19話 奴隷商会 4
廃棄用の奴隷。
それだけ聞けば後は捨てるだけというイメージが先行する。
スーパーの棚にある賞味期限の迫った商品だって一か所に乱雑に置かれ、時には中身がぐちゃぐちゃになっているものも少なくない。
買う人がいるかもしれないからとりあえず商品棚に並べておく。安くていい、主用途に使えるならそれでいいという人だけが買っていく。
品質は限りなく劣る。辛うじて使える商品。それが廃棄寸前の商品である。
だが、グリセントの経営する奴隷商は商品という価値よりも人間であったことを最後に思い出させる。実は良い人なんじゃないだろうかとこれだけ見ればグリセントを錯覚してしまう。だが、よくよく考えれば人間を売り買いしているやつに善人などいないだろう。グリセントの言葉を借りれば善人も悪人も等しく売るだけの一般市民だ。
「本来、奴隷というものは高いのだ。人間の価値は金で測れるものではない。時折そう言っているやつもいるが、そうじゃない。人間の価値は金で測れる。命は常に金によって支えられているのだから」
「ならばなぜ奴隷の価値は均等ではないのだ?」
「それは人間の価値が平等ではないからだ。技術、人脈、性格、容姿……多種多様な価値観が人間にはある。俺はそれを引き出し価値を一方的に決める。無論、俺だけではこの商会の未来は無いから部下にもやらせてはいるがな」
ならばこいつの売る奴隷が高い理由、それは奴隷がそれだけ何かしらに精通しているからか。
家事に優れた奴隷が欲しい。俺はそう言った。その奴隷が一生をかけて収めた家事に関する技量を買おうとしているのだから高いのは当たり前だったな。
「廃棄用と、売れることの無くなった奴隷を俺はそう評している。奴隷としての価値はもうない。後は死に向かって歩くだけの奴隷として無価値なやつらだ」
グリセントはそう吐き捨てるように言う。
「……先ほどから聞いていれば、お前は奴隷を、そして人間を何だと思っているんだ?」
シルビアはさっきからどうしたんだ?
そもそもで奴隷商に向かうまで彼女はそこまで奴隷に対して否定的ではなかった。
ならばなぜこうまでグリセントに突っかかっているのか。
命を粗末に扱っているから? いや、奴隷を囮として使う冒険者がいることをこいつは知っていた。
他に要因があるはずだが……グリセントが何か気に障ることでも言っていただろうか。
「奴隷をどう思っているかだと? そんなもの決まっているだろう。奴隷は奴隷だ。人間よりも一段低い存在。どう扱われようと決して文句など述べてはいけない。それが奴隷としての価値であり存在意義なのだから」
「それを……死にゆく奴隷にも強いているのか! 奴隷に奴隷のまま死ねと!」
つまり、シルビアはこう言いたいのか?
死が迫った奴隷は解放してやれと。もう無価値ならいいじゃないかと。
「なぜ?」
グリセントは短く返答する。
「命は尊い。だからこそ誰もが命を無駄に散らさないよう努力している。……これまで私はそれが分かっていなかった。だが、つい最近だ。それがついに分かったのだ。命があるからこそ、人間は今を生きているのだと」
ふうん。俺に蘇らせてもらってようやく命が大事だと気づいたってか。
それ、俺にも言っているのかね。命を弄んでいるに等しい能力を持つ俺に。
「よく分らんな。俺にとって奴隷は奴隷。命は命。どちらも金で動くものだ」
「なっ!?」
だが、グリセントにはそれが理解できない。
なぜなら彼はシルビアが一度死んだということを知らないから。
「だからこそ、奴隷としての価値が無くなったやつは人間に戻す。奴隷でないやつは人間。それが俺のポリシーであり、出した答えだ」
「何を言って……?」
「シルビア、そこまでだ」
これ以上は話が進まない。
俺もいい加減に奴隷を買い終えて次の予定に移りたい。
「グリセント、奴隷を見せてくれ。この際だ、死の間際だろうが何だろうが構わない。俺が医者にでも見せて治せばいいんだろう?」
「ああ。正直、医者に治してもらえば正規に買うよりも安く済むやつもいる。だが、それに関しては俺は何も言わない。俺は廃棄用の奴隷を見せるだけ。後はお前たちで選んでいってくれ。そしてどうか、奴隷としてでもいい。長生きさせてやってほしい」
全部で4階まである奴隷商会。だが、それは地上における階数であって、地下に限っては違っていた。
「廃棄用は本来、誰かに見せるようなものではないからな。客に見えない場所はここしかない。金は無いが奴隷が欲しい。そして使い捨てにはしない。俺がそう見極めた客にだけ俺はここに連れてきている」
地下1階に俺達はいた。
俺達は4階まで階段を使ったが、驚くことに魔力だか何だかで動くエレベーターがあり俺達はそれを使ってわずか30秒で一気に5階分を駆け下りた。シルビアは一安心といった顔をしている。まあ体力無いから仕方ない。
「俺達はアンタのお眼鏡にかなったってことでいいのか?」
「ああ。金の無いやつってことは分かったからな」
おっと、信用してもらったわけじゃないのかね。
奴隷を売ってもらえるなら別にそれでいいけど。
さて、そんじゃとりあえずグリセントは口出ししないらしいし、俺達で選ぶとするか。
俺が良さげなのを選ぶ……前にまずはチート先生の出番です。
「やーっておしまいなさい、シルビアさん」
その目で一番能力値の高い奴隷を選ぶのだ。
ここにいる奴隷は皆廃棄寸前の安いやつら。多分……俺の手持ちの金で足りる。
「何をやれと……ああ、分かったよ」
シルビアが奴隷を見回す。俺には分からないが、【鑑定】を使って見ているのだろう。
4階で見た奴隷と違い、彼女らは大きな1つのショーケースに入れられていた。だが、決してみすぼらしい格好ではなく、弱り切っても尚、最後に相応しい衣装を着させられていた。
「……能力値で言うならあの子だろうな。だが、すぐにでも医者に見せなければならないほどに弱っている」
「どれどれ……これは酷いな」
栄養状態云々は恐らくだが保たれていたのだろうが、精神的に持たなかったのだろう。目をギラつかせて周囲を睨んでいる1人の少女。近寄ろうものなら噛みつかれそうだ。
「あれだと俺達に懐かない可能性があるな。よし、別のにしよう。コミュニケーションは必要だからな」
1つ惜しい点があるとすればそれはその少女の頭部にあるもの。
「狐耳とは恐れ入った。もう少し年がいっていれば俺の趣味にばっちりだったがあの年齢ではな」
10歳程の少女の頭部には金色の三角耳があった。ついでに尻尾も生えている。狐、でいいんだよな? 猫ぽくはなさそうだ。
「次点で高いやつはどれだ?」
「次点というか、君が見ているのは私が指した子ではないぞ。ほら、あの子の奥にもう一人いるだろう?」
「うん?」
よく見てみれば狐耳少女が隠すようにしていた奥にもう一人、同じ顔をした少女がいた。
「双子か」
そちらは前にいる少女のように目をギラつかせてはいない。というか、そんな気力すら残っていないようだ。
精神を削られてナイフのように尖らせたのが前の少女だとしたら、奥にいるのはすり減らされて砕けかけた少女だ。
「どちらも能力は高い。奥の子が一番でその前の子が二番目だろうな。だが、体力気力を考えれば前の子の方がいいだろう。すぐにでも医者に見せるのであれば、奥の子がいい」
俺の財布事情を知ってのことだろう。
シルビアはどちらか一方を買えと勧める。
「グリセント」
「何だ、決まったのか?」
「あそこの双子について教えろ」
グリセントは店員から資料を受け取ると、
「ふむ。面白いな。この双子は生きていくために自分達を売ったようだ」
「どういうことだ?」
「生まれて早々に両親から見捨てられ、2人だけで生きてきたらしい。だが、それでは生きていけない、だから毎日の食事が供給されることが保証される俺の店に自ら売られてきたようだ」
生活費が無いためにわざと万引きのような軽犯罪を行い見つかることで刑務所で冬を乗り越える人間がいるというが、それと同じことだろうか……いや違うか。
「いや待て、自分を売ってそれで得た金はどうするんだ。受取先が別にいるとかか?」
「それは奴隷としての仕事を終えた後に受け取る手はずになっている」
「仕事を終える?」
「寿命などで買い手が死んだ時のことだ。冒険者であれば更に死期は早いな」
一先ずは奴隷として生きて、その後は自らを売ったことで得た金で生活するつもりだったのか。
……向こう先見ずというか、考え無しというか。奴隷がどのようなものか分かっていないのか? 幼い少女だとしても性欲のはけ口として扱われたり、冒険者であれば囮として使われることだってあるかもしれなかったのに。
「君、1つだけ言わせてもらえれば家事能力はこれから先を見据えて高いと伝えておこう。今はまだ低いのはこれまでの生活水準も低かったからだ。だが、教えればそれだけ彼女らは吸収していく。戦闘もまた同じに。学習能力が高いことが特徴だ」
なるほど。
掃除を教えてやれば掃除が上手くなり、料理を教えてやれば料理が美味くなるのか。
「2人まとめていくらになる?」
「ふむ。引き離すのは可哀想だとでも思ったか? 纏めて買うのであれば少し安くしてやろう。……これでどうだ?」
「っ!? ……駄目だ、足りない」
ほんの少しだけ、足りない。
俺達の今日の宿泊費だけを除いた手持ちの金から本当に少しだけ高い。
「止めておくかね? それとも片方だけにするか?」
どちらにも頷けない。
シルビアが言っていることが確かならあの双子をここで逃すことは出来ない。この先何かしらの役に立つと俺の勘も言っている。
どうにかして手に入れなければ。
「一日だけ待っていてくれ。今ある金は全て渡しておく。残りは明日、用意して持ってくる」
俺はグリセントに前金を渡す。
マイクの財布にあった金だが、これであらかた使い切ってしまったな。
「良いだろう。ならばこいつらは予約済みとしておく」
「すまないな。最後に挨拶だけしておいてもいいか?」
「構わん。金を払うと約束しているのであれば、あれらはお前のものだ」
俺はショーケースに近寄る。
他の奴隷達は会話を聞いていたからか、双子を残して遠ざかる。有難い。教育されている奴隷というのは本当だったんだな。
「やあ」
にこやかな笑顔で挨拶をする。笑顔は大事だ。第一印象においては一際にな。
「俺は君達に自由を与えると約束する。君達は今、非常に危険な状態だ。特に奥の子はすぐにでも医者に見せてあげたい。だけど、俺は今すぐに君達を解放させてあげることは出来ない。明日だ、明日には解放すると誓う。だから明日まで、頑張って欲しい。分かったね?」
伝わったのかどうか分からない。
静寂が辺りを支配する。
手前の少女は俺を睨んでいるし、奥の少女はぐったりとしている。
だが、
「わか……りまし……た」
息も絶え絶えな声が聞こえた。
それは奥にいた少女であった。
「お願い……します。せめてシーだけでも……」
「アイ! そんなこと言わないで!」
アイとシーという名前か。
「アイ、もしもの時は約束する。シー、アイのことは俺が救って見せるからな」
返事を聞く前に俺は双子に背を向けた。
それが格好いいと俺の高校生活で学んできたからだ。
「行こうシルビア」
「ああ!」
次の目的地は冒険者ギルド。
次の目標はクエストを受けて金稼ぎだ。