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151話 勇者――現在

【現在:ガロウ】


 その勇者は常に1人であった。

 

 召喚されたと同時に放り出された荒れた休火山地帯。

 そこに住む人間はいない。

 そこを行き交う人間はいない。

 そこに生息可能な生物はいない。


 いるのは魔物だけ。

 休火山であろうと、否応なく地上の生物を蒸し殺そうとする地熱。

 割れた地面から溢れ出るマグマのなりそこない。

 呼吸の度に身体に入り込む火山灰。

 そして、その環境に適応した非生物の魔物や、高熱を発する魔物達。


 ここに人間は無い。

 否、人間の生存を許さない。


 誰であろうと。

 勇者であろうと。

 環境も魔物も何もかもが、入り込んだ愚かな人間を殺しにかかる。


「……」


 だが、それでも勇者という存在は時として世界の理すら超越する。

 規格外の力を持つからこそ、勇者は勇者として立ち振る舞うのだ。


「……漸く、だ。漸くこの一帯を支配出来た」


 男の名はガロウ。

 元の世界での名は郭涯峨朗。


 職業はあらゆる環境に適応する【流離人】。

 その身に備わったスキルの名はあらゆる物体を回す【廻転】。


 彼にとって何よりの幸運であったのは、召喚直後に環境に殺されなかったことであろう。

 だが、彼にとって何より不幸であったのは、スキルの性質上、仲間との連携が取れなかったことであろう。


 彼以外の人間はその環境に耐えきれず。

 彼のスキルは彼の周囲に影響を及ぼす。


 故に、彼は常に1人であった。


「……来たか」


 ガロウの立つ大地が割れる。

 足元に巨大な地割れが起き、地上を呑み込まんとする。

 ガロウは【廻転】で重力及び大気中の全ての気流を操作しながら跳躍し、地割れから逃れる。


 だが、その割れた大地からはマグマが溢れ出す。

 これまで時折彼が見てきた、なりそこないと違い、超高温のそれは揮発した先の空気をも燃やす。

 上空を飛んでいた鳥たちもその熱風で燻製にされ、絶命しマグマに呑み込まれる。


「……」


 だが、ガロウは文字通り涼しい顔をしてマグマの海に降り立つ。

 彼が恐れていたものは、底の見えない地下に落ちることだけであり、マグマそのものではない。

 超高温程度の環境は【流離人】で問題なく無効化出来る。


 そして、この地にて最大の脅威が姿を現す。


「GYAHAHAHA」


 マグマから踊り狂うように飛び出る1匹の竜。

 それこそがこの地の真の支配者。

 熱を喰らう焔竜グラミート。

 輝竜シャルザリオンと同格の、竜王の1匹である。


「三年前は随分と苦戦させられた」


 嗤うグラミートに対しガロウは静かに己の武器を回転させる。

 柄の無い、両刃だけのナイフのような武器。

 それをいくつも取り出し、【廻転】でガロウ自身を中心とし、公転させる。

 ガロウの周囲で超高速で回転する刃。

 触れたもの全てを切り刻むこの刃こそガロウの武器である。


「GYA-HA-HA」


 グラミートの嗤う声から余裕は失せない。

 

 彼らの因縁はガロウの召喚直後からである。

 ガロウは相対した直後、周囲の鉄くずや岩石を使い同様の攻撃を行った。

 だが、その全てがグラミートの体熱に、あるいは鱗に耐え切れず自壊するに至った。

 

 今更武器が多少鋭くなったところで。

 同じ結末を辿るだけだ。


 グラミートは嗤う。

 この勇者を漸く喰らえる悦びに。

 勇者の持つ膨大なエネルギーは、この地のマグマ全てを呑み干しても足りないだろう。

 それこそ、グラミート自身が魔王に比肩するほどの力を得られることであろう。


 魔王。

 その強さは別格だ。

 竜王とてまともな戦いが出来るのは一部だけ。


「HA-HA……?」


 グラミートの口から噴き出した火のブレス。

 これまで取り込んだ熱の一部をそのブレスに込めた一撃である。

 地上のどの鉱物でも一瞬で蒸発させる超高熱は空気を焼き払いながらガロウを、そしてガロウの武器に迫る。


 だが、そのブレスも、余波も届くことは無かった。

 

 【廻転】が発動する。

 それは全ての流れを操作するスキルである。

 物体も、物体の周囲の熱すらも。

 故に超高熱のブレスにガロウの刃は触れることなく、そして熱で溶かされることなく、グラミートの四肢を切断する。


「HA……!?」

「漸くだ。その気色悪い鳴き声が止まったな」


 グラミートの思考はその状況に追いつかない。

 三年前と全く異なる。

 ガロウのスキルの質も力も何もかも。


 ここまでの力は無かった。

 短い期間でここまでの力を付けるなど、予想もしなかった。


「今度はお前が喰らわれる番だ」


 その攻撃を避けることは出来なかった。

 正面から飛来する刃になすすべも無く、グラミートの意識はそこで途絶えた。


「……ここまで来た」


 ガロウは実感する。

 己が強くなったことを。


 そして決意を固める。

 魔王を倒すことを。

 その機が熟したことを確信する。


「待っていろ……【怠惰】魔王ベルフェゴール」


 ガロウは歩み出す。

 魔王を殺す力をその身に宿して。





【現在:マイ】


 勇者の1人であるマイ・クラサカは3人の頼もしき従者、そして老執事を伴って旅をしている。

 彼らはマイが冒険者を育成するための学園にて出会った掛け替えのない仲間達だ。

 紆余曲折あり、私利私欲あり、罵詈雑言飛び交う学園生活の果てにマイとその仲間達は成長した。

 彼ら以外にも、共に学園生活を送った生徒達はおり、世界各地に散っている。

 中にはどこぞの奴隷商会に就職したという者もいるらしいが、それはマイの知る所ではない。


 重要なのは、マイという勇者が持つアドバンテージである。

 他の勇者……シドウやガロウと比べて彼女は育てられた勇者という点。


 街で気ままに過ごすシドウに、過酷な環境下で自身を鍛えたガロウ。

 召喚直後に絶命した勇者もいるが、そちらは既に数の外である。


 ともあれ、マイは勇者として召喚……いや、転生し、その直後から国の管理下に置かれていた。

 本人は知る由も無かったことだが、その家族すら国の操り人形として、マイの勇者としての力の成長が促進するように調整されていた。

 その精神性も、スキルも。

 格別な存在として確立するためにマイは大切に大切に、勇者として育てられたのだ。


 用意されたイベントを乗り越え、遂には仲間達との冒険に躍り出たマイ。

 彼女は真なる自由を、これまでの偽りの自由と区別することなく謳歌していた。


 だが、勇者をいつまでも遊ばせておくほど国は、世界は呑気ではない。


 勇者は魔王の楔。

 同時に魔王を倒す貴重な戦力。


 故に投下しなければならない時期が来る。

 否、自身から魔王を倒すべく向かうように仕向ける。


「さあ、行くわよ!」


 たとえ、その力が未だ魔王に及ばずとも。

 魔王の力を少しでも削ぐために。

 マイは魔王の下へ向かう。


「行き先は【憤怒】の魔王サタンよ」





【現在:シドウ】


 シドウに勇者としての自覚はあっても、勇者の自負は無い。

 魔王を打倒する力を持っていると知っていたところで、自ら危険地帯に飛び込むのは馬鹿げていると思っている。

 だが、それでも確実に命を落とす選択肢と比べれば、挑む可能性もある。

 最後の選択肢として魔王と戦う道があるのであれば、それに対する準備をしておくに越したことは無い。


 今もシドウと、そしてその仲間達の専用武器を用意すべく集めた素材を手に、彼は街を闊歩する。

 少し前に街を魔王の手から守ったのだと、その原因が自身にあるとはいえども、その自負だけはある。

 まるで、守ってやったのだから自分の街だとばかりに我が物顔で歩くその姿は、悪い意味で勇者のようだ。


 そして――


「この人殺し!」

「大人しく捕まっちまえ!」

「大人しくしろ!」


 街の住人達に殺人犯であると叫ばれ、鬼のような形相をした彼らに囲まれる様は、とてもではないが勇者の姿では無かった。





【現在:???・???】


 ガロウとマイがほぼ同時期に魔王討伐の為旅立ったと同時期。

 そしてシドウが街の人間に囲まれたと同時刻。


 世界に新たな勇者が2人召喚された。


 方法は転生では無く転移。

 シドウと同様に、死亡直後に神にこの世界に送り込まれ、死ぬ直前の姿で降り立った。


「おお……貴方方が」


 そして、シドウやガロウと違い、この2人は歓迎されていた。

 2人を召喚した者達によって。

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