25話 クエスト 6
「……」
自称勇者君は雑魚冒険者の両断された上下半身を見て震えていた。
それは、彼に対して何も出来ないという事実からの無力感からか。
もしくは、自分が動くことが出来なかったことが今の現実を生み出してしまったという事実からか。
顔は強張り、ただ雑魚冒険者を見つめていた。
時間さえ止まったかのような静寂。俺は彼に対して声を掛けるのを躊躇うしかなかった。
なぜなら、
「貴様らも同じ様にしてやろう」
たとえ時間が止まったとしてもあの怪物は止まらない。
せっかく自称勇者君をターゲットにしてくれているんだ。
俺はのんびりと眺めていよう。
「【ソード・コンバーショ】」
怪物は改めてスキルを使う。
血糊に濡れ、骨で欠けた刃が新品同様に輝きを取り戻す。
……あのスキル、腕に剣を生み出すようだが、【メンテナンス】みたく修理も可能なのか。
いや、なんだったら新しく剣を作り出しているのかもしれねえな。
たとえ、剣を無理やりに破壊することが可能だったとしても、あのスキルで元通りなんてことが有り得るかもしれない。
油断しないように注意しておこう。
「……なぜだ」
「うん?」
「なぜ、人間を殺す! 俺は知っているぞ。魔物は人間に害を為すと。街を襲い村を燃やし、食料を奪い、女を攫い、人間を殺す。そんなことが許されてたまるものか!」
感情を爆発させるかのように自称勇者君は叫ぶ。
さぞ悔しかったのだろう。
即席とは言え、共に闘う仲間を失ったことが。
それに対する返答は、残念ながら怪物も、そして俺も同じであった。
「それがどうした。貴様ら人間とて魔物を殺すだろう」
「なっ!?」
自称勇者君は驚いているが、当たり前だろ。
俺達が一方的に殺しているわけじゃない。
決して、コボルドを始めとした魔物を害だからと殺しているわけじゃない。中には瞳が綺麗だとか、毛皮を絨毯にだとかふざけた理由で魔物の討伐依頼を出しているやつもいる。クエストボードにはそんな自分勝手な理由で魔物を殺すことを是とした金持ちどもが数多く自分の欲望を貼りだしていた。
それに対して自衛する魔物もいれば、その日を生きるために奪う魔物、そして人間同様に快楽のために殺す魔物もいる。
たったそれだけのことだ。
数でいえば人間よりも少ないかもしれない。
ただ、人間の主観的に悪と決めつけ、そして魔物を殺す方が人間を殺すよりも気持ち的に楽であっただけだ。
俺のようにコボルドに何の恨みも感情も無く殺しに来ているやつもいるくらいだしな。
「我らコボルドが殺されることは良くて人間が殺されるのは禁忌とされる道理が分からぬ。傲慢だ。思考を放棄した怠惰だ。己らが権利を欲する強欲である!」
怪物は剣を振り上げる。
「我の今の感情こそ火山の如き憤怒! 色欲も暴食もいらぬ! ただ生者に嫉妬しながら死者となるがいい」
自称勇者君が怪物の剣を受け止める。
だが、力の差は歴然。
どのようなチートを神様から授かっているのかは分からないが、このままだと勇者君は負けそうだ。
それにしても、
「七大罪だよな今の……?」
傲慢、怠惰、強欲、憤怒、色欲に暴食、そして最後に嫉妬か。
覚えたての言葉を使う子供みたいに使っていた印象だ。
急激に進化したことと何か関係があるのか?
「くっ……強い」
勇者君が額から汗を流している。
顔はなんかもう、いっぱいいっぱいって感じだ。
「えーと……何か秘めたる力とかないんですかい?」
「秘めたる力? そんなものがあればもう使っている! 僕が神様からもらったのはこの強化された身体能力と剣だ! この剣はすごいんだぞ! 斬った相手を――」
「ヌハハ! 弱い弱い!」
「あ……」
怪物が腕の筋肉を膨らませたかと思うと、そのまま勇者君の剣を押し返して……そのまま折ってしまった。
斬れば何かあるとか言っていた凄そうな剣も役目を果たさぬままお亡くなりになる……主人もろとも。
「さあて、最後は貴様だけだ。こいつは少し強かった。だが、それだけだ」
怪物は自称勇者君の頭部の右半分を蹴る。
自称勇者君は自分の剣が折れるそのままの勢いで怪物に縦に真っ二つにされてしまった。
腹から上と下に両断された雑魚冒険者。
縦に半分に両断された自称勇者君。
残る人間は俺1人。
「そして、死体はたくさんだ」
――【オートリバイバル】
「ついでに」
――【メンテナンス】
雑魚冒険者と自称勇者君が立ち上がる。
だが、その瞳はもう虚ろだ。
彼の人生にこれまで何があったかは分からない。
神との対談で何を話し、どのような経緯でこの世界に来たのかも分からない。
ついでに、結局あの剣にどのような効果があったのかも知れずじまいだ。
だけどな、
「負ける気がしないんだよなぁ」
コボルドの死体が2匹に、普通の人間よりは強い死体が1つ、そしてめちゃんこ強い人間の死体が1つだ。
「ぬぅ……またも奇妙な術を。だが、それらはすでに我が殺し得た者ども。いくら束になろうとも、我に及ばぬ者を束ねようとも、所詮は烏合の衆に過ぎぬ!」
「そんじゃ、まあ試してみろよ」
コボルド2匹には俺の護衛兼盾として残ってもらい、人間組で怪物に立ち向かわせる。
それぞれが剣を持っている。
残念ながら勇者君の剣は半ばから折れてしまっているが、右手に柄を、左手に折れた先を、持たせて疑似二刀流だ。……刀じゃなくて剣だけど二刀流でいいんかね。
怪物が剣を振り回す。
それを雑魚冒険者の剣が受け止める。
その隙に勇者君が折れた剣の切っ先を怪物に突き刺そうとする。
だが、それを怪物は驚異的なまでに体を回転させて勇者を弾き飛ばす。
「……ん? なるほど、面白い使い方してるな」
見れば、片足をネジのように、もう片脚をバネのように変化させることで体を回転させていたらしい。
応用力ありまくりのスキルだな。
蘇生一辺倒の俺のスキルと交換してほしいくらいだ。
……いや、俺自身が闘うことになるから嫌だわやっぱり。
「これで、終いだ!」
あれだけ回転していたのに目を回すことは無く、怪物は両腕をそれぞれ剣に変化させてハサミのように腕を開閉させる。
両足も元に戻して地面から引っこ抜くと、駆け出す。
「どけ!」
怪物が巨体を振り動かせばそれだけで雑魚冒険者も自称勇者君も体重差で弾かれていく。
そして、傍には誰もいない俺を目掛けて怪物は走る。
「グハハ! 最後には1人となったなニンゲンよ。我が同胞を先ほどまで操っていたようであるが、それも逃げ出されたとみた。我に従うべき群れの仲間は我と争えないと、ひしひしと伝わってきておったわ!」
「ひしひしと、ねぇ……。口下手だったんじゃねえの? お前の仲間とやらは。俺には言いたいことがはっきり分かるぜ」
あと一歩。それで怪物の剣は俺に届く。
その瞬間であった。
「『ああ、早く倒してくださいこの怪物を。どうかわたくしどもめが足止めしますのでね』ってさ」
怪物の体が沈む。俺を容易に見下ろせる程の巨体が地面へと埋まり、俺が怪物を見下ろせる程に。
「俺だって別に無知なままお前たちを殺しに来たわけじゃない。ちゃんと予習はしてきたぜ? 魔物であるコボルド。その生態は人間を数匹がかりで襲い食料を奪う。1匹あたりは人間以下の強さ。嗅覚が発達している」
まあそれらがこの怪物に当てはまるかは別として。
「そして、山などで洞窟を掘って暮らす。上手く隠れていれば良かったのになぁ。こいつらみたいに」
怪物の足元……足が埋まっている地中からそれぞれコボルドが這い出てくる。
「ほら褒めてやれよお山の大将! 可愛い部下が昔よりも立派に穴掘り出来るようになったんだぜ? 上手い上手い、偉い偉いってなぁぁ!」
「く、そ……」
怪物は這い出ようとするが、容易には出られない。
なんせ巨体ゆえの体重のためにコボルドが本来掘った深さよりも沈み込んでしまっているのだ。
それに両腕が剣になってしまっているせいで無駄に地面を掘り返すことしか出来ていない。
「死体さまさまだ」
死体であるがゆえに怪力を発揮して尋常でない速度で地面を掘れる。
死体であるがゆえに関節を自在に折り曲げて小さくなって地面に潜りこめる。
死体であるがゆえに地中でも呼吸を必要としない。
「さっきお前は生者に嫉妬する死者とか言っていたよな?」
「それが、どうした」
「これを見てまだ同じことが言えるのか? 死体の方がよっぽど便利じゃないか。強さを求めるなら面倒な手順を踏んで進化するよりも死んで俺の人形になった方よっぽど簡単だ」
「貴様……まさか……」
俺はそれに対して返事をしない。
ただ、ニッコリと笑うのみ。
「やめろ……やめろやめろやめろぉぉぉ!」
地面に埋まっている怪物からは見えないだろうが、自称勇者君と雑魚冒険者がそれぞれ剣を振りかぶっている。
俺は片手を挙げると、
「じゃあな」
ゆっくりと降ろした。
同時に2本の剣も振り下ろされ、怪物の絶叫とともにその首は胴から放たれたのであった。
「んー、快勝」
俺の体にはまたも傷一つない。
死体はいくら傷付こうと【メンテナンス】で直る。
なんて便利なんだ【ねくろまんさぁ】。俺自身が弱いことを除けば最高じゃないか。
「っと、そんなことよりも」
どうやら魔物は一定時間を過ぎると消えてしまうようだ。
そういえばアシュリーも光となって消えるとか言っていた。
さっき殺した残りのコボルド2匹も後で蘇生させようとか考えていたらいつの間にか消えていたし。耳二つを残して。
――【オートリバイバル】
――【メンテナンス】
とりあえず意思は残さないで生き返らせる。怪物を始めとした勇者君達の傷も直しておこう。
【フリーリバイバル】なんて使った日には恨めしやな感情を向けられるに違いない。俺、ストレスで胃潰瘍になっちまいそう。
「それでも、どっと疲れたなぁ」
今、思い出したことだが、コボルドの耳を25対持っていかなければならないんだった。
えーと、とりあえず手元に2対だろ。
残りの23対を……この蘇生させた死体から剥ぎとっても4か。
「面倒だなぁ。いっそのことこの死体どもに狩らせるかな」
人間の部類では強いはずの勇者君に、怪物じみた強さのかつてコボルドであったはずの何か。
そういえばどんな不思議な力があってこいつ進化したんだろ……。
「俺もそう多くはスキル使えそうにないしなぁ」
体感だけど後2.3回といったところか。
「うーん……とりあえずジルのとこにでも行くか」
困った時には誰かに頼ればいい。
1人で生きていく強さよりも誰かと生きる強さが欲しいです。
そんなわけでジルのとこに行こう。どの道魔物を引き連れるにしても、こんな化け物みたいなやつを連れていれば目立つことは必至。
幸いにもジルのいる森は近い。
総勢3匹と2人が歩くのを遠目に俺は追いかける。
何かあってもこれで自称勇者君に魔物使いとしてやっていってもらえるだろう。
道すがらコボルドの群れを殺戮して、ジルの下へと向かうのであった。




