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53話 翠の巨人 2

「ここです」


 裏通りをいくつも曲がり、薄汚れた衣服を纏った幾人もの街の外れ者達が恨めしそうな、羨ましそうな目で俺を見ている。


 衣食住のうち、こいつらは最低でも食だけは保証されているようだ……体にコブのように生える木の枝を代償として。

 少女の言う恩人はここら一帯をすでに掌握しているらしい。

 一体どこまでを信じればいいか分からないが、恩人がくれるという果実を食べると体から木の枝が生え、そして飢えを満たすことが出来る。


 今すぐ死ぬよりは、遅効性の毒かもしれない食い物を食べることを選んだということかもしれない。

 毒か薬か……それはまだ分からないが。

 たとえ薬だとしても、それは中毒性のある麻薬のようなものかもしれない。





「……やあ。誰か大人を呼んでくるとこの女の子は言った。だけど僕は期待していなかったよ。見返りも無く他者を助けるのは、寿命を削ると等しい行為だからね」

「俺が自殺志願者に見えるか?」

「いいや? かといって、僕らのように頑丈だからこそ多少命を削っても平気な種族にも見えない。君は……無すら価値を見出して利益を得ようとする人間だね」


 と、言うそいつの息は絶え絶えであり、どう見ても頑丈な種族ではない。

 深くフードを被っているおかげで顔も、体のパーツが1つたりとも見えないが、フードの動きで呼吸が随分と苦しそうだなと伝わってくる。

 死にかけの浮浪者。そんな印象が浮かんだ。


 少女に案内されたのは開けた一画であった。

 孤児やら何やらがそこでは寝ており、食べ残しと思わしき果物の芯や種が散らばっている。


「多少どころか命に関わるまで削ったってわけか?」

「そうかもしれない。だけどそれこそ本望だ。一つの命で多くの命を救う。それこそが愛という感情を、僕という個をより顕著に示すのだから」

「まるで命の価値は平等、と言いたげだな。この国の王様とこいつら孤児の命も平等と思っているのか?」

「平等だよ。平等に生を与えられて平等に死を迎える。その過程で少しばかり違っていたとしても始まりと終わりは一緒さ。……まあ君は違うのかもしれないけど」


 俺の【ねくろまんさぁ】としてのスキルを言っているのか?

 まだ会話を始めて数分。

 たったそれだけで、こいつには何もかもを見透かされているような気になってくる。


「それで? 君は僕を助けに来てくれたんだよね」


 さあ、治せとばかりにそいつはフードから顔を覗かせる。俺だけに見えるように。

 

「っ!?」

「……?」


 俺を案内した少女は、俺がその顔を見て固まったのを不思議そうに見て、そしてフードの中を覗こうとして、その持ち主に止められた。


「止めた方が良いよ。出来るだけ関わりを少なくした方が良い。関われば、巻き込まれるから」


 顔を見れば巻き込まれる。

 なるほど、確かにそうだろう。


 奇病、あるいは伝染病。

 他に何かしらの理由があるのかもしれないが、どちらにしろこいつはまともではない。

 というか、俺は巻き込んでもいいのか?


「そこに生えているのは本物か?」


 植物に覆われた顔。

 病気かと思えるほどにびっしりと生い茂ったその顔面は奇妙さと気味悪さを兼ね備えていた。


「ああ、本物さ。この子達に生えてしまったものとは違う。あれらが挿し木だとすれば、僕のは原木だ。まあ挿し木も原木も性質はほとんど似ているけどね」


 ……話が進まないな。

 いや、これは口を挟んだ俺が悪いか。


 どうも、概念的な会話で誤魔化されかけている気がする。

 具体的な話は一向に進んでいない。


「治せ、とこいつは言ったが回復薬の手持ちは少ない。買ってくれば済む話ではあるが、俺の金を消費してまで助ける価値がお前にあるかどうか、それを見に来た」

「だから価値は平等だと言ったじゃないか。ここにいる誰もが平等だ。公平でも、均一でもなく、平等。結局は変えられないんだよ価値なんて」

「……俺が言いたいのは、代わりに何かよこせってことだ。価値だと言うのならそれはこの回復薬の価値。お前の命を救う回復薬は、ならばお前の命と同価値か? 対価にお前は自分の命と同価値のものを差し出せるのか?」


 ここで、それならこの子供たちを差し出そう、だなんて言ってくるなら俺は帰るつもりでいた。

 これ以上うちに奴隷も貧乏人もいらない。せめてお姫様とか女騎士とか……というか、大所帯になるつもりはない。

 今ある資源を大切に、だ。


「愛をあげよう。無償の愛を。無償の愛とは無限にも等しい力を持つ。やったね、君は無敵さ」

「いらねえわ……ああ、分かったよ。つまり、お前に払えるもんはねえんだな?」

「物質的な対価が欲しいというのなら、生憎と僕にはこのフードくらいしか持ち物がない。後は……そうだね、この子達にあげているのと同じ果実くらいだろうか」


 果実。

 その言葉を待っていた。


「……しゃあねえな。じゃあその果物を……俺の仲間の分を合わせて5つ。それでこの回復薬と交換してやるよ」


 サンプルは多いに越したことはない。

 俺自身が食べることは無いが、蘇生させた魔物にでも食べさせてみても面白いかもしれない。


「5つ、ね。はいはい分かったよ。これでいいかい?」


 そう言って浮浪者は俺に手を差し出す。

 少女らに配慮してか、あくまで布で手は覆われておりその中身は見えないが、恐らく布の盛り上がり具合からしても手にも植物は生えているのだろう。


 俺がその手の下に自信の手を差し出すと、ぼとぼとぼと、とリンゴ程の大きさの紫色の果物が浮浪者の手から落ちてきた。

 紫って、食欲失せる色だな……。しかも赤じゃなくて青寄りの紫だし。


「5つ、な。ほら、これが回復薬だ」


 もう片方の手で持っていた回復薬を渡そうとすると、


「ああ、いいんだ。僕が欲しいのは回復薬じゃない」

「あ? 今更他のものに変えてくれとか物騒な裏世界の生き物になったつもりか?」

「そんなつもりはないよ。ただ、君が言っていたように僕を救う価値のあるものは他にあるんだ。別に回復薬じゃなくてもいいんだ」

「じゃあ何が……」

「水さ。光と水。光はここでも十分だ。僅かな日陰もあるしね。だけど、水は汚染されていてはならない。人間が飲んでも腹痛にならないような、清廉なものではなくてはならない」

「ふうん?」


 まあ体に植物を生やしているのだから、そんなことを言われても受け入れてしまえるが……。


 回復薬よりかは安価な飲み水を渡すと、そいつは嬉しそうに口に含み、そして全身にかける。

 ご丁寧にフードの内側に重点的に。


「ああ、生き返るようだ。砂漠で生きる植物だって雨の度に水を貯蓄しているっていうのに、僕の中はほとんどカラカラだった。正直、君が来てくれるのがあと数時間でも遅かったらと思うと生きた心地がしなかったよ」

「別に水くらい言えば普通にもらえると思うけどな」

「それは、この体の僕がかい? それともこの子達がかい?」


 俺は答えられなかった。

 確かに、見た目からして得体の知れないやつと、下手に関わってしまえば延々と搾取されかねない孤児たち。

 相手にしてはならないと、まともなやつなら本能が告げるだろう。


「俺くらいに優しい奴がいて良かったな」

「君くらいに頭のネジの外れた人がいて良かったよ」


 ……決めた。

 もう助けてやらね。


「……その体のことを聞きたいのは山々だが、この場じゃ教えてくれねえんだろう?」


 こいつはこの場においては俺以外にその体を見せるつもりはないらしい。

 会話を聞いている少女はこいつの体のことを分かっていないからゆえか、首を捻っている。


「そうだね……また来なよ。時間によってこの子達はいない。君がここに訪ねてくれるというのなら、そんな時もあるはずさ。そしたらきっと教えるよ」


 ……そう言われるときっと行かないのが俺という男だ。

 ただの奇病に侵された頭の可笑しい男の戯言。

 たまたま最後の食料を周囲に配っていただけかもしれない。


「お前の名前は?」

「名、ね。それもまた今度かな。ただ、覚えていて欲しいのは『翠の巨人』。これだけだ」


 そっと俺にだけ聞こえるように男は耳打ちしてくる。

 ……青臭い。森の中にいる、と言えば聞こえは良いが、ただの草の臭いである。

 翠……緑? それにしてはこいつ……。


「……シドウだ」

「シドウ君だね。うん、気に入ったよ。あの奴隷商会の主と同じくらいにはね」


 奴隷商会……?

 1人顔を思い浮かべることが出来るが、あいつの知り合いにこんなやつがいるのだとしたら、確かにこいつらはお似合いだろう。

 よく分からないことを述べる似た者同士として。


「じゃあねシドウ君。また会えることを願っているよ」





 路地裏の道というものは案外と複雑なものだ。

 一度出てしまえばその道を把握している者で無ければ生きたい場所に到達することは難しい。ましてや地図などで存在しない道ではなおさらだ。


 大通りに出た俺が振り返ると、見送りに来ていた少女はすでにどこかへと行ってしまっていた。あるいは、他の誰かに乞食になりに行ったのかもしれないが。


「……む? 貴様は確かシドウと言ったな」


 と、路地裏の道を思い出そうとしていると聞き覚えのある声で馴染みのある名前を呼ぶ声がした。


「グリセントか。てっきりあの建物から出られない呪いでもかけられているのかと思っていたが、なんだ外に出ることも出来るんだな」

「ええい、そんなことは今はどうでもいいんだ。聞きたいことがある」


 俺の軽快なジョーク混じりの挨拶を無視すると、


「この辺りで緑色の肌……もしくは見た目が緑色をした者を見なかったか?」


 やけに焦ったように尋ねてくる。


 緑色……?

 そういやあの浮浪者も『翠の巨人』と言っていたが、緑が今は流行っているのか?


「いいや? それよりも聞いてくれよ、なんと――」

「なんだ見ていないのか。ならば貴様に用など無い。おい、行くぞ」


 それだけ言うとグリセントは他の店員らしき者達とどこかへと走り去ってしまった。


「……なんだよ。せっかく紅葉みたいな色の植物人間の存在を教えてやろうとしたのによ」


 奇病かもしれないが、グリセントなら食いついて、それを情報量にしてやろうと思ったのにな。

 まあいいか。この果物をジルとシルビアに聞いてみるとしよう。


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