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160話 ダイイングメッセージ 9

 本来は閉められているはずの店頭に1人の男が立っていた。

 何をするでもなく店内を見渡している。

 彼を知っている者が見れば、それは今は亡きアーノルドを考え憂いているのだと、無駄な推測をして涙ぐむのだろう。

 彼を知らずとも、その表情が決して希望に満ち溢れたものではなく、むしろ悲観的なことを察し、何かがあったのだろうと考える。

 店内は片付けられている。

 【飢えた尖兵】により強盗に入られたのかと疑うくらいに荒れていた室内も今では整頓されている。

 塵や埃も綺麗に掃除されており、そこでかつて人が死んでいたとは思えないほど、血の一滴も見当たらない。

 トトルの指揮が良かったのか、それとも尖兵たちの手際が良かったのか……まあ前者なのだろうけど、それでも再出発を図るには殺人事件の跡など一切残っていない方が良いのだろう。


「よう。随分とまあ綺麗になったじゃねえか」

「……これは。シドドイさん、でしたか。貴方は……申し訳ありませんがどなたでしょう?」


 そういえば俺とは初対面だったな。

 だが、俺はこの顔を知っている。

 アーノルドの弟子だ。

 トトルが見せてくれた似顔絵と一致している。


「俺はシドウだ。シドドイの雇い主ってところだな」

「……? ということは【飢えた尖兵】よりも偉い……十傑の方?」

「ああ、いや。そうじゃないんだ」

「はい。あの時は身分をはっきりと明かしませんでしたが、私はトトルさん達のような王国に仕えている身では無く、こちらの所属なんです」


 シドドイが冒険者ギルド所属の証であるカードを見せる。

 俺もシドドイも中堅ランクには上り詰めている。

 多少は信用を得られるくらいにはなっているのだ。


「……そうでしたか。先日のはギルドからの依頼で? ……いえ、それにしては随分と迅速であったような」

「いいえ。私達はただ居合わせただけです」

「俺達がアーノルドの死体の第一発見者だったんだ。まあ、犯人たちを除いたらだけどな」

「はぁ。そうですか」

「本当は武器を作って欲しくて来たんだけどよ、いやーそれも無駄足になっちまったな」

「……。ご迷惑をおかけしました。しかし、師匠のアーノルド自身が招いた結果です。あの世で少しは反省すればいいのでしょうけど」


 そういって、目の前の男は冥福を祈るように目を瞑る。


「そういや、アーノルドの弟子のアンタ……名前は何て言ったっけ?」

「ケヴィンです。ケヴィン・ブーツ」

「そうだそうだ。ケヴィンだったな。いやー。つい忘れそうになっちまうぜ」

「そう、忘れやすい名では無いと思いますけどね」


 まあ名前が無個性とは言わないぜ。

 俺のシドウって名前も珍しいみたいだし、隣のシドドイも他の奴らに比べれば個性的だと思う。


 だけどよ、やっぱり忘れやすいんだわ。


「小説とかでもよ。被害者である死人の名前ってどうしても容疑者に比べると霞んじまうんだよな。容疑者はたくさんいるから必死に覚えようとするんだけどよ、死んじまったらもう出てこないだろ? だから死体って覚えるだけで後は気にしないんだわ」

「……」


 何を言っているのか理解できない。

 そんな顔をしている。

 まるで自分は俺の言葉に対して思い当たる節が無いとでもいうかのように。


「お前に言っているんだぜ? なあ、アーノルド・アーマーさんよ」


 店で倒れていた死体の名前。

 それを目の前の男に投げかける。


「何を言って……!? 私の名前はケヴィンだと――」

「いいや違うね。そのケヴィン何たらは俺が見つけた死体の名だ。アーノルドは生きている。生きているからダイイングメッセージは残されていたんだ」


 この世界にはDNA鑑定も血痕も指紋も監視カメラも絶対的な証拠として扱われるようなものは何もない。

 目撃証拠や状況的証拠を集めて繋げてようやく細い糸として事件と犯人を結びつける。

 スキルも魔法も使われてしまえばその糸は容易く千切れてしまい、そして千切れた糸はもう二度と繋がることは無い。


 故に俺は一切の証拠集めを無視する。

 犯人を結論付けるに至る証拠は死体の状況だけだ。

 その手助けとなるのは誰が何のスキルを持っているか。

 それを考えるだけで犯人は絞り込めたんだ。

 そして、決め手となるのはダイイングメッセージに他ならない。





「手短にいこうか」


 立ち話も何だ。

 俺とシドドイはケヴィンの顔をしたアーノルドを逃がさないよう掴み店に入った。


「犯人はアーノルド、お前だ。そしてトトルを始めとした【飢えた尖兵】達にはお前以外の犯人を確保しに向かっている」

「……犯人は俺と言っているのにか? いきなり話が矛盾しているだろう」


 先ほどまでの口調は一片し、横柄なものとなった。

 それがアーノルド本来の話し方なのだろう。


「ああ、殺人犯はな。だが、死体損壊罪ってのはまた別だ」


 死体の損壊。

 殺した後に他の人間が死体を破壊していく。

 殺人に比べれば罪は軽いだろう。

 この世界においてどのくらいかは分からない。

 だが、それを行った意図を鑑みれば、すぐに出て来られるようなものではないはずだ。


「まず1人目はお前もよく知っている、死体の顔を潰した奴だな。アイツはアーノルドに自分の女を寝取られた奴だ。男前だとかいう顔に連れられたのが悔しかったんだろうな。だから、潰した」

「それくらいでか」

「本当は殺したいくらい憎かったんだろうな。だけど既に殺されていた。憎さが悔しさに緩和したのか知らねえが、せめてその顔くらいはって思ったんだろうよ」


 当事者からしたらそれくらいで殺す程憎まれるとは思わないってか。

 まあ動機の強さは本人にしか分からないよな。

 俺も一度殺された身だからよく分かるぜ。


「心臓を抉った奴はな、心臓が欲しかったからだ」

「何を言っているか分からないな」

「お前はヤンデレってを知らないのか? この場合は病んだ方が正解かもしれねえけどな。好きな奴と一緒にいたい。死んでしまったのであればその鼓動を近くで感じていたいって思ったんだろうよ」


 実際には心臓はもう動いていない。

 だが、それでも好きな奴の死体であることに変わりはない。


「胴を捻じった奴に関しては俺も訳が分からん。ただ、それをする動機があったってことだ」

「……」


 アーノルドは探しているのだろうが、まあ見つからないだろう。

 それこそやった本人にしか分からないことだ。


「そして手足を焼いた奴。それはお前だな。理由はダイイングメッセージを指で書いたことを誤魔化したかったから。死因を誤魔化すためだ」


 首を絞めたようにみせるため。

 まあ他の死因も混ざっちまったから余計に面倒になっていたが。


「だが、それ以外にもあるな。手を焼く……その意味はお前が職人として優れていたが故だ」

「何故俺が名工であると死体の手足を焼かねばならん」

「足はついでだろうな。本命は手だけだ。いくらお前とケヴィンの体格が似ていたからといって、手までは違うだろ。むしろ長きに渡って鉄を打ってきたお前と弟子ではあからさまに違いがあるはずだ」


 火傷の跡一つ取ってもそうだろう。

 職人の手つきというのは見るものが見れば分かってしまうはずだ。


「せっかく顔も体格も誤魔化せたのに手でバレてしまってはつまらねえ。だから手を焼いたんだ」


 潰さなかったのはケヴィンに対するせめてもの情けだろうか。

 聞けば、アーノルドを慕っていたようだし、弟子として必死に修行に身をやつしていたらしいからな。


「……なるほど」


 アーノルドは俺の話に納得したかのように静かに口を開く。


「死体の状況は理解した。だが、まず前提が間違っている。顔を潰したのは俺ではない。先に捕まった男だ。奴は俺の顔は知らずとも弟子の顔は知っていたはずだ。なのに何故弟子と違えたままで犯行に及んだ?」


 その答えをアーノルドは知っている。

 ただの答え合わせだ。ここからも、ここまでも。

 俺がどこまで辿り着いたのかを確認するための確認作業に過ぎない。

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