153話 ダイイングメッセージ 2
「まずは第一発見者の貴方からお話を聞かせてください」
この世界に警察は存在しない。
その代わりの憲兵団やら騎士団やらなのだが、前者も後者も良いイメージというものはない。
騎士団を代表するのは【王国騎士十傑】であるし、憲兵団で俺が知っているのは【飢える尖兵】とかいう名前からして暴力的な連中だ。
実際の憲兵団はもう少し理知的らしく、騎士団や十傑の手が回らない箇所にまで手広く活動をしているという。
人員的に必要数が多く、仕方なく倫理的に少しばかり問題のある者もいるらしい。
実際、俺が遭遇した連中はそういった輩なのだろう。
話が分からない連中ばかり。
話を聞きだすイコール拷問。
そんな絶望しかない未来に身構えてブルブル震えていた俺に話を聞かせて欲しいとやって来たのは、トトル・バーナーという女であった。
「ああ、いいぜ。とはいえ、俺が話せることなんてたかが知れているだろうけどな」
「構いませんよ。貴方が店に入って何を感じたか。何を見たかを教えて頂ければ」
眼鏡だ。
インテリ系の女が【飢える尖兵】にいたとはな。
トトルは俺を容疑者とではなく、運悪く死体を見つけてしまった一市民として扱っているようだ。
言葉の端端から俺を気遣うのを感じる。
これだよこれ。
俺に足りないのはこの癒し系だ。
「その前に、この店に来た理由もお聞かせ頂けますか?」
アーノルドの死体は既に運ばれて行ってしまった。
この時点で俺に出来ることはもう無い。
というか早く帰りたい。
だが、トトルを始めとした【飢える尖兵】達は容疑者候補を別室に閉じ込める。
その隣室で俺とシドドイはトトルと話をしていた。
「理由って、それは注文だ。珍しいアイテムを手に入れたからな。それなら腕のいい鍛冶師に作ってもらおうと思って来た」
「なるほど……ちなみにそのアイテムはご持参されていますか?」
「……ああ。ここにあるぜ」
少し考えて、クレジッドに報酬として貰ったものだけをアイテムボックスから取り出して見せた。
「アイテムボックス持ちでしたか……なるほど」
おい、そのなるほどはやめてくれ。
第一発見者から容疑者候補に推移していないか?
この中にアーノルドを殺した時の凶器なんて入っちゃいねえよ。
「その素材はどこで手に入れたのでしょう?」
「クレジッドの婆さんだ」
身元がはっきりしているアイテムだ。
俺が強盗目的でアーノルドを殺したと疑われることは無いだろう。
「クレジッド……もしやあのアネミア・クレジッドでしょうか!? 【蒐集家】と面識がありますか……」
少しばかり感心した顔をみせる。
トトルは手帳とペンを取り出す。
手帳を開き、その中身を睨みながらペンのキャップで自身の額をなぞっていく。
「……ふむふむ。シドウさん、でしたね……」
そのまま独り言を呟いている。
「冒険者ランクはD……いえCに上がっていますね。これは先のダンジョン踏破によるもの……凄い……あの王国二位と共に生き延びているなんて……」
その情報はいやに正確なものであった。
俺でしか……いや、俺ですら知らないものすらある。
え? 俺の冒険者ランクCになったのか。
【爆弾魔】騒ぎの時はDだったから……ダンジョン攻略で上がっていたのか。
というか何だ?
何で俺のことそんなに詳しいの?
「冒険者としてパーティーを組んでいるのは【隻腕の竜殺し】スザルク、そして弓使いシドドイ……」
スザルクとシドドイのことまで知っているのか。
……ん?
シルビアとアイ、シーの名が出ないな。
共に依頼を受けたことがあるのがこの2人だからってことか?
「【豪商人】グリセントからアイとシーという奴隷を買っている。その際にあったトラブルの末、シドドイも購入となった」
「……おい」
思わず、自分でも引きそうな程低い声が出た。
「どこでそれを知った」
それはグリセントと俺達だけ知らないことだ。
細かいことを言えば、グリセントの商会の人間であれば知っているだろう。
だが、それが漏れるとは思えない。
「……失礼しました。怒らせてしまったのであれば謝ります」
「ああ、せいぜい謝っておいてくれ。それで俺の気はいくらでも晴れる」
「……答えになっていません。どこでその情報を知ったのかご主人様は聞いています」
怒りは燃えやすければ冷めやすい。
その理由はどうでもよくなっただとか、怒りの原因が取り除かれただとか様々あるが。
今回でいえば、隣で俺よりも憤った奴がいたからだ。
「答えなさい! 貴女はご主人様の禁忌に触れた。グリセント様も取引相手については漏らすことは無い。であれば、その情報元は明らかにする必要があります」
いや、禁忌って程では無いんだけど……。
それこそ俺が【ねくろまんさぁ】であることとか、シルビア達が蘇生されているということに比べれば、まだ公に近い事実だ。
少しばかり調べてみれば、もしくは俺の周囲の人間に聞き取りしてみれば、あっさり分かるのかもしれない。
「……改めて謝罪します。お怒りは尤もです」
「ですから、これ以上の謝罪は必要ありません。早く答えなさい」
おいおい。
もっと謝らせて俺に気持ちいい思いさせてくれよ。
「……分かりました」
だが、トトルは素直にシドドイの言葉に応じる。
「……ですが、先にこれだけは守ってください。私のスキルを他言無用にして頂くと」
「ああ、いいぜ」
「それでご主人様の溜飲が下がるのでしたら」
もうとっくに下がっているんだよなぁ。
「……【情報漏洩】。公的書類やそれに類ずる情報を覗くことが出来る。それが私のスキルです」
「覗き見スキルか。随分と陰湿なものだな」
その気になれば敵対組織とかの弱みも握れるんだろう?
……ああ、だから俺達に言うのを渋ったのか。
「私のスキルは国の管理下にあります。どこかで話したが最後、貴方方には相応の処罰が……」
「ああ、分かった分かった。この場で忘れちまったよ、そんな陰湿スキル」
「私はご主人様のご意向に従うまで。忘れろというのなら生き方すら忘れます」
忘れるな。
お前には弟を探すという誰よりも高潔な志があるんだろうが。
「奴隷の所有権は国に申請されます。それが、冒険者が囮に使うものであってもです。違法な手段で手に入れることが出来たとしても、それが書類を交わしたものでさえあれば、私は見ることが出来るのです」
この分だと、トトルが明かした以上に力を持っていそうだな。
個々人の契約書だとか、組織間での誓約書だとか、この国の管理していないものも覗き見れそうだ。
故に、この女を捕らえることが出来たのならば、それはその組織にとって大きなアドバンテージになるだろう。
……なるほど、【飢える尖兵】という暴力的なイメージのある集団に在籍しているのにも頷ける。
簡単に手を出せないようにという意味も含まれているのか。
「……俺の超特大の秘密を知っていた理由は分かった。で、俺にどこか怪しいところでもあったか?」
「そうですね……貴方の活動の記録を確認する限りでは特に……いえ、一つだけありました」
うん?
トトルの様子からして【ねくろまんさぁ】絡みでは無さそうだが……?
「冒険者に登録した際に【魔法使い】でしたよね? ですが、頻繁に土属性の魔法を使っていると情報にはあります。ちゃんと【土魔法使い】への転職はされていますか?」
されていません。
俺は根っからの【ねくろまんさぁ】ですので。
そんなことを言えるわけも無く。
「駆け出しから順調すぎる勢いで駆けあがったからご存知無いのでしょうか? 【魔法使い】は全ての魔法に適性はありますが、一つの属性に特化することには向いていません。得意な魔法の属性の魔法使いに転職されることをお勧めしますよ」
言われてみればそうか。
【戦士】も派生職だか知らないが【農業戦士】とかいう面白いものがあった。
【聖女】とて白魔法が使える者が全員成れるわけではないだろう。
ゲームでいう上級職みたいなものがあるらしい。
「ご教授親切にどうも。機会があれば転職しておくよ」
尤も、その機会は永遠に訪れないだろうが。
【詐称】で登録だけ書き換えておくか。
「そういえばシドドイの職業は何なんだ?」
勇者パーティーの子孫に弓を習っていたから、その系統の職業なのだろうけど。
ただの【弓兵】とかではあるまい。
「はい。私は【家政婦】です」
「……なんで?」
戦闘に一切関係なさそうじゃん。
「私はご主人様の身の回りのお世話をするために存在しますので。これ以上の職業はありません」
あるよ。
もっと弓に長けた職業があるよ。
え?
ということは、マモンって【家政婦】に仕留められたってことになるのか?
……何ていうか哀れだな、あいつ。
「……今度全員の職業を見直すか」
見直したところでシドドイ以外はどうにもならないんだけどな。
主に教会とかいう場所のせいで。
「では改めましてシドウさん。ご遺体発見時の状況を詳しくお願い致します」
こうして俺の短い取り調べは始まったのであった。
話せることなんて全然無くて五分もかからず終わったね。