145話 ダンジョン 13
手持ちの最大勢力でもある石像騎士10体全てが無力化されたことにモノトリーは驚愕し、固まる。
何があったのか見ていなかったのだろう。
それ以上に曝されたシルビアの素顔やシルビア、俺のことで手一杯だったのかもしれない。
シルビアを知っているのであれば、こいつの魔法の力は確かに恐れるものである。
あるいは騎士10体もいて負けるはずはないと高を括っていたのかもしれない。
「……何をしたの」
「何だ、見ていなかったのか?」
俺はちゃんと見ていたぜ。
何せぬいぐるみはシルビアが完全に防いでいる。
モノトリー如きに注意を払っている暇はない。
俺はスザルクとアバセルスの戦いの観戦に忙しいのだ。
「ようし、説明してやろう」
仲間が勝った戦いの説明程楽しいことは無い。
それも、敵にするものほど。
アバセルスの持ち味というか特性は剣士ではないと言う点にある。
剣を封じられても戦えるし、剣以外を封じられても戦える。
恐らくは各々突出した才能を持つであろう【王国騎士十傑】という集団において、アバセルスは総合的な強さで以て2位という地位に立っているのだろう。
器用貧乏、とアバセルスは自身を評していた。
【闘の間】での戦いを終えた後、アバセルスは自身より剣の腕が立つ者は多くいると言っていた。それこそ、スザルクの方が剣術においては才能があるとも。
だが、戦いにおいて強さとは剣術だけを表さない。
剣だけ使う者と足技を多用する者。
剣術の腕前が同じであれば後者の方が戦いを有利に進められるだろう。
いや、剣術が多少劣っていようが、それ以外の体術などを極めていけば勝つこともあろう。
つまりは、石像騎士が剣士にとって相性の悪い敵であったとして、アバセルスにとっての相性の悪い相手というわけではないのだ。
さて、石像騎士になぜ剣士が相性が悪いかと言えば、石像……つまりは石であるから。刃が通りにくいからというわけであるが。
果たして剣士以外が相性が良くなるかと言われれば、そういうわけでもない。
アバセルスの使う体術、格闘術とて決して良いわけではないだろう。
剣は金属であるが、格闘は素手……己の肉体のみで戦う。
剣に勝る肉体というものはどれほど鍛えれば得られるのだろうか。
もし、石像を相手することを事前に分かっているのであれば。完全勝利を目指すのであれば。その時は金づちでも用意しておきたいものである。
と、アバセルスの言うところの剣闘士が、アバセルス基準ではなく一般的な基準であれば、石像騎士を相手にしても勝てなかったであろう。
それも5体を同時に相手するのだ。
格闘家であれば腕は2本しかないし、剣を防ごうとしても当たり所が悪くなくても肉体は傷つき切り飛ばされてしまう。
剣士であれば剣で防ぐことは出来るだろうが、防ぐだけで手一杯。攻撃につなげることは出来ない。
石像騎士5体に勝利する条件は、5体分の攻撃を防ぐ、かつ石像を破壊するだけの攻撃力を持つである。
それを可能とするのがアバセルスという男である。
5本の剣を1本の剣で弾く。
モノトリーがどう操っているのかは知らないが、似たようなスキルを持つ俺が予想するにある程度オートマチックに動かしていると思う。
つまり、動きが単調なのだ。
フェイントは少ない。騎士の動きは一斉に仕掛けることが多い。
だから、一度に防ぐことも可能となる。それだけの技量と力があれば、の話になるが。
総合力とは言うものの、その平均値は決して低くはない。むしろ高いアバセルスの剣術や体術があれば剣を躱し、防ぐことは可能。
そして、その蹴りの威力はすでに見せてもらっている。
【闘の間】でアバセルスは甲冑鎧の魔物を破壊しているのだ。
甲冑……少なくとも鉄以上の硬度はあっただろう。
どちらも魔物となり強度は増しているとはいえ、元が鉄と石であれば前者の方が破壊は困難だ。だが、アバセルスの蹴りはその甲冑鎧の魔物すら倒せる。石像騎士程度、動きを見極めれば倒せないはずはないのだ。
剣を弾き、のけぞった石像騎士の1体をアバセルスは蹴り飛ばす。
それだけで石像の体には穴が空き、動作を停止させる。
まだ騎士たちは攻撃に移れない。
移る前にアバセルスは2体目を破壊する。
残り3体がようやく攻撃しようとするも、5体ですら防がれていた攻撃が今更通用するわけがない。
すぐさま残りも片付けられる。
最初の1体目が破壊されてから最後の5体目が破壊されるまで10秒の間も無かっただろう。
ガラガラガラガラ、と続けざまに石像が崩れていく音が響く。
何を食べたらあんな肉体になれるのだろう。
それが気になった。
スザルクの持つ剣は魔剣でも神剣でもない。
勇者の剣である。
何を以て勇者の剣としているかというと、かつての持ち主が勇者であったというだけだ。
勇者の性格や為してきた逸話なんてものは関係なく、持ち主が勇者であった。それだけで、スザルクの持つ剣は勇者の剣と称されている。
だが、勇者の剣であるがその力が勇者に相応しいかと言われれば決してそうではなく、むしろ勇者が持つには相応しくない力が備わっている。
これだったら無銘の剣や無力……いや無能力であった方が良かったのかもしれない。
せっかく魔王を倒したところで剣の力が勇者に相応しくなければ後世に伝えにくいだろうし、称える側としても何を称えればいいのか分からなくなる。
どころか、勇者であることを疑われ、魔王側と勘違いされてもおかしくはない。
そういった剣をスザルクは握っているのだ。
【発情剣】と俺が適当に名付けた勇者の剣。
能力はそのまま【発情】。斬った相手の性欲を増大させるという能力が備わっている。
それがたとえ男であれ女であれ……魔物であれ性欲が0で無いのならば増大させることが出来ると言う素敵な剣である。薄い本に出てきそうなものだ。
悪徳貴族ならばともかく、純粋な剣士であるスザルクに持たせるには少しばかり可哀そうな気もするが仕方ない。
俺の手持ちの中で最も切れ味が良いのがそれだったのだから。
まあ一度壊されてしまっている剣であるため耐久性には問題があるかもしれないが、俺がいるうちは耐久性なんてあって無いようなものだ。
問題はやはり【発情】という能力。
使ってみた俺自身が分かったことだが、増大させた性欲はコントロールすることが出来ない。
斬ってしまえば、増大された性欲に暴走した敵に襲われるという未来が待っている。
緻密な計算をしてくる奴や技術的に強い奴であれば、使えなくなるかもしれないだろうが、敵を暴走状態にする剣と捉えるとあまり使い勝手がいいとは言えない。
与えられたスザルクもどう使ったものか悩んでいた。
試し切りも出来ない。斬るならば確殺しなければならない。
俺も一緒になって悩んだものだ。いっそのこと、2本目の剣を用意してやろうかと思うほどには。
転機が訪れたのはシルビアとスザルクの3人で竜の巣へ行った時であった。
数多のドラゴンを相手に、最初最も活躍していたのはシルビアであった。
魔法でバリアを張ることで守りを固め、その間に俺はアイテム最終に勤しんでいた。
だが、シルビアの魔力も尽きてきて、更にはボスも登場していよいよピンチという場面がやってきた。
光のブレスは食らってしまえばシルビアとスザルクには特攻であるし、俺だって蒸発してしまう攻撃だ。
その場にいる3人全員が全滅してしまう状況となった時にスザルクは……いやスザルクの剣は覚醒した。
シルビア曰く、スキル名が変わったらしい。
【魅惑】という【発情】の発展型のスキル。
斬った性欲を増大させ、自身を襲わせるという能力の【発情】に対し、斬った相手を一時的に支配下に置くという【魅惑】のスキル。
その効果は絶大である。
無論、敵が精神的に強ければ抵抗されてしまう。
試してみたがドラゴンレベルになると下級であっても支配下に置くのは難しいらしい。
だが、精神的に弱いもの。あるいは精神という概念がないもの。
魔力を元にした魔法やブレス、そして無機物。
動けるという前提があれば支配下に置き、操ることが可能である……らしい。スザルクもまだうまく使えないようだからはっきりはしないようだ。
ともあれ、ボスドラゴンの光のブレスをスザルクは【魅惑】のスキルを備えた剣で斬り、支配下に置くと俺達に届かないよう霧散させたのであった。
スザルクが言うには同じ芸当が2度も出来るかは自信が無いらしいが。
スザルクと石像騎士の斬り合いを見るに、石像騎士本体を斬っても支配下には置けていないらしい。それはモノトリーのスキルと干渉しあっているからで間違いないだろう。
人形を操るスキルと斬った相手を支配下に置くスキル。どちらも操作系統のスキルであり、どちらが上かは分からないが、スザルクがすぐに操れないことを考えるとモノトリーの方が上なのか先に操った者勝ちなのか。
騎士5体を相手にしながらよく何度も斬りかかれるものだなと思う。
剣では防ぐことしかできていなかったアバセルスを見ていると、これが剣術においての才能の違いなのかもしれない。
だが、アバセルスと違い、スザルクには剣しかない。
剣が通用しないのであればスザルクに勝ち目はない。この場合の通用しない剣というのは剣術だけでなく【魅惑】も含めている。
何度も斬るうちに【発情剣】の刃は欠け始めていく。またいつどこで折れてしまうかも分からない。
石像騎士本体をいくら攻撃したところで倒すのは不可能と。スザルクは判断したのだろう。
そして、斬る対象を変えた。
モノトリーがどうやって人形を操っているかを考えた。
人形を操る。そういうスキルがあると言われてはいたが、操り方までは知らない。
シルビアやスザルクのように自我を与えているのか、それともモノトリーが念を送っているのか。
そんなことをチャミーもといモノトリーが敵と分かってから考えても普通は遅いのだが、俺はその答えに辿り着いた。
その答えは魔力で編まれた糸である。
モノトリーの体と石像騎士の間には1本のラインが通っている。
魔力で編まれているが故に目には見えない。そして、糸同士が絡まることもない。
魔力のこもったアイテムをぶつければ斬ることが出来るかもしれないが、再び繋ぎなおされてしまうだろう。
そんなことまでを俺はシルビアの眼を借りて解析した。
【鑑定】を使用したシルビアの眼を借りて。
蘇生させた死体との視覚共有だ。
普段は俺の袖口にいる可愛い小鳥としかしていない。プライバシーの問題とかであまり歓迎されないのだ。アイとシーはさせてくれるから2人の冒険はいつも楽しませてもらっている。
まあ戦闘に関しては別問題だ。否が応でも視覚は共有……【鑑定】で読み取った情報は共有させてもらう。
魔力で編まれた糸も【鑑定】で見ることが出来、さらにその情報をスザルクと視覚を共有することで位置を知らせる。
俺の眼を通してシルビアの視覚を見ているのだからスザルクも相当器用だな。
石像騎士本体ではなく、その体に繋がった糸を斬ることで、糸を支配下に置く。
ブレスすらも支配下に置けたのだ。
魔力で編まれた糸程度操れなくはないのだろう。
そうして、操る糸ごと石像騎士を【魅惑】にて支配下に置いたスザルクは俺に問う。
「マスター。どうしましょうか」
「壊してしまえ。なるべく細かくな」
「畏まりました」
剣で石像を破壊することは難しい。
だが、石像同士であれば破壊は容易になる。
5体の石像が勢いよくぶつかり始める。
動かなくなった石像があればそれを手に石像は他の石像を壊す。
最後に残った1体も壊れた石像に頭を打ち付け、壁にぶつかり自壊していく。
こうして10体いた石像騎士は残らず砕けたのであった。