38話 緑と青 1
色々書きたい話があるけど、とりあえずこれだけ
【グリセント視点】
『適正価格』とは、顧客の満足する価格かつ、売り手が利益を得られる価格である。
高過ぎてはいけない。それでは顧客は寄り付かない。
安過ぎてはいけない。それでは供給元が生活できない。
ニーズと利益の間にある1本の線のうち、どこまでを売り手側に傾けるかが、一般的な商売人のやり方であろう。
だが俺は利益を優先しない。まずは顧客の満足度を上げる。
客が品物を見た瞬間に思い浮かべるであろう値段。それに少しばかりこちらの手間賃を加えた値を提示する。
高い安いなどは問題ではない。まずは客を寄せ付けていくことから始めなければ、商売など成立しない。
成立しなければ、売れない。
売れなければ、商売は出来ない。
悪循環のように何時まで経っても終わらないループから抜け出すには、売ることから始めなければならないのだ。
しかし忘れてはいけないのが品質である。
いくら客を寄せ付けたいからといって、安くしようとしたいからといって、品質を落としてはいけない。自分達を貶めてはいけない。
品質は最高にし、価格は落とす。
あくまで利益の多くを求めてはいけない。
それが俺の――グリセント・スパラシアのやり方だ。
「グリセント様。あの2体の準備が整いました」
「ほう。ついに届いたか。この商売を始めてから何時かは扱ってみたいと思っていたが、まさかこんなに早く、しかも同時に2人も俺の下へ来るとはな」
それは、どこぞの初心者のようでいて死体のような濁った眼をした男を相手に商売をした数日後のことであった。
……あまり思い出したくもない。借りを作りたくない相手に失態を冒してしまったというのは、本当に寝ても覚めても気が休まらない。
部下の不祥事、か。良い勉強になったとはいえ、そこらの有象無象にいる冒険者相手に大金を吹っ掛けられた方がマシであった。
とはいえ、そんな過去ばかりを振り返る俺ではない。
客は去れども品物は絶えず仕入れてくる。付近の村はもとい、世界中の街からも品物を仕入れている俺にとっては数あるうちの商売の1つが失敗したと思い込まなければ次にやっていけない。
「今はどこにいるんだ?」
「最下層です。緑はともかく、青は目を離せば逃げ出す可能性もありますので」
ふむ。やはり自分で育てた部下は違う。
ちゃんと、俺のやり方を学んでいるな。
手が付けられない品物は地下に。俺の言い付けを守っている。
「……廃棄用よりも下、地下3階であろうな?」
「はい。下手に他の奴隷と合わせてしまえば、今度は緑が暴れ出してしまいますので」
やはり良い。
個として脱走してしまう可能性が高いのは青であるが、群れとして脱走する可能性が緑が高くなる。
分かっているじゃないか。
「ですが……よろしいのですか? 緑と青も分けておいた方が、結託される可能性があるかと思うのですが」
「分けてしまえばそれだけ人員を要する。緑と青以外にも手を焼く品物は数多くいるのだ。その2人が特別だからといって、2人以外が特別でないわけではない。……そもそもあの2人は結託などしない。緑はともかく青は他種族など信用しないのだからな」
『蒼の群れ』
『翠の巨人』
かつてそう言われていた2つの種族があった。
それぞれ、『青狼族』、『緑鬼族』という亜人種としての名もあるのだが、有名なのは昔からの通り名である。
曰く、両種族とも世界を滅ぼす力を秘めているとか。真実は定かではないが。
どこぞの国で亜人が迫害される原因となったとも聞く。それも、噂に過ぎないと俺は思っている。
分かっていることは、こいつらは高く売れる。
適正価格を志す俺であっても、適正価格内の売価がとてつもなく高いのだ。
……俺がこの店の2店舗目を出すか悩む程には。
「まだ未教育だったな。教育係は誰が?」
「チョウガとジナです」
「ふむ、良いだろう。あの2人であれば数日で教育は終わらせるはずだ」
どちらも俺がこの商売を始めてから他店からスカウトしたベテランだ。
品物に過度なストレスを与えない。良質な品物を作り出してくれると客にも好評である。
「それにしても――」
「うん?」
「それにしても、運が良かったですね」
「ああ、本当に運が良かった」
「緑は弱っているところを捕獲でき、青は一族に放り出された固体をそのまま入手できた。他の同業者に持っていかれる前に我々が手に出来るとは……これもグリセント様の豪運あってこそのもの」
俺の護衛兼、販売員である男――シュロロクライは嬉しそうに言う。
……俺が教えたのは品物の扱い方と売り方であって、そういえば買い方まではこいつには教えていなかった。
まずはこいつの勘違いから解いていかなければ、か。
「何を言っている?」
「はい?」
「それは俺が仕組んだことだぞ。緑の周囲に弱固体の種族と獣を配置することで意図的に緑を弱らせた。青の方は敵愾心と不安感を募り疑心暗鬼になったところで群れを出るよう唆した。どちらも、俺の指示によるものだ」
「しかし……先ほどは運が良かったっていう俺の言葉に同意を……」
「それは2種の個体を発見出来たことへの同意だ。そもそもで絶対数の少ない2種だぞ? どの同業者も見つけることに躍起になっているが見つけた後は多くがそれを商品として手元に置いている。……あのくらい出来なければ奴隷業などやっていけない」
シュロロクライは少し青ざめた顔で下を見ていた。
……少し意地が悪すぎたか。
先日も1人、ここの店を追い出した男がいる。金を全て奪い、衣服すら最低限しか残さなかったこの店の従業員だ。
俺の機嫌を損ねればすぐさま同じ目にあわされてしまうとは、従業員全員の同意見ではないだろうな?
「……と、そういえばお前にはこういった話は初めてであったな。次は同行させよう。俺のやり方をよく見ておけ。いずれは任せる日も来るのだからな」
「は、はい!」
仕入れは俺とあともう数人の直属の部下でしか行っていない。
今も世界中を飛び回っている俺の部下が絶えず良質な品物、あるいはその原石を見定めているおかげでこの店は成り立っている。
「結局は経験と知識が商売では全て……ではない。少しばかりの運も必要ということだな。同じ客はいない。だから、違う品物が売れる。違う品物を仕入れておかなければ違う客は来ない。お前にもそれは出来ると俺は思っているのだ」
「……期待に応えられるよう、誠心誠意努力いたします」
さて、こうしたシュロロクライと商売について話を興じているのもいいが、やっておかなければならないこともある。
「緑と青、今はどちらが安定している?」
「青はその気性の荒さから安定している時間帯は少ないです。食事時がよろしいかと。緑はほとんどが安定していますね。逆にこちらが不安になるくらいに。……今からお会いになるのでしたら、緑がよろしいかと」
「そのようだな」
今回の品物はどちらも捕縛という形でこの店に置いている。
警戒心は残っていることは想像に容易い。
どちらから崩すか、それは俺の仕事ではなく教育係だ。
俺がやることはただ、品物を見ることで価値を定めることだけ。
「【勘定】を行うのですか?」
【鑑定】スキルならぬ【勘定】というスキル。
ものの価値を見極めることの出来るスキルだ。
「ああ。直接会話を挟まなければならないのが億劫だがな。だが、それで適正価格は分かる。これから先、どれだけ上がるかは教育係の腕次第だがな」
【鑑定】程ではないが、【勘定】もそこそこにレアなものだ。
少なくとも、生きていくうちで品物の売買だけは損をしなくなる。
道を行けば損をする買い物をしている者は多くいるが、俺は生涯そんなものはしない。
適正価格で買い、適正価格で売り続ける。少しばかりの利益を乗せて。
「まずは緑を【勘定】した後、青は夕食時にでも【勘定】しよう。気を抜くなと伝えておけ、伝説にあと一歩で成りかけた種族の末裔。決して、軽く扱っていい品物ではないことを」




