36話 アイとシー 6
あけおめー
事の始まりは、グリセントの奴隷商会に勤める店員の男がアイとシーに目を付けたところから始まった。
まだ狐耳を持つ双子の姉妹が自分の命の値段を付け、自ら檻の中に入った頃。
その時は奴隷という立場がどれだけ厳しく、辛く、文字通り身を削るものなのかを知らなかった2人は、清潔な布に身を包み、それはそれは愛らしかったという。
……いや、今でも愛らしいんだけどな?
可愛らしい俺のお人形だ。
ともかく、その愛らしい少女2人……年齢的には幼女と言っても差し支えない2人に目を付けた男が居たというわけだ。
その男の性癖は言うまでもなく、幼女愛好家の類。
働いた金でその手の店に通うこともままあったららしい。
さて、そんなロリコンの男がアイとシーを見てどうしたかというと、どうもしなかった。というか、何も出来なかった。
グリセントの方針で奴隷に対して手を出すことは勿論不可能なのだが、従業員はグリセントの店で奴隷を買えないらしい。
従業員割引どころか買取禁止。
その理由は、ひとえに奴隷の質を落とさないためにあった。
奴隷は健康状態や技能によって値段が変わる。
だから、安く買おうとすれば健康状態の悪い者や技能の低い者を選べばいい。
それを、従業員であれば意図的に行うことが出来る。
質の悪い奴隷を選ぶ、ということではない。
質の奴隷に仕立て上げる、ということだ。
安く済むようにわざと健康状態を悪くし、技能を学ばさせない。
飯を抜く。
教育に手を抜く。
自分が奴隷を買う際に安く済むように。
そんな、横暴で横領じみた奴隷の扱いが始まることを危惧したグリセントは、その予兆が起きると同時に、奴隷の売買はあくまで客のみとした。
実際にそれが以前にも行われていたのかは、グリセントの口からは出てこなかった。まあ、それっぽいことが起きたらすぐに対応していたのだろうが。
そんなグリセントの従業員への締め付けが、今回の事件を生み出したのだ。
危うく俺も死ぬところであった。
シーに至っては死んでしまった。
アイが死んだ理由も、もしかしたらその男が一枚噛んでいたのかもしれない。
奴隷を売買する商会としてこれはどうなのか。
どのような対応をしてくれるのか。楽しみだ。
「……で? どう落とし前をつけるつもりだ?」
以前に案内された……というか、俺達が勝手に乗り込んだ最上階にある部屋に俺達はまたも乗り込むと、グリセントに事の次第を話した。
伏せるところは伏せて、俺のスキルが回復に特化したものだと誤魔化し、アイとシーは何とか回復できたことにする。
縄で縛り付けた男を床へと転がすと、テーブルにドサリと足を置く。
少しお下品だが、まあ許してくれるだろうこのくらいは。
グリセントは何も言わずに黙って俺の話を聞いていた。
「あと少しでシーは死ぬところだったぞ。お前のところは売った奴隷に魔法をかけて主人と奴隷を殺すアフターサービスまでしているのか?」
「いや……」
グリセントは焦っているようであった。
まさか、このようなことが行われているとは思ってもいなかったのだろう。
床に転がった男を睨みつけている。
「……何であれば補償出来る? 幸いにも奴隷の命は助かったようだが、金で許す……ような男ではないのだろうなお前は」
「よくわかってるじゃねえか」
グリセントは大きく溜息をついた。
まあグリセントも加害者被害者で分ければ被害者の方だ。
ただ部下の後始末と責任を背負わされているだけ。
だが、ここで臆する俺ではない。
「とはいえ、まずは金だな。シーの分を貰うくらいはいいだろう?」
「そうだな。おい、持ってこい」
すぐさま金は用意された。
袋の中を見れば少しばかり多い。
「口止め料も含まれている。この件はどうか、内密に済ませてほしい」
これには従うしかないだろうな。
嫌だと言えば、もしくは欲を出せば俺達は命を狙われるだろう。
一回くらいの戦闘ならば俺の死体達で対処してやるが、四六時中狙われるのは疲れる。
妥協も時には必要だ。
「まずは、と言っていたが、他に何か欲しいものでもあるのか?」
グリセントは俺をも睨む。
ううむ、これはどうしようかね。
この金だけで満足するべきか否か。
答えは、
「まだ俺の命分の補償が無いだろう? そこの男はアイに魔法をかけて俺を殺そうとした」
男はアイとシーを手に入れられないことが分かると、ひたすら眺めることで何とか己を満たしていた。
売れないように、少しだけ環境を悪くしストレスを溜めさせる。
アイの病気はこの辺りが原因だろう。
廃棄用の奴隷となった際には自分が死期を看取ってやろうとも思っていたと言う。
だからまさか、アイとシーが売れるとは思ってもいなかったようだ。
俺達がクエストやらで金を稼ごうとした時、男は精神魔法をアイに使った。
主人を殺し、自由になれるように。その後は男自身が2人を探し、自分の家に連れ帰るつもりだったらしい。
だが、アイは死んだ。精神魔法がトドメとなったのか、単に病気によるものかは分からないが。
男は心のうちで嘆きながらも、俺の物にならなかったことを喜んだ。
だがしかし、俺は蘇生スキルを持っている。
死体となったアイを蘇らせた。
と、ここで1つ、シルビア先生の講座があった。
精神魔法。精神を操る魔法。
その分類、司る属性は黒らしい。
黒魔法をかけられたアイ。
そして、続けてかけられた蘇生スキル。これも黒魔法の類だ。
黒魔法と黒魔法。程度や種類の違いこそあれ、2つの魔法は相乗し合った。
アイが死んだことで一度は失われた精神魔法は再びその効果を取り戻した。
『滅多にあることでは無いよ。ただまあ、火魔法を使った時に、さらに火魔法を追加で使えば火力が上がるのと同じと思えばいいさ』
とはシルビア先生談。
蘇生スキルによって再発動した精神魔法。
それを察知出来たのは使用者だからだろう。
男はすぐさま魔法の繋がりを辿り、俺達の泊まる宿の付近で待ち続けた。
アイが俺を殺すのを。
男にとってはなぜアイの精神魔法が再び発動したのか分からないだろう。
運良く回復したから、くらいにしか思っていないはずだ。
だから、失敗した。
蘇生スキルによって再発動した精神魔法は、蘇生スキルによって阻まれた。
俺を殺すことに失敗したことを察せなかった男は待ち続ける。
そして俺達に見つかった。
そういうわけだ。
「まあ安心してくれ。そこまで大したものじゃねえよ。まさか俺の命分の金を貰うわけじゃない。そんなの、到底払えそうにないからな」
「そんなことはないと思うがな?」
さーて、ふっかけてやるか。
「お前のとこの奴隷を追加で1人寄越せ。この階層にいるやつだ。勿論、金を払う気はないぞ?」
さて、どうだ?
駄目なら少しだけ金を上澄みして帰ることにするが……。
と、グリセントは意外そうな顔をしていた。
「それだけでいいのか?」
「え?」
それだけって?
奴隷って高いだろ?
結構ぼったなって自分でも思ったんだけどな。
「いや、お前がそれでいいならいいんだ。俺としては、な」
「なんだその言い方は。……で? 答えはどうなんだ?」
「ああ、いいだろう。最高級の奴隷を1人、好きなのを選んでいってくれ」
それならすでに決めている。
俺が選ぶ奴隷は今日の食卓を左右するやつだ。
アイとシーに料理を教えるにも、その先生が欠けているし、一朝一夕に身につくとは思えない。
掃除はまあ俺も頑張ってやるし、すぐさまアイとシーに求めるものはシルビアを朝、顔を洗わせるくらいだろう。
なればこそ、料理のスペシャリストを奴隷として仲間に引き入れようではないか。
そして、生きた人間を。
グリセントから受け取った金を手の中で弄びながら、
「俺が欲しい奴隷は」
その名を俺は口にした。
「んじゃ、後で俺の泊まる宿に届けてくれ」
「分かった。その、迷惑をかけた。完全に俺のミスだ」
管理不足。グリセントの言うミスとはそういう事なのだろう。
「ミス……ねぇ。まあいいやそれでも」
「何だ? はっきりと言え。俺もだが、お前も口数は少ないほうだろう?」
「いいや、俺もお前も口数は多い方さ。ただ心の内側を固く閉ざしているだけ」
一瞬、呆けた後にグリセントは苦笑した。
「……だな。人を信用しないという点で俺達は似ている」
「それだ。お前はミス、と言った。その意味は、お前は部下を掌握しなければいけないと思っているからミスと言ったんだろう? 他人を信用せず、自分の思うがままに動かす。それを出来なかったミス」
「そうだが? それが何か?」
「いいや、それは俺とは違うなって思っただけさ。俺は他人を信用する。信用して尚、信頼はしないだけ。人心はすぐ変わる。任せることも時には必要だと割り切っておけ。じゃなきゃ、また同じことを繰り返すだけだぜ?」
「……肝に免じておこう」
さて、そろそろ帰るとするかね。
仲間もとい奴隷が一気に増えて手狭な宿もいずれは住まいを変えなきゃいけない。
……家を買うか、それともどこかへと旅に出るか。
めんどいから家を買うかね。
奴隷を買える今の俺ならマイホームだって夢じゃないぜ!
「あ、そうだグリセント。この奴隷のやり取りだが、お前だってメンツがあるだろう。あくまで売買した関係でいこうぜ」
俺はグリセントから受け取った金の入った袋を投げ返す。
「この金で俺は新しく奴隷を買った。お前は店主で俺は客。その関係を崩す気は俺には無いんでね」
「……ふっ。足りないにも程があるのだがな。まあいいだろう」
俺は立ち上がる。
シルビアに預け、静かにさせていたアイとシーに向き直ると、
「何か、古巣のボスに言いたいことでもあるか?」
シーはふるふると首を降る。
アイは、
「正直、何もないです……。ここには無理やり捕まえられて来たわけでも売られて来たわけでもありませんから」
ここには自分の足で来た。
グリセントに恨み言を言うのはお門違いだと理解しているのだろう。
「んじゃ、帰るか。今度こそ、飯だ飯。ちゃんと食おうぜ」
宿には昨日持って帰って来た夕食がある。
シルビアの火魔法で温め直せば美味しく頂けるだろうよ。
「じゃあなグリセント。次に会う時は……その時も俺は客だろうよ」
「そうであることを俺も祈っている」
ジャラジャラと、ズボンのポケットに入っている小銭を鳴らしながら俺は部屋を出て行った。
言うまでもなく、グリセントに袋を投げる直前に少しばかり抜いておいた小銭である。
ことよろー




