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50話 【強欲】の魔王マモンは勧誘係 4

「さっきの会話の節々から何となく予想出来ていたとは思うが、強敵だ。七罪魔王が一人、【強欲】を司る魔王。攻撃を受け付けず、外さない魔王マモンだ」

「魔王……」


 シドドイは驚愕で開いた口が塞がらない、といった表情をする。

 呆けたように、呆れたように、俺達が如何に強大な存在を相手にどう倒そうか相談している様子を今更ながらに馬鹿馬鹿しくも思い出しているのだろう。


「別にシドドイ、お前を闘いに連れ出そうとしているわけではない。魔王がお前を殺す理由も無い。俺がもし死ねば、お前は晴れて自由だ」


 だから、安心して宿でこれまで通りにしていてくれ。

 そう、言外に含んだつもりだった。


「ご主人様」

「なんだ」


 だが、シドドイはそう弱い女ではなかった。

 弟の死を受け入れ、そして生死の確認をこれから確かめようとする人間だ。


「ご主人様はなぜ闘われるのでしょうか。先ほどのシルビアさんとの会話からして、あちら側へ付けば闘いを回避できると、私は受け取れたのですが」


 マモンはあくまで俺を仲間へと、勧誘しに来ているだけであり、決して殺すことに全力を注いでいるわけではない。


 俺が、あえて戦闘に持ち込んでいるだけだ。


「それは……」

「アイさんやシーさんの為ですか?」


 確信ここにあり、と言った顔でシドドイは俺を見る。


「ご主人様のお力のことを知る人間は少ない方が良い。ご主人様を探されては迷惑だ。そのような理由でアイさんやシーさんの命が狙われている。それでご主人様は闘われるのではないでしょうか」


 合っている……と言えなくもない。

 だから俺は


「そうだ」


 頷しか無い。

 シドドイの言葉を肯定する。


「馬鹿みたいな話だろ。魔王ともあろう奴らがアイやシーを養うこともできないんだぜ? そんな奴ら、こっちから願い下げだって言ったら俺を殺すとさ。加えて短気、やっぱり魔王ってのは人間の敵だな」


 強くて短気。すぐ殺そうとする。

 こりゃ魔王ですわ。


「まあ勝つ算段は付けてあるから、そこまで気を重くすることも無い。勝てば魔王の1人を倒した英雄の奴隷だ。負けても……まあシドドイは自由になれるな」


 どちらにせよシドドイにとってデメリットはない。

 あるのはあくまで闘う俺と、俺の蘇生死体達だけだ。


「私がその場にご一緒しては、ご迷惑でしょうか?」

「……話を理解していないのか?」


 だが、シドドイの言葉は俺の気遣いを無駄にするものであった。

 せっかくの厚意がこれではただのお節介となってしまうもの。


「闘えば死ぬ可能性がある。だが、お前はこの宿で俺達の帰りを待っているだけで英雄の奴隷か、自由かのどちらかを手に入れることが出来るんだぞ」

「それでは弟に大手を振って顔向けできません」


 あくまで弟の為。

 シドドイはそれを盾にして俺にすがりつく。


「ご主人様。ご主人様はアイさんやシーさん、シルビアさん達に対する態度と私に対する態度が違います。私にだけお優しくしてくださっている、それだけなら聞こえはいいですが、アイさん達だけがご主人様に特別親しくさせていただいているようにしも思えます。だから」


 だから――


 俺を下から覗き込むようにしてシドドイは懇願する。


「疎外感を感じているのはあくまで私の我儘です。私は一時のご主人様の奴隷かもしれません」

「そんなことは――」

「ですが、あの時……ご主人様が私に希望を与えてくださったことこそ、私がご主人様にお仕えする真の理由にこそ他なりません。生きる希望を失った私はあの時、生きる屍に等しかった。流れるままに人生を終えるつもりだった。だけど、私に生きる意味を再びくださったご主人様は……私を生き返らせてくださったご主人様に私は付いて行きたいのです!」


 そこまで言い切ってシドドイは息を吸った。

 一息に言ったために空気が欲しくなったのだろう。


「……スキル無しでも蘇生したってわけか」


 感情論だ。

 死体のようにスキルで縛られているわけでもなし。


 だが、この闘いを乗り切れたら……なんてことを思ってしまう。


「……ご主人様?」


 感情に任せて俺に言いたいだけ言ってしまったことに今更ながら不安を覚えたのだろう。

 シドドイがこちらを不安げに見てくる。


「武器は何を使いたい?」

「えっと……」

「ただ、戦場で突っ立っているわけにもいかないだろう。案山子じゃあるまいし、剣を振るい、盾を構え、矢を番え、魔法を唱える。何ができて何ができないか、後でシルビアにでも見てもらえ。あいつはそういうことに長けている」


 言い負かされたわけでも、俺が諦めたわけでもない。


 俺がマモンに勝つための可能性を上げただけだ。

 

「それでは……」

「……よく考えれば奴隷を何もなしに手放すのも惜しい。どうせなら強くなれ」

「……はい!」


 戸惑いながらも、シドドイは力強く頷いた。


 不安そうな顔を一蹴し、自信ありげな表情を覗かせる。


「私、こう見えて山育ちでもあります。ですので、弓矢の扱いには少しだけ自信ありますよ」

「弓か……」


 俺が死体や物しか回復出来ない都合上、シドドイには後衛が望ましい。

 今から魔法を覚えるのは至難。魔王であるマモンに通用するレベルなら尚更だ。


 それならば、弓矢の方が良いか。


「分かった。武器防具は明日買い与えよう。だが弓か……」

「どうかされました?」

「いや、知り合いに弓の使い手はいないからな。シドドイが今どの程度弓を扱えるかは知らないが、それでも自力でこれ以上力量を上げるのは難しいだろ。教授役を探そうと思っているんだが……」


 アイとシーの教授役にしようとしているアイツらの伝手を辿るか?

 ……いや、あいつらの伝手では練習相手にはなっても練度を上げる先生にはなれそうにもない。


「それならば私に心当たりが」

「ほう?」


 この街で買い物をシドドイに任せるようになったが、それで知り合ったのだろうか。

 剣と違い、弓は一朝一夕では技術は身に付かないし、ある程度の才能も必要なはずだ。


「ご主人様はこの宿のお名前を知っていらっしゃいますか?」

「宿……?」


 なんだって急にそんな関係の無いことを。

 この宿なぁ……主人のオッサンの名前すら知らない。


「知らんな」

「ご、ご主人様は私よりも先にこの宿に泊っていらしたのですよね……?」


 だって興味ないしな。

 脳に無駄な負担をかけたくはない。


「冒険者ギルドに紹介された時に教えてもらったような気もするが……覚えてないな」

「そうですか……この宿の名は『ブレイブ・ファミリー』。かつて魔王を倒した勇者パーティの弓使いの子孫が経営する宿屋です」


 へえ。勇者パーティの子孫、ねえ……あのオッサンが?


「……は? え、そんな重要人物なの?」


 ただの冴えないオッサンじゃないのか!?

 ……思い返してみれば……いや、変わらずただのオッサンだった。

 そんな伏線どこにも無かっただろうが。


 ……俺がちゃんと宿名覚えていれば良かっただけの話だが。

 

「あー、じゃあまあ話付けるのはシドドイに任せるけど……協力してくれるかなぁ」

「恐らくですが、魔王マモンの名前を出せばすぐにでも首を縦に振ってくれるかと。勇者の子孫なら魔王とは因縁があるはず。むしろ自分も魔王討伐に加えてくれと言ってくる可能性すらあります」

「それは流石に……な」


 魔王のことを伏せてシドドイに弓の教授を頼めば少しばかりその頼みを断られる可能性が増し、魔王のことを伝えれば魔王討伐自体についてくる可能性がある、か。


「……魔王討伐はこの際だ、伝えてもいい。だが、事を大きくしたくないから、魔王をあまり刺激したくないからここだけの話だと伝え、その上で助力を求められないか頼んでくれ」

「畏まりました!」


 そう言ってシドドイは部屋を駆けだして行こうとして……扉を開けた際に止まった。


「うわ!?」

「あー……シルビア、もういいぞ」


 防音の為に部屋を覆っていた風魔法の檻にぶつかったのだろう、シドドイは頭を押さえつつ部屋から出て行った。


 数分後、オッサンは


「そういうことなら是非協力させてくれ。魔王を倒した宿屋の主人……これで一層繁盛するぞ……ふふふ」

「……そういうこと言ってるから繁盛しねえんだよいい加減理解しろ」


 飯もそこまで不味くない、宿賃も高くない。

 だがこの宿屋には俺達以外の客は少ない。

 こうして、宿屋の主人が頻繁に俺のところに訪ねて来られるくらいには。


 ……いや、むしろ自分の仕事を放って客の私生活に干渉する宿屋の主人が原因と言えなくも無いのだが。


「ふむ。その点は問題ない。こう見えても私はかの伝説の弓使い、クラインドの末裔でね。ギルドから金の無い冒険者をこの宿に紹介してもらえるくらいのコネはあるのさ」

「……無下にできない権力者は面倒だな」


 いや、これくらいの力しか無いのならむしろ良い方か。

 好き勝手されるくらいなら、全然マシな方だ。


「話は聞いたな? シドドイを鍛えて欲しい」

「私自身が闘うという選択肢は無いのかね?」

「これは俺の闘いだからな。関係の無い……わけでもないのかもしれないが、オッサンは自分の宿を守ることにでも専念していろ。オッサンの先祖は魔王を倒したんだろ? なら、マモンは俺の獲物だ」

「良いだろう……ならば、私が受け継がれてきた弓術の限りを、時間の許すだけ伝授するとしようではないか」


 さっそく修行だ、とオッサンはシドドイを引っ張っていくのであった。

 何でも、宿の裏手に弓の練習場があるのだとか。


「……後はアイとシーか」


 あいつらの良い練習相手はすでに目星を立てている。

 そろそろ借りを返してもらう時が来たようだぜ。

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