32話 アイとシー 2
アイに【フリーリバイバル】を使った。
意志を持つ蘇生死体。
ジル、シルビアに続いて3人目だ。マイクの仲間の弓使いと小鳥はノーカウントにしておこう。前者2人は生前から常人ならざる精神力の持ち主であったからこうして蘇生という行為に耐えることが出来た。
もし、あの2人だけに俺が【フリーリバイバル】を使い、成功例しか知らないのであったならば、躊躇うことなく味方となりそうな死体には次々に使っていたことであろう。
だが、あの弓使いという前例がある。俺は失敗例を知ってしまっている。
精神の崩壊。生き返った精神の再びの死。
あれを見たならば俺だって躊躇う。変に発狂されてしまっては、後始末をしなくてはいけないという点で俺に迷惑がかかるのだから。
アイという少女が、だから【フリーリバイバル】に耐えられるかということに関しては分からないという何とも知的なことにかけては好評の有る俺にしては格好の付かないものであった。
アイの体が起き上がる。
……とりあえず、スキルの発動には成功しているようだ。
肉体も精神も一度は蘇生を果たした。
後はそれに耐えらえるかだけ。
「おは――」
「アイ!」
挨拶をしようとした俺であったが、それは途切れさせられた。
シーであった。シーがアイに飛びついたのだ。
「アイ! 大丈夫? 体は何ともない? 痛くない? 辛くない? 苦しくない?」
それだけお前が強く抱きしめたら痛いし辛いし苦しいだろうがと思ったが、アイの表情を見て飲み込んだ。
アイは笑っていた。
その瞳はシーを優しく見つめていた。
「大丈夫だよ、シー。私はこの通り平気。それよりも一体何が……?」
シーに抱きしめられ、頭を撫でながらアイは周囲を見渡す。
そして、俺とシルビアが視界内に入ったようだ。
戸惑い、怯えながらもこちらへと会釈する。
「そうだ! 紹介するね!」
パッとアイの薄い胸元から顔を上げるとシーは俺の下へと駆け寄る。
「シドウ様! 私達のご主人様だよ」
俺の腕にしがみつくと頬を押し付けてくる。
随分と懐かれたものだ。
あれだけ突き放したと思ったんだがな。
「シドウ様はね、凄いんだよ! アイを元気にしてくれたのも、私達をあそこから助けてくれたのもシドウ様なんだ!」
「そう、なんだ……。その、シドウ様でしたか。ありがとうございました」
アイは俺を訝し気な目で見ながらも感謝の礼を言う。
まあ、だよな。怪しく見えるよな俺。
しかも妹がなぜかこれだけ懐いてしまっている。騙されている可能性を疑うのも無理はない。
「助けて頂いたことには感謝しています。ですが……ですからどうか、シーではなく私が身代わりになりますので……どうかシーだけは……」
「あー、それがだなぁ」
んー、どう説明したものか。
これじゃぁ、俺が囮用とか性奴隷用にでもしようとこいつらを買ったと思われてそうだ。
まずははっきりと、確かなことから言っておくか。
「まず、お前を助ける時に俺はシーと約束した。シーとアイ、お前達2人纏めて俺の奴隷になるとな」
「っ!? そう、ですか。私という人質をとってシーを……よくも……」
あれれー?
どうしてますます恨めし気な目で睨まれてしまったんだろう?
心当たりがないから俺にはどうすることもできないぞー?
「ああ、それとこれはシーにも言ったんだがな。俺がお前達を買ったのはお前たちの体が目的だ。心とかどうでも良かった」
「っ!? ……この、最低な……」
「それにしてもここまでシーが俺に懐いてくれて良かった。最初は全く反応が無くってな。触っても握っても、何をしても僅かな反応しか返ってこなくて、俺もどうしたものかと焦ったぜ」
「そうでしたっけ?」
「ああ、大変だったぞ。まあそのうち我慢しているだけって分かってからは執拗に攻めてだな、お前が俺に対して素直になるのを待っていた。そうした時にアイを助けてやるって言ったんじゃないか」
「なっ!? シー、あなたはこの男に騙されているのですよ! 早く正気に戻って!」
ううむ。誤解が一向に解けないぞ?
俺の話術はそこまで下手くそだったか。
「シルビア、ちぇーんじ」
傍らにいた俺が片手を差し出すと、
「……? その手は何だ?」
チェンジという言葉は伝わったのか、俺の手を無視して通り過ぎていく。
「すまないね。この男はこういうやつなんだ」
「なんだこういうやつって。もっとちゃんと俺の良いところを紹介しろ」
雑な紹介をされて俺が悪人と思われては困るぞ。
もう手遅れな気もするけどな!
「悪いやつではないよ。そこは私が保証しよう。といっても、私のことを全く知らない君からしたら何の信用も無いのだろうけどね」
シルビアはふふっと笑う。
それはアイを心の底から安心させるような笑みであった。
美人だしな。これが醜い顔だったら引いていただろう。汚いオッサンなら泣き出しそうだ。美人はお得だな。
「先ほどこの男……シドウが言ったことだがな。アイを助ける、それにしてもシーは沈み過ぎていた。だから一度アイを抜きにしても元気にさせようとこの男は奮起していたのだよ。尻尾とか耳を触ってな。やり方はともかくとして、この男なりにシーを元気づけていた」
「……本当ですか」
アイが俺を見てくる。
同時に、俺の腕にしがみつくシーをも見る。
「そりゃ、行為としては同じだな。俺がシーを好き勝手に弄って今のシーが完成した。いやぁ、苦労したよ」
「っ!?」
「おい、もう君! 少し話すの禁止な。ややこしくなるから黙っていてくれ!」
シルビアが何やら魔法を使ったのか、本当に俺は声を出せなくなった。
便利な魔法だな。というか、これくらい使えるんならクエストだってついて来れたんじゃないのか? 普通の魔法使い並みには魔力はあるそうだが、それじゃ満足できていないのだろうか。
「結果としては、シーを元気づけることが出来なかった。アイを引き合いに出さなければ会話にならなかった。だから仕方なく、あの男はアイを助けるからこれからも俺ととともに生きろと言ったのだ」
……ん?
この魔法、どういう理屈で声を出せないのかと思っていたが、分かったぞ。
口の周囲の空気を移動させなくしているんだ。空気を震わせることが出来ないから音が届かない。
ええと、風魔法の一部ってことでいいんだろうか。
なるほど、魔法を巧みに使いますな。さすがエルフ。エルフって風魔法のイメージもあるしな。
だがな、空気の移動が無い。
すなわち
「もしこの男がいかがわしい要求をしてきたら私が止める。まあ、私だって手を出されていないのだから有り得ないことだと思うがね。……いや、もしかしてシドウにはそっちの趣味が――」
「――!? ――!?」
バン、バン、と俺はシルビアの肩を叩く。
女だから優しくとかそんなの関係無い。
俺の命の問題だ。
こんなバカげた死に方してたまるか。
「なんだい? 声を出せなくなったからってそんな風に物音立てられても……」
「――! ――!」
違う、馬鹿野郎!
だから俺はシルビアは抜けていると言うんだ。
口の回り、というか顔の回りだろうか。
空気の移動を妨げられたら呼吸が続かない!
しかもこれ、本人に俺を苦しめているって意思が無いパターンだ。
俺の死体が俺を殺せる手段の1つだぞ。
こんな時に発揮しなくてもいいだろ。
シーは俺をニコニコと笑いながら見つめている。
……鬼か?
アイは俺を訝し気な目で見ている。
ますます怪しまれたかもしれない。
「だから、何をそんなに……?」
こいつ、まだ気づいていない……だと?
こうなったら手段は1つだぞ? こいつを締め落してでも魔法を解除してやる。
「あの、もしかして……呼吸が出来ていないのでは?」
「え?」
助け舟を出してくれたのはまさかのアイであった。
自信は無いようで、恐る恐るといった言い方であったが。
「そんな……シドウ様……お願い、死なないで!」
うん、死なないよ。すぐにシルビアが魔法を解除してくれたらね。
……というか、マジで余裕無くなってきた。
あ、駄目だ……酸欠で落ちそう……。
柔道で締め落されるのって気持ちいいって言うけど本当なのかな……。
「解除! かぁーいじょ!」
と、倒れそうになった瞬間であった。
シルビアが間一髪、間に合ったようで、俺の口内に空気が出入りし始めてくる。
「こんの、お馬鹿さん、が……」
「す、すまない! 本当に悪かった!」
シルビアが頭を下げる。
一歩間違えば死ぬところだった。
それを分かっているからだろう。
「……まあいい。これでまた1つ、お前達が俺を殺す手段が消えたと思えばな。その魔法は誰にでも使えるものなのか?」
こんな魔法が使えるんだったら暗殺し放題じゃないか。
シルビアが強そうな人間を見つけて暗殺。
綺麗な死体を俺が蘇生する。
うん、何とも良いコンビネーションだ。今回のことを差し引いてもお釣りが……出るわけねえだろ。
俺の命以上に価値のあるものなんてこの世にはねえよ。
……ったく、次からは気を付けろよ?
「これは私が生み出したオリジナル魔法だから他の者には使えない。ただ、ある程度激しい動きをされると制御できなくなってしまうから、まあ君くらいの強さの人間が限度かな」
「さらっと俺を弱い発言ありがとよ。それと、アイも」
「えっ?」
「気づいてくれてありがとよ。おかげで助かった」
「それは……その……私を助けて頂いたのですから、そのお返しです」
どのやり取りが功を奏したのか分からないが、アイの俺に対する態度が軟化していた。
アイから俺への誤解がこれで解けていたっていうのなら、シルビアの今の不祥事も許してやるか。生きていたし。後でスイーツお前だけ無しな的な罰を与えてやるけど。
「そろそろ昼か……」
死体を生き返らせるなんていう根暗なことをやっていたがまだ真昼間。
俺も腹が減ってきた。
「どっか飯にでも行くか。……シルビア、半分お前が出せよ」
今回のクエストとシルビアの集めた金のうち半分は余った。
俺はそれをシルビアと更に等分してそれぞれの持ち金としていた。
「分かった。店はどこか目当てがあるのか?」
「いいや。適当にぶらついて探すつもりだ」
旨そうな臭いのする店にでも入ればいいだろ。
「あの……」
「私達は……」
おずおずと俺の袖にシーがしがみ付き、アイが上目遣いに俺を見る。
「どうした? 早く支度をしろ。悪いがお前達の服を買うのは飯の後だからな」
服も奴隷の着ている質素なものだ。
少しばかり小奇麗なものにしないと俺の品位を疑われてしまう。
それに、部屋も汚れる。
ついでにシルビアの服も新しくしてやるか。
何時までも死体が着ていたやつじゃ嫌だろ……あいつも死体だけど。
「支度は出来たか?」
とは言っても、奴隷2人に出来る支度などはない。
持ち物1つすらなく俺のところに来たのだから。
「「はい!」」
しかし2人は笑顔で俺の後を追いかけるように走り出した。




