28話 勇者の剣 3
「使えねーじゃねえか、この剣!」
街に戻り、宿に取った自室へと入ると俺は剣を床へと叩きつけた。
マジで死ぬかと思ったわ。後1秒ジルに声が届くのが遅かったら俺はコボルドにあられもない姿のまま辱められるところであった。
「勇者の剣だから期待していたが……」
何かしら効果はないのか?
確か、この剣で斬ったらどうとか勇者君は言っていたな。
「だけどコボルドは怒り狂って俺を追い回していたし……」
どうせなら斬った相手を爆発させるとか素敵な効果があれば良かったのに。
もしくは精神崩壊とかでもいいんだがな。
「……とりあえずアイテムボックスに入れておくか。剣として使う分には問題無さそうだが、俺が剣を使えないし」
誰か剣士でも仲間に入れるか?
今の俺の仲間といえばシルビアとジルだ。ジルは秘密兵器みたくあそこに待機だから通常パーティを組むんだったら今のところシルビアだけ。
俺もシルビアも魔法職であり、後衛職だ。
誰かしら前面で闘えるやつが欲しいところだが……。
「当分は死体を使えばいいか」
当分というか、いつまでも死体は使うわけだが。
タンクとして使うなら死体って無敵じゃね? いくら痛めつけても立ち上がるし、痛覚はないし。
アイテムボックスに入れる前に剣を鞘から抜く。
「綺麗な刀身だなぁ」
素人目だが、造りはいいはずだ。
歯零れも俺の『メンテナンス』で綺麗さっぱり無くしたし、いっそのこと売り払っちまうか?
性能はともかく、見た目は良い。
剣の収集家とかいれば高値で売りつけられるはず。
絶賛金集めの最中である俺にとって、これはただの戦利品であって目的の品でも何でもない。
グリセントにでも聞けば金持ちを紹介してもらえそうだ。
見ていると段々と忌ま忌ましいあの場面を思い出して、臆病な俺は恐怖で体が震えてくるから心の安寧の為にとっとと売り払っちまおう。
「今思えば素振りもしなかった俺も悪い」
いきなり剣を振るったから足を滑らせた。
しかも走った勢いそのままで。
まあ売り払うことに変わりはないが、最後にもう一回くらい振ってみるか。
後でもう少し軽めの剣でも探してみよう。
「せいっと」
「すまんがシドウさんいるか?」
ガチャリ、と俺が剣を振り下ろすとともに1人の男が入ってきた。
特に狙いも無く剣を振っていたために止めることも間に合わず、男は吸い込まれるように俺の剣に……掠った。
あっぶねぇ……危うく殺人犯になるところだった。俺の手はまだ綺麗。
「って、宿屋のオッサンか」
オッサンは固まっている。
まさか室内で剣を振り回すバカがいるとは思っていなかったのだろう。
だが、もし剣じゃなくても俺が別のものを振り回していたり、ベッドで女の子とイチャイチャしていたらどうするんだ。
「これに懲りたら勝手に部屋に入って来るなよ、いいか?」
あわよくばこれで誤魔化されてオッサンのせいにできないかという思惑も俺にはあった。
だが、次の瞬間にオッサンは
「ハァ……ハァ……ハァ……」
息を荒げてこちらを見ていた。
額から血を流しているのは俺の剣が掠ったからだな。あと数センチずれていたら命がヤバかった。
「あー、俺も悪かったな。だからそう怒るなって……?」
どうも様子が変だ。
顔を上気させ息を荒げ目は血走っている。
命の危険はあのオッサンにじゃなくて俺かもな……。
そっと剣をアイテムボックスにしまうと、俺は窓へと走った。
「2階ならきっといけ……やっぱ怖いから窓伝っていこ」
「ハァッハァッハァッハァッ」
いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
どうにか宿の外へと出ることが出来た俺であったが、オッサンは窓からひとっとびで飛び降りると俺の眼前に着地した。
「なーんで、そんなに怒ってらっちゃるんですかねぇ?」
というか、これもうまともな思考状態してないだろ。
なんかゾンビみたくなってるし。
周囲には俺と飛び降りてきたオッサンに驚いている者が多数いる。
巻き込むわけにはいかないよな。
「こっちだ、オッサン!」
オッサンの現状がどうなっているのかは分からないが俺は路地裏へとオッサンを誘導するように走った。
「ったく、しつこいな」
俺はさっきクエストから帰って来て疲れているんだ。
少しは休ませろって。
不幸なことに周囲には死体が無い。
小動物すらないのはどうなっているんだ。虫の死骸とか役に立たないし。
「だが、やるしかないか。それくらいしか俺には出来ないし」
――【オートリバイバル】
虫の死骸を蘇生させる。
誰かが殺虫剤でも撒いたのか、大量に虫の死骸があった。
「せいぜい足止めくらいしかできないけど、殺すわけにもいかないからちょうどいい」
オッサンの顔に羽虫を纏わせる。
これで視界を封じた。
後はオッサンが正気に戻るまで待つだけだが……戻るのか?
「この剣が原因ってことは間違いないだろうな」
アイテムボックスに眠っている一振りの剣を思い出す。
怒らせる剣なのか意識を吹き飛ばす剣なのかは知らんが、絶対にまともなものじゃない。
「何より俺がこれだけ困らせられているってことが問題だ」
一度、シルビアにまじで【鑑定】使ってもらわないとな。
とりあえずこのオッサンはこのまま……にはいかないな。
「ハァッハァッハァッハァッ」
更に息を荒げるオッサン。
ヤバいってこれは。
「殺して止めるしかないか?」
だが、それだと後処理がめんどくさい。
ここは街の中だ。外と違い死んだ理由を魔物のせいに出来ない。
「ハァッ!」
オッサンが手を叩き始める。
それに合わせて小さな黒い破片が地面へと落ちていく。
「気づいてしまったかその目潰しの弱点に……」
羽虫ゆえに耐久性は低い。
羽を壊せばいくら死体だからといって飛ぶことは出来ない。
【メンテナンス】を使えば羽虫を復活させられるが、紙耐久のこいつらを直したところですぐにまた潰される。
オッサンが正気に戻る前に俺がもたない。というか、時間が経てば戻るとか俺の希望的観測に過ぎない。
「とにかく逃げるべし」
少しは休憩出来た。
もう少しだけなら走れるだろう。
シルビアを見つけてどうにかしてもらう他、今の俺に出来ることはない。
路地裏は複雑な曲がり道の連続で現在地が分からなくなってきた。どこを走っているのか、世界との境界が分からなくなってくる程である。
相変わらず俺を追いかけてくるオッサンだけが俺とこの世界を繋ぎ止める楔のようである。
「っと、どいてくれ!」
角を曲がるとそこには1人の男が。
危うくぶつかりそうになった俺だが、そこは華麗に避けるとまた走り始める。
「アンタも、すぐに逃げた方がいいぞー」
「あ? ってお前!? ちょっと待てよ!」
は? 何故だか今ぶつかりそうになった男もこの追いかけっこに参加し始めた。
オッサンと男は隣り合って俺を追いかける。どちらが先に俺に追い付くか競うように。
あ、オッサンが男にぶつかってそのまま覆いかぶさった。
ちなみに俺は走りながら肩に止まっている小鳥と視界を共有することでオッサンの様子を確認している。
こいつがいなければとっくにオッサンに掴まっていただろう。なんせ、オッサンが転びそうになった時とか見えなくなったときは速度を落とせたのだから。
「お前けっこう力ありそうだな。そのままそいつを抑えつけておいてくれよ」
「な、んで……俺が」
言葉とは裏腹に、その男は態勢を入れ替えるとオッサンを抑えつける。
やっぱり力あるなぁ。
「さすがは冒険者だな」
「てめえ、覚えてやがったか」
「そりゃまあ。足は大丈夫か?」
その男――冒険者は、冒険者ギルドで俺に絡もうとし、マッドマウスとかいう毒ネズミに噛まれた冒険者であった。
確か毒は即効性で無いと魔物図鑑にはあった。死ぬまでに3日かかるとか。まあ、それとは別にこいつは死ぬことはないんだがな。
3人組だったはずだが、今は1人なのか?
「おかげさんでな……命の大切さとやらに気づけたよ」
「ふうん……?」
その目はどこまでも純真であった。
本当に、言葉通りに悟りを開いて命とは儚いことを学んだようだ。
「あれから俺はこれまでの行いを悔い改めた。どれだけ俺が私利私欲に走っていたかを気づけた。だから今俺達は手分けして迷惑をかけたやつらに詫びの挨拶と別れを言いに行っている最中なのさ」
自暴自棄になりはしなかったのか。
良くも悪くもタフな精神だ。こいつなら【フリーリバイバル】にも耐えられるかもしれないな、と思っている場合じゃない。
「なあ、こいつをしばらく抑えつけてもらえることは可能か?」
「あ? 出来なくもないが……って、何でこのオッサン俺の鎧を脱がそうとしているんだ!?」
冒険者の男が騒ぐ。知らんがな。
「そうだな……助けてくれるならその毒を消す薬をやるよ。オッサンが正気に戻るまで抑え付けてくれるってんならな」
「ほ、本当か! やるぞ、俺にやらせてくれ!」
男はオッサンを抑える手に力を込める。
オッサンの体のあちこちから嫌な音がする。……こりゃ、正気に戻った途端にどうなるか見たくないものだ。
おおよそ40分後。オッサンが暴れ始めてから一時間程のことだ。
「ハァッハァッハァッ……あれ? なんで俺はここに……って、痛い!? 体中が恐ろしく痛い! 馬車にでも轢かれたのか俺は」
何はともあれ、元に戻って良かった。
剣の効果は一時間なのか。まあ使えるものじゃねえな。斬った対象を正気じゃなくさせるってのはいいが、襲ってくるとは使いづらい。タンクがちまちま斬ってヘイト稼ぎとか、ゲームならやるのだろうか。
「ぜぇっぜぇっ……それじゃあ早速、毒消しとやらをもらおうか」
オッサンの横で冒険者の男もまた息を絶え絶えにしている。
鍛え方が足りていないな。
「まあ待てって。確か明日までだっけか、マッドマウスの毒の効果が現れるのって」
「そうだな……」
「なら今日の夜に冒険者ギルドに来い。薬は今は持っていないんだ。俺もクエストの報告に後で行くからその時だ」
「……分かった。絶対に来いよ。お前の名前、確かシドウだったな。もしも来なかったら残りの時間全てを使って報復してやる」
「おお、怖い怖い」
てか、さっきの悟りを開いた目はどこへ行ったんだ。
やっぱり生きれると分かって欲が湧いたのかね。
「これは俺だけじゃない。あいつら2人の命もかかっているんだ……。絶対に薬はもらうからな」
「……そうだな。俺はこのオッサンの経営する宿屋に泊っているからよ。もし不安になったらその時にでもいいから来い」
それまで俺は寝ているからとは言えない。
それだと絶対にこいつは付いてくると言い張るから。
「安心しろ、俺は約束を破らない」
ああ、こいつらは明後日も生きていられることを俺は確信しているさ。
「しかし、毒消しは聞いた話によると馬鹿みたいに高いらしいじゃねえか。その……3人分なんて大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない」
なんせ毒消しなんて用意しなくてもこいつらは死なないからだ。
まあ、あえてその理由をこいつらに言うこともない。俺の真なる職業がバレてしまわかねないからだ。
「じゃあ、夜に」
「ああ……ありがとうな」
冒険者の男はそれで去っていった。何ともさっぱりとした顔であった。
「さて、俺達も帰ろうぜ?」
腰を降ろしてくつろいでいるオッサンに声を掛ける。
「え……もうちょっと休ませて……いや、何でもないです、はい……」
元はといえばてめえが勝手に部屋に入ってきたのが原因じゃねえか。
「俺はもう疲れたんだ。とっとと休ませろ……」
曲がりに曲がった路地裏。俺には現在地がさっぱり分からない。
オッサンに誘導されなければ俺は宿屋に戻れない。
「さっきの男に何やら薬あげるんじゃないのか? いいのか休んでて……?」
「うっせぇ」
首を傾げるオッサンの尻を俺は蹴り、宿屋への道を促すのであった。
タイトル勇者ってなってるけど、勇者の剣だねこれじゃ
そんなわけで、サブタイ変更しました(12/12)




