23話 クエスト 4
《side:???》
一体何を見させられているのだろう。
いや、何をさせられているのだろう。
ニンゲンを殺すだけのはずであった。
相手も自分達同様に武器を持っており……それは数段も凶悪なものであったが、それを扱うのはただの素人。
我々コボルドの敵では無かった。尤も我々とて1対1で挑むこともない。
コボルドの強みは数だ。個に対して群れで挑む。繁殖力の強いコボルドはニンゲンのそれを遥かに上回る。
『常に数で優を取れ』
我々の本能に刻まれた言葉である。
ニンゲンごとき数の集まった我々の敵ではない。
いずれは我が群れも数を増やしてニンゲンの棲み処を襲撃し、食料やより強い武器を手に入れるつもりだ。過去にそうやってコボルドを一大勢力にまで引き上げてニンゲンに恐れられたコボルドの王も存在した。
我も今はコボルドリーダーという立場だが、王を目指すという夢は我が心に芽吹き続けている。
今はまだ5匹の群れだが、いつかは一大勢力となるのだ。
そのためにも群れ総出でニンゲン狩りをしていた。
していた……はずなのに。
何が起きたというのだ。
ニンゲンを瀕死状態にまで追い込んだ。
そこまでは良かった。後は完全に死ぬまで殺し続けるだけであった。
だが、突如としてニンゲンは立ち上がった。
決して、絶対に立ち上がることなど出来るはずはなかったのに。
足は潰れていた。
腕は折れていた。
だが、そのニンゲンは立ち上がった。
我の同胞を殺して。
何時からそこに居たのだろうか。
気づけば1人のニンゲンがいた。
いかにも凡弱なニンゲンであった。
立ち振る舞いも、布の上からでも分かる肉の質も、その程度の低さは分かった。
先ほど殺し、そして何故だか立ち上がって……生き返ったかのようなニンゲンよりも弱そうなニンゲン。
長いフードを被り顔は分からなかった。元よりニンゲンの区別なぞ付かない。だが、それ故に感じるこの異質なオーラは何なのだろう。
弱い。だが、このニンゲンは我々の脅威になり得る。
しかし、それ以上そのニンゲンに構うことは出来なかった。
なぜなら……先ほど殺したニンゲンだけでなく、たった今首を刎ねられて殺されたコボルドすら再び立ち上がったのだから。
「グル?」
首を刎ねられればどのような生物とて生きてはいまい。
だから、首を刎ねられて、そして首と胴が繋がり始めた我ら同胞であるコボルドはもはや異質の存在なのであろう。
「グルルゥ」
同胞が1匹、立ち上がった――いや、もはや蘇っただろうか――コボルドに生きていたかと声を掛けながら近づく。
よせ。
そう警告する前に蘇ったコボルドは無防備なコボルドの脳天に武器を振り下ろした。
「グガ……?」
コボルドは倒れる。
幸いにも死んではいないようだ。
だが、
「グガッ……グガッ」
その蘇ったコボルドは何の躊躇いもなく無抵抗なコボルドに武器を振り下ろし続ける。
やめろ。そう叫び、止めたかった。
だが、そう、だが……恐怖を感じていた。
先ほどまで我らと共に闘っていた同胞が今やただ無表情に同じ同胞を殺しているのだ。それはまさにニンゲンを殺す時の我らと同じ。まるで殺されたニンゲンが乗り移っているかのよう。
そして更に蘇ったコボルドに殺されたコボルドすらも立ち上がった。
その目は何物をも映していない。
ただそこに眼球があるのみ。無機質な有機物であった。
「グル?」
「グルル」
残った同胞も状況を理解したようだ。
我に指示を求めてくる。
「グルゥ!」
群れを考えれば逃げることも視野に入れなければならなかっただろう。
だが、それでも敵はかつて我と共に戦場を駆け巡った同胞達。
見捨てていくわけにはいかない。
同胞を手にかけることと見捨てること。
我は前者を選んだ。
最初に殺したニンゲンは剣持ちである。
それは我が相手にすることにし、残り2匹のうち片方を優先して倒すよう命じる。
同胞は躊躇しているが、我が一言
「グル!」
と、喝を入れれば武器を握りしめ直した。
さあ、反撃といこうではないか。
どれだけ相手の能力が未知数であろうとも。
数で優位を取れなくとも。
我らはコボルド。
集団戦において決して劣ることはない。
ようやく一匹を倒した。
蘇ったコボルドは体力の減りを感じさせず、更に力までもが上昇しているようだ。
我がニンゲンの相手をする傍らで攻撃を加えることでようやく1匹。
だが、これで遥かに楽になる。
我は引き続きニンゲンの相手をし、同胞のコボルド達が蘇ったコボルドを叩く。
余計な邪魔が無ければ勝てるはずだ。
はずだった……。
なぜだ。
倒したはずの蘇ったコボルドが立ち上がる。しかも傷を一切残さずに。打撲も裂傷も何もかもを治してコボルドは立ち上がった。
対してこちらは手負いにして息も切れ切れ。ふとローブのニンゲンを見れば口元には笑みが浮かんでいた。
万事休す。
誰でもいいからこの場を打破する状況を作ってくれ。
思わずそう願ってしまった。
だからだろう。
3人目のニンゲンが現れて、そして蘇ったコボルド2匹を一瞬で殺したのを我は目の当たりにさせられた。
強い。
これまで見たどのニンゲンよりも。
我よりも。
だが、同胞は首を刎ねられて尚立ち上がった。
なぜそこまでして我らに武器を向けるのか。
それは明らかにあのフードのニンゲンが原因だろうことは分かり切っている。
だが、我にどうこうする手立てはない。
蘇った同胞が切り刻まれていくのですらただ見ていることしか出来なかった。
だが、武器を失っても、歩くための足を失っても尚、我に伸ばされる蘇ったコボルドの手。
それは我を害する敵の手ではなく、我に救いを求める同胞の手であったかのように我は思えて仕方なかった。
そして、その同胞の脳天に剣が突き立てられた。
「ハ、ハハハハハ――」
強者であるニンゲンが何やら勝ち誇ったかのように笑っている。
それを見て、我の中の何かがブチリと音を立てて切れたような感じがした。
もう一匹の蘇った同胞も無残に嬲り殺される。
我の中に何かが切れると同時に積もっていく。
そして、積もり積もった何かは我の中で溢れ出して……
――力が欲しいか?
突如として聞こえた声に即答した。
ニンゲンを見返す力が欲しい。
群れではない。個としての力が欲しい。
何を対価としてでもいいから欲しいと心の底とは別の心のどこかから溢れ出した声がそう返してしまった。
――ならば渡そう。我らが力の一部を。貴様は今から力を示してこの場を生き延びてみせよ
肉体が進化を始めている。
これまでの我は制限をかけられていた。
そう感じる程に新たな肉体は馴染み、そして信じられない程の力を得た。
「なるほど。これがコボルドの極致か」
これがコボルド王の通った道なのだろう。
きっと王は極致すら通り越していったのだろうが。
そして驚いたことに我は人語を理解するようにまでなっていた。
試しに人語を発して見たが、何の違和感もなく言葉が出てくる。
知能が格段に上昇したのだろう。
ならば、後は力を試すのみ。
……ふん。
丁度いいのがいるではないか。
ニンゲンの強者。純粋に強いニンゲン。
ニンゲンの異端者。何をやるか分からないニンゲン。
後者は後回しだ。
まずは強者との力比べ。
それで見極めよう。
我がどこまで強くなったのか。
この力がどこから来たのか、何をさせようとして与えられたのかは分からない。
だが、目の前のニンゲンは殺すべき。
それだけは我にも理解出来ていた。
「殺し合おうではないか、ニンゲン」
同胞2匹も我に従い武器を構える。
同胞も先ほどまでに比べ少しばかり強くなっているようだ。我の進化に合わせて変化が起きたのか?
まあどちらでも構わない。
敵が我の同胞を嬲り殺したのであれば我も嬲り殺そう。
同胞の死体を弄んだのであれば我も弄ぼう。
ニンゲンよ、その対価は重いぞ?




