140話 ダンジョン 8
【愛の間】
ふざけたことが書かれていた。
いや、宝箱を開けるヒントに繋がる名前であるからふざけていようと真面目に考えなければならないが。
愛とか友情を信条とする俺であるが、それ以上に愛がどうだと言うのであれば、スザルクであろう。
正確にはスザルクの持つ剣……【発情剣】。
強制的に発情させる。相手を惚れさせる。
それもまた、愛と言えなくもないだろう。
双方の合意を無視すればの話であるが。
「愛を謳うのは教会の仕事だけれど。教本の内容なんて夢に出るほど刷り込まされたわ」
愛という文字を見てコネクトルは溜息をつく。
それも嫌そうに。
「自発的に芽生えた愛ならまだしもね、強制的な愛ってのはどうなのかしらね。別に、教えを否定するつもりはないけど」
「一方的な愛はどうだ? 双方向の愛に進展すれば涙もののストーリーだぜ。失敗したら不審者だ」
「不審者どころか犯罪者よ。そんなやつ、ほとんどが何もしないはずがないもの」
おお、怖い怖い。
口調が冷たすぎる。
よほど過去に嫌なことがあったんだな。
「愛を広めろ、愛を受け入れろ。愛し愛されろってのは、つまりは八方美人だし、当たり障りのないことしか言えない奴だ。嫌なことは嫌だと言える奴の方が立派だと俺は思うけどな」
「私は同感ね。……やっぱり教本の内容を修正するように進言するべきかしらね。信者の中に変な考えを持つ人が増えてきているのよ」
「愛しているんだから愛せってか?」
「あら、よく分かったわね」
「そういった手合いは知り合いにいたもんでな」
ストーカー予備軍てのは、こっちの世界じゃなくても多くいた。
ファンクラブってのはそういった連中の集まりだろう。
思い返せば、俺が死んだ理由も、自分が愛されると思い込んだ奴が逆恨みしてきたようなもんだしな。
「……懐かしいな」
「何か言ったかしら?」
久しぶりに思い出した。
元気かなぁと覚えている連中もいれば、名前どころか顔も朧げな奴もいる。
そういった奴に対して俺は愛が足りなかったのかね。
それとも思い入れか。
「いいや、何でも。まあ、こっちには聖女様がいるんだ。愛がお題の部屋なんて楽勝だろうさ」
アバセルスや農業戦士の得意分野というわけでもないだろう。
「……というか、アンタだって大した活躍してないわよね。唯一使える土魔法もエルメスの下位互換みたいなものだし」
「……」
俺は黙って部屋に入っていった。
愛のない言葉は聞こえません。
『愛を囁き合え 10』
毒沼も無ければ刀剣も無く、壺も無いその部屋には宝箱しかなかった。
他に見当たるものも無く、唯一他の部屋との差異を見つけるとすれば、宝箱に文字が彫られていたことだ。
指令文と言うべきか、複雑であったり長文でないその文章を見て、全員がコネクトルの方を向いた。
「な、何よ……」
「いやー、俺にはさっぱりっすから。聖女様なら何か分かるんじゃないかと思って」
「んだ」
初っ端から戦力外通告をする2人を置いておくとして、
「囁くって、小さな言葉で言えばいいのか?」
「感情的に言えってことかな。あるいは感動的に?」
「轟けと言われたらこの狭い部屋から出なきゃいけなかったが、囁くならまだいいか」
「大声大会ですか。一番大きな声で愛を伝えた者が宝を手にするといった感じで」
「それだと農業戦士に任せられただろうがな。シルビアの言う通りなら、限りなく小さな声で呟くとも違うらしい」
もはやこのダンジョンにそういった単純な仕掛けは期待してない。
壺を出してきて、答えが割れというダンジョンだ。
文字通りの行動をしただけでは足りないに違いない。
そして、あえて誰も触れていなかったが、
「10ってのは何の数字だろうな……」
「タイムリミットが一番考えられるけど……すぐさま減る様子もない。10秒や10分では無さそうだね」
部屋に入って5分ほど経つが、数字が減ることはない。
10日とかであったら大きすぎる数字であるが、そこまでここに留まることもない。
10時間だっているつもりはないのだ。
「回数とかではどうでしょうか」
「回数?」
「挑戦回数、でしょうか。試行錯誤を私たちはするのでしょうから、それの制限です」
タイムリミットならぬ、チャレンジリミットってやつか。
意味が合ってるかは知らん。適当に思い浮かんだ言葉使った。
「それだと、10回しかないと考えるべきか、10回もあると思うべきか」
「半分くらいは答えに辿り着くためには捨てると考えてもいいかもね」
最後の1回でも成功すればいいのだ。
9回を捨てるつもりでだっていい。
「まあ、つまりは試していこうぜってことで」
こちらは話し合いを終えた。
あちら……コネクトル達の方では、農業戦士とアバセルス、ついでにチャーミーがコネクトルから愛が何たるかの教えを受けていた。
たぶんその教え、私情が入っていると思うぞ。
「とりあえず、数撃ちゃ当たるってことでいいか?」
「そうね……何もヒントが無い中ではそうするしかないわね」
この文章もヒントと言えば聞こえはいいが、具体的に何をすればいいのか書かれていない。
捉え方はいくらでもできるし、出題者が少しでも考えを変えてしまえば回答も変わってしまうだろう。
「1番、農業戦士君」
まずはお手本を見せてくれ。
促すと、渋々と農業戦士は宝箱の前に立つ。
「お、おらは……土を愛しているだ! 野菜を愛しているだ! 農業を愛しているだ!」
大きな声で、囁くことはなく轟く声で愛を語った……農業に対しての。
誰しも予想できたことだが、宝箱に変化は起きない。
鍵が開くことは無く、そして数字も変化しない。
「……失敗しても減らない?」
「あるいは挑戦とすら見られていない、かな?」
何はともあれ、ただただ無駄であった。
無駄であったという成果は得られた。
「これが挑戦回数という前提で話していこうか」
「声が大きかったから駄目だった? それとも人物名で無いから?」
「どうでしょうか……」
というわけで次いこう。
「2番、アバセルス。3番、チャーミー」
「おっと、自分っすか……ええと、自分が好きな人はフレンダ! ……っす」
「……おーくんが好きです」
アバセルスは、奴なりに出せる声を張り、チャーミーはか細い声でそれぞれ愛を囁いた。
結果、宝箱は変わらず。
「ふむ。アバセルスのそれは人物名かな?」
「はい。幼馴染なんすけどね、まあ故人だから微妙かもしれませんけど」
「チャーミーのはオーク人形か」
「……はい」
アバセルスは人物名であったが数字は減らず、チャーミーは囁いていたが減らず。
「個人名かつ囁けばいけるか?」
「やれやれ。まだ挑戦にすら至っていないとはね」
肩をすくめているシルビアの顔に腹が立ったため
「4番、シルビア!」
「え、ちょ……そこはコネクトルの番じゃないのかい?」
「そんな法則性はない」
ついで言えば、俺に指名権などないが。
まあリーダー権限の一つとしよう。
「……ううむ」
シルビアは数秒、顔を赤らめると
「……シドウ、君が好きだよ」
真顔でそんなことを言ってのけた。
告白する年ごろの少女のように、小さな声で囁いた。
「……は?」
……こいつは、何を言っている?
真顔で、何を言った?
意味も分からないまま、とりあえず宝箱を見ると、
「ああ、駄目だったか。やれやれ。私も言い損だね」
「シルビア、お前今……」
「ん? どうしたんだい。ああ、ちょっと熱くなってきたね。涼んでこよう」
そういってパタパタと手で顔を仰ぎながらシルビアが入り口近くまで下がっていった。
「若いっすね」
「うるせえ。たぶん、あいつそのうちに仲間としてだよとか言い出すぞ」
「いいじゃないすか。嫌いって言われるよりは」
「……そうだけどよ」
なんだろうな。あいつが言いそうにない言葉だったから、こう言い表せない感情が渦巻いているのかね。
さて、ここまでしても数字が減らない。
そうなると……
「前提の挑戦回数ってのが間違っていたか?」
タイムリミットという説も捨て去れているわけではない。
秒なのか分なのか時間かのか日なのか。
単位が分からないが故に、減っているのかも分からない。
「間違っているのは前提以前よ。やり方が間違っているわ」
と、黙っていた口を開いたのはコネクトルであった。
「ちゃんと文を読んだのかしら? 囁き『合え』とあるのよ。だったら、2人一組が当然じゃない」
当然じゃないと言われても。
また農業戦士が微妙な顔をしてしまってるぞ。
「組み合わせが誰でもいいのか分からないけどね。まずはシルビアさんから愛を囁かれたシドウ、アンタが答えるべきじゃないかしら」
いつからか指名権がコネクトルに移っていたようだ。
シルビアを呼び寄せて、俺と2人、宝箱の前に立たされている。
……おい、何だよこれ。
全員、黙ってこちらを見ている。
まるで告白するカップルを見守る雰囲気出してるんじゃねえよ。
「こ、困ったね」
髪を弄るな髪を。
その仕方ないね皆は、みたいな雰囲気も出すな。
「……チッ」
そして俺も周囲に煽られた不良みたいなことをやるな。
本当に学園生活の青春の1ページになりそうじゃねえか。
「……シドウ。君の返答を聞かせて欲しい」
その言い方はおかしくねえか?
いや……おかしくはねえのか……?
駄目だ。こんがらがっちまって訳が分からねえ。
「……俺も好きだぜ、シルビア」
キャーキャーと後ろで盛り上がっているコネクトルとアバセルス。
お前がそっちかよ。
農業戦士と一緒に指の間から目だけ出しておけや。
もじもじと赤くなっているシルビアを尻目にして、宝箱を見ると
『愛を囁き合え 9』
数字が変化していた。
減少……つまりは挑戦に成功したというわけだ。
鍵が開いた様子はない。
「どうやらやり方は合っているようね」
満足げにコネクトルは頷いている。
俺が失敗したんだ。お前も当然、やらせるからな?
まだやってないスザルクとの組み合わせでいいか。
「いや、ははは……まいったねシドウ」
「あ。そうだ。俺も仲間として好きだぜシルビア」
「酷くないかい?」
言いつつも苦笑は変わらない。
シルビアも分かっていてこの茶番に付き合っていたのだろう。
この後は俺が強制的に指名権を発動させて愛を囁かせ合わせた。
「うーん……開かねえな」
残り回数は1。
捨て去ってもいい数字はもう無い。
男女の組み合わせでもまだやっていないのもありそうだが、ひとまず片端から試してみた。
ここまで来て、残りの一回を無駄には出来ない。
農業戦士とチャーミーの組み合わせであったが、ひとまず中断してもらう。
チャーミーは心底安堵した顔をしていた。
「ランダムな組み合わせってわけじゃなさそうだな」
「何か、これしかないって組み合わせがあるってことかしら」
もはや義務化された愛の囁き合いは羞恥心などなく、作業のように進めていた。
そこにどれだけの本心が混ざっているかは当人らにしか分からないが、それが原因だとしたらかなりの無駄な試行錯誤であっただろう。
「でも、元から知り合いであったシドウとシルビアさん、スザルクとシルビアさんの組は失敗したわけよね。他の組み合わせでそれ以上ってあるかしら」
「うーん……お前らの誰かで今日一目惚れしたやつとかいる?」
全員が手を挙げることは無かった。
「愛……愛……男女の考え方の違い? 愛の種類? 双方向性? 一方通行? 本心? 建前? ……なんだろう」
コネクトルは何やら呟き始める。
対象に、シルビアは明るい顔をした。
「おお、そうだ! 組み合わせというなら、まだやっていない組み合わせはたくさんあるではないか」
「まあ……そうだけどよ」
再開するか? チャーミーと農業戦士のを。
「何も男女を前提に愛が成り立っているわけじゃない。時には男同士、女同士の愛もあるだろう」
「……え?」
「私たち三人がこの中では絆が一番深い。その中で男女はもう試したんだ。ならば男同士も試してみてはどうだろうか」
どうだろうかと言われても、残り1回なんだぞ。
「……試す価値はあるわね」
無いわね。
世紀の発見みたいな顔すんな。
「……マスター。ここはやるべきでしょう」
「何でお前もマジになってんだ」
そこは俺を守るために動けや。
「ささ、どうぞどうぞ」
「見守ってやるだ」
アバセルスと農業戦士は自分が巻き込まれなかったからとすぐに後退していく。
他人事のように、俺とスザルクを前に出す。
「……マスター。お慕いしております」
やめろや。
さっきのシルビア並みに雰囲気出すなよ。
仲間として好きって言えよ。
「ほら、シドウ。応えてあげないと」
答えてはやるよ。
応えはしねえぞ。
「ああ。俺も好きだぜスザルク」
さっき以上の茶番を終えた瞬間、宝箱は開いたのであった。
同時に、宝箱の中から凄まじい量の怨念が飛び出していく。
「……何これ。見たことのない量と質なのだけど」
コネクトルも引いている。
俺も思わず怨念を吸い取るのを忘れてしまった。
いや、吸い取りたくない。
なんか満足げに天に召されていくようだし、このまま留まらせたくはない。
「……どこもかしこも腐ってやがるな」
愛に世界の違いなんてないんだな。
一方的な愛の押し付けも。
愛と錯誤し見守る、腐った視線も。
指令文の酷いオチに精神的ダメージを負いながら、宝物を手に入れたのであった。