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155話 ダイイングメッセージ 4

 負け惜しみを言うつもりは毛頭ないが、シドドイと分断されたのは結果的には良かったのかもしれない。

 男の俺よりはいくらか和らげな雰囲気のシドドイが聴取に加わった方が良いだろう。

 女2人から話を聞かれるのは、人によっては金を払ってでもと思うだろうし、まあ舐められてしまう可能性もあるだろうが、シドドイがそこらの奴に負けることは無い。力も精神も。


 だから俺は目ざとく現場に何か手がかりが無いか探せばいいし、覗こうと思えばシドドイ達の聴取を覗けばいい。

 ともあれ、俺も何か結果を残さないと尖兵の男2人に消えない傷跡を残されそうだ。


「……うん? そこまで血が飛び散っていないな」


 覚えている限りでは、出血するような大きな外傷は潰された頭部、抉られた心臓部、捻じられた胴体の三か所。

 小さな傷があったような気もするし、無かったような気もする。

 どちらにせよ、あれだけの傷があったにも関わらず、現場は綺麗である。

 いや、血だまりや壁に散った血液が全く無いわけでは無いから綺麗とは言い難いが、部屋中が真っ赤でもおかしくないくらいの死に方であったはずだ。


 だが、血だまりは死体の付近のみ。

 血も死体のすぐそばにある壁にあるくらいだ。


「どういうことだ……?」


 犯人が掃除をした……とは考えにくい。

 そうであれば、アーノルドの死体の付近だけ残っているのも不自然であるし、だったら死体ごと隠してしまった方が良い。

 殺人事件なんて無かった。

 そう隠すように掃除してしまった方が、死体から遠い壁や床を綺麗にするよりも簡単であるし合理的だ。


「……死んでから心臓を抉った、のか?」


 だとするならば、とんだ心臓マニアだ。

 何だ、犯人は吸血鬼だとでも言うのだろうか。

 いや、吸血鬼みたいなのが本当にいるのか分からないが、吸血鬼だったら生きたまま心臓を抉り出しそうだ。

 死体よりは新鮮だろう。


「……損傷の順番を確認した方が良いかもな」


 そもそも、だ。

 アーノルドがダイイングメッセージを残したという前提があるのであれば、当然ながら即死では無かったということだ。

 つまりは、死因に心臓欠損は含まれない。

 心臓は死んだ後に取り出されたと考えた方が良いだろうな。

 頭部も……潰されている間に悠長に文字なんて書けないだろ。

 こちらも死後だな。


 胴を捩じ切られたことが死因か……と思ったが、そもそもやり方が分からない。

 この世界のことだから、そういうスキルがあるのかもしれないが……やはり胴を捻じられている最中に文字なんて書けるのだろうか。


 と、俺が考え込んでいると尖兵の1人が前を通る。

 あろうことか、ダイイングメッセージを踏み潰しながら。


「おい!」

「ん? 何だ……ああ、足でも踏んだか?」

「俺の足を踏んだらこんなんじゃ済まねえよ。……じゃなくて、血文字を踏んでるんだよ」


 さっさとその汚い足をどけろ。

 俺もそうだが、この室内全員土足だ。

 せっかくのメッセージが泥で汚れてしまったら台無しだ。


「んぁ? 心配ねえよ。ソイツを遺したのはアーノルドなんだろ? なら何も問題ねえ」

「問題ない? 何を言って……」


 男が足をどける。

 予想通り、メッセージは泥で汚れてしまい見ることが出来なくなってしまった。


 だが、


「汚れが消えていく……!?」


 土が、泥がメッセージを避けるように消えていくのだ。

 

「アーノルドのスキルはな、己の作品に不壊を加えるというものなんだ」

「不壊……壊れないってことか」

「ああ。剣にしろ鎧にしろ、な。まあ時間が経てば効果は薄れちまうみたいだが。それでも時間内であれば刃こぼれはしないし、防具を貫通することも無い。そのメッセージもアーノルドの作品として捉えれば、しばらくは消えないだろうさ」


 なるほど。

 俺は少し感心した。


 アーノルドではない。

 この尖兵たちにだ。

 そこまで考えて動いているのであれば、先ほどからの現場を雑に荒らしているのも納得……はしねぇな。

 明らかに再生していないところもあるみたいだから、奴らの雑さは元からなのだろう。


「ふうん……クレヨンで書いた字に水をかけたみたいに避けていくな」


 ならばこのメッセージはアーノルドが死ぬ直前に書いたものである。

 そして、そのまま残されていた意味が分かった。

 何故犯人が消さなかったのか、それは消せなかったから。


「ようし、アーノルドの最後の言葉を読み取ってやるとするか」


 シドウ。

 逆から読めばウドシ。

 まさか卯年なんてことを言いたかったわけではないだろうから、シドウと読むのが適切か。

 指導、始動、私道……いくらでも意味はあるな。


「いや、シドウの後に何かまだ書きたかったのか……?」


 うーん。

 駄目だ。

 何も分からね。


「……随分と汚い字だな」


 メッセージはペンで書いたような綺麗な線では無く、歪に、そして血で汚い。

 汚いというよりも読みづらい。

 その上から汚しても綺麗になることから、このメッセージを書いた時に既に血で読みづらかったということ。

 もう少し書くときに血の量に気を払えなかったのかと言いたいところだが、血のにじみ方がシドウの三文字とも似たようなものだ。

 この血はアーノルドのものだとは思うが、殺されそうになった時に出血箇所から血を指に付けて書いたというよりも、指を切って直接出血箇所を使って書いたと見るべきだろう。


「……なるほどな。手足を焼いていたのはカモフラージュか?」


 死体の損傷の中でも手足の火傷だけはそこまで致命的には思えなかった。

 だが、指を焼くことでダイイングメッセージを指からの出血で書いたことを隠そうとしていたならば。

 そしてそれすらも手足を焼くことで、猟奇的なものに見せかけようとしていたならば。


「尚更、死因が出血を伴うようなものじゃねえと分かったな」


 益々死体を再度拝めたくなっちまったぜ。

 こいつらに言えば見せてくれるのか?


 頭部の殴打、首絞め、後は薬を使って……いくらでもあるな。

 シルビアの使っていた風魔法での空気操作による窒息も、やろうと思えば出来るのかもしれない。


「おい兄ちゃん。そこの紐取ってくれ」

「ん? これか」


 尖兵に指された先にある、剣に引っかかっていた細い紐。

 俺の方が近かったからか、取れと命じられる。

 まあ俺も手を伸ばせばすぐだ。

 先ほどアーノルドのスキルを教えてもらった礼にさっと取ってやる。


「ほらよ」

「ありがとな。えーと、これが絞殺に使われた奴だな」

「特徴的な模様もある。間違いねえ」


 ……は?

 何それ。


「おい、ちょっと待て」

「どうした兄ちゃん?」

「そんな怖い顔をして。怖くなっちまったのか?」

「違えよ。おい、凶器分かってるんじゃねえか」


 早く教えろよ。

 あれこれと考えていたことが無駄になっちまったじゃねえか。


「あれ? 言わなかったっけか?」

「言ってねえよ! ってことは、死因は絞死なのか」


 それなら、出血は首の周りだけだ。

 最小限だろうし、指を切った方が早い……ん?


「いや。違うだろそれ」


 もし絞殺であったならばメッセージを残す際に指を切った理由も納得だ。

 だが、同時に絞殺であったならばダイイングメッセージを残していることに疑念が湧いてしまう。


「お前ら、突然首を絞められたらどうする?」

「? そりゃぁ、抵抗するけど」

「ああ。どうにかして縄を切るか、それとも相手を殴るかだな」


 そうだ。

 絞殺は死ぬまでに時間がある。

 それはメッセージを残す時間があると同時に、抵抗する最後のチャンスでもあるのだ。


 どこの世界に生きるチャンスを捨てて犯人を追い詰めるメッセージを残す馬鹿がいるのだ。

 一文字でも書くより前に相手を少しでも引っ掻くでもした方がいい。


 つまり――


「絞扼の痕でもあったんだろうが、それすら俺達を混乱させるカモフラージュだな」


 普通に見ただけでは死ぬ前に絞められたか、死んだ後に絞められたか分からない。

 その技術もこの世界には無い。


 まだまだ犯人像は遠い。

 末恐ろしいぜ。

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