152話 ダイイングメッセージ 1
生存報告も兼ねてひとまず投降
まだ全部書き終えていないので、2話以降は全部書き終えてから投降します
当たり前のことだが、人は死ねば死ぬ。
肉体は生命活動を終え、脳は思考を停止し、魂と呼べるものがあるのならあの世へ旅立つのだろう。
別にそれ自体に何か文句を付けるつもりはない。
死ぬなら勝手に死ねばいいし、生きたいのなら頑張って蘇生してくれればいい。
勿論ここでいう蘇生というのは俺のスキルを指しているのではなく、心臓が再び動き出すとか昔の記憶を思い出しながら真の力に目覚めるとかの、健全な蘇生の方だ。
どう足掻いても死から逃れられず、それでも生きたいと願うのであれば俺がどうにかしてやらないでも無いけど、まあそこはどうでもいいことだ。
死後であれば俺の管轄といってもいいのだが、生憎と生前に関しては、関わった以上のことは俺は知り得ない。
故に、俺は思うのだ。
死んだなら、後腐れなく死んでいて欲しい。
誰かに迷惑だけはかけないでくれ、と。
「書かれている名は……『シドウ』か」
その日、1人の男が死んだ。
頭部を何かで潰されて、手足を炎で焼かれて、心臓を抉り取られ、胴をねじ切られそうな程に捻られている。
どこまで恨まれたらこのような死に方になるのだろうと、死んで初めてその人間の生前が気になるのが、死因と死体の状況所以であろう。
これが街中を往来する五体満足な人間であったならば、気にも留めなかったはずだ。
「『シドウ』……どんな極悪非道な男なんだ」
俺が絶対に捕まえてやるぜ。
爺ちゃんもご先祖様も、探偵では無かったが。
ご先祖様なんか犯罪者に近かったようだが。
それでも俺の名にかけて、この迷宮入りの謎を解き明かしてみせるぜ。
「そう、俺こそが名探偵だ」
「いえ、これ……ご主人様の名ですよね」
さて、どうしたものか。
死体は俺の名を書き残してしまった。
名探偵が犯人なんてオチ……使い古されたネタだぜ?
それどころか十戒に違反しているんだけどな。
尤も、これが現実では無く推理小説の話であったのならばであるが。
事の発端は、まずは俺がこの哀れな被害者のいる場所に訪れた経緯からであろう。
この被害者の名はアーノルド・アーマー。
この街ではそこそこ有名な鍛冶師である。
彼の打った剣は岩を斬り、彼の打った鎧は鉄を弾く。
本来は使い手を死なせちまった武器防具なんてのは事故物件よろしく安く買い叩かれるそうなのだが、アーノルドのはあまり下落しない。
それほどまでに高性能かつ高品質。
定期的なメンテナンスをアーノルド自身から申し出てくれるからと、注文は殺到するほど人気な鍛冶師なのだとか。
俺も最初は武器なんて魔物を倒せればいいし、防具なんて重すぎず守ってくれればいいくらいに思っていた。
だが、いざ自分や仲間の専用武器を作ろうとした段階で、そんな安っぽい考えは良くないと思い直した。
思い直したついでに鍛冶師も探してみることにした。
シルビアの杖の素材は未だ見つかっていないが、平行して進めることにした。
というのも、シルビアが自身で何とかすると言ったからだ。
お供にアイとシー、スザルクを連れて行ってしまった。
それほど前衛が必要になる場所なのだろうか。
ともあれ、今回は生きた人間同士。
俺とシドドイの2人での行動となる予定であった。
腕の良い鍛冶師を探すというミッション。
それ自体は簡単にクリアできる。
街に鍛冶師はそんなにいるものではないし、腕の良し悪しは冒険者にでも聞けば知っている。
ここは俺の練りに練り上げた人脈を伝い、まずはグリセント、次にクレジッド、最後にゴレンに聞いて回ったのだ。
グリセントからは商人として。
クレジッドからは宝石の蒐集家として。
ゴレンからは冒険者としてだ。
それぞれがそれぞれの立場から俺の為に頭を悩ませ選んでくれたのが、このアーノルド・アーマーという男の店であった。
俺は即日速攻即決即断の男だ。
決めたのならばすぐに行動に移す。
そんなわけで、アーノルドの店にやってきて、話をしようと思ったのだが……当てが外れた。
外れたと言うか、外されたと言うか。
店に到着した時にはアーノルドの息は既に無かった。
「……チッ」
応急手当が間に合うかどうか、そんなもの見たらすぐに分かった。
むしろこんな状況で生きていたらこいつは化物だと思わせるくらいに、死因となりそうな箇所だらけである。
そして最も厄介な点が、アーノルドの手元に血で書かれた文字があったことだ。
『シドウ』
すぐに足で消そうかと思った。
だが、靴の跡が残ってそれはそれで証拠になりそうだから止めた。
「……なら、水でもぶちまけちまうか? いや、中途半端に消えたらやっぱり疑われる材料になっちまうか」
「あの、ご主人様。言いにくいことですが、殺人犯の思考になっていませんか?」
そんなことは無い。
俺はただ、この厄介なダイイングメッセージをどう消そうかと悩んでいるだけだ。
……ああ、血文字の上からこいつの血で流してしまえばいいだけか。
「ご主人様!? 大切な証拠ですから! 消そうとしないでください!」
……俺のメイドが俺の言うことを聞いてくれないぜ。
メイドじゃなくて奴隷だったか?
やることはメイドと大差無い。
「……とりあえず死んだことを認めたら……生き返らせるか」
どんな意図を以てしてこんな面倒な死に方をしてくれたのか。
というか、こんな血文字を残してくれたのか。
それを尋ねるためにも、こいつを生き返らせねばなるまい。
「どんな推理小説も俺の前なら形無しだ。被害者に聞けばいい。そんな簡単な解決法を俺は持っているんだからな」
まあ、被害者が犯人を見ているという前提が必要であるが。
【爆弾魔】の時も、被害者が犯人を知らないから手こずった。
犯人も複数人いたものな。
……話を聞くなら【フリーリバイバル】だな。
こんな死体の有様だ。【メンテナンス】も加えてやろう。
さて、ここまで犯人を特定するための前振りをしていたわけだが。
当然ながらこの手段を使うことは出来なかった。
何故ならば、俺はアーノルドの店に入ってすぐにアーノルドの死体を発見した。
店に入ってすぐ、だ。
脚を1歩踏み入れた直後。
後ろにはシドドイがいる。
よって、俺は店のドアを閉めるという大切な工程を忘れていたのだ。
「アーノルドさん、いるか……うわぁぁぁぁぁぁ!? し、死んでる!!」
俺がまだ入り口にいるのにそれを押しのけて入ろうとした礼儀知らずな男が叫ぶ。
うるせえな。
俺が隣にいることも考慮して叫んでくれ
その叫び声がどれだけうるさかったかというと、街中に響き渡るほどであった。
つまりは、この男以外にも大勢駆け付けてくることになった。
「嘘……あのアーノルドさんが!」
「俺、今注文していたところなんだぜ」
「俺もだよ! くそっ……何てことを」
「こんな酷い殺し方をするなんて、人間のやることじゃねえよ!」
さて、こんなに大勢が店に来るものだから、生き返らせる暇なんてものはない。
そして、死体を確認されてしまったからには、もう動かすことも出来ないだろう。
スザルクと違い、死が確定した人間が街中を歩いていたら【ネクロマンサー】の存在を疑われてしまう。
「ねえ、あれ見て……!」
「何か書いてあるぞ」
げ、目ざといババアが見つけちまった。
アーノルドの残したダイイングメッセージを。
「『シドウ』……何だこれ」
「人の名前か?」
この状況、俺は名乗りを上げるべきなのだろうか。
それとも無関係を貫いて黙るべきだろうか。
「『シドウ』って……変な名前だな」
シドドイ、そのまま俺の腕を離すなよ。
俺を殺人犯にさせたくなければな。