29話 勇者の剣 4
後一話くらいなら短期間で書けそうだー
「そら、約束のものだ」
俺はマッドマウスに噛まれた冒険者の男に透明な液体の入ったガラス瓶を放り投げる。
「っとと……あぶねえな。だが、助かった。今回だけは本当に命が終わったと思ったぜ。ありがとうな」
そう言って男はすぐさま液体を呷る。
水のように透明な液体は男の口から少しだけ漏れて顎を濡らす。
「いいさ。俺だって助けてもらったんだ。そういえばお前は俺の名を知っていたが、俺はお前の名前を知らないな」
「そうだったか。俺はゴレン・ファーム。ゴレンでいいぜ」
「ゴレンか。覚えた。何かあったら頼らせてもらうぜ?」
「お安い御用だ。俺に出来ることなら。俺の命の値段は、たったあれだけのことで返せるほど安くねえぞ? ……すまねえが俺は行かせてもらう。あいつら、伏せっちまってるんだ」
「ああ。さっさと行っちまえ」
何だか格好良い気心の知れた冒険者同士の会話に辟易しながら俺はゴレンを見送った。
夜も遅い冒険者ギルド。とっくにそこは酒場と化しており、俺達の会話を聞いている者はいないだろう。
受付嬢達もせわしく酒やつまみを運んでいる。
「しっかし、随分とでかい借りを俺は得ちまったみたいだなぁ。俺の命の値段はあれだけで返せるほど安くねえぞ、だっけか? 随分と安いものだ。そこらの井戸水と同じ値段なんてな」
そう、ガラス瓶に入った透明な液体。水のように透明な液体は水である。俺が宿屋に帰ってから汲み上げたばかりのもの。ガラス瓶は宿屋のオッサンにもらった。僅か10分ばかりの仕事である。
体に良い成分とかはきっと入っているだろうけど、猛毒はさすがに消せない。
だが、今のゴレンの体には毒が無いことを俺は知っている。
「そもそも何時から、毒状態になっていると思っていた……?」
俺は図書館に行った際に魔物も多少は調べている。
調べた時にはこのギルドの片隅で死んでいたネズミがまさかそんな大物だとは思わなかったぜ。
なんせ、マッドマウスの生態は生きている限り無限に毒を生成し続けるというもの。その毒は三日間の潜伏期間を辿った後に噛んだ相手を一瞬で殺す。それまでにとてつもなく高価な特効薬を飲まなければいけないが、その値段は貴族ですら躊躇するレベル。冒険者だと諦めるしかない。
「まあ、そんなのはゴレン達には関係ないんだがな」
なんせマッドマウスの毒は生きている限り生成されるもの。
死んで蘇生させたところで毒は生成されない。まして、意識は無いのだから。
「手駒がこれで3人確保、か。せいぜいいいように使わせてもらうぜ」
生きた手駒は死体よりも時に価値がある。
何かあった時には井戸水代もとい、命の代金分をお世話になろう。
「あ、シドウさんじゃないですか! 何か飲まれていきますか?」
ゴレンと別れて俺が1人になるのを狙っていたのだろうか。
アシュリーが俺に席を勧めてくる。
だが、そのテーブルには既に他の冒険者が座っており、相席という形になるだろう。
それを俺が許諾するかと言われれば、答えはノーだ。
「悪いけど、まだやることがあるんだ」
「そうなんですかー。残念です」
「あ、でも今日のクエストはもう終わっているからそっちの清算をしてもらおうかな」
俺はまだクエストの報酬を貰っていない。
このまま帰って明日の朝一にまた冒険者ギルドに来て金を貰うつもりであった。
今、この場は酒場と化しているため、受付嬢達も酒場の店員として忙しいだろうと、優しい俺は配慮したのだが、こうして声を掛けられたのだ。そのくらいには暇ということだろう。
「へっ!?」
だが、アシュリーは変な声を出す。
傍にいた客の数人がこちらを見るくらいには目立つ声であった。
やめてくれ、俺が出させたとでも思われる。
「も、もう終わらせてしまったんですか……? 確か25匹分のコボルドの討伐でしたよね。それをお1人で……1日で……?」
「うん。1人で、1日で」
「……もしかして、群れに突撃しました?」
アシュリーがジト目でこちらを見てくる。
それはまるで、反抗期の弟を見る姉のような目線だ。
「あー、うん……まあ。群れをいくつか、ね……」
「やっぱり! あれだけ駄目って言ったじゃないですか! 初めての魔物と闘うのに、何でそんなに危険な目に会おうとするんですか!?」
「いや、俺は冒険者になる前は故郷で魔物とも何匹か闘っていたし、大丈夫かなって。それに、今はいないけど、とても強い人に助けてもらえたんだ。報酬はいらないってその人は何も受け取らずに行ってしまったよ」
「……本当ですか?」
「本当だとも。名前は聞けなかったけど、コボルドを一撃で倒していたよ、こうスパーんとね」
剣を持っていないが、構える素振りをして振るう。
冒険者に憧れる子供のように。
「……もう、今回は信じてあげます。嘘はついていなさそうですし。だけど、無暗に危険な目に会わないようにしてくださいよ。少しずつ強くなって、その時に今はまだ強いと思える敵と闘えばいいんですから」
「分かった。今度からはそうするよ」
とはいえ、今度も強敵と闘う際にはその親切な強い人に助けてもらえるだろうが。
あの、自称冒険者君に。何も見返りを求めないどころか、俺に死体を残してくれた勇者君には頭が上がらねえぜ。宿屋のベッドの方角的には足を向けることになるけど気にしないでおこっと。
「では、済ませてしまいましょう。コボルドの耳は集めてきましたか?」
「ああ。これで、いいかな?」
バッグから乾いた血に塗れた耳を25対取り出す。
「あ、ちゃんと対で持ってきてくれたんですね。片方でしかも左右別だと数を誤魔化していると思われてしまうんですが、それを見越してこうして持ってきてくださるのは本当に有難いです」
躊躇いも無くコボルドの耳をアシュリーは受け取っていく。
さすがだ。気持ち悪いとかは思わないのだろうか。
俺だったらなるべく触りたくないね。
「はい。では確かに受け取りました。そして、これが報酬です。お疲れ様でした」
「おおー。結構重いものだな」
「ふふっ。それだけお仕事をしたってことですよ。何かお買い物をする予定でもあるんですか?」
「うんまあ、奴隷をね」
あれ? 言って良かったんだっけ?
まあ、奴隷は冒険者でも普通に持っている奴も多いって話だし大丈夫か。
「奴隷……ですか?」
だが、アシュリーの顔は険しくなってくる。
んー、これは失言だったかな。
「身の回りの世話をしてくれる奴隷が欲しくてね」
「身の回りの世話……?」
「ほら、冒険者になったら忙しくなるだろうからさ。任せられることは奴隷に任せたくて、それで女の子の奴隷を買おうとしたんだけど、お金足りなくて」
「任せる……女の子に……?」
あ、これアレだ。
言い訳しても泥沼に嵌っていくやつ。
「そんなわけだからさ、また今度ゆっくりねー。じゃあお休みー」
「あ、ちょっとシドウさん! そのお話、ちゃんと聞かせてもらいますからね!」
何を言っても誤解は深まっていきそうだと感じた俺は冒険者ギルドを飛び出した。
……なんて、ことは嘘だ。ちゃんと家事としての役割を果たせる奴隷を買うためと言えば別に誤解なんて生まれないだろう。
だが、まあ俺を下に見ようとしたアシュリーへの意趣返しだ。
俺がコボルドの群れと闘おうがどうでもいいじゃねえか。
と、いうわけで俺はアシュリーの中でコボルドと闘う初心者冒険者から奴隷を買う大人の冒険者へとランクアップしたのであった。
「したのであったー」
……さて、帰るか。
そろそろシルビアも帰って来ているだろう。
俺が夕暮れ時に冒険者ギルドへ向かうために宿屋を出た時にはまだ帰っていなかった。
独自で金を稼ぐと言っていたが、どうやるんだ? 生き返った身元の無い死体で。
「さすがに体を売っているとかは思いたくないなぁ」
明日から気まずい思いはしたくない。
だけど、アイツ抜けてそうなところあるからなー。
「馬鹿と天才は紙一重、か」
そう言えば死因も馬鹿みたいなものであった。
本人的には重大なことかもしれんが。
「適当に土産でも買って……いや、それは明日以降でいいか」
今は少しでも金が惜しい。
あー、ゴレン達から巻き上げておくんだった。




