149話 ダンジョン 17
「どれ、見せてみぃ」
相も変わらず間延びしたような口調と共にこちらへ若作りババアもといクレジッドは手を差し出す。
街へ戻ってきた俺達はいの一番にクレジットの待つ屋敷へと向かった。
理由は、とっとと依頼を終えたかったからだ。
単純すぎる。
「ん」
「何じゃぁ、その態度は……さては儂に惚れたか?」
「んなわけあるかよ」
いくら見た目が天使の如く……黒ゴシックだから小悪魔か? 可愛らしい幼女であったとしても、その中身が高齢の婆さんである時点で俺のストライクゾーンの端にしか入らない。
「いや、ありだな」
よくよく考えれば見た目さえ良ければそれで良しだ。
中身がババアだとしても、シルビアよりも歳は下であろうしどこに問題があるのだろう。
「……大ありだろ」
問題大ありであった。
そもそも5歳の幼女に恋するような奴はまともじゃねえな。
中身云々では無く、見た目が幼すぎる。
「何を一人でぶつぶつ言っておるんじゃぁ……?」
「少し自分を見つめなおしていてな」
「格好いいこと言っておるつもりじゃろうけど、この場面で言うことじゃないよなぁ」
俺はいつだって多角的な視点で自分を見ているんだぜ?
見つめなおし過ぎてこれ以上見るべきところが無いくらいだ。
「まあ可愛い孫との対談もこのくらいにして、その石ころでアンタは満足出来そうか?」
クレジットに渡したインテリジェンスウェポンの原石は小さな手の中で煌めく。
オーラというのだろうか。
俺が持っても道端の小石程度にしか見えなかった原石も、貴族であるクレジットの掌の中では宝石のように輝いているように見える。
あるいは、真の持ち主に出会えて喜んでいるようだ。
「……ああ。しかと受け取ったぞぉ。あと、お前は孫では無い。可愛さは……まあ及第点くらいじゃのぉ。憎さ余っての可愛さじゃが」
ひょひょ、と笑うクレジット。
何故だかその時は年相応の、老熟した笑みに感じた。
「しかし……よもやこれほどのものを取ってくるとはの」
「え、そんなにレアなのか?」
「ああ。稀有も稀有。珍しいものじゃ。珍奇なお前以上にな」
「俺は世界にただ一つのオンリーワンの一品だからな」
だが、俺達にすぐに必要ありそうかと言われればそうではないものだ。
何より、俺はどちらかと言えばクレジットの持つ他の宝石が欲しい。
ここでやっぱり原石返してなどとは言わないのが俺という無欲な生き物である。
「……その手は返して欲しいという表れか?」
「おっと、つい手を伸ばしてしまったぜ」
「……まあ、儂の想像以上のものを持ってきた行いには報いぬとの」
クレジットは立ち上がり、後ろの棚から複数個の石を取り出した。
その内の一つは光が全く反射しないほど黒かった。
それこそが、俺の欲しかった【暗黒の帳】なのだろう。
「お前には弓使いがおったな? ならばこれがあると便利じゃろう」
「シルビア」
「うん。これは【最果ての水晶】だね。遠見のスキルを備えたモノクルが作れるかな」
今までは弓の射程距離の関係上、中距離程の攻撃しか出来なかったシドドイだが、これで超遠距離からも攻撃が可能になるわけか。
「それと、これは竜殺しに」
黒と白、そしてその中央に赤の霞がかった石をクレジットは取り出した。
黒と白はどことなく牙のようにも見える。
「なんだこりゃ……?」
「【竜胆】じゃ」
熊胆の竜バージョンみたいなものか。
「かなり貴重なものじゃぞ。何せ世にも珍しき光竜と闇竜のハーフの【竜胆】じゃからな」
「ふうん」
光竜っていうと俺達の天敵だ。
だが、闇竜となると、名前から俺達の側だろう。知らんけど。
闇と光。普通なら交わることも無いだろう存在だが、ハーフが存在するのであれば、文字通り交わっちまったのか。
「この赤いところは?」
「そのハーフの子がな、火竜を喰らった証の力じゃ。この竜胆には光と闇、そして火の竜の力が付いておる」
「お得だな」
「得どころではない。これを使えばかなりの業物の素材になるじゃろうが……しかし他の素材が耐えきれんじゃろう」
「駄目じゃねえか」
つまりこの石……胆のうなら内臓だが、こいつの力が強すぎるのか。
曰く付きってことだな。
「というか、手放していいのか? 貴重なものなんだろ」
「竜じゃからな。【竜胆】もかなりの大きさじゃ。それはほんの一部。儂も持て余しておったのじゃが……そこの竜殺しの腰に刺さっておる剣。それならば耐えられるんじゃなかろうか」
「ふむ……」
勇者の剣か。
【発情剣】などと不名誉な名が付けられているが、それでも神とやらが勇者に与えた力である。
それが一級品で無くて他の何が上回るだろう。
……あ、コボルドの化け物にあっさり叩き折られていたっけ。
「……分かった。ありがたく貰っていくぜ。ほらスザルク。大事に持っておけよ」
スザルクは俺が放った【竜胆】を恭しく受け止めると懐に大切そうに仕舞う。
さて、これで依頼は完了か。
取引も終えたことだし、さっさと戻るとしよう。
「ああ、そうじゃ。その依頼の結末じゃがな」
上がりかけた腰を戻す。
「結論から言えばお前達には何の咎も無いことは約束しよう」
「咎も何も悪いことやってねえけどな」
ダンジョン攻略という依頼を受けて見事に完遂しただけだ。
そこで力足らず命落とした奴らがいようと、それはそいつらの責任だろう。
「……そうじゃ。お主らも、そして生還したアバセルスもただ生き残っただけじゃ。じゃが……」
「責任の所在ってやつか」
「ああ。聖女の死、魔王配下の存在の両方を背負わされることとなった……アバセルスがな」
後者だけかと思ったが、前者もか。
いや、良かったぜ俺が平民で。
「チャミーという冒険者を推薦した地方のギルドマスターもクビになったそうじゃ」
「首吊りじゃなくて良かったな」
下手すれば死刑ものだろ。
だがまあ、あの擬態を見抜くのは至難だろう。
そのギルドマスターも運が悪かったな。
「お前のことは儂が全力で守ってやったぞ」
「ありがとうな。俺達を巻き込んでくれた婆さん」
「ほっほっ。それ以上言うな。照れる」
さて、これで欲しかった武器の素材は一通り揃った……か?
俺の杖に使う【暗黒の帳】。
シドドイの弓に使うシャルザリオンの髭と【竜牙木】。ついでに【最果ての水晶】も貰ったな。
スザルクは【発情剣】があるが、これに【竜胆】を加えるといいらしい。
アイのハンマーには【熱石】、シーの斧に【風魔鉄】。
……んー、こうなると1人だけ足りていないのか分かるな。
「シルビアの武器素材だけまだ無かったのな」
相性の良さそうな【風魔鉄】があったから数えてしまっていたのかもしれない。
だが、あれは斧との相性も良さそうだったうえに、あの双子が持ち帰ったものだからどちらかに使わせたかった。
「婆さん。追加報酬の要求だ。魔法の杖の素材で何か良いの無いか?」
「面と向かって言うその厚かましさは好感が持てるが……じゃが、これ以上は流石にやれんのぅ」
当初は報酬が2つだったのに、3つと、すでにオマケまで貰っているもんな。
「……とはいえ、あの石は4つ目をやってもいいくらいに価値がある」
「じゃあ、くれ」
「しかし、見当たらんのじゃよ。それに見合うものがの」
クレジッド曰く、エルフの魔力に耐え得るレベルの宝石は数が少ないらしい。
保管してある宝石はどれも一つ限りなのだとか。
「じゃから、自分たちでまた探してくるといい」
「探すって?」
「この知恵ある石をじゃ」
クレジッドはそう言って、先ほど渡したインテリジェンスウェポンの原石を見せる。
既に所有者が移ったことを石自体が了承しているのか、俺の手にあった時よりも輝いている。
「珍しいものなんだろ」
「ああ。珍しい。珍しいが、別にこの世界に一つも無いわけではない」
だから、探せば見つけられると?
「ダンジョンはもう凝りているじゃろう? なら、それを隠し持っている奴に心当たりがある」
「盗めってことか」
「ああ。どうせ使わぬ奴じゃよ」
どうせ碌な奴じゃないだろうな。
そう思い聞き流す態勢を整えた時であった。
「輝竜シャルザリオン。宝石をたらふく貯め込んでおる儂の嫌いな奴じゃ」
つくづく、俺とあのドラゴンには縁があるらしい。
同属嫌悪で憎んでいそうな婆さんの顔を眺めながら俺はそう思った。