42話 その新入りは 2
「ふわぁぁぁ。ご主人様……これは?」
「今日の夕飯にと思ってな。大所帯になったし、これくらいは食うだろ?」
『死霊山』で手に入れた素材のうちレアなもの以外の大半を売った。特に、どこぞの冒険者が落とした黄金に輝く宝石の付いたネックレスが高く売れた。シルビアの【鑑定】では何かしらの効果の付与された宝物らしいが、俺達には無用の長物らしい。
ネックレス以外にも冒険者の持ち物は俺達が使えそうなもの以外すべて売り払い、代わりに食材を買ってきた。肉や魚、野菜とオーソドックスなものばかりだ。さぞかし調理もしやすいことだろう……調理の教授も。
「確か肉料理が得意だとか言っていたよな。それに、これらは高級食材ではないから調理も問題ないはずだ……だよな、シドドイ?」
俺は食材の山を目にして目を輝かせている女……シドドイに尋ねる。
「は、はい! どれも問題なく使ったことのあるものばかりです。これだけあれば今日だけでなく明日の分まで作れてしまいますが……」
「この双子は食べる。成長期だからな」
「食べます!」
「その……私も……食べれます」
シドドイの不安をよそにシーは元気よく、アイもおずおずと俺に同意する。
「というわけだ。今日で食べきれるだろうし、まあ残っても明日の朝で消化しきれるはずだ。シドドイ、まだ時間はあるからこいつらに教えるがてら作ってくれ」
「そういうことでしたら承知しました。調理場はこのお宿で借りれるのでしたね。アイさん、シーさん、ついてきてきてください」
「はーい」
「はい」
シドドイに連れられてアイとシーは一階に降りていった。
現在の時刻は昼と夕方の中間程度。
これくらいなら夕飯の時間にはきっと食卓に豪勢なものが並ぶことだろう。
先日、アイとシーの歓迎会の残りを持って帰った際に宿屋のオヤジから借りっぱなしだったどデカい机がまだ部屋にある。
いくつかの大きな皿を並べたところで問題は無いはずだ。
「ふむ、馴染んできたようだね」
「というか、あいつらが懐いているってところだな。まあそれもシドドイを選んだ理由の1つだが」
シドドイ。彼女は奴隷である。
グリセントの所有する商会の最上階にあるお値段の張る奴隷のうちの1人。お値段の張る理由はその家事力の高さ故、らしい。
アイとシーを付け狙い、あろうことか俺を殺そうとしたあの商会の従業員の落とし前を俺はシドドイを譲り受けることで終わらせた。
元はアイとシーに俺達の世話をさせようと思っていたのだが、そもそもであいつらには教えなければいけないことに気が付いた賢い俺は、その先生役としてシドドイを選んだ。
「あいつらの面倒を俺が見るってのも変な話だ。俺の世話をさせるための奴隷だってのに」
それを聞いたシルビアが口元に笑みを浮かべる。
「ふふっ。それだけじゃないだろう。君は、彼女たちの母親代わりとしてシドドイを選んだのではないのかい?」
「……だから、面倒を見る役がシドドイだって言ってんだろ。母親にしろ何にしろ、あいつらのお守りが出来るっていうんなら問題ねえ」
「そう……まあそれが君の言い分なのなら私からは何も言わないよ」
何やらまだ言いたげなシルビアだったが、俺が睨めば口を閉じる。
「……んでよ、シドドイに関しては俺の独断で決めちまったが、能力の資質に関してはどうなんだ? その目で何か見えなかったのか?」
「そうだね……さすがにアイやシー程では無いにしろ、鍛えれば光るものはあるよ」
「戦闘面に関してか」
「それ以外は見ての通りだ。炊事洗濯掃除……とりわけ炊事に関しての能力は高いよ。掃除は苦手だと言っていたようだけど、他に比べて劣っているようには見えないね。アイとシーの教育係としても申し分ない実力だ」
グリセントが進めていただけはあるってことか。
能力はシルビアの折り紙付き。
性格もあの通り、アイとシーが懐くってんなら良いのだろう。
だが……何か物足りない。
何かが欠けている。
「シルビアの【鑑定】からだとシドドイに問題は無いってことでいいんだな?」
「ああ。そのように受け取ってもらって構わないよ。特筆するべき問題点が無い。彼女をあの商会から無料でもらえたのは、実に良かったと誇るべきだね」
タダより怖いものは無いとは言うけれど、その怖いところが見つからないことこそが何か不安を掻き立てる。
……なんだ?
俺はシドドイに何か問題があって欲しいのか?
いや、そこまで俺は意地の悪い人間では無いはずだ。
欠点が無いのなら素直に喜べる。そんな善人であると俺は自分で思っているはずなのに。
「……なんでそこまであくどい顔が出来るのかな君は」
「うっせぇ、ほっとけ」
だがまあ、一応は聞いておいてやることは必要か。
何か問題を抱えていないか。
俺の奴隷になるにあたって、心残りは無いのか。
「唯一の生身の人間であることは俺達にとってメリットでもあるが、俺の命令を受け付けないという点ではデメリットでもある。死体としての強制力は奴隷のそれよりも遥かに強いからな」
「だから、友好的にいこうと?」
「あんまり慣れ慣れしくされ過ぎても困るがな。あくまでも主人から奴隷への歓迎の1つだ」
受け入れがたい重い過去だとか、傾国の美女ならぬ悪女だった過去だとかを口にされても俺にはどうしようもないが、髪飾りや櫛が欲しいとか近くの国に会いたい人がいるくらいならまあ、叶えてやらんでもない。
「ご主人様、夕食のご支度が出来ましたよ」
と、シドドイが部屋の扉をノックした後に入ってきた。
「ご苦労。このテーブルに並べてくれるか?」
シドドイを手伝うように、アイとシーも働く。
良い傾向だ。このまま奴隷組は奴隷組でどうにか仲良くやっておいて欲しい。
夕食は本当に食材全てを使ったようだ。
シドドイ曰く、料理を知らない者は分量や加減を知らないため、食材を買いすぎたり足りないことが多いらしいが、俺の場合は前者らしい。
アイとシーの食欲を考えても、まだ多いとか。
「量はともかく、味は良かったぞ。そこらの飯屋と比べても遜色ないくらいだ。シドドイ、お前をグリセントから譲り受けて俺は後悔はない」
「ありがとうございます。私にはもったいないお言葉を」
シドドイは謙遜しているが、本当に美味かった。
特に、肉料理……というか焼き物の焼き加減が絶妙に上手い。レア過ぎず、さりとてウェルダン過ぎず。赤身の部分が多くない割に肉を焼きすぎた際の特徴的な固さが無い。
「これは褒美が必要だな、うん。駄賃ならすぐにやろう。他に望みがあるなら億劫だが、俺の気が向いたらだが、別に叶えてやってもいい。無いなら別にいいがな」
「君、もっと素直に言いなよ。そもそもで食事関係なく望みの1つくらい叶えてやるつもりだったのだろう?」
「……よろしいのですか?」
ええい、シルビアは無視だ。
「些事が気になって奴隷の仕事に集中できない、なんてことがあれば俺にも関わるからな。俺に関わればそれはシルビアやアイ、シーにだって関わることだ。先ほどは望みといったが、気がかりでもいい。殺したいほど憎いやつはいるか? 恨みを晴らしたやつはいるか? 呪いたいやつはいるか? 抹殺したいやつ、社会的に抹消したいやつ、何でもいい。お前にとって不都合な存在がいれば教えろ」
「……いやいや。物騒なことばかりじゃないか」
だってそれが一番簡単なんだもん。
シドドイの気がかりをやら望みやらを叶えてやるつもりはあるが、それが容易に終わるに越したことは無い。
「私が望むもの……それはもうありません」
「ん?」
「すでに私の望みは断たれました。グレイの……私のたった一人の弟の命はもうこの世には無いのですから」
あーはいはい。
家族が死んじゃったパターンね。
「いつ、死んだんだ?」
「一月前、でしょうか。そのすぐ後に私は奴隷となりました」
ふむ……場所によってはまだ間に合いそうだな。
死体が完全に朽ちて骨だけになっても【フリーリバイバル】や【メンテナンス】が効くかは分からないが、試してみるのも有りだな。
ちなみに【オートリバイバル】は効く。魂というか、意識を呼び起こす手間が無いからだと俺は思っている。
それにしても、シドドイが奴隷になる直前か。まだ奴隷になった理由を聞いていなかったが、弟の死に悲観して自暴自棄になったのかもしれんな。
それにしては第一印象は随分と明るかったが、まあそれは素の性格なのかもしれん。
「詳しく、聞こうか。場合によっては力になれるかもしれない」
死体さえ残っていれば俺がシルビアの風魔法でぱーっと行って俺がぱーっと蘇生させてやらんでもない。
そうしたらシドドイとシドドイの弟を合わせて俺の奴隷にでもしようか。シドドイの弟が俺の蘇生させた死体であるという事実からしてシドドイの弟が俺から離れるわけにもいかなくなるしな。
「はい。私の弟……グレイという名なのですが、彼は冒険者でした」
そして、シドドイの次の言葉で俺は諦めた。
シドドイの弟……グレイを蘇生させることを。
「ここから少し遠くにある『死霊山』。そこに向かったっきりグレイは戻ってこなかったのです……」
「うん……あそこかぁ」
「ご主人様はあの山を知っているのですか!? あの濃霧立ち込める死の山を! 入ったが最後、帰り道にすら迷うとされている山を」
よく知っているよその山。
何ならそこから帰還して来ましたよ今日。
「まあ……俺くらいの実力ならあそこに入っても帰って来れるからな」
「そうなのですか!? あそこから帰還が可能だなんて……」
「そうか、グレイは帰って来なかったのか……一か月前に」
死体の区別すらとうにつかないのだろうが、それよりもその死体の損傷は激しいはずだ。
俺が魔物と闘わせるために蘇生させ、そして燃やしてしまったのだから。
今となってはどれだか分からない。
だがまあ、俺の力でも蘇生出来ないってことは確かだろう。
「すでに弟のことは心の整理を付けています。ですがご主人様……ですが、1つだけ願いを叶えてくださるのなら弟の形見を見つけたいのです! 宝石の付いたネックレスでした。ちょうどシルビア様の御髪のような輝かんばかりの光を放つ宝石です」
宝石ねぇ。
あそこの戦利品はそこそこ拾ったけど、そんなものあったかなぁ。
とりわけ、ネックレスになっているんだったらな記憶に残っていそうだけど……あっ。
「……うん」
重ね重ね申し訳ない気持ちにならんでもない。
俺にも善なる心がちゃんとある証拠だ。
「よ、ようしシルビア……今から出かけるぞぉ……」
自分でも声が震えているのが分かる。
「どうしたんだい? そんなに汗をかいて。それにこんな時間からどこに……」
「……ばか! ……『死霊山』で拾った戦利品を売っぱらった店だよ。俺達で使えないからって言った装備やら何やらを全て売っただろ」
「ひやぁんっ!?」
シルビアに耳打ちする。
……言えないよなぁシドドイには。
弟を蘇生不可能までに焼却しちまった上に、その形見の品まで売っちまってしかもその金が今日の夕飯に使われただなんて。
あ、でも待てよ……。
「……別に燃やしたことは言っていいのか? よくある弔いか」
「……君、何かしら私の行動に対してリアクションは無いのか?」
「ひやぁんっ!?」
シルビアに耳打ちを返されてしまった。




