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158話 ダイイングメッセージ 7

 容疑者について知ることよりも、まず知っておかなければならないパーソナリティというものがある。

 それは探偵役である俺では無く、ワトソン役であるシドドイでも無く、無能な警察を演じるトトルや尖兵たちでも無い。

 アーノルドという人物を知る事こそが、犯人に繋がる最も大事な情報であったのだ。


「まず足りていない情報から整理していこうか」

「はい、ご主人様」

「アーノルドという人物のスキル。これは作品に対しての不壊属性付与で合っているな?」


 尖兵が後出しで情報を持ってくるものだから、錯誤した情報が幾つかあるだろう。

 それにシドドイ達との共有も終わっていない。

 俺から伝えることもあるし、向こうも言い忘れたことがあるだろう。

 加えて、既に知っているだろうと思い込んでいる情報もあるに違いない。

 故に、改めて聞きなおす。

 アーノルドという人物について。


「それがですね……アーノルドさんは過去に冒険者ギルドに一度だけ登録しています。その記録をトトルさんが確認したのですが、見当たらないんですよ」

「見当たらないって、何が?」

「件のスキルです。彼は当時、鍛冶に役立ちそうな物質を自在に組み替え治すというスキルを持っていました。しかし、その後はスキルを登録するようなギルドに在籍することなく、今の鍛冶師をしていたようです」


 スキルは先天性もあれば、後天的に芽生えるものもあるという。

 不壊属性の付与というスキルが芽生えても、その後は機会に恵まれなかったかあるいは面倒くさがったか、記録に残ることは無かったのか。


「ちなみに不壊属性付与のスキルって珍しいのか?」

「そうですね……何かを生成する職業の方であれば稀にいるといった程度でしょうか。全くいないというわけではありません。ただ、自身で完成させた作品に限りますので、活かせる者は少ないでしょう」


 先天的に持っていた物質を自在に組み替えるスキルで武器や防具の質を上げ、不壊属性を付与する。

 2つのスキルが奇跡的なまでに鍛冶師という職業に噛み合っていたというわけか。


「ああ……どうやら本当にいるところにはいるみたいですね。アーノルドの弟子の方もそのスキルを持っていたみたいです」

「……ほう」


 アーノルドの弟子。

 そういえば容疑者としては犯人の確立が高いわりに人物像があまり出ていなかったな。


「どんな奴なんだ?」

「実直な方らしいです。他人に恨まれやすいアーノルドさんとは対照的に良く働き、接客も真面目であったとか」


 だが、その真面目さがアーノルドにとってはつけ込みやすかったのだろう。

 体のいい奴隷のような扱いだったらしい。


「鍛冶の腕はいまいちだったみたいですね。アーノルドさんの作品と見比べてみましたが、確かに切れ味も輝きも数段下でした」


 つまりは、その弟子とやらは自身のスキルを活かしきれていなかったようだ。

 同じスキル。

 同じ鍛冶師という職業。

 しかし、その腕の差は歴然。

 一体どのような感情でアーノルドの下で働いていたのだろう。


「しかし、それなら他の容疑者に比べて恨みつらみも随分と深かったんじゃねえのか?」


 聞けば聞くほど犯人らしさが見えてくる。

 むしろこれで犯人じゃないとか……ああ、死体損壊の状況が違うと語っているんだっけか。


「それがですね……むしろ弟子はアーノルドに感謝しているらしいのです。彼の友人に聞き込みを行いましたが、他で働くよりもめきめきと腕が上達するから頭が上がらないと話していたようです」


 それは殊勝なことだ。

 俺もいつか弟子を取るならそんな奴がいいと思っちまうぜ。


「その友人はアーノルドの悪評を知っていたため、笑い飛ばしたらしいのですが、弟子の目は至って平静であったとか」

「ってことは、容疑者の1人になっている理由が弟子の扱いが酷いとかいう理由だったが、それは他人から見た評価ってわけか」

「そうなります」


 本人たちはそれで良好な関係を結べていたということか。

 つくづく、人間関係というのは複雑だ。


「他に聞きたいことはありますか?」

「そうだな……じゃあ――」


 アーノルドと弟子の関係。

 アーノルドと客の関係。

 アーノルドとそれ以外の関係。


 アーノルドが怨恨により殺されているのであれば人間関係を整理しないことには始まらないだろう。


 これ以上聞きたいことがあるかだって?


「今夜暇?」


 トトルが眉を顰め、シドドイの目が細められる。

 それが何よりの答えであった。





「つまりぃですねぇ! アーノルドは女の敵!ってやつなんですよぉ!」


 酒臭い息と共に吐かれたその言葉は酒場の喧騒に紛れていく。

 俺とシドドイ以外には届かなかった言葉であるが、届いていたところで賛同する者が増えただけであろう。


「でも不思議なんですよねぇ? アーノルドを恨んでいる女性はいても誰もアーノルド本人に訴え出ようとはしなかったんですよぉ!」

「そうかそうか。不思議だな」


 予想以上に酒が進んでいるトトルを何とかシドドイに押し付けられないものか。

 乾杯から始まり俺が1杯目を空にする前に5杯飲み干しやがったトトルだが、特別酒に強いわけではないらしい。

 どうも、同僚はトトルを偶像化しているのか一線引いた態度であるらしく打ち解けられないようだ。

 その上、ストレスの溜まる職場であるため、こうして鬱憤を晴らす場では盛大にやらかすタイプらしい。


「で? お前のスキルって制約とかあるのか?」


 酒の場は様々な面でリスクを伴う。

 だが、そのリスクを承知の上で背負い込めば、多大なメリットを生むこともある。

 今回トトルを酒の席に誘ったのは、ひとえに俺のためだ。

 人に知られてはならない秘密を抱える俺にとって、トトルの【情報漏洩】は放っておけない代物だ。

 酒を飲ませて口を軽くさせ、対処法を聞き出すことに越したことは無いだろう。

 誘った時は怪訝な表情を浮かべていたが、シドドイの助けもあり成功に至った。

 

「ありますよぉ。まず相手と顔を合わせているってことですねー」


 ふむふむ。

 遠方から一方的に相手の情報を引き出せないってことか。

 となると、目の前にいる相手を介してネットワークに繋げるってイメージになるだろうか。


「次に心を開いている相手ほど情報を知れるんです」


 警戒している程に引き出せる情報が少ないのか。

 ん?


「俺のこと随分と知っていたみたいだが」

「それはですねー。シドウさん。貴方、私に対して協力的な態度を取ろうとしていたじゃないですかー。捜査に加わりたい一心でー。それのおかげですよー」


 なるほど。

 表面上でも友好的な言葉を交わしていたからな。

 となると、容疑者達の情報が少なかったのは、全員が警戒していたから……か。

 それが【飢えた尖兵】を相手にしているからなのか。

 それとも他の理由があるからなのか。


「ちなみに他にも幾つかあるんですがー……ふふふ内緒でーす!」


 言い方は大層むかつくが、まあこれ以上は聞けそうにない。

 こいつが記憶の残る酔い方をする奴なのであれば、無理は出来ない。

 あくまで自然な流れで聞いたという体裁が欲しいのだから。


「あ、それでですねー。アーノルドって自分のことを随分と美男子と謳っていたみたいなんですよ。普段は顔を表に出さないんですけどね。でもでも、その顔はぐちゃぐちゃになっちゃって、ほらこれ死体の絵なんですけど。どこが美男子なのかって、あははははー」


 モラルも糞も無い。

 絶対にトトルの上司がこれを見ていたらトトルをクビにするであろう発言を堂々としている。

 幸にも周囲には聞こえなかったようだが、このままでは俺までとばっちりを食らいそうだ。


「そうだな。これだとどんな顔をしていたか……ん?」


 トトルが取り出した絵は、写真に近いくらい写実的であった。

 書き込み凄いなおい。


「これ、容疑者の顔とかもあるのか?」

「ありますよー」


 俺とシドドイのまであるわ。

 えーと、これが容疑者5人か。


 それで弟子は……


「ご主人様。アーノルドさんと同じ作業着の方がお弟子さんです」

「この絵の服装は事件当日ので合ってるか?」

「はい。汚れやほつれも忠実に再現されていますね。見事なものです」

「そうか……なら犯人分かったわ」

「……へ?」


 それは決して証拠があったわけではない。

 殺し方も未だに不明だ。


 だが、アーノルド殺し。

 それを実行した人物くらいは分かる。


「犯人は――」

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