34話 アイとシー 4
お、また評価されとる。
いつもいつもありがとうございます。
「それで、もう満足したか?」
未だ俺の眼前にナイフを突きつけて震えているアイの手を取る。
「アイ、お前は俺を殺すことが出来ない。悪いがお前を救った時に1つの枷を掛けさせてもらったからな」
「……」
手首を捻り、ナイフを握る手から力を無くさせると、アイはいとも簡単にナイフをテーブルに落した。
カラン、という音を店内に響き渡らせる。
その音によって周囲にこの騒ぎがバレてしまうかもしれないな、と思ったがそれは杞憂であった。
とっくにバレていた。
俺にナイフを突き立てようとアイが立ち上がった時に。
「……宴もたけなわ。そろそろ場所を移すか」
シルビアの方を見る。
呆けていたシルビアだが、俺と目が合った瞬間、俺の言いたいことを理解したのだろう。
アイの体から力が抜ける。
俺は手首を握っていた手を離すと、そのまま体を抱き上げる。
シルビアの魔法だ。俺を強制的に眠らせた例の魔法だろう。
……あれって属性的に何なのだろうね。
「シー、行くぞ。シルビア、会計はこれでやっておいてくれ。俺とシーは先に行くから追い付いて来い」
「分かった」
「え……? いったい何が……?」
……こいつもか。
混乱しているシーの腕を掴むとやや乱暴に立たせて店外に連れていく。
「話は宿に戻ってからだ。ああ、喉が渇いていたり、腹がまだ減っているんなら戻るまでに言え。そこらの屋台のでいいなら買ってやるから」
あえて今起きたことについてはシーに話さない。
そこまで話そうとすると、結局は長くなってしまい宿に戻ってからシルビアと話すのに二度手間になってしまう。
「あの……もう食べ物はいいです。だから……アイのことは……」
「安心しろ。殺すつもりはない。それどころか咎めるつもりがない」
「え? それってどういう……?」
そもそもでアイの様子はおかしかった。
それは蘇生させた時から。
あの、最初に会った時にアイにあった理知的な雰囲気は一掃されていた。
「俺の予想が正しければ、だがな。アイが俺に殺意を持っていたことが逆に俺の命を救ったのさ」
「……?」
シーはますます俺の言葉で混乱しているが、それに応えず
「シルビア、追い付いたか」
「ああ。ほら、これをもらうのに手間取ってな」
そういってシルビアが出したのは料理の乗った皿であった。
それぞれ紙皿のようなものに乗っているのを器用にシルビアは持っている。
「シー、2つ受け取ってやれ」
「は、はい!」
シルビアの持っていた5つの皿のうち2つをシーが受け取る。
「大半がまだ手付かずだったからね。貰って来たんだ」
「こんな皿があったのか」
文明度高いな。
この世界に紙があることくらいはクエストボードに貼ってある紙から分かっていたが、皿を作れるとは。
「私の自作だ」
少しドヤ顔をシルビアはする。
「ほら、私って研究者だろう? 様々なものに手をつけていたんだが、これもそのうちの1つでな」
「ああ。そういえば自宅を半壊させていたな」
火事で崩していたっけ。
「うっ……それは言わないでくれよ。まあ、それはそれとして、この皿もな、私が作ってだな。食べきれなかったら貰ってこようかと思って用意しておいたんだ」
「ふうん?」
自宅は燃えていたからそんな紙製のものは残っていないはずだが。
そのうち聞いてみるか。
それよりも今は別のことをシルビアに確かめる必要がある。
宿に戻ってすぐさまシルビアに聞く。
「シルビア、アイを見てくれ。【鑑定】だ」
ベッドに寝かせたアイを見て俺はシルビアに命令する。
「ああ。君に言われなくてもやるつもりだった。彼女は明らかに……」
「精神があまりにも不安定過ぎた。情緒不安定にも程がある」
笑っていたかと思えば突然俺にキレる。
そもそもで、生き返らせた時の態度が明らかにおかしかった。
「シルビアの目なら、こいつの状態も分かるんだな?」
「無論だ。骨折や病気といった身体の異常だけでなく、精神の異常……精神魔法すらも私の目なら見抜けられる」
精神魔法……な。
俺と同じ考えだが、そうだとしたらその魔法をかけたやつがいる。
「……ふむ」
一目見ただけで、シルビアにはアイの状態を見極めたようだ。
「どうだった?」
「ああ。やはり精神系の魔法をかけられているな。こと殺意や激情といった感情を強く発現させる魔法だ」
「誰がかけたのか……術者の正体は分かるのか?」
「私の目なら簡単だな」
「魔法の解除は?」
「エルフとしての私の魔法の才があればそちらも簡単だ」
つまり、アイのこの状態を治し、かつ誰の仕業なのかも分かるということだ。
「……あの、アイは大丈夫なんでしょうか?」
おずおずとシーが不安そうにアイを見る。
俺に懐いたと言っても、やはり一番はアイか。
「今は眠らせているだけだ。シルビアが魔法を解くか、自然に起きるかだが……まだ眠らせておこう」
「同感だな。今起こしても下手に事態をややこしくするだけだ」
それよりも先にやることがある。
「近くにいるのか?」
シルビアに尋ねる。
誰が、とは言わずもがなだろう。
術者本人のことだ。
「ああ……宿の傍にいるのだろうな。この魔法は遠くからはかけられない。常に私達の傍にいたはずだ」
そうか。
それなら、シーに1つ役立ってもらうか。
「シー、お前達狐耳の亜人は確か聴覚に優れていたよな?」
「はい! 耳と鼻には自信があります」
「それなら結構。シルビア、お前は待機だ。ここでアイを看病してやってくれ。シー、お前は俺についてこい。そして、今から言う条件に合致する臭いのやつがいたら教えてくれ」
俺はシーに条件を言うと、シーは鼻を動かして周囲を索敵し始める。
「アイの護衛は分かったが、君は大丈夫なのか? 下手をすると戦闘になるぞ?」
「こんな街中で大事には出来ないはずだ。まあ、そこらの死体を使ってどうにでもするさ」
「……なら、何も言わないが。まあシーが付いている。その身体能力を十分に活かせば勝機も見えるだろう」
「そうだな。期待しているぞ、シー」
「はい! シドウ様とアイのためなら何だってします」
……ん?
「今、何でもっ――」
「こっちです!」
シーが宿屋を飛び出していった。
「ちょ、おい待てよ!」
1人で行かせたらさすがに危険だ。
殺されることはないにしろ、誘拐されかねない。
「……昼間からずっと魔法を使っているが効果はまだのようだな。しぶといのか、もしくはあの娘の感情がそこまで揺らがないのか……。どちらにせよ、ここが潮時か」
その男は宿屋の傍にある井戸。その陰に隠れるように座っていた。
闇に紛れるような黒いローブを深く被っている。
「おいそこの俺とファッションセンスがだだ被りのオッサンよぉ」
ちょいちょいと男の肩を叩く。
「……なんだ? 悪いが今俺は忙しいんだ。俺に用があるんならとっとと失せろ。この井戸に用があるって言うのならまた後で出直して来い」
男はこちらに振り向くことなくそう吐き捨てる。
あー……気づかれていないのか。
これは、アイのことは知っていても俺のことは良く知らないやつか?
「オッサン、あんたに用があるんだよ。この俺に見覚えは無いか? 無ければこっちの奴隷には?」
「あぁ? ……って、お前は!?」
ようやく振り向いた男の顔は驚愕に染まって……いるのだろう。
ローブのせいでよく見えない。
「うちの可愛い可愛いアイによくも精神魔法なんてものをかけてくれたな? この落とし前は付けさせてもらうぜ。俺の流儀でな」
「シドウ様。この男がアイを悲しませ、シドウ様に悪さをしたのですか?」
「そうだ。こいつは俺達の敵だ。お前の鼻が確かならな。……まあ状況証拠だけでも十分だがな!」
男の鼻っ面に拳を叩きこむ。
残念ながら戦士でも何でもないただの一般市民の俺の拳はそこまでのダメージにはならないが、男の顔からはぽたぽたと血が垂れる。
鼻血だな。多少は効いているようだ。
「ま、待て! 何のことだ? 俺はただここで休んでいただけなんだ!」
「休んでいただけ? そうかいそうかい。そういう誤魔化し方をするって言うのなら、そのローブの下の顔を見せてもらおうか。なあ、グリセントのとこの店員さんよぉ」
俺はローブを掴むと、勢いよく剥いだ。
「あ……」
予想通り、そこには見知った顔があった。
とは言え、俺はその男の名前も知らない。
知っていることは、グリセントの店で働いていただけだということ。
「今日、奴隷を買った店の店員がわざわざ客の泊まっている宿の傍で休むもんかねぇ? 分かっているんだよ、お前が精神魔法を使えるってことはよ。何だったら、このまま冒険者ギルドに行って、そのステータスを見てもらうか?」
「ぐっ……どうして分かった?」
素直に男は認め、その場に座り込む。
これ以上の抵抗はしないようだ。
「そもそもで、だ。アイに精神魔法をかけるタイミングのあるやつなんざそこまでいないんだよ。俺が宿に連れていくまで、アイがどこにいたのか、それさえ分かっていれば簡単なことだ」
さすがにアイを蘇生させたとは思われていないようだな。
「俺が超高度な回復魔法を使って仮死状態だったアイを生き返らせたことが分かったお前は、精神魔法を使って俺を殺そうとした。そうだな?」
「ああ……そうさ! 俺の手の届かないものをいとも簡単に手に入れていく。俺はお前のようなやつらが大っ嫌いなんだ!」
突然、男は立ち上がると、ナイフを手に俺に突進してきた。
不意を突かれた俺は動けない。
完全に諦めたと思っていた。
……まだ俺に攻撃する意思があったとはな。
『こんな街中で大事には出来ないはずだ。まあ、そこらの死体を使ってどうにでもするさ』
あんなことを言ってしまったがこのザマだ。
街中で戦闘の起きる心配はない? あの平和な日本でだって殺人事件なんかそこらであり触れているって言うのに。
そこらの死体でどうにかする? 結局俺自身では何も出来ないと言っているのと同じじゃないか。
そして最後にフラッシュバックするのは俺の最初の死である。
背部と腹部に一撃ずつ。包丁を刺された。
腸全てを引きずり出されたのではないかと錯覚するほどの熱い腹部。
あの衝撃をもう一度味わうのか……そして、俺は死ぬのだろうか。
「シドウ様!」
一歩も動くことなくただナイフを見ていた俺の視界が突如別のもので埋まる。
それはナイフを自分の胸で受け止めると、夥しい量の血を流しながら、俺の命を救った。
「シー……どうし、て……?」
とても痛いはずだ。
なのに、何故かシーは俺に向かって微笑んでいた。
「……だって、シドウ様のために何でもするって言ったじゃないですか」
それがシーの最後の言葉であった。
目を閉じると、次はもう空くことはない。
「死んだ……のか?」
男もまた呆けていた。
自分が他人の命を奪ったことを信じられずにいるのだろう。
「お、お前は回復魔法が使えるんだろ!? さっさと治せよ! 脈さえなかったあの娘を救ったっていうのなら!」
そう叫んでいるが、俺には聞こえない。
ただ静かに、男に近づくと、
「げぶっ」
男を殴り気絶させた。
「……こんなはずじゃなかったんだけどな。アイとシー、仲良く2人で過ごさせてやろうと思ったんだけどな」
そもそも俺は生きている者を仲間に入れることで【ねくろまんさぁ】ということがばれないようにしようとしていた。
それがまさか、こんなことになるなんて……。
何で……こうも俺に都合よく世界は動いてくれないんだ。
――【フリーリバイバル】
――【メンテナンス】
「はぁ……これじゃ、奴隷を買った意味がないじゃねえか。結局俺の仲間は死体ばっかりだよ」
ため息をつきながら、意識はまだ無いが蘇生させたシーを担ぐと、宿屋に戻るのであった。
よろしければ感想を頂けるとありがたいです。
励みと、方向性も少し見据えられそうなので。




