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39話 緑と青 2

「……さすがの俺も緊張してくるな」


 『翠の巨人』、とかつて呼ばれていた種族を前にして俺はそう漏らす。


 巨人種の亜種でもある『緑鬼族』。

 その能力は、天災そのものといってもいいらしい。……らしい、とは俺がこの目で直接見ていないからまだ信じ切れていないからでもある。


 だが、この目の前にいる、薄らと緑の鱗を身に纏い角を生やした人間と同じ大きさの亜人を前にして、俺は確信した。


――『翠の巨人』の真偽はともかく確かに秘める力はあるな


 俺の【勘定】が注げている。

 高値で売れる逸材である。

 それは、何かしらの理由があってこそだ。


「拍子抜け、しましたね」


 シュロロクライが首を振る。


「『翠の巨人』。世界を壊すことが出来る可能性を秘めた化け物。そう言われていた種族でしたが、なんだ、巨人ですらないじゃないですか」


 目の前にいる、人間大の巨人を見てシュロロクライは笑った。


「仮に、ですよ? これがまだ子供だとしても小さすぎる。巨人種の子供ならこの店でも何匹か扱ったことがありますから俺にも分かります。巨人種の子供はもう一回り大きい。子供と大人の区別なんかほとんど大きさでは付かない」

「区別は筋肉の付き方で測るから、か?」

「ええ。筋肉の付き方や立ち振る舞い、重心位置を見て子供と大人の区別を付ける。巨人種を知っているなら当たり前のことです」


 だから、目の前にいる『翠の巨人』など大したことない、とシュロロクライは笑った。

 こんな赤子に出来ることなどないと。


「まだ目が肥えていないか。それとも養えていないのか?」

「……と、いうと?」


 シュロロクライめ。名前だけ知っておいてこの巨人の特性を学んでいないのか。


「いいか、『翠の巨人』は自然……こと木々を操ることに長けた種族だ。いや、木々そのものと言ってもいい」

「はぁ……」


 だからどうした、とばかりにこちらを見てくる。


 ……こちらがため息をつきたくなってくる。


「木だ。植物とは陽の光を浴びて成長するだろう? 水とか空気とか野暮なことは言うなよ。つまり、植物の力を司る『翠の巨人』も同様だ。奴らは陽の光を浴びることで活性化する。意図していないだろうが、地下に入れたのは正解だな」


 陽の光が無ければただの巨人種に過ぎない。

 それどころか、力を失い枯れた植物のように小さくなる。


 それこそが、目の前にいる人間大の巨人種の正体だ。

 彼らは陽があれば無限にも等しい力を得る。

 しかし、陽が無ければ目の前にいるような赤子のように非力となる。


「陽の力で成長する……木々が見上げる程に大きくなるように」

「そういうことだ。だから油断するな。会話はともかく栄養分となるものは勝手にやるなよ。俺が決めたもの以外は口に入れさせるな」

「わ、分かりました……」


 俺はシュロロクライを下がらせると、その場にしゃがみ込み、檻の中で座り込んでいる『翠の巨人』と目線を合わせた。


「……」

「ふむ。良い目だ。恨みでも嫌悪でもない、その目は確固とした自分を保っている目だな。俺はグリセント・スパラシア。この商会の主をやっている」

「商会……?」

「言葉が通じるか。何よりだ。商会とは、つまりお前をどこぞの富豪なりに売りつける場所のことだな。なに、待遇は良いはずだ。悪いようにはされないだろうさ」

「つまり……僕は奴隷になったの……?」

「そうとも言うな。運が悪かったと嘆くのも良い。世界の不条理を恨むのも良い。だが忘れるな。それはお前自身の力が招いたこと。他の誰かであったなら俺の配下も魔物に襲われた者を助けるだけに終わったであろう。だが、お前が『翠の巨人』であったが故に、お前はこうして囚われることになった」


 噛み砕いて、含めるように言い聞かせる。

 お前が悪いのだと。

 これはどうしても避けられない運命なのだと。

 俺以外も、世界中の人間がお前の敵なのだと。


 言い聞かせることで逃げ場がないことを理解させる。


「……いい」

「うん?」

「……そんなことはどうでもいい」

「……なんだと?」


 そんなことは、だと?

 俺が言ったのは『翠の巨人』、つまりはこいつ自身のことだ。

 自分が世界から狙われている存在であると、語られているのだ。

 それをどうでもいいだと?


「僕自身のことなんて、そんな些細なことはどうでもいいんだ! 僕が助けようとしたあの子たち……あの兄妹は無事なの!?」


 兄妹……? ああ、魔物をおびき寄せる際に使われたという囮のことか。

 となると、捕獲に関して指揮を行っていたのはロウガか。


 あいつらしいやり方だ。

 俺は囮を使って魔物をおびき寄せ、『翠の巨人』に守らせろと指示しただけだ。

 それを俺の部下は弱者を囮に使ったのだろう。奴隷の1人か2人を使い、それを補って余り得る程に高値の付く『翠の巨人』のための経費だとでも考えたのだろうな。


 ……俺は子供に似せたオートマタ―でいいと言ったのだがな。

 恐らく、廃棄に近いものをロウガは使っただろう。そちらが安く済むからと。


「……無事だ」


 心の中で思ったことと真反対のことを俺は口にする。


「お前が助けたのだろう? 魔物を全て倒したのだろう? それならば無事に決まっている。あの子共らを害する者を排除したならば、すでにどこかで幸せに暮らしていることだろうさ」


 あるいはこの世の絶望から幸せな世界へと旅立っているかもしれんがな。


「……そう。良かった」

「ふん。自分よりも他人が大事だとでも言うクチか? 己を犠牲にして他を救うなどただの自己犠牲。必ずどこかでツケが回ってくる。救われた側も、救った側もだ。今回は救った側だったようだがな」

「……愛する人を救えないなら、生きている意味なんて無いよ」

「愛する人? お前が今回助けたのは見知らぬ誰かだろう。まさか、顔見知りだっただなんてわけではないはずだ」


 ああ、後で確認せねばならない事項が増えてしまった。

 ……ロウガの用意した奴隷だか何だかがこの『翠の巨人』に知られていた。

 それがなんだと言われれば、まあどうでもいいことなのだが。想定外の出来事というものは気持ち悪いからな。


「……顔見知りじゃない」


 しかし、それは俺の杞憂であったようだ。


「会ったばかりの、魔物に襲われているのを見たのが初めての兄弟だった……。だけど、それがどうした。会ったことが無い。その程度のことが愛する人ではないということには繋がらない。会う会わないじゃない、僕は会ったことの無い人間だって愛しているんだ」

「まるで世界中の人間を愛している、と言いたげだな」

「愛しているけど、何か?」


 言い切られてしまった。

 それだけは、その迫力に俺は圧倒される。


「……ふん。博愛主義者だとは聞いていたが、ここまで好き嫌いの無い連中だとはな。『翠の巨人』はだからこそ、世界を滅ぼす可能性を秘めているのか」


 見知らぬ人間を助けるのならば、見知っている人間の為に何処まででも出来るのだろう。

 敵に回したが最後、地の果てまでも追いかけられるに違いない。それも、この『翠の巨人』以外を傷付けたという理由で。


「全く、愚かな種族だ」


 そしてだからこそ扱い易い。

 人質といった類が容易に通用する輩だ。


「愚か、ね。僕達を笑う人間もたくさんいることを僕達は知っている。だけど、仕方ないだろ? 愛なんてものは理屈じゃ測れない。自分の理性なんてものとは無関係に体を突き動かしてしまうからこそ、愛は尊くて、僕達の原動力になるんだ」

「……付き合っていられんな」


 これ以上の会話は時間の無駄だ。

 すでにこいつの価値は測り終えている。

 間違いなく、高価である。


「査定は終了だ。お前にはその力に相応しいだけの値段が付く。……何時になるかは分からんが、解放された後にその幾割かはお前の手に渡ることだろう」


 最後にそう言い残して俺は『緑の巨人』との会話を終え、自室へと戻った。



 俺の【勘定】が定めたこいつの価値はこれまで扱った商品の中でも最高金額であった。


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