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159話 ダイイングメッセージ 8

 店に入った時、そこに死体があって俺とシドドイはその死体がアーノルドであると思った。

 顔が潰されて原型を留めていないあるはずなのに。

 いや、そもそもで俺達はアーノルドの顔も知らないはずなのに。

 それでもその死体がアーノルドであるという前提でいたのは、死体が作業着を着ていたからだ。

 鍛冶屋にある作業着を着た死体。

 そして店内に他に人影は無い。

 それが店主だと、アーノルドの店についてほとんど知らない俺達にとって思考の選択肢は無い。


 だが、一度でも店を訪れた者であれば。

 それがアーノルドであるかどうか判断しづらかっただろう。


「アーノルドはあまり表に出なかったんだってなぁ? それで客の相手は弟子にさせていたって。同じ作業着、似たような体格の奴が店に2人働いていて、それで顔の判別の付かない死体が落ちていたなら、普通はその死体がアーノルドかどうかすぐに分からねえものだ」


 よく見れば細かな違いはあるのかもしれない。

 だが、職人特有の手も焼かれており、鍛え上げられたはずの身体も捻じられている。

 死体が原型を留めているかどうかすら怪しいのに、そんな細かな違いなど生まれるはずがない。


 故に犯人を導き出すのであれば、動機も手口も証拠も全て無視する。


「最初に店に入った時にこの死体を見てアーノルドと呼んだ奴。お前が犯人だ」


 容疑者5人のうちの1人。

 その男こそが犯人であると俺は結論を言い渡す。


「ち、違う……!」


 まあ、その程度で犯行を認める犯人なんていないだろう。


「そ、そうだ。俺以外にその死体をアーノルドって呼んでる奴がいたんだ! お前らも聞いていただろ!? な?」


 あの時ほぼ同時に店に入ったのはその男を除いて2人。

 そいつらも含め関係者全員がアーノルドの店に集められているが、しかし男に声をかけられた2人は揃って首を横に振る。


「いや? 言っていなかったな」

「そうよ。あなたが最初に言ったのよ!」

「そんな……」


 2人もまた男の言葉を覚えていたようだ。

 男はうなだれてその場にしゃがみ込む。


「し、証拠があるのか! 俺がやったっていう証拠が!」

「あー、そんなもの別の場所で吐いてもらうさ。なあ、お前ら?」


 証拠がどうとか言い出す奴なんて十中八九犯人だわ。

 

「まあ指を焼くなんざ、工房から焼きごてでも持って来れば出来るだろうし、胴を捻じったのは……それも工房の道具でどうにか出来るんじゃねえの? 心臓も武器で抉って竈に放り込んだんだろ」


 特別なスキルも魔法も無くとも死体を作り上げることはできる。

 

「違うんだ! 俺はやってない! 俺は――」

「あー、はいはい。尖兵の皆さん連れて行っちゃってください」


 誰1人男を庇う者はおらず、むしろ誰もが冷たい視線を男に送っている。

 ひでえものだ。

 1人くらいは同情したっていいだろうに。


 暴れ出した男を尖兵たちは抑えつけ、口に布を噛ませ、手足を縄で縛ると担いで運んで行った。


「さて、これにて犯人探しも終わりだ。一件落着だな」

「お見事……と言いたいところですがあの男のいう証拠が見つかっていませんね」

「そんなものいずれは吐くだろ。それに、俺がさっき言ったように死体をアーノルドと決めつけられたっていう自白があるんだ。周囲もばっちり聞いている」


 あーあ。

 武器を作ってもらおうと来ただけなのに時間を無駄にしちまった。

 俺の大事な休日を2日も奪いやがって。


「……貴方達は店の清掃を。荒らしてしまったところは出来るだけ戻してください」


 トトルの言葉に尖兵たちは動き出す。

 俺は勿論動かない。

 動かしたところはその時に極力戻していたし。

 周りが働いているからって自分も働かなきゃいけないとかいうクソな同調圧力なんざ無視に限る。

 周りが働いているんじゃねえよ。俺はあの時働いていて、てめえらが働かなかったからツケが回ってきただけだ。


「それじゃ、俺の容疑も晴れたことだし帰るとするか」

「そうですね。他の鍛冶師を探さなければなりませんし」


 名工アーノルドも今となっては鍛冶師であった死体に過ぎない。

 ブランドの価値は跳ね上がるだろうが、これから先はそのブランドの生産も行われないだろう。

 残念だな。あの工房のナイフ1本でも貰ってくればよかったぜ。


「数日間お疲れ様でした。巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。……しかし、貴方達無くして解決は無かったと思われます」

「そうか? 案外お前らも良い線いってたと思うぜ? もしかしたら時間はかかるけど犯人は見つけられたかもな」


 地道にやっていけば、そしてトトルのスキルがあればいずれは全て明るみに出たかもしれない。

 

「いえ……恥ずかしい話ですが恐らく未解決で処理されたでしょう」

「どうしてだ?」


 何度も言うことだが、この事件は時間さえあれば解決出来たと思う。

 証拠こそ今は出ていないがいずれ出てくるだろうし、犯行時間に店の付近に犯人らしき人間がいたか聞きこめば出てくるだろう。

 トトルはこれが初出動というわけではないだろうから慣れているはずだ。

 それなのに何故……?


「私達に与えられている時間は1つの事件につき3日です。それを超えてしまえば他の事件に向かわなければなりません」

「……おい、それって」

「はい……この街の事件解決率は限りなく低いんですよ」


 めっちゃ治安悪いじゃねえか。

 いや、奴隷商会の主がデカい顔をしている時点で怪しい治安だが、ほとんどの事件が解決されていないのか。


 ……そういや、ドクターストップの奴も妻を殺したと思い込んで放置していたけど、その間に憲兵やらが来たって話無かったな。


「……まあ、力になれてよかったぜ」


 トトルも尖兵も苦労しているんだなと、俺なりの労いの言葉をかけ、その場を後にする。

 他の容疑者であった奴らはまだ話があるそうで残っていた。


 帰り道、どこかで甘いものでも食べようかと店を探していた時であった。


「そういえばご主人様。ご主人様も嘘がお上手でしたね」

「ん? 俺がいつ嘘をついたんだ?」


 いや、まあ嘘だらけだが。

 職業とか誤魔化すのにひやひやしたものだ。


「アーノルドさんのことを全く知らないふうを装っていましたけど、ご主人様のお持ちのナイフってアーノルド作ではありませんか」

「……これが?」


 冒険者ギルドでオッサンに貰った安物だが使い勝手は良いというナイフ。

 ……あのオッサンもとんだ嘘つきだな。


「ここにアーノルドの名がありますね」


 うわ、ほんとだ。

 小さく彫ってあるわ。


「もしかするとトトルさんが疑いの目を持っていたのはご主人様の態度の他にそのナイフを持っていたからかもしれませんね」

「俺の態度はいつだって殊勝だろ」


 シドドイは苦笑しながらナイフを俺に返す。

 

「しかしどういたしましょうか。他の鍛冶師のあては無いことはありませんが、数段劣ってしまいますね……」

「ああ。まあこの街一番のアーノルドがあの有様だからな」

「そうだ! アーノルドさんの死体が埋葬されたら掘り起こしてご主人様のスキルで起こすというのはどうでしょうか。幸い顔もあまり知られていないようなので、連れ歩いても問題は無いかと」

「その発想をし出したお前に問題がありそうだが……」


 俺がシルビアにやったことだな。

 どこかで話したことでもあって記憶に残っていたか?


 ともあれ、


「その手は使えないな」

「えっと……意志が無ければ鍛冶の腕が落ちてしまうのでしょうか? でしたらシルビアさん達と同じようにされるとか……」


 まあ、新たな仲間を増やすというのも良いことなのだろう。

 俺は自分で蘇生させた死体であるなら仲間はそこそこ増やしてもいいと思う。

 【フリーリバイバル】に耐えらえれる精神性の持ち主であるならば、だが。

 そこいらで発狂した死体を量産したところで扱いが困るだけだ。


「いや、そうじゃなくてな。いくら俺でも生きた人間を蘇生させるなんて出来ないってことだ。シドドイの言うやり方をするなら俺達で一度殺してしまわないといけないな」


 だが、前情報で聞いているアーノルドの性格を考えると仕事相手くらいの関係性で十分だ。

 俺に命令権のある蘇生死体といえども背中を預けたくないし、素直に従うとも思えない。

 あと、アイとシーに絶対に悪影響がある。


「生きて……え、アーノルドさんがですか?」


 ああ、そのリアクションいいな。

 まさしくワトソン君だよ。


 俺のホームズばりの名推理を披露するに相応しい演出をしてくれそうだ。


「そうだな……まだ早い。店の片付けも終わるだろう明日また行こうか」


 犯人は現場に戻るという。

 それは不安であったり興味であったり愉楽であったり。

 この場合はどうなんだろうな。


 かつて築き上げた名声。

 それを取り戻すことが出来ないだろうが、それでも縋りつくためか?

 あるいはただ生活のためだったりするかもな。


「ああ。逃げ出すといけないからな。トトル達には伝えておくか。あいつらを捕まえるのは俺達だと面倒だから」

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