43話 その新入りは 3
「……はぁはぁ……これで……一応は解決……はぁはぁ……だな……」
「だね……ぜぇぜぇ……店主を叩き起こした甲斐が……あった、よ……」
夕食後の腹の膨れた状態で全力疾走するもんじゃねえな。
息切れよりも吐き気の方がするわ。
「ちくしょぉ……今日の稼ぎのほとんどが台無しじゃねえか。残った分も晩飯の材料費を引けば結局は残らねえ」
シドドイの弟、グレイの遺品である宝石の付いたネックレスは手に入った。
やたら高価で売れたものだったから、それ以上の値で買い直さなければならなかったが、そこはまあ俺とシルビアのコンビだ。
あることないことほらを吹き……それじゃあないことしか言っていないか。兎にも角にも自分で褒めたいくらいの手腕で店主から売り払った額とほぼ同額で買い取った俺達は宿屋へと帰るべく息を整えているのであった。
「アイとシーの時程じゃねえのが幸いだ」
「あの子たちを仲間にするのには資金集めに黒魔法騒ぎとあったからね。その点、私なんか苦労知らずだっただろう?」
「そりゃ、死体の偽装だけで済んだからな」
婆さん1人を騙すだけで済んだからな。
死体の入れ替わりトリックだったっけか、あの時は。
アイとシーに至ってはシルビアの語る以上の物語があった。
それはそれはお涙頂戴の、俺の成長物語だったことだろう。
勇者と闘い、勇者の尻ぬぐいで化け物と闘い、勇者の残した剣……どれもこれも勇者のせいじゃねえか!
あいつほんと覚えておけよ……今は俺の人形になっちまったけどさ。
「ひとっ走りというか、ほんの数時間程で済むんならそれはそれでいいとするか。グレイの遺品集め。宝石の付いたネックレスの回収。何はともあれこれにて終了だ」
どことなくクエストを終えたような心地のよさとともに俺達は宿屋に到着した。
「シドウ様!」
「お帰りなさいですシドウ様」
シーが俺に抱き着き、アイが一礼する。
うむうむ。躾がなっているようで、奴隷の主人として俺も鼻が高い。
「ご主人様……その……グレイのネックレスは……?」
「ほら、見つかったぞ。これだろう?」
懐から黄金に輝く宝石の付いたネックレスを取り出すと、シドドイに向かって放り投げてやる。
おぼつかない手つきでそれを受け取ると、シドドイはそのネックレスをまじまじと見やり、
「このネックレスは……!?」
「弟が死んだからといってそいつが永久的にこの世からいなくなるわけじゃない。シドドイ、お前が忘れない限り、グレイはお前の中で生きているんだ。そのネックレスを弟のように思えだなんて俺は言わない。ただ、そいつを見て弟を思い出してやるんだな。それがグレイの生きた証なのだから」
なんて、良いことを言ってシドドイは晴れて俺の奴隷になりました……なんてことになれば良かったのに……。
そうは問屋が卸さないのは、薄々予想出来ていたことだ。
「ご主人様……これ、違います」
「へ……?」
「グレイのネックレスはこれよりも一回り宝石が1つ付いたものなのですが、これはいくつもの小さな宝石が付いたネックレスです……」
「……違うの?」
「言いにくいことですが……」
さすがにこれで我慢しろとは言えない。
それはただのプレゼントであって、遺品を見つけ出したという事にはならない。
「……シルビア、ちょっとこっちこーい」
会議入ります。
例の如く耳打ち。
「……違うってさ」
「……聞いていたよ私も。……困ったものだね。……装備ならともかく遺品に限って代用品は無い。……見つかるまで探すかい?」
「……探すってのは別にいいんだがそれだけに時間を取られるわけにはいかない」
「……それならどうするんだい?」
シドドイの弟の遺品探しは未だ終わっていなかった。
と、いうか他に黄金の宝石の付いたネックレスなんてあったか?
「……ちなみにだがシルビア君よ」
「……どうしたんだいシドウ君」
「……宝石の付いたネックレスって他にあったか?」
「……そうだね、あるにはあったが、赤や青、黒などの色の宝石だ。……黄金に輝く宝石はあれ1つだけだったね」
「……そうかい」
それならば、この話の行く筋は決まった。
俺も見ていない。シルビアも見ていない。
「……それならシドドイの遺品は最初から無かった、だ」
これしか無いだろう。
「……それでいいのかい?」
「……良いも悪いも、それしかないだろ。手段的にも論理的にも」
あの時……山中の冒険者を蘇生させた時に装備品は片っ端から剥ぎとったし、何なら山中にお宝を探し回らせた。結果は残念ながら芳しくなかったが、だからこそ、見落としは無いと言えよう。
「あのう……ご主人様?」
俺とシルビアの会議が長引いていると、シドドイが困ったような顔をしていた。
そういえば、間違った遺品を渡したままだったわ。
「すまんなシドドイ。それは違うようだ」
「お手間をおかけしてしまい……」
「いや、いい。それがグレイの遺品じゃなくて良かったんだ」
「それはどういう意味でしょうか……?」
逆だ。
前向きに考えれば、これは良いことなんだ。
「シドドイ、俺達は『死霊山』の端から端までを見てきた。だからこそ言うが、他にそれらしいものなんてのはあそこには無かった」
「ということは……」
シドドイも気が付いたようだ。
「ああ、グレイはあの山で死んではない可能性がある。生き延びて、今はどこかで休んでいるのかもな」
グレイとやらが『死霊山』に入り、そこから何日帰って来なかったのかは分からない。その何日後にシドドイが奴隷になったのかも。
一ヶ月音沙汰無し。それはグレイに限らずシドドイからのも含まれる。
仮に、グレイが戻って来ているとしたら、今度はシドドイが行方不明という扱いになっているのではないだろうか。
「帰りたいか? 今帰ればグレイが家にいる可能性だってある」
「あ……あぁ……」
シドドイの目から一筋の涙が落ちる。
死を受け入れた、なんてことを言っていたがやはりまだ未練は残っていたようだ。
「遺品なんかで満足するな。生きた人間を見て満足しろ。シドドイ、お前が望むならお前の家に連れていくくらいならしよう」
手放すことはしないがな。
だが、会わせてやるくらいなら……そのくらいなら優しい俺の慈悲のうちだ。
「ふっ。優しいところもあるじゃないか」
「……言っただろ。俺の為だって」
シドドイの問題は俺の問題であり、そして俺達全体の問題となる。
別に善意からではなく、これは大局的な考えだ。……大局的って何だ?
「ご主人様」
「おう」
やがて意を決したかのようにシドドイは俺を真っすぐ見つめる。
「せっかくですが、そのお言葉だけ頂戴いたします。家には帰りません。弟の生死を確認しません」
「ふむ。俺に遠慮しているわけではないんだな?」
「遠慮ではありません……。これは臆病な私の心が原因なのです」
「臆病、か」
シドドイは自分の体を抱きすくめる。声が震える。
それは、必死に涙をこらえているかのような様であった。
「家にグレイがいれば私はこれから一生、ご主人様に仕えたとしても一切の文句はありません。ですが……ですが、もしもグレイがいなかったら、そうしたら私はグレイの死を今度こそ、完全に受け入れなくてはならなくなるのです」
「だが……」
「ええ、分かっています。いつかは決着を着けなければならないことを」
「分かっているなら……いや、いい。自分で確かめたいと、そう心構えが出来た時に改めて俺に言え。そしたらまた家に帰ればいい。何だったら俺達が着いて行ってやる」
「はい……はい! ありがとうございます!」
今度こそ、シドドイはその瞳から一筋の涙を落としたのであった。
「あー、よしよし。……シルビア、何を見ているんだ。ここは黙ってアイとシーを連れて部屋から出て行くとこだろう」
「色々と台無しだな君は」
俺はシドドイを抱きしめながらシルビアに抗議するのであった。




