135話 ダンジョン 3
「しかし、本当に大丈夫なのだろうね」
「スザルクとシルビア、剣と魔法それぞれで俺たちの中で最も強い奴がいるんだ。これで駄目なら誰だって無理だぞ」
いざダンジョンを前にしてシルビアが弱気なことを言う。
スザルクはやはり男というべきか、高揚感を隠しきれておらず、表情が綻んでいる。
ちなみに俺も、いざダンジョンを目の前にするとワクワクしてしまう方だ。
最初は面倒だなと思っていたが、やはり冒険というものはいい。
普段は広い地上を歩いていたが、今度は地下というか洞窟というか、閉鎖的な空間だ。
お宝探しもあると言われてしまえば、出来るだけ見つけたいという気持ちが強くなる。
「それに俺達だけじゃない。他からも精鋭が集まるらしいじゃねえか。ちゃんとした討伐隊になるんだろ」
「私が心配しているのはそちらの方だよ。私たちを除けば王国直属の強者が揃うのだろう。その眼が、私とスザルクの正体を知るのではないかと案じているのだ」
「ああ。そっちか」
そういえばまだ言っていなかったっけ。
俺の新しいスキルのことを。
「【イミテーション】」
俺とてこれまで無駄に修羅場もとい死線を潜り抜けてきたわけではない。
土魔法の習得と同じくらい、【ねくろまんさぁ】のスキルの発現に繋がるよう他スキルを使用してきた。
土魔法の方も一つ、今回のダンジョン探索で役に立ちそうなのを覚えることが出来た。
【イミテーション】は【ねくろまんさぁ】由来のスキルだな。
「見た目は何も変わらないが……」
このスキルの対象はシルビアとスザルクといった蘇生させた死体だけだ。
見た目は変わらない。
このスキルの効果は俺の持つ【詐称】と似たようなものだ。
ステータスを覗かれた際にその内容を偽ることが出来るというスキルである。
ついでに言えば、死体と感づかれにくくなる。
生きた人間であると模倣できるのだ。
「ま、元から見た目は人間そのものってことだ。いや、エルフか。いざとなった時の保険程度に思っておけよ。別に強さそのものが変わるわけでもない。致死量の攻撃喰らったら俺が直すまで動くんじゃねえぞ」
「うむ、心得ているよ」
「スザルクもだからな」
「致命傷に近くても、生きている傷……たとえば腹に穴を開けられた際にはどうすればいいでしょうか」
「大人しく倒れておけ」
どこかには上下半身分かたれても戦うような奴もいるらしいが、そんなん見せられても他の奴らが引いてしまうだけだ。
俺が直して復帰させた方が遥かに良い。
「ああ、そうそう。【イミテーション】はあくまで模倣。弱点はそのままだから気を付けろよ」
光魔法に連なる魔法やスキルは弱点のままだ。
多少は耐性のある防具を揃えたからといって、無傷では済まないだろう。
それに、回復魔法を使われ、治るどころかダメージを受けていればそれは流石に疑われてしまう。
「……そろそろ揃う頃か」
と、そんな話をしているうちに役者がそろったようだ。
そこらの街を歩いているとはわけが違う。
国を代表するような面々のはず。
癖のない人間はいないだろうな。
「いやぁ、まさかこんな別嬪なお姉ちゃんがいるとは。おじさんも頑張らないといけないっすねぇ」
「……不埒な視線です。すぐさまダンジョンに先行し、死ぬか魔物を殲滅してきなさい」
「お、おらはやるど! そして荒れ果てた更地を救う!」
「……あの……よろしく……おねがいしま……」
少なくとも協力的な様子は見られない。
剣を携えた40近い男、白い神官服を纏った若い女、オーバーオールを着て鍬を背負う男、そして人形を抱きしめる小さな少女であった。
「俺はシドウ。職業は……魔法使いでいいのかな。土系統が得意だ」
「私はシルビア。エルフだから、風は得意だけど他の魔法もそこそこ使えるよ」
「スザルクです。剣士、と言っていいのでしょうかね」
よく考えたらシルビアいる時点で俺の魔法使いとしての役割いらないんだよな。
シルビアは土魔法も使えるし。
「よろしくねぇ。俺はアバセルスっすよ。俺も剣が得意なんで、後で少し打ち合わせしましょ」
剣を携えたおっさんはスザルクに話しかけている。
スザルクも興味が沸いたのか、俺に小さく頷くとアバセルスの横に向かう。
「ミャーラ・コネクトル。【聖女】と呼ばれている。だが私に回復を期待しないで。特に男は」
ミャーラとかいう女は勝気な目で俺とスザルク、アバセルス、オーバーオールの男を睨みつける。
男嫌いか。そちらはシルビアに相手……はさせられねえなぁ。
【聖女】とかいうキーワードは聞き捨てならない。
思いっきりシルビアとスザルクの弱点じゃねえか。
「別に俺たちも回復薬は持ってきているからいいけど……ああ、シルビアとスザルクには回復は不要だ。こいつらに関しては俺が回復する」
「……ふん。勝手にすれば?」
会話すら嫌なのか、それきりミャーラはこちらを向こうとはしなかった。
「おらはモンド・エルメスだ。農業戦士だよ」
「なんだそれ」
「農業も出来るし戦える職業なんだ」
ふざけた職業だと思ったが、提示された冒険者カードにはしっかりと農業戦士と記されていた。
オーバーオールの男――モンドは何だか高級そうな名前とは裏腹に田舎臭い。
一応、前衛職のようだ。
ちなみに、土魔法も多少は使えるらしい。
冒険者カードをよく見れば俺よりもランクが高い。
ここに呼ばれるだけはあるというか、話を聞けば単独で凶悪な魔物を幾体も屠ってきたようだ。農業戦士とはそれだけ強い職業なのか。
ますます俺の肩身が狭くなった。
「……ぁぃ……です」
「なんて?」
「……ちゃぃ……です」
「チャイ?」
「……チャミー……です」
幾度も聞き直しようやく名前を知ることが出来た。
【蒐集家】アネミア・クレジッド程ではないが、チャミーも年齢は幼い方だろう。少なくとも見た目は。
種族的には人であろうから、呪いの類でも受けていない限りは10代半ばに届くかどうかといった程度。
気の弱さもあってか、声量が非常に小さく聞きづらい。
これ以上の素性は時間をかけてようやく人形を操る魔法かスキルを持つということが分かった。
その手に抱く人形は絶妙に可愛くないブタを模したものだ。
魔物寄りの、なぜか筋肉が盛られている人型の……もうオークじゃねえかよ。
人形遣いってことはこのオーク人形を使うのか? 間違って攻撃してしまいそうだ。
おっさん剣士に男嫌いの聖女、農業戦士に気が弱い人形遣いの少女、ね。
……イロモノばっかりじゃねえか。
男連中はまだしも、女の方がどっちもコミュニケーション取りづらいときた。
しかし、チャミーは俺が執拗に話しかけた結果か、俺の傍から離れようとしない。
俺を通訳係とでも思っているのだろうか。
農業戦士もどことなく俺に信頼感を寄せているように思える。
シルビアとスザルクも任せたといった目で見ている。
「あー、ちなみに俺は王国から勅令を受けてきているっす。だからアイテムの分配には入れなくていいっすから。そちらの聖女様も同じっすか?」
「……そうよ。癪なことにね」
「おらは冒険者ギルドからの指名依頼だ。だけんど金はいくらあっても困らないだ。貰えるものは持ち帰りたいど」
「……欲しい」
チャミーがどこを通じてこの場にいるかは知らないが、農業戦士とチャミー、それに俺達の5人だけでアイテムを分けられるというのはありがたい。
俺たちも強力なアイテムは出来るだけ持ち帰りたいからな。
「俺たちも冒険者ギルドからの指名依頼みたいなものだ。普段はパーティーを組んでいてな。チームワークを大切にしている」
適当なことを言っておいて、自己紹介を終わらせた。
心なしか、農業戦士とチャミーから送られる信頼感が強まった気がした。
「今回はダンジョン最奥に居座るボス……ドラゴン系統の魔物退治が俺の任務っす。これ、共通認識でいいんすよね?」
「ええ」
「危なかったら帰っていいって俺たちの依頼主は言っていたけどな」
アバセルスの問いにミャーラと俺は頷く。
「は? 逃げたら殺すわよ」
聖女様こええ。
すごい勢いで睨まれたぞ。
生かすのが仕事のはずの聖女が殺すって。
「……へいへい。まあ、死なないように頑張るぜ」
「当たり前だよ」
意外と職業意識というかプロ意識が高いのか、聖女はこの任務の成功は絶対だと考えているようだ。だったら男連中も回復してくれと言いたいが。スザルクはやらなくていいとしても。
「おらはこの依頼が失敗したら消されるだ。だから逃げるわけにはいかない」
「冒険者ギルド悪辣過ぎるだろ」
「……失敗は死」
「お前も覚悟決めんな」
農業戦士とチャミーも空気を読んだか読まなかったのかふざけたことを言い始めたため、聖女からの睥睨も止む。
「ちなみに、指揮は誰がとるっすか? そっち3人を纏めてるシドウさん? それともこの中で一番強い俺? 後方から見渡す聖女様?」
「私はやりたくない」
「別に俺はやってもいいけど……」
名を呼ばれなかった者達も別にやりたいわけではないようで、黙っている。
アバセルスは自分が一番強いと言う。
自負するだけの実力と経歴があるのか。
「まあ……俺はあまり戦闘に貢献出来なそうだしな。いいよ、指揮権を俺によこせ」
「……なんでか途端に任せたくなくなってきたっすね」
「前衛はモンドとアバセルス、中衛は俺とチャミー、後衛がシルビアとミャーラ、スザルクでどうだ?」
「ん……スザルクさんが後衛なのはどうしてっすか?」
「後ろからの不意打ちを避けるためだ。ダンジョンの構造はよく知らねえけど、挟み撃ちにでもなったらシルビアとミャーラだけじゃ後ろは対処しづらいだろ。スザルクがいればとりあえずどうにかなる」
「なるほど。いいんじゃないっすかね」
「私も異論はない……」
「おらも」
「……私も……です」
各自装備、アイテムを確認する。
流石に俺もふざけてはいられない。
ちゃんと真面目に俺が一番回復アイテムを多く持ち、安全圏で戦えるように配置した。
最も危険な前衛はよく知らん奴らに、俺の後ろは信頼できるシルビアとスザルクが守ってくれる。
聖女の存在が気がかりであるが、仕方ない。
シルビアとスザルクには回復は必要ないことを、2人が回復魔法が弱点などとは思われないようにそれとなく再度釘を刺す。
ダンジョンの入り口は深い闇だ。
その中には一切光が見えない。
不思議なことに、俺たちが中に入れば自然と闇は晴れるという。
全員の顔を見る。
それぞれ適当に、仕方なく、意気揚々と、小さく……頷く。
「んじゃ、行きますかね」
地図を片手にダンジョン攻略が始まった。