54話 翠の巨人 3
【グリセント視点】
信用を得るということは相手が自分に利用価値を見出すということに他ならない。
いかに性格の良い人間であっても能力が備わっていなければ、そこに信用を置けるかは別の話となってくる。対して性格が悪かろうとも能力があるのであれば、あるいは任せられた任務を果たすことを約束する者であればそこに寄せられる信用は大きくなる。
「馬鹿者! 俺は確かに言ったな? 栄養分となるものを勝手に与えるなと。予め決めておいた量以外は口にさせるなと」
だから、今回の部下達の不始末において俺がやつらに置いていた信用は容易く崩れ落ちた。
あの奴隷に価値があるからという理由だけではない。一度目を許せば二度目が起きる。重なりに重なってこの奴隷商会では奴隷が脱走すると噂が立ってしまえば、俺の信用の問題にも繋がってくる。
「で、ですが……本当にどの従業員も与えていないんです。水も光も最低限。空気さえ淀んでいる地下です。勿論、植物だからといって食物を食べない亜人ではないことも承知ですから、栄養となりそうな肉や野菜すらも私どもは控えさせました」
「ならなぜ……」
『緑の巨人』、あるいは『緑鬼族』。
巨人種の亜人種奴隷が俺の商会から逃げ出した。
無論、この店始まって以来初めての奴隷の脱出というわけではない。
過去に何度か、まだ警備体制が整っていない頃には数回あった。
だが、それ以来は人員を確保したり、檻を頑丈にしたり、種族によっては力を発揮させないようにと努力を重ねてきたつもりだ。
今回とて子供とは言え木々を操る『緑鬼族』の力を半減させるために栄養となりそうなものは極力排除させてきた。
「……脱走したのはそいつだけなんだな?」
「はい。……言いにくいことですが、他の奴隷が脱走しようとしたところを見つけて、初めて『翠の巨人』が脱走したことに気が付きました。他の奴隷を確認しましたが、そいつらは牢の中にいます」
「気が付かなかったのか……」
「それがどうも……常に葉を身に纏わせていることが気が付かなかったことの原因のようでして。こちらを見てください」
見せられたのはかつて『翠の巨人』が入れられていた檻だ。
その中には人間大ほどの枝葉が置かれていた。
「なるほど。自身と同程度の大きさの葉を置くことでお前達を攪乱したのか」
「これが脱出経路に使われたであろう道の至る所にあります。分かれ道の度にあるため、現在も捜索に手間取っている次第です」
力を取り戻しつつあるというわけか。
しかしそれはおかしいことだ。
力を取り戻させない。こうなることを防ぐためにあえて栄養不十分とも思える量の食事しか与えさせなかったのに。
「共に脱出しようとしていた奴隷はどうしている? 脱出方法、あるいは助力した方法について口を割らせることは出来たのか?」
「現在も出来ていません。教育係のチョウガさんと『蒼の群れ』を担当していたジナさんですら苦戦しているようです」
あの二人で駄目ならこの商会で口を割らせることは出来ないだろう。
『翠の巨人』も『緑鬼族』ではあるが、この商会の鬼といえばあの二人だ。
尤も、それは教育の姿がそう見えてしまっているだけなのであるが。
「それと……気になることが二点」
「報告しろ」
些細な情報でも今は欲しい。
捜索は部下でも出来る。
俺は頭を働かせることにしよう。
この重い体を動かすのはその後だ。
「一つ目は、その奴隷の体に葉が生えていたことです」
「葉、か。それはあの木々に生えている?」
「ええ、その葉です」
ふむ……それはつまりどういうことだ?
「まあいい。推測は情報を全て聞き終えてからだ。続けてくれ」
「二つ目はこれです」
そう言って差し出してきたのは齧りかけの果実だ。
見たことも無い種類だ。齧りかけの箇所からは蜜が溢れている。甘い匂いもして食いつきたくなってくる。
「その奴隷が持っていました。立ち止まってそれを食べているところを発見されました」
「ここには無いものだ。『翠の巨人』が与えたものか……?」
木といえば果実。
そういった連想は容易い。
「さすがに……食べたりはしないですよね」
俺が大食漢であることを知ってか部下がそう尋ねてくる。
「食べるものか。こいつはマイナスだ」
「マイナス……ですか!? これが……」
俺の言っている意味を理解してか部下は驚愕する。
手に持つ果実が爆弾にでも見えているような震え具合だ。
マイナス。俺の言うそれが意味するところは、俺のスキル【勘定】によって出された価値のことだ。
普通は金額として出る。
どんなに価値が低くとも、値段が付く。
だが、マイナスと付いたもの。
それだけは俺にとってのマイナス。
関わってしまえば俺にとって都合の悪いことが起こると言う暗示でもある。
【勘定】によって出されたマイナスは俺の人生のマイナス。
あの男が連れていた女、それに……あいつらに買われた奴隷も何故かあの後に見てみればマイナスへと変わっていた。
まるで価値が反転したかのようであった。
訳が分からなかったが、関わってはいけないと判断した。
速やかにあいつらの要求に従って帰ってもらった。
部下の人選を間違ってしまった俺だが、あの時あいつらを相手に交渉をせずに済んだことは間違っていなかったと確信できる。もしも少しでもこちらの利を唱えようものならそれ以上の損害がこちらにあったはずだ。
関わってはいけないはずのマイナス。
それが今、目の前に……俺の商会にある。
「どうしますか……。すぐ捨ててしまいたいのですが」
「そこらに無造作に捨ておくわけにもいかないだろう。それを拾った者がどうなるか分からぬのだからな。しかし……よりにもよって食い物か」
武具や宝石、絵画ではなく食べ物。
無機質と違い有機物のソレは放置しておけばすぐさま劣化する。
食べなければいずれは腐る。
そして、食べてしまえばそれきり無くなる。
マイナスと出ている果実なのだから、恐らくは食べれば何かが起こるのだろう。
呪われるのかもしれないし、あるいは疫病にかかるのかもしれない。
碌なことにはならないだろうが、どのようなことになるかは興味がある。
「……確かに何も知らずに拾えば食べてしまいたくなりますよねこれ。高級果実店ですら見たことがないくらいには美味しそうですもの」
「……ひとまずは俺の部屋に厳重に仕舞っておく。他の誰にも言うなよ、他言すればどうなるかは、お前も分かっているな?」
すでに失態を冒してしまっている部下達だ。
これ以上重ねてしまえばどのような未来が待ち受けているかは容易く想像できるだろう。
「肝に……銘じておきます」
本当に腹部を抑えて部下は言う。
続けて、
「ですが食べたらどうなるか分からない果実は気になりますね。あるいはあの奴隷のように葉が生えてきたりして」
「ふむ」
それは一考する価値があるな。
葉が生える。つまりは植物化する。
それは……あの『翠の巨人』と繋がることに等しい意味を持つだろう。
「食べれば『翠の巨人』の操り人形、か。確かにマイナスだな」
いっそのこと廃棄用の奴隷に与えてみるか?
いや、それこそ勿体無い使い方だ。奴隷も、この果実も。何か使い道があるかもしれない。
毒を以て毒を制す。
マイナスにマイナスをかければプラスになるように、どこかでマイナスに対処する際に必要になるかもしれない。
「とは言え、毒を薬にしようとして結局は毒となってしまうように、余りこれに頼る状況というものを作りたくはないな……」
「取っておくつもりですか、これを」
「どうせ長くは持たんがな。そのうち腐るさ」
部下に命じて鉄の箱を用意させる。
木の箱や、その他植物にとって根を生やしやすそうな保管は避けたい。
……ん?
根、か。
「残されていた奴隷はどうしますか?」
「そうだな……果実と同様に養分となりそうなものを避けた場所に置いておけ。出来れば人の出入りすら最低限にな」
俺の考えが正しければ……人を近づけることすら危険となる。
仕方の無いことだが、その奴隷は早いところ燃やしてしまおう。植物を手っ取り早く始末するには燃やすのが一番だ。
「では残りは『翠の巨人』の行く末ですか……いや、まだなぜ脱出出来たかを考えなければか? ……でもそれはこの事態に収拾を付けてからの方が良いのだろうか……」
「脱出方法……いや、それよりもまずは『翠の巨人』が力を取り戻したこと。それならすでに分かったぞ」
1人呟く部下の疑問に俺は答える。
「結局は植物だったのだ。『翠の巨人』はそれに尽きる」




