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40話 緑と青 3

「……ふぅ」


 自室へと戻り、山のように積まれた書類に目を通していく。

 今日入荷した商品や売れていった商品、各地に点在する商品の情報や各国の情勢。

 後は……有力な冒険者や注意すべき人物についての報告もある。

 こめかみを指で揉みほぐしながらため息を小さく漏らした。


「お疲れですか?」


 シュロロクライめ、目敏いやつだ。まさか気づかれるとは。

 その洞察力をもう少し他に回せばいいものを。


「……疲れたなんてものじゃない。お前は分からなかったのか?」

「何をです?」


 ……本当に、違うことに対して洞察力を上げて欲しい。


「『翠の巨人』……『緑鬼族』の奴はな、ああして話していた俺さえも愛する人間の対象に入れようとしていたんだぞ。会話を直接していた俺に情を沸かしたのか、愛せるところを探した末になのか……異常なまでの愛情の持ち主。博愛主義どころか盲愛主義だ」


 八方美人。尻軽。風見鶏。

 誰彼構わず惚れ、そしてとことん愛情を注ぎこむ。

 そしてその愛は寸分違わず深い愛に満ちている。

 広く浅く、ではなく広く深くだ。大海の深海より化け魚のごとく獲物を待ち構えているかのように、世界を愛の海に沈み込ませようとしている。


「……伝承はその能力にこそ注目していたが、恐るべきはあの性格ではないだろうか」


 もし俺が今後、『翠の巨人』について筆を取る機会があれば、真っ先に一文を書き殴るだろう。


『厄介な性格こそ何よりも恐るべきである』


 と。


「でも、こちらに愛を向けてくれているということは決して悪いことではありませんよね」

「うん?」

「それが親愛なのか友愛なのかは分かりませんが、グリセント様に対してあの『翠の巨人』が情愛を向けているならば、グリセント様に害を及ぼすことは無さそうですからね。敵対はしないってことです」

「違うな」


 この部下に対して何度目かはわからないが、否定の言葉を向ける。


「愛があるからといって害が無いわけではない。愛しているからといって敵では無いわけではない。愛しているが故に害するし、敵になることだってある。だから俺は、あいつを決して味方だとは思わない」


 さて、口を動かしている間に書類に目と手と頭を向けていたおかげか、山は崩れかけてきている。


「そろそろ昼食の時間か」

「今日はグリセント様の好物であるゴールデンバッファローのステーキです。こちらにお運びしますか?」

「ふむ。ちょうどいい。先約が俺にはあっただろう。そいつの分も用意して俺と合わせて2人分のステーキをあやつのいる場所に運ばせろ」

「……まさか共に食事を取るおつもりで?」

「ああ。さすがに机の1つでも置いておけよ? ああ、あいつは檻の中に皿ごと入れておけばいい。あくまで檻を隔てて、俺が勝手にステーキを食うだけだ。あいつ……『蒼の群れ』もな」





「……ゲホッ。何の用だ?」


 『蒼の群れ」。その1人である狼の亜人は檻の中で倒れ伏していた。


「捕獲時によほど手荒に扱われたか? ……いや、群れの連中にやられたか」

「……おかげさまでな。ゲホッ……肋骨と内臓のいくつかが潰された」


 ふむ。命に別状が無いからこそ、そのままにされているのだろうが、あえて苦しめさせ続ける必要も……あるか。それだけ力を失っているならば、脱走や反逆にこちらが合うこともない。


「そうか。なら、こいつはむしろお前を苦しめさせる材料になってしまったか?」

 

 俺が合図を出すと、檻の中に皿が置かれた。


 柔らかい身を切れば黄金の肉汁を出すことで有名なゴールデンバッファローの肉だ。

 肉汁の多さに反して脂身は少ない。まるで全て肉汁となって流れ出ているかのようだ。

 そして肉に残るのは純粋な旨味だけ。赤身であるにも関わらず甘味を感じられ、しっとりとした舌触りとともに肉を食っているという感覚を楽しませてくれる。

 正直、毎日食べたいものではあるが、高い。

 専属契約している冒険者から仕入れてはいるが、それだって数は少ない。ゴールデンバッファローの絶対数からして少ないのだ。


 その貴重な一枚を、俺は一介の商品に与えた。

 この意味を隣にいるシュロロクライは分かっているようで、『蒼の群れ』の前に置かれたステーキを目にして指を咥えていた。


「後でお前にも分けてやろう……格安で」

「……いえ。格安ででも私の一月の給料が消し飛んでしまいますので」


 それは言い過ぎだろう。そこまで安く雇っているつもりはない。せいぜい二十日分といったところだ。

 仕方ない、十日分で一枚くらい譲ってやるか。


 それよりも、今は涎を垂らしているこの狼の少女からだ。


「食いたいか?」

「……っ!? た、食べ……い、いるものか! ……ゲホッ」


 大声を出したためか、少女はまたも咳をする。

 果たしてそこには、血が混ざっていた。


「……シュロロクライ」

「はい」

「回復薬を。中等度のレベルのものでいい」

「はい」


 今度は理由を聞かれなかった。

 それくらいは、やつも分かっているのだろう。


 やがて俺の手に渡された回復薬を、檻の中に瓶ごと転がしてやる。


「飲め。内臓や骨がどうなるかはお前の回復力と体力、それに運次第だが咳くらいは止まるだろう」

「……」


 少女は警戒して薬に手を出さない。


「毒では無いから安心しておけ。殺すくらいならわざわざ捕まえる手間などしない。お前個人には何の恨みもないのだから」

「……」


 一瞬、躊躇ったのちに薬へと手を伸ばし、そのまま瓶に口をつけて一息に飲み干す。


「……甘い」

「ふん。今時飲みやすくなるような配慮くらいどこの薬屋もしているさ。少しばかり値が張るがな。お前の価値に比べればどうということもない。この薬も、その肉もな」

「……私をどこかに売るつもりか」

「そのつもりだ。客のニーズに応えるのが俺たち商売人だからな。お前を求めている客など捨てるほどにいる。せいぜい俺が最良を選んでやるから安心してお前はその力を振るうことだな」


 ああ、このままでは肉が冷めてしまうな。

 俺は、自分の目の前に置かれているステーキに一口食らいつくと、


「お前も食ってみろ。これは美味いぞ。狼の亜人なのだから、肉は好物だろう?」


 続けざまに俺は二口目の肉片を飲み込む。


「……私が一番好きなのは肉ではない」

「……狼なのにか? そのような情報は『蒼の群れ』には無かったと思うが。むしろ魔物の肉を好んで食べるとも聞いているぞ」

「ああ。だからこれは、私の個人的な好みの問題だ。肉よりも野菜。野菜よりも果物。果物よりも甘味。私は群れでさえも異質だ。ただでさえ世界からも隔絶された群れからも疎まれていた。……ふん、少しの疑いで群れから追われるのも時間の問題だったろうさ」


 なるほど。

 これだけ痛めつけられていた理由はそこか。

 

 『蒼の群れ』は身内だけで生活するという。

 他者を受け入れず、群れだけで一生を完結する者ばかりらしい。


 信用しない。この一言だけが群れ以外への共通認識。

 だが、群れの中であっても、身内であってもこの少女は受け入れられていなかった。少しの波紋で崩れてしまいかねない雪山のように危なっかしい立ち位置にいたようだ。

 

 それを俺たちは崩した。

 雪山は崩れ、雪崩となって、少女を押し潰し、傷つけた。


「群れに戻ろうとは思わないか?」

「……思うどころではない。思えない。あれはすでに私の群れではない。他の群れだ。居場所のない群れにあえて単身で踏み込めば、それは自殺行為そのもの」

「それなら奴隷として一生を終えることになっても構わないのか?」

「それこそ群れに戻るのと同程度に拒否する。群れからも、他種族からも解き放たれて、私は自由に生きる……ゲホッ」


 自由に、か。

 奴隷と最も縁遠い言葉を言うか。


「……まだ咳が出るのか? 風邪程度ならすぐに治る代物であったが……ああ、骨が肺に刺さっていたのか」


 むしろそれであれだけ元気であったのはさすがというべきか。

 尋常でない痛みに襲われていたはずなのに、大声をあげていたのだから。呼吸すら苦しいはずなのに。


 ともかく、咳を未だにしているのは病にかかっているわけではないはずだ。

 それならば、その咳は後遺症のようなものか……まあいずれは治るだろう。腐っても……追い出されようとも『蒼の群れ』の一員であるなら、それくらいの治癒力は持っているはずだ。


「まあお前がどう生きたいのかは関係ない。野菜が好物だろうがも、な。先ほどステーキを見た時にお前の目は生気を取り戻していたぞ。野菜も好きだが肉も好きなのだろう? 俺に弱みを見せまいとするその意気は良いが、食える時に食って回復しておけ」


 必要以上に回復されては困るがな。

 それでも、警戒さえしておけば問題は無い。


 未だステーキに手を伸ばさない少女を尻目に


「せいぜい自由な心を持つことだな。無期限に働かされるわけではないだろうから、いずれは解き放たれる。それを待って、奴隷生活を耐えておけ」


 自分の分を食べ終わると自室へと戻るのであった。





「『翠の巨人』に『蒼の群れ』か……」

「『蒼の群れ』の少女は精神はともかく肉体の損傷が強いですから、それには注意が必要ですね。ただ、不気味さというか、『翠の巨人』にあった理解できないような感情を『蒼の群れ』には感じませんでした」


 思っていたよりも普通であった。

 それにシュロロクライは首を傾げていた。


「……『蒼の群れ』自体が普通ではないからな。それ自体が異質な場所から更に生まれた異質。マイナスにマイナスをかけてプラスに戻った……俺達にとっての普通になったということだろう」

「少女扱いしていいものか悩むところですね」


 それは俺も思うところだ。

 普通の……普通の定義も曖昧ではあるが、少女の奴隷は珍しくはない。同様に扱えばいいというのなら、どれだけ楽か。

 しかし、あの少女はそれでも『蒼の群れ』。心は少女でも、肉体は少女とはかけ離れたものがある。


「ところでグリセント様」

「なんだ」

「あの2匹の値段は付け終わりましたでしょうか。これからの扱いは値段によっても多少変わります。優遇……というよりもどれだけ冷遇しないか、なるべく痛めつけないよう調教係にも言いつけるためにも値段は必要ですので」

「それだがな……」


 少しばかり悩んだ後に俺は筆を走らせる。


「……これでとりあえずはやっておいてくれ」

「これは……!?」


 シュロロクライは驚いた顔でこちらを見る。

 俺だって同じ気持ちだ。

 だが、これはスキル【勘定】によって導き出された『適正価格』なのである。

 ならば、俺としては無視することはおろか、自分勝手に書き加えることもできない。


「どちらにせよ大金が付けられることは予想出来ていた。ならば扱いは丁寧にだ。だが、丁重には扱うなよ? あくまであいつらは奴隷だ。それを忘れさせられて客人のように居座られても困るからな」

「はい。承知しました」


 他の為に植物の力を振るう『翠の巨人』。

 群れの為、ひいては自己の為に生きる『蒼の群れ』。


 この2人の奴隷がこれからこの街にただ居続けるというのも無理な話だとは思う。

 必ず、影響は出て来るはずだ。


 だから早いところ売り捌いてしまいたい気持ちもあるのだが、未調教で売りに出すのも俺のプライドと商人魂に傷を付けることになる。


「……念の為だが冒険者の連中を何人か警護に加えておけ。期間はあの2人が売れるまでだ」

「手配しておきますが、ランクはどの程度で?」

「……Cを2、3人。もしくはDをその倍だな」


 これだけでも相当な出費ではあるが、元々1人解雇になっている。

 賠償金云々は考えたくなかったが、それこそ無視だ無視。


「お前も覚悟しておけよ。これから先は何が起こるか分からない。分からないのなら予想出来ることは全て対応出来るようにしておくんだ」

「はい!」


 こうして、俺の奴隷商会に今日もまた商品達がやってきた。

 人間とは十人十色、千差万別だ。それだけ異なる商品もあるし、求めてくる客も違う。

 あらゆる客に対応できるからこそ俺の店はここまで繁盛した。


 誰があれらを求めるか分からない。

 だが、確実に大きな商売になることだけは俺に【鑑定】のスキルが無くとも、【勘定】だけでも、容易く予想出来ることであった。


まあこの辺りは番外編みたいなものに近いのですが、これから先の展開を考えるとこの辺りで出しておこうかなと……。

いずれは再登場させるつもりですので(忘れた頃にかもしれないですが)、まあこの小説自体が更新遅めというか気分次第なのもあるので、首を長くしてお待ちください。

あと、感想頂けると早くなるかも(笑)

何でもいいよ……短くてもいいからね! それだけで嬉しいのさ

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