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138話 ダンジョン 6

【闘の間】


 思い出せば先ほどの毒沼の部屋もこうして立札があったのかもしれない。

 あったところで、結果がどう変わっていたかというと、何も変わらなかったとは思うが。

 部屋の名前如きの情報量では毒沼という脅威は変わらないし、毒をいくらでも無効化出来た俺達からすれば難易度はそこまででもなかった。

 どちらかといえば、部屋の構造が厄介だったと言えなくもないだろう。


「なんか書いてあるだ」


 毒沼を通ってきたからか、やや足元への注意が向きすぎていた。

 頭上を指さしたのは農業戦士。

 新たな部屋に入る直前であったが、入り口頭上には窪みがあり、そこにはこの部屋の名前であろう文字が書かれていた。


「【闘の間】……」


 スザルクが読み上げる。

 

「闘いって、今までもそうだったろうに。何が違うんだよ」

「さて。私たちに闘い合えとかでしょうか」

「なんで少しウキウキしてるんだよ」


 スザルクはアバセルスを見て顔を綻ばせる。

 隙あらば闘おうとするな。

 死んだことでタガが外れてきたのか。それとも俺たちに馴染んできたのか。

 戦闘狂みたいな思考回路になってきたな。


「まあ、入ってみれば分かるでしょ。時間を無駄にしている場合ではないわ」


 コネクトルがすたすたと部屋へと入っていく。

 一番戦闘能力がないくせに……部屋に入った瞬間に扉閉まる系だったらどうするんだよ。


 続いて農業戦士、チャーミーが入り、アバセルスも仕方ないなといった顔をしながら歩き出す。


 隊列はもはや意味がないが、俺達3人も慎重に部屋へと入ることにした。


「ん? どうした固まって」


 入ったところで入り口付近で全員が止まっていた。

 中を見て、動けないでいるようだ。

 俺たちもコネクトル達越しに部屋の中を見る。


『誰でも良い。何人でも良い。ここは試練。宝が欲しくば勝ってみせよ』


 黒い鎧を着た男が中央に座していた。

 傍には俺よりも大きいであろう大剣が置かれている。

 鎧の中からは無機質な男の声が聞こえてくる。


「こうなんすよ。どうします?」


 アバセルスが尋ねてくる。

 どうします、とは無視するかという意味か。


 戦闘が必要な部屋か。

 これまで出会った魔物たちとは一線を画す強さだろう。

 それだけの圧が、俺みたいなのでも感じられる。


「なるほど。順番ですか。誰からでも良いなら私からでもいいですか?」


 と、スザルクが臆することなく一歩出た。

 違うわ。誰から挑むかをアバセルスは聞いたわけじゃない。

 戦う前提で話は進んでないんだよ。


 ……が、別にいいかと考え直す。

 すでに回復に関しては説明済み。

 どれだけの傷を受けようと直せる。

 相手の実力を図るためにもスザルクが挑んでもデメリットはあまり無いだろう。

 むしろ、倒せるならお宝一つゲットである。


「あー、他に一番乗りしたい人ー」


 全員が首を振る。

 

「アバセルスも、別にいいか?」

「大丈夫っすよ。俺は戦闘狂ではないので。流せる戦いは流したいっすから」


 ではお言葉に甘えて。


 スザルクが剣を抜く。

 【発情剣】。その真価は相手を強制的に発情させることだけでは非ず。

 

「まあ……剣の力を使うことは無いだろうが、頑張れよ」

「ええ。使わないというか、使えないでしょう。純粋な剣技を競うならこの剣は力を発揮しない。使ってみれば実に私好みの剣でした」


 剣の名前を言わないことからやはり納得はしていないらしい。 

 だったら自分で付ければいいのに。


『まずは汝からか。剣士と相対するは久しい。立ち合いが刹那の時とならぬよう願おう』

「スザルクと申します。貴方は?」

『名など無い。尤も、これがダンジョンとなったのは極最近のこと。それ以前は【リビングアーマー】などと呼ばれていたか』


 ダンジョンが成型された際にダンジョンに取り込まれたってことか?

 山の魔物は壊滅させたと思っていたが運良く生き残っていたか。


「【リビングアーマー】……ということはその中身は」

『無論、空である』


 それがどうしたとばかり男は……【リビングアーマー】は答える。

 ふむ。魔物か。

【リビングアーマー】っていうと、鎧の魔物だな。

鎧だから剣よりも槌とかで叩き壊せば楽だと聞く。

 元を考えると、ダンジョンに吸収されて会話するだけの知恵や力を手に入れているな。

 それに、純粋な戦闘力も。


「……」


 スザルクは無言で剣に手をかける。

 音もなく剣を抜くと、構える。

 刀身は妖艶に輝き、持ち手のスザルクの姿を反射する。


『良い剣だ』


 対する【リビングアーマー】であった魔物はスザルクの剣を評すると、大剣を背負うようにして構えた。

 上段よりも更に後方に。

 それで構えが成り立っているのか、剣に関して素人の俺ですら疑問に思う。


「……へえ」


 隣ではアバセルスが笑っている。

 その先にあるのはスザルクか、それとも【リビングアーマー】か。

 どちらを面白がっているのだろう。


 スザルクが動いた。

 距離を詰めるとその勢いのままに剣を振るう。


「しぃっ!」


 体から無駄な力と共に息を吐き出し、剣のみに意識を向ける。

 ドラゴンの群れすら相手にしていたスザルクである。並みのドラゴンでは反応できなかったスザルクの好む技だ。技名は忘れた。


『ふむ』


 【リビングアーマー】は背負うように構えた剣を振りかぶることなく、横なぎに振るった。


「っ!? ――」


 その動きにスザルクは気づくが、反応が遅れた。

 何せ、それは人間の関節からすれば有り得ない動きだ。

 肩も肘も手首も、胴すらも関節に制限が無いかのような剣技。


 ……いや、中身は空洞だ。

 ならば鎧を形作っているのは魔力か何かか。

 人間の形をしているが、人間の動きをするわけではない。


 スザルクの右手が斬り飛ばされた。

 同時に剣も右手に握られたまま宙を飛ぶ。


「――まだ!」


 だがスザルクは斬り飛ばされた右手を左手で受け止めると、そのまま次の技を使う。


「【竜頭断】!」


 本来は空へ向けて放つ技。

 それも、両手ありきのものだ。

 威力も速度も半減以下。

 だが、それでもスザルクの持ち得る限り最高の奥義である。


『……!』


 竜の首を狩る技を【リビングアーマー】は大剣で受け止めると、そのままスザルクの左手を斬り落とした。


「……!?」


 バランスを失ったスザルクは倒れ、受け身を取ろうにもその手が無く無様に血に伏せった。


「まだ、剣は振るえ……」


 落ちた剣まで這いずり、口に咥えようとしたところで


「……【メンテナンス】。やめとけ、敵わないのはもう分かっただろ」


 俺がスザルクの両手を直すことで勝敗は決したことを教える。


「……はい」


 珍しくというか、性格的に熱くはならないと思っていたが。

 結構勝負ごとに拘るんだな。


「……次は勝ちます」

「だろうな」

「……肯定して頂けるのですね」


 珍しいものを見たとばかりにスザルクはこちらを見る。

 シルビアも驚いた顔をしている。

 ……お前ら。


「客観的に見ても、相性は悪くねえよ。お前の技術にその剣があればあの鎧には勝てるだろうさ」


 それこそスザルクだって気づいていただろうに。

 ただ剣技を競いたかったのかね。

 だがスザルクもこれ以上は戦う気は無いようだ。

 というよりも、1対1で戦いたかったようだから、俺が介入した時点でそれ以上は何もする気はない。


「んー……どうする? 全員でいけば勝てるかもしれねえけど、何人かは犠牲になりそうだな」


 死体であるスザルクだから耐えられたけど、農業戦士やアバセルスも腕がぽんぽんと飛ばされてはたまったものじゃないだろう。


「さっきと違って工夫次第で攻略ってのも難しそうだし、諦めるってことも――」

「俺が行くっすよ」


 と、スザルクと交代したのは笑みを浮かべながら見ていたアバセルスだった。


「何となく分かったっす。スザルクさんは対人や対竜で強いかもしれないっす。けど、こういう何でもありの相手なら俺の方が上手いっすよ」


 アバセルスは【リビングアーマー】に歩み寄りながら剣を抜く。

 あまり刀身は長くない。

 小剣というには長く、かといって剣と呼ぶには短い。

 中途半端な長さの得物。


『……先ほどの剣士よりも強いな』

「それは光栄っすね。でも別に剣技ならスザルクさんよりも下っすよ」


 くるくると手の中で剣を回し遊びながらアバセルスは答える。


『……名を』

「アバセルスっす。肩書きは……まあいいか。【王国騎士十傑】……そこの2位にいる男っすよ」


 ……【王国騎士十傑】?

 それも2位!?

 ということはあの【爆弾魔】(偽)の時にいたアレクサンドルよりも強いってことか。

 その集団が面白おかしい芸人集団ではないことは知っている。

 王国の名に恥じない強者の集まり。

 アレクサンドルが7位だったか? それよりも圧倒的に順位が上だ。

 だが、2位を名乗る男がスザルクよりも剣技に劣っているなどと、嘘だ。

 言っちゃぁ何だが、アレクサンドルすらスザルクよりも強かった。

 

『……懐かしい名だ』

「へえ。どこかで戦ったんすかね」


 まあいいや、とアバセルスは剣を構え走る。

 スザルクよりも遅いように感じる。


『……?』


 それは【リビングアーマー】も疑問に感じたのだろう。

 違和感を覚えたままにアバセルスの構える剣に迎え撃とうとして……アバセルスの放つ蹴りにより後方へ大きく飛ばされた。


『――!?』


 【リビングアーマー】が関節を無視した攻撃がスザルクにとって予想外であったならば、アバセルスの蹴りもまた【リビングアーマー】にとって予想外の攻撃だったのだろう。

 そもそもでいつ蹴ったのか分からない。

 蹴りだすタイミングも、その挙動もいつの間にか終わっていた。


『ぐっ……』


 鎧はひしゃげている。

 どれほどの威力があったのだろう。


「次行くっすよ」


 アバセルスが【リビングアーマー】に右足を振りぬこうとする。

 今度は動きを捉えられたのだろう。【リビングアーマー】は両手を使いガードしようとし、その頭部に剣が突き立てられた。


『……は?』

「悪いっすね。別に楽しもうとも、長引かせようとも思わないんでこれで終わらせるっすよ」


 そのまま兜を弾き飛ばすと、鎧の中を一瞥したアバセルスは一点へと剣を突き立てた。


『……貴様……剣士であるにもかかわらず』

「いや、別に俺は騎士じゃないんで」


 弱点を突かれたのか、消えようとする【リビングアーマー】の言葉にアバセルスはへらへらと笑いながら答える。


「剣術は7位には適わない。格闘術も他の人たちの方が上でしょうね。でも、複合技術……何が何でも勝とうとするからこそ俺は2位なんすよ」


 そういや9位の爺さんも別に剣士じゃなかったな。

 発明家みたいなもんだった。


「しいて言うなら剣闘士っすかね。勝つために戦う。それが俺の戦い方っす」

 

 スザルクに最初に戦わせることで【リビングアーマー】の手の内を見た。

 卑怯……とも言い難い。

 戦闘技術に秀でた男、それが2位の特徴なのだろう。


「お、なんか宝石出たっすよ」


 【リビングアーマー】の後方にある宝箱を開け、中身を俺へと放る。

 先ほどまでの勝利もすでに数あるうちの1つとして埋もれてしまったのだろう。 

 余韻に浸ることなくアバセルスは次に進もうと歩き出す。


「……あの」


 スザルクが何とも言えない顔をして俺を見る。

 まあ何となく言いたいことは分かる。

 強敵感を出していた相手があっさりと、しかも自分で課した剣技以外で倒されてしまったのだから。

 

「こういうこともあるさ」


 次は勝てるといいな。

 戦う機会があるかどうかはともかく。

 そういった気持ちを込めて俺は親指を立ててみせた。


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