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156話 ダイイングメッセージ 5

 この殺人事件において最も厄介だと思う点は、まさに死体の外傷が多いことであろう。

 死体そのものを調べる機会を失ってしまい、俺の聡明なる脳みそを頼りにする他無いが、死因となりそうな傷は幾つもあった。

 直接的な死因を調べることが犯人像に繋がる。

 その直感が俺にはあり、俺の捜査方針であるのだが、やはり手がかりというものが少なすぎる。

 ダイイングメッセージと事件現場。

 それだけが俺に許された手がかりであり、死体検分と容疑者候補の聴取は他の者の手にゆだねられている。

 残された少ない手がかりから犯人を特定するのは限りなく不可能に近い。


 だが、決して不可能とは思わない。

 死因の解明。

 【飢える尖兵】やトトルが絞殺と思っていた死因であるがそれは現場や死体の状況から間違っていると分かった。

 そう、要は引き算だ。

 死体に残された死因となりそうな外傷から、死因で無いものを選んで引いていく。

 そして残ったものこそが死因となる。

 そうするしか無いのだろう。

 それこそが確実なのだから。





「まあ、2択ってところだな」


 そして俺はそう結論付ける。

 死体の状況。

 そしてここまで明かされた状況。

 そこから、死因は2つの選択肢にまで絞り込まれた。


「心臓への何かしらのダメージ。もしくは頭部への何かしらのダメージ。このどちらかしか有り得ない」


 この世界には呪いと呼ばれる攻撃法がある。

 黒魔法、あるいは呪術。

 俺やドクターストップが得意とする魔法である。

 その黒魔法の中で俺も知らない魔法を使えばもしかしたら死因を特定されず殺せるかもしれない。

 だが、恐らくであるがその線は限りなく薄いであろう。

 まず発見者である俺が黒魔法の痕跡を感じ取れていない。

 次いで、死体がどこかに運び込まれているにも関わらず、未だ死因が特定されていない。

 教会とかにでも運べば、黒魔法の痕跡なぞ分かりそうなものだ。

 だが、分からない。

 分からないということは黒魔法で殺されたということでは無いということだ。


 故に俺は心臓もしくは頭部にダメージを負ったことでアーノルドが死んだと結論付けた。


「心臓麻痺とかよ、血の塊が詰まったとかよ、そんな感じで心臓にダメージがあった。もしくは、頭部を殴って殺した。こんなところだろうな」


 引き算だ。

 そして状況を足していった。


 絞殺や、胴体の捩じ切りと違い、心臓や頭部へのダメージは抗うことが出来ない。

 ほぼ一瞬のダメージになるであろうし、同時に死ぬまでの時間が数秒はかかる可能性がある。

 つまりはダイイングメッセージを残す余地があるのだ。


「死体から毒とかは出たか?」

「いや、専門家に調べてもらったが、麻薬や毒物は一切検出されなかったみたいだぜ」

「なら頭部を殴打されたことによる撲殺だな」


 より痕跡が残らない殺し方であるならば、毒よりも撲殺であろう。

 そして、撲殺の方が一般人にも殺しやすい。

 薬に対する知識とかも含めてな。


「出血の少なさ、ダイイングメッセージを残せたという状況、何よりも頭部がぐちゃぐちゃになっていることこそが撲殺の何よりの証拠だ」


 全てが状況証拠。

 いや、証拠にすらなり得ないかもしれない。


「……ん? だけどよ、これだけ頭を壊されていたらもっと血が飛び散りそうだけど」

「いや、時間軸が違う。一度撲殺し、時間を置いてから頭部を完全に破壊した。そして他の手足や心臓も死因を隠すために損壊したんだろうな」


 さて、これで犯人像が分かったかと問われれば、全く分かっていないのである。

 強いて言えば、容疑者に子供がいれば外されることくらいだろう。

 大の男を撲殺するのに小さなガキでは難しい。

 反撃に合うことも鑑みれば、他の殺し方を選ぶだろう。


「……容疑者に子供はいねえぞ」

「それによ、何で死因を隠す必要があるんだ?」


 そう、それこそが未だ分からない謎だ。

 死因を隠す意図。

 手足を焼く意味。

 胴を捩じ切る意味。

 心臓を抉り取る意味。

 

 頭部を完全に破壊する理由はともかく、他は何故行ったのか分からない。

 それこそ、よほど恨まれていなければ出来ないだろう。


「犯人像を隠す……か?」


 少なくとも胴と心臓部に関しては人を選ぶ。

 非力な者では行えないという先入観。

 か弱い女ではこの犯行は出来ないだろうと思わせる。


 だが、この思わせるという感覚こそが、逆に犯人は女なのでは無いかとも思わせて来る。


「……やべえな。こんがらがってきたぜ」


 ともあれ、だ。

 トトル達に出された宿題である何かしらの手がかり。

 これは死因の特定を以てして完遂と考えていいだろう。


 あとは犯人の特定だが、こちらはまだ情報が足りていない。


「……というかよ。推理小説に登場人物が出てこないうちに犯人が分かるものかよ」


 先ほどから女には出来ない、子供には出来ないとか言っているが、そもそも容疑者候補に女や子供がいるのかも分からない。


「そこの2人。俺に言ってない情報がまだあるなら全部吐いちまえ。あと、容疑者の情報もな」


 尖兵の2人は俺よりも情報を持っている。

 だが、上手く活用は出来ていない。

 あくまで情報を信用して動いているだけに過ぎないのだ。

 情報は正確であると思っているから騙される。


「そうだな。そういや兄ちゃんにはまだ言っていなかったな」


 尖兵の1人が資料らしき紙を懐から取り出す。

 いや、それがあるなら早く出せや。


「まず死亡時刻だな。氷魔法とかで誤魔化されていなければだいたい半日前らしい」

「……あ?」


 おい。

 俺がこの店に来たのはほんの小一時間くらい前だぞ。


 それでよくも俺を疑えたものだな。


「兄ちゃんは最初戻ってきた犯人だと思われたみたいだな」

「だけど、この店でアーノルドと何かやり取りをした痕跡が無いから容疑者から外されたみたいだ」


 犯人は現場に戻るってか。

 まあ、証拠を残していないか不安になれば仕方ないことだ。


 だが、そこはトトルの【情報漏洩】というスキル様様だ。

 俺がこの店に来たのが今日が初めてであると分かったからこそ、死亡時刻時点で俺が無関係であると確信したのだろう。


「……半日前か」


 今の時刻は夕刻に近い。

 つまり殺されたのは朝方。

 この店が開いたかどうかくらいだろう。


「その時間に客が来たか分からないのか?」

「周辺の聞き込みの結果、今容疑者候補として集められた全員がこの店の付近にいたことが分かっているな」


 つまりは来店した客から犯人を割り出すことは出来ない、と。


「最後に生きたアーノルドを見た奴は?」

「弟子だな。どうも買い出しに行っていたみたいだが、開店時刻に工房の奥で剣を磨くアーノルドを見たらしい」

「随分と後悔しているみたいだぜ。自分が外に行かなければってな」


 それが演技だとしたら随分と役者なのだろうが。

 まあ、それはそうとしてだ。


「弟子がいたのか」

「ああ。少しばかり頼りない弟子だったらしい。だけど愛想が良かったみたいで、表に顔を出したがらない師匠に代わって注文を受けていたのがこの弟子だ。その点では随分と重宝されていたんじゃねえのか」


 重宝されていたのかは分からないが。

 小間使いとして便利な道具扱いされていたかもしれない。


 だが、弟子とか如何にも怪しいじゃねえか。


「確認するが、男だよな?」

「ああ。ちょうどアーノルドと同じくらいの大男だ」


 いや、アーノルドが大男かは知らねえけど。

 ……死体は見ているが、倒れていたからか長身か見ていなかったな。

 いや、あれだけ損壊していれば死体の大きさに目なんて行かないだろう。


「その弟子ならアーノルドを殺すには十分力もありそうだな」


 そろそろトトルとシドドイも聴取を終える頃合いだ。

 合流してゆっくりと容疑者について考えるとしようかね。

 死因の特定が終われば容疑者の特定だ。

 それには足りない情報である容疑者についてを知ってからでも遅くは無いだろう。

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