巨人 4
「つまりは根だ。植物が地下で根を張り水源を探し、あるいは雨水を吸水するように、あの『翠の巨人』は檻の中から根を伸ばすことで他の奴隷の食事を吸い取ったのだろう」
と、俺は部下に『翠の巨人』が如何にしてこの商会から脱走し得るだけの力を得たのかを噛み砕いて説明する。
「食事を受け取った代わりにあの果実を与えたのかもしれんし、あるいは違う理由かもしれない。兎にも角にも、従業員にすら気づかれないような細い糸のような根を地に……いや、至る所に張り巡らされたのだろう」
『翠の巨人』の檻があったこの場所は地下だ。
空から降り注ぐ光は当然無く、松明のような灯を魔法によって灯しているに過ぎない。
足元は覚束ず、地下を知り尽くしている従業員くらいしかまともに歩くことは出来ない。尤も、夜目が効くような連中は違うだろうが。
「しかし……植物ですよね? 森に多くある木とかの。脱走経路に使われたものと思われるもののいくつかは壁を破壊したものもあります。そこまでの力が植物にあるのでしょうか」
「非力である、と。そう思っているのか?」
だとすれば大きな間違いだ。
植物は自ら動くことが出来ないだけで秘める力は大きい。
そこらに生える木々とて重量を考えれば、そこから生まれる力も想像しやすいだろうに。
ましてや『翠の巨人』は動く植物と言ってもいい。
「固められ舗装された街道とて植物の根は破るのだぞ。それに、大木の上に岩を落としたとしてもその大木は揺れこそすれ折れることは無い。『翠の巨人』がもし一瞬で小さな苗木を大木にまで成長させることが出来たとしたら――」
「壁を破る威力にはなる……」
「そういうことだ。それに相当するだけの栄養をそこらかしこの奴隷から奪ったのだろうな……」
灯を1つ手に取り、天井にかざすと、思っていた通りそこには植物の根があった。
「うえっ」
部下がしかめ面をする。
根が脈動したのだ。
はっきりと、何かを吸い取ったことを意味している。
「……ふん。気色の悪い。こんなものが何時までも俺の商会にいられると思うなよ?」
懐からナイフを一本取り出すと、天井の根に向けて投擲する。
ナイフは根を切断し、天井に刺さる。
「……ひとまずの対処法はこれでいいみたいだな」
切断された根のうち、片方は瞬く間に萎れていった。先端に近い方なのだろう。本体か、もしくはそれに相当するものに繋がっているであろうもう片方は未だ健在だ。
「お前達は見つけた先から根を切断していけ。ナイフなり包丁なり、根ならそこまでの切れ味は必要ないはずだ。ましてこいつらは末端。力は無い」
「グリセント様はどうされるので?」
「俺か?」
『翠の巨人』を手に入れるための労力、そして得られるはずだった対価。
それら全てが計算のやり直しとなってしまったわけだが、俺も腹を括るしかあるまい。
やるべきことは決まっている。
責任、というよりもこれは俺のポリシーだ。
逃がすわけにはいかない。
俺の商会の名を地に落すわけにはいかない。
「この根の大本を俺は追う。あいつ……もしくはそれに近いものに辿り着くはずだ」
すでに奴隷が一人、無価値になってしまっている。
まだ直接見てはいないが、もしかするとマイナスになっている可能性すらある。
もし、『翠の巨人』がだ。街中であの果実を配り歩いて街の人間全てをマイナスにでも変えてしまったら……『翠の巨人』の操り人形になってしまえばそれこそ面倒極まりない。俺の商会の終わりだ。
「何人かは付いてこい。残りは商会内の掃除だ」
そう命じると、俺は根を追い始めた。
根は商会の地下を一周すると、そこからは外に出ていた。
厄介なことに、地下の奴隷のほぼすべての檻の中に根は入り込んでおり、果実を隠し持っている者すらいた。……というかすでに食べ終えており、表向きに見えない服の下などに葉を生やしている奴隷が合計で10人もいた。
……くそ、廃棄用の奴隷が地下に多いとはいえ、教育前の高価で売ろうとしていた予定の奴隷もいたんだぞ。
隠し持っているだけならば良かったのだが、すでに持っているであろう奴隷達は食べてしまっている。
とりあえず根が入り込んでいる奴隷全てに果実は毒であることを伝え――信じるかは別として忠告はしておいた――、根が侵入しているほぼすべての地下の奴隷に該当しなかった唯一の奴隷の下へ向かう。
「『翠の巨人』が脱走した」
「……!? ゲホッ……そうか。あのクソ野郎が珍しく私に根を伸ばしてきたと思ったら……ゲホッ」
「まだ咳は治らないのか――『青虎族』に追放された哀れな娘よ」
「おかげさまでな……どうも癖みたいなものになってしまった。……痛みは無い。私を高値で売る分には問題ないだろうさ」
くっくっと自虐的にその少女は笑う。
『青虎族』……通称『蒼の群れ』の少女は。
「お前達『青虎族』は『緑鬼族』と仲が悪いと聞いたものでな。手伝ってくれとまでは言わないが、何か知っていることは無いかと尋ねにきた」
「私が答えるとでも? 確かにあいつらは嫌いだが私はお前達だって嫌いだ。嫌悪度で言えばお前達が上かもな……。なにせ私は野菜が好きな変わり者の『青虎族』だ。野菜は植物だ。変わり者の私なら『緑鬼族』とも仲良くやっていけるかもしれない」
……この娘はどこまでも自分を卑下しようとするな。
この間まではこちらに対して強気な姿勢もあったのだが……この方がより効果的にこちらに出られると学んだのだろうか。
「お前はそんなこと出来ないと俺は知っている。『緑の巨人』と『蒼の群れ』。もしこの二種族が手を組んでいればとっくにこの街など壊滅している」
「……分かっているなら仕方ない。そうさ、私は断った。あの根を跡形も無く砕いてやったよ」
「それが賢明だろうな。何せ手を組んだが最後、あいつは果実を配り食べた奴隷を支配下に置く。果実も好きなお前であれば受け取ったその瞬間に操り人形の仲間入り……ん? 砕いたと言ったか? 今、お前は根を砕いたと言ったのか?」
危うく聞き逃すところであったが、確かにこの娘はそう言った。
砕く……それは『蒼の群れ』に属する者としての力がこの娘にも戻っていることの印では無いのか?
『緑の巨人』だけでなく『蒼の群れ』までもが脱走すれば手が付けられないぞ。
「ゲホッ……相性が良かっただけだ。あるいは悪いのか? 『蒼』と『翠』は力が互いに反発し合う。言ってしまえばどちらの攻撃も互いに弱点みたいなものだ」
「随分と、出し惜しみせずに言ってしまうものだな。俺と今の情報で取引しようとは思わなかったのか?」
「肉の借りがある。私は群れ以外に借りを作るつもりはない」
「ふん。義理堅いやつだ。個人的に好感は持てるがな」
商売上で見えないところで借りを返すというのは気が付いた時の効果が絶大的だ。
気づかれなかったらそれまでとなってしまう賭けではあるのだが。
「好きな食い物を届けさせよう。代わりに『翠の巨人』について知っていることが他にあれば教えろ。すぐにでも追いかけ捕まえたい」
「肉と野菜と果物だ。これからは三食全てこれで揃えろ。量よりも……ゲホッ……質だ。私の胃袋はそこまで大きくはない。それと、味付けは不要だ。肉は軽く塩を振って焼けばそれでいい」
「分かった。取引成立だ」
そして、新たに取引を始めようとする胆力。
こちらが力づくで吐かせようとすることを考えていたのかいないのか……今は時間が惜しいのでこの娘の条件が俺に叶えることの出来るものであったため飲み込んだが。
飲み込めると分かっているからこそ取引に持ち込んだか。
「根は見つけたか?」
「ああ。すでに見つけている。ちなみに、お前以外の全ての檻の中に根が張っていたぞ。俺の部下が今それらを切っている最中だ」
「ならそれを辿れ。どうせこの建物の外には出ているだろうが、ゲホ……それでも辿れ。根が枝分かれしていようとどこかにはいる」
「心当たりはあるか?」
「知らない。この街のことなど掴まってすぐこの地下に入れられたのだぞ? ゲホッ………知っているわけがない……だが果物を配ろうとするならば、それを欲するだろう者を探すことだ」
「果実を欲する者……」
いくつか候補は浮かび上がる。
根の行先とそれらを照らし合わせれば見つかるだろうか。
「それと、さっきも言ったが私の能力とあいつら『緑鬼族』の能力は反発し合う。つまりは氷だ。植物を凍らせれば……ゲホッ……活動は停止させることが可能だろう」
「氷の魔法使いか……」
魔法使いには心当たりはあるが、この事態に巻き込めて尚且つ実力者……。
「街ということは人が多くいるのだろう? 火も使えばさぞ燃えるだろうが止めておいた方が良い。ゲホッ……犠牲を増やしたくないのならな。私としてはどちらでも構わないが……ゲホッ」
「下手をすれば『緑鬼族』を殺しかねない。俺は氷を選択しよう」
「それが賢明だ」
どうやら方向性は決まったようだ。
果実を欲しがる者と根の行方。これらを照らし合わせる。
そして『翠の巨人』を見つけた際の捕縛方法として氷の魔法使いを用意しておく。
「助かった」
「感謝よりも報酬だ……ゲホッ」
「ああ、量も質も約束しよう……この商会がまだあればの話だがな」
『翠の巨人』を捉えられれば俺の勝利。
再起不能な状態となってしまっても……まあそれは大損ではあるが致命的ではない。
最悪なのは逃がしてしまった場合……そしてこの街にどうしようもなく巣くってしまった場合だ。深く根を張ってしまわれたら取り除くことは不可能。
伝説に近い存在を見つけた余りの嬉しさでここに呼び寄せてしまったツケなのか。
だけれど俺には後悔する時間も苦悶する時間も無い。
情報を手に入れ予定を立てたのなら後は実行するだけなのだから。




