150話 勇者――過去
【XXXX年前】
魔王の数は7人である。
世襲制であり、魔王が死ねば次代の魔王が生まれる。
……生まれるという表現はそのままの意味では無く、相応しい人物が魔王に成るが正しいのだが。
ともあれ、魔王は7人。
一時的に数が減ることはあれど、補充され7人で保たれるように世界のルールとして成り立っている。
ならば、勇者はどうだろう。
彼らに課せられた人数の制限は5人まで。
常に1人は存在し、最大で5人まで召喚されるというルールのみだ。
魔王との人数の違いは、1人の時代もあれば5人の時代もあるという、魔王に比べ明らかに人数の不利がある。
そもそも最大数からして魔王に利があるのだ。
加えて、召喚されたばかりの勇者の力は魔王に到底及ばない。
特殊なスキルや成長促進の補正があるとはいえ、赤子のようなものだ。
魔王にとっては召喚直後の勇者など、容易くひねりつぶせるほどに弱いのだから。
「そっち行ったぞ!」
「任せろ」
大盾を持った男が叫ぶ。
合わせるように軽装の男が走り出した。
「まずは……1匹っと!」
小振りなナイフが魔物の喉を引き裂く。
急所を抉られた魔物はその一撃で絶命し、地に伏す。
だが、魔物が1匹2匹倒れたところで意味は無い。
焼け石に水だ。
彼ら人間の前に立ちはだかる魔物の数は千匹にも迫る。
それを束ねる魔王直属の配下が14人。
そして魔王が……7人である。
後に勇者と魔王の決戦と言われた戦い。
勇者パーティーと魔王7人の戦いである。
尤も、決戦と言われるこの戦いであるが、魔王が7人に対して勇者は1人だけ。
集まったのが1人なわけではない。
この時間軸において召喚されたのが1人だけなのだ。
だが、世界は5人も必要ないと認めていた。
勇者はこの1人だけで事足りると。
他は世界から集められた精鋭だけ。
勇者1人と精鋭5人の6人パーティー。
これがかつて世界を救ったとされる勇者一行であった。
「どんどん来るぞ」
「いや、この1匹で十分だ」
ナイフ使いの手から魔力が生み出される。
それは生物を模して形成され、走り出す。
魔力の塊であるが、そこにはナイフ使いのスキルが込められている。
「Bomb」
それは生物を模しているが魔力であり、魔力でありながら生物のように走るナニカであった。
ソレは魔物の群れにまで到達すると、突如爆発し、周囲の魔物を巻き込んでいった。
「おーし、幹部の1人でも巻き込めたみたいだな」
「……やはり品の無い。あれでは確実性に欠けます」
修道服の女が冷めた目でナイフ使いを見る。
そこに信頼や信用といった仲間であれば当たり前にある感情は込められていない。
下卑た犯罪者に対するものだけが込められていた。
「……あぁ? んならてめえでやれよ」
ナイフ使いもまた、修道服の女に対して喧嘩腰で応える。
ともすれば、彼らの間で戦いに発展しそうな雰囲気である。
ナイフ使いが攻撃の手を止める。
それによって、魔物が再び進軍を開始し、修道服の女を取り囲んだ。
ナイフ使いはそれをにやけた目で笑う。
「……もうやっています」
だが、魔物たちは突如倒れる。
身体を痙攣させながら、口から泡を吹き、1匹残らず絶命していた。
「神よ。お許しください。この者らを貴方の下へ送ることを」
「ハッ! 聖職者が殺しを喜々とするなんて、嫌な時代だぜ」
「……私が何時喜々としていましたか」
怒気を孕んだ口調で修道服の女が問う。
「口角が吊り上がってるぜ」
だが、女もまた笑っていた。
その意味を知るのはナイフ使いの男だけだ。
「お前ら! そこで話していないでさっさとこいつら片付けてくれ!」
同時に20枚の盾を操りながら盾使いが叫ぶ。
盾には吸い込まれるように100匹以上の魔物が張り付いている。
「おおっと、呼ばれているみたいだぜ?」
修道服の女に睨まれたナイフ使いの男は逃げるように走り出し、盾の前にいる魔物全てを爆発させ吹き飛ばした。
「次だ次!」
ナイフ使いは意気揚々と魔物達を吹き飛ばしていくが、突如足を止めた。
「あー……これは無理かもなぁ」
分厚い岩盤で出来たかのような魔物。
いくら表面に爆発をぶつけたところで、微塵も体を揺るがせず、欠片も溢さない。
「お前、いける?」
「不可能ですね。あの魔物は生きていませんので」
「……不死属性とかこそ聖女様の出番だろうがよ」
ナイフ使いは修道服の女の答えに呆れながら、さてどうするかと思案する。
だが、それを無視するかのように1本の矢が放たれる。
「私に任せてもらおう」
新たに矢を番えながら、弓を構える男が後方から声をかける。
速射により放たれた7本の矢。
それは各々が火、水、風、雷、土、そして白と黒を吐く竜に化ける。
彼らが食らいついた岩盤の魔物は崩れ落ち、動き出すことは無かった。
「魔王が来るぞ!」
そしてついには魔王が動き出した。
魔王の1人がスキルを込めた魔法を放つ。
周囲全ての死体や地形そのものを呑み込みながらゆっくりと進む黒い球体。
徐々にではあるがそれが勇者パーティーへと近づいていく。
「チッ……無理だ。止められねえ!」
盾使いの男の盾の1枚も止めることが出来ず黒い球体に吸い込まれていった。
いくら数を重ねようとも球体を止めることが出来ないと判断した盾使いはすぐにその場を離れ、他の魔物を牽制する。
「……俺の爆弾も効かねえか」
ナイフ使いの男も顔を顰める。
爆発ごと球体に吸い込まれてしまう。
「私も不可能ですね。やはり生物では無いので」
「……使えねえな」
「おや。自己評価が出来るとは驚きです。私の評価と一致していますね」
などと、普段通りに口論をする2人を尻目にローブを深く羽織った老人が前に出た。
「【■■■・ボール】」
それはただの魔法だ。
魔力を込めただけの球体。
老人に特筆すべき攻撃系スキルは無い。
ただ、魔法を極めただけであり、極めたが故に不老不死に近い存在となっているだけだ。
その老人の魔力球体は、魔王の放つ黒い球体とぶつかる。
ただの人間が使った魔法であれば吸収されるだけであっただろう。
だが、老人は賢者とも呼ばれる存在であった。
それが幾ら咄嗟にであったとしても、敵の魔法を模倣し、同等同質の魔力球体を放つことは児戯に等しい行為であった。
「行け勇者よ。行け、行け。ただ進め。我らはその歩みを助けるのみ」
賢者が呟く。
やせ細った体は骨と皮だけであり、その瞳には何も映せない。
だが、賢者は確かに感じていた。
勇者が魔王に肉薄する瞬間を。
「――らぁっ!」
魔王の1人が剣を構える。
勇者の一撃を受け止め、切り結ぶ。
「今代の勇者はお前か」
「そうだ! そして彼らが俺の仲間。今日、お前達を倒す頼もしい仲間達だ!」
勇者が魔王を斬り伏せる。
1人、また1人と魔王は倒れていく。
「……おのれ勇者め」
「世界を滅ぼすのは止めろ! 俺達人間は魔物と手を取り合える! それを俺達で証明するんだ」
勇者の言葉はどこまで純粋で、どこまでも綺麗ごとで、どこまで自分本位なものであった。
ここまで魔物を何百体と倒してきただろうか。
ここまで魔王を何人と殺してきただろうか。
それでも人間と魔物は手を取り合えると信じている。
殺し合った末に仲良くなれると盲信している。
だが、それを勇者の仲間は疑わない。
勇者を信奉する人間達は勇者の言葉を鵜呑みにする。
魔物を殺しても、最終的に魔物とは仲良く出来るのだと。
「勇者様、やっちまえ!」
「その最後の魔王をぶっ殺して、魔物と仲良くやろうぜ」
「命を奪うことが無くなるだなんて、素敵なことでしょう」
「この戦いが終わったら私、宿を経営するんだ……」
「長き戦いが終わる。儂もようやく眠れるのぉ」
勇者パーティーの声援が勇者を強くする。
想いを力に、勇者の剣先は鋭くなる。
「……勇者の言葉の力か」
最後に残された魔王は諦めたような表情を作る。
「安心して欲しい。これからは僕達人間が魔物を統治する」
それがどれだけ悍ましいことか魔王は知っている。
魔王は魔物を守る。
人間の王が民にそうするように。
ただ、人間の王よりも力があるだけだ。
「さらばだ。魔王よ」
勇者の一撃が7人目の魔王の心臓を貫く。
此れにて勇者と魔王の戦いは決着。
世界に平和が訪れる。