24話 クエスト 5
「おいおい……なんだよこれ」
呆れるような声。その主は勿論、俺だった。
先ほどまで自称勇者君が俺の可愛い可愛いコボルドちゃん達をいたぶっていると思っていたら……まあコボルドは蘇生させたやつなら【メンテナンス】でどうとにでもなるが、まさか闘っていたコボルドの中でもリーダー格のやつが変身するとはね。
変身というか進化?
見た目にコボルドの面影は残っているけど、顔の厳つさや身体の筋肉量、そしてオーラともいうべき圧倒されるような纏う雰囲気が別物であった。
狼の顔と出会った時の3倍ほどの背丈とそれに相応しい肉体。手に持っていた木の棒はいつの間にか巨大な棍棒となっていた。
……何で武器も変わっているの?
というか、殴られただけでも致死ダメージになりそうなんだけど。少なくとも俺は。
「グガアァァッァァァ」
ほらもうどうするんだよこれ。
怒鳴っちゃってるよ。コボルドの可愛らしい吠えが懐かしいくらいだ。
「ええっと……アレ、どうにかできます?」
恐る恐る自称勇者君に尋ねる。
俺の今の手持ちではどうしようもない。だってコボルドにも負けるような弱い冒険者の死体が1つとコボルドの死体が2つだけなんだぜ? 俺の武器はナイフのみ。
こいつらを囮にして俺は逃げたいくらいだ。
「……何を言っているんだ。簡単に決まっているだろう。こんな序盤で出てくる敵は見た目の割りに弱いと相場が決まっているんだ」
ゲーム脳じゃねえか……。
いや、まあ考え方としては悪くない時もあるんだけど、それは決して敵を侮っていい言い訳に使っちゃ駄目だろ。
序盤だってきっとラスボス出てくるよ?
目の前のは中ボスくらいの強さあるよ?
「じ、じゃあ……任せちゃっていいんですよね? 俺はこのまま逃げますけど」
「えっ!?」
「えっ!?って……」
てっきり俺が手伝うとでも思っていたのだろうか。
自称勇者君は意外そうな顔で、俺を恨めしそうに見る。
自分も逃げたいのだろう。
心の底では理解しているのだ。この、かつてコボルドであった怪物は強敵であると。
現に、自称勇者君の足は震えている。
……はあ。
「とりあえず、小手調べだけはしてやるよ」
自称勇者君の言う通り、相手がこけおどしの場合も勿論ある。
その場合は自称勇者君も再び勇猛さを取り戻して……調子に乗ってこの進化したコボルドに挑んでくれるのではないかという算段だ。
蘇生させた雑魚冒険者の死体を怪物に向かわせる。
弱くたって蘇生させた死体だ。肉体面の強度は少なくともシルビアよりかはある。
先ほどまでだってコボルドのリーダーとほぼ互角に闘っていたし。
何より、俺は他の死体の操作をしていたからこの死体への注意は減っていた。
今はこいつだけに集中して指令を送ってやるぜ。
他のコボルドの死体には生きているコボルドと遊んでいてもらおう。
自称勇者君の目にもじゃれているようにしか映らないはずさ。
「と、いうわけでレッツゴー」
雑魚冒険者だって剣を持っている。
扱いこそ拙いものだが、死体特有の怪力から繰り出される剣戟はまともに当てればその部位は吹き飛ぶぜ?
その棍棒で太刀打ちできるものじゃぁない。
「……なるほど」
しばし自分の体を見まわしていた怪物であるが、唐突に口を開く。
「これがコボルドの極致か」
……会話可能になったのか。
俺が魔物の言語を理解したわけではないよな。コボルドは何やら訳の分からない鳴き声だし。
ならば……知能が上がったのか。
それだけですでに進化してるじゃねえか。
「殺し合おうではないか、ニンゲン」
イントネーションすら違和感のない、すらすらとした話し方である。
そこでビビっている自称勇者君よりも話が分かるかもしれない。
怪物は雑魚冒険者を見ると、ニィッと笑い、棍棒を振りかざす。
怪物の棍棒と雑魚冒険者の剣がぶつかり合う。
頼む! あっさりと壊されてくれ。棍棒に対してそう願ったが、やはりというか薄々分かってはいたが、無理であった。
……いや、半分だけ叶ったというべきか。
棍棒は真っ二つに斬り落とされた。
剣も同様に砕け散ったが。
「やっべえな」
剣が棍棒を斬ったというよりも、怪物の膂力に耐え切れずに損壊したといったほうが正しいかもしれない。
もう少し丈夫な棍棒であったならば間違いなく剣のみが破壊されていた。
そう思わせるだけには怪物は怪物じみていた。
なぜなら……
――【メンテナンス】
【メンテナンス】を使って直さなければならないほどには雑魚冒険者はぐちゃぐちゃになっていたからだ。
棍棒も、剣も壊れてなお収まらない衝撃は雑魚冒険者の肉体へと吸い込まれていき、そしてその肉体を余すことなく破壊していた。
「おお、もしや君は回復魔法というやつが使えるのか!?」
自称勇者君が期待気にこちらを見る。ともすれば、希望を見つけた時のような顔だ。
ん?
ああ、そうか。【メンテナンス】を回復魔法と思ったのか。
まあ似たようなものだ。死体に限ってはだが。
「そうです。余り多くは使えませんが。でも、瀕死だってなおして見せますよ」
「そうか! それだけ治せるのであれば俺も体を張ってみせよう」
自称勇者君がやる気を出してくれたようだ。
俺が治せると勘違いしているから多少の無茶は出来ると思ったみたいだな。
実際に、俺が出来るのは直すことだけなのに。
……しかし、雑魚冒険者が一撃か。
自称勇者君の方が雑魚冒険者より強いことは分かっているが、それでも足りかどうか。
「あちらの冒険者の方には私から指示を出しますので、勇者様はどうぞご自由に闘ってください」
「そう言ってくれると助かる! 必ず、勝利を掴みとろう」
自称勇者君は剣を構える。
「俺と、君達2人。全員で生きて帰ろう!」
なんともお熱いことで。転生だが転移だか知らないが、きっと現地の仲間と協力してちょっと強めのモンスターと闘うとかいうドキドキイベントの発生だとでも思っているのだろう。だから、先ほどから台詞が赤面ものの恥ずかしいやつばかりだ。
わざとか? 俺を笑わそうとかしていないよな?
兎にも角にも、それだけ言うからには何かしらの勝利の道筋が見えているのかね。俺にはさっぱりだが。
まあ、この勇者君がとあることをしてくれれば、俺の勝率も格段に上がる。
「食らえ!」
先ほどとは違い、少しは様になった剣捌きだ。
動揺していなければこれだけ動けるのか。
さすがにこれを受けるわけにはいかいのか、怪物は後退しながら避ける。
「……グル。我に見合うだけの武器がどこかにあれば」
怪物は周囲を見渡す。
だが、怪物専用の武器などない。
ここにはコボルドの使う棒きれか人間専用の剣しかない。
「ああ、そうか……無ければ作ればいいのか。【ソード・コンバーション】」
「っ!? まずい、下がれ!」
「え……?」
俺の声も虚しく、間に合うことは無かった。
怪物が何やらスキルらしきものを使ったかと思うと、突如怪物の右腕が長く刃渡りの大きな剣に変化したのだ。
夢中で剣を振るい怪物を追い詰めようとしていた勇者君はそれに気づくことは無かった。
胴が別たれる。
怪物の振るう剣は人間の肉も骨も容易く通過していく。
別たれた胴の上半身。その瞳は何物をも映してはいなかった。きっと、何が起きたかも分かってはいないのだろう。
斬られたという実感すら無いはずだ。
怪物の振るった剣は勇者君の知覚を越え、離れた場所で見ていた俺にのみ見えていた。
だから剣が人間を……死体を両断した時に弾き飛ばされた勇者の顔は驚愕に満ちていた。
「って……助けなくても良かったか」
反省反省。
……さて、【メンテナンス】は少し後回しにするかな。
コボルドが怪物に進化したように、自称勇者君も真の力に目覚めるかもしれない。
とりあえず、蘇生させたコボルド2体が生きていたコボルド2体を殺し終えたようだし、そいつらも蘇生させて待機していよう。
無駄なことはしない。
最後に俺が立っていればそれで万々歳なのだから。




