136話 ダンジョン 4
ダンジョン内部は灯りが灯されているわけではないくせにやたらと明るい。
まるでダンジョンそのものが光を発しているかのようだ。
「ダンジョン内は魔力に満ち溢れているからね。小さい虫も魔物化してしまう。人を襲う程のではないけどね」
「へえ。光る虫か」
「……ちなみに光属性を放つ魔物なのだけどね。これが無ければ危険だったよ」
シルビアは胸にかけられているネックレスを手で掬う。
ホワイトドラゴンの素材から作られた光耐性の装備。
その小さな虫の魔物がどれほどか知らないけど、シルビアとスザルクはダンジョン内でも問題なく行動出来ているようだ。
洞窟内を進むこと数時間。
その間にいくつかの戦闘を切り抜けてきた。
流石に国の代表者や集められた冒険者だ。
危な気な場面もなく、ほぼ無傷で戦いを終えている。
このダンジョン内で出現する魔物の種別はおおよそに分けて3種類。
人型の魔物。小型の、コボルトやゴブリンを少し強くしたような魔物である。武器を持っているため厄介であるが、武器同士の戦いであればスザルクを始めとした人間の技術の方が圧倒的に強い。敵ではない。
蝙蝠型の魔物。剣や鍬の届かない上空から毒糞をまき散らしてきたり、近接で直接吸血し体力を奪っていく。シルビアとスザルクは毒が効かなく、他は聖女様が回復してくれるため毒など意味がない。空を飛んでいればシルビアの魔法の餌食であるし、近づけばスザルク達が斬り落とす。敵ではない。
岩石型の魔物。剣では傷が付かず、魔法も弾いてしまう頑丈な魔物。動きが鈍いため攻撃は避けることは可能だが、その多くが巨大で道を塞いでいる。ダンジョン内で見かける魔物の中では最も厄介であろう。だが、農業戦士の鍬は地面を耕す。どれだけ頑丈であろうと、それが地面に関係する物質であるなら農業戦士は耕してしまえる。敵ではない。
「汚いのは嫌いなのよ」
蝙蝠の毒は思っていたよりも悪質で、それがたとえ装備の上からであろうと、侵食していき、蝕む。
気づかずに食らってしまった俺と農業戦士が苦しんでいると、聖女は悪態をつきながら毒を解除する。
なんやかんやで回復してくれるあたり、根は善性なのだろう。
聖女なのに悪性とか名ばかりすぎるが。
「男にしてもそう。汚い。汚くて醜い。いくら外見上を取り繕うとも、隠しきれない心の奥底が汚いのよ」
「女が綺麗とは限らないけどな」
男が綺麗とは言わないが。
男女関係なく、汚い人間は汚いんじゃないのか?
「そうかもね。だったら私は単に男が嫌いなのかも」
「あるいは女が好きなだけかもよ。相対的に男が嫌いになっている可能性もあるぜ」
「……否定しないどころか肯定する人間は初めてね」
「否定も肯定もしたつもりはねえよ。適当な相槌を打っているだけさ」
機嫌を損ねて回復してもらえなくちゃ困るからな。
「教皇様よりも面白いかもね。まあ、あのお方は面白いというよりも興味深い方だけど」
「教皇……ってことは、教会で一番偉いやつか」
「そう。一番偉くて、一番強い方」
少なくとも、こいつは教皇とやらに面識があるようだ。
どれだけ仲がいいのかは知らないが。
「教皇もそうだけどね、聖女もただの肩書きよ。ようは力ある人間がそこに収まるだけ。どれだけの回復力があるか、何人を回復できるか。基準はいくつもあって、それをクリアできたのは、今の時代では2人だけ」
「その2人のうち1人がお前か」
「お前って言わないで。私の名前はミャーラ・コネクトル」
「はいよ。ミャーラ」
「気安くファーストネームで呼ぶんじゃないわよ。男の分際で」
「……コネクトル」
「何かしら」
「……回復、サンキューな」
「別に。アンタら男も動けなくなれば私の手間が増えるわ。とっとと戦いなさい」
結局は、特に意味は無いのだろう。
意味も無く、男を毛嫌いしているだけ。
……いや、男を汚いものと思い込んで嫌っているだけか?
「シルビアさん……だっけ。あの人とあっちにいる剣の人の回復はアンタがやるって言ってたけど、なんで?」
「ん? ……あー。さっき言わなかったか?」
「あまり人に怪我を見せたくないから、と言っていたわね。古傷というか火傷跡をあまり見せたくない。ええ、同じ女としてはその気持ち分かるわ」
「スザルクも似たようなものだ。あいつらはあれでも他人への警戒心というか一線を超えさせたくない部分がある。程度は違うにしろ、弱みを自分から見せつけるやつってのはそうそういないだろ?」
「だから、それごと回復できるのよ、私は。古傷だろうと生傷だろうと、深手だろうと浅傷だろうと、関係なく回復できるから聖女なの」
んむ。
やっぱり聖女ってのはそこまでの力があるか。
どうするかな……
最悪なのは無理やり回復魔法を使われることか。
聖女の魔法はそれそのものがシルビアたちにとって致命的な弱点。
おそらく、弱い回復魔法であれば今のシルビアたちには弱点とはなりえないだろう。
回復はしないが、傷も負うことはない。
だが、聖女と呼ばれる存在の回復魔法は今後どれだけ強くなろうとも脅威であることに違いない。
「やめてやれ。他人に見せびらかすものではないにしろ、傷そのものは受け入れている。あれがあるからあいつらは強くなった。無くなってしまったら、回復できるものと思ってしまったら、次には致命傷を食らうかもしれない」
「名誉の負傷……とも違うのね」
「人生の反省点だ。忘れちまったら何も学んでいないに等しくなる」
「そう……分かったわ」
お、分かってくれたか。
「私、これまで傷を見かけると全て治してきたのよ。相手に何も聞かずに。そういうのってあまり良くなかったのかしらね」
「ま、一言入れるくらいすればいいんじゃねえのかな」
「分かったわ」
と、コネクトルはシルビアの方へと走っていく。
「シルビアさん、今から貴方の古傷を回復させたいのだけれど、いいかしら?」
いや、駄目って言ったじゃん。
何も分かってねえよ。
「いや、別にいらないのだけど」
殺人鬼を目の前にしたかのようにシルビアは苦笑いしながら引いている。
こっちを睨んでいる。
どうにかしろと言うことか。
「……コネクトル。いいって言う相手を無理に回復させようとするなって」
「ええ。いらないと言われたら引くしかないわね」
一応の確認だったというわけか。
「じゃあ、さっき受けた傷の回復はどう? 別に古傷が見えるような範囲じゃないわよね。触れなくても私は相手を回復させられるわ。どうかしら」
「いやー……それも別にいいかなぁ……と」
こいつ回復ジャンキーかよ。しかも女限定の。
どんだけ回復させたいんだよ。
だったら、さっきから掠り傷が溜まっている農業戦士の方を回復させてやれよ。
あいつ、我慢しているけど、いつ回復してもらえるかって待っているんだぞ。
自分から言い出せないのは強がりか。
繊細な男心を理解してやれ。
「……ふうん? ま、いいわ。いつでも大歓迎だから。女の子なら。回復してほしくなるような大怪我したら言ってね」
「……ありがとう」
俺の回復魔法に関しては、シルビアとスザルク限定と言ってある。
長い時間を過ごし、絆を深めるほどに増していく回復能力。
それが俺の持つスキルであると説明してある。
だから、今日出会ったばかりの農業戦士たちへの回復は擦り傷すらも治せず、昔からの馴染みであるシルビアとスザルクに対してはたとえ四肢欠損であったとしても直せる。
こう言っておけば、俺が他の奴らに回復を求められても断ることが出来る。
出来ないものは出来ないと言える。
「シドウ。アンタは自分のことは回復できないのかしらね」
「俺のスキルもそこまで便利じゃないのさ。聖女じゃないのに他人の腕まで直してしまうんだ。限界というか制限というか、凡人の俺に出来るのはせいぜいが他人を直すまでなんだろうな」
「ならついでよ。シルビアさんを回復できないのなら、その分アンタを多めに回復するわ」
「そうかよ」
だったら早く農業戦士を回復してやれ。というか一声かけてやれ。
こっちを見ながら傷口に唾を塗り始めているが、回復役がいる中でそれはなかなか寂しい。
そろそろ可哀そうだと俺ですら思い始めたぞ。