134話 ダンジョン 2
【死霊山】、そして【腐肉山】。どちらも俺とシルビアで根こそぎ魔物を倒した場所である。
正確にはシルビアが、であるが。
【腐肉山】では俺は倒れて気絶していたし。
どちらも視界が悪い中で魔物が襲い掛かるなんていう劣悪な環境であった。
シルビアが風魔法で霧を吹き飛ばしてくれなかったら俺も魔物の不意打ちを受け放題だっただろう。
死体の多かった【死霊山】では蘇生させて有効活用していた。
対し、【腐肉山】では土魔法の修行を兼ねていたため、【スワンプマン】や【ホール】の魔法を多く使っていた。
2つの山はどちらも視界が悪く魔物を強くさせているという共通点がある。
しかし、共通点もあれば相違点もある。
それは、山を覆う霧に魔力が含まれているかどうか、である。
魔力が含まれた霧が魔物を活性化させていると同時に俺やシルビアといった魔法を使う人間にもその魔力の使い道はある。
シルビア曰く、魔力の補充になるのだと。
俺は早々に倒れてしまったが、シルビアは休憩を挟みながら魔法を使い続け、【腐肉山】にいた魔物を壊滅させ、腐臭の原因である死体を燃やし尽くしたのだとか。木も枯れ果てているから霧さえどうにかすれば死体は空から探しやすかったらしい。
さて、何が言いたいかというと。
魔力の富んだ土地にダンジョンは出現しやすい。
普通であれば、魔物の出現や魔物が存在するだけで魔力を吸い取るため出現に至るまでの量は溜まらないらしい。
魔力を含んだ霧が覆う山。そこにいた魔物がいなくなった今、誰がその魔力を消費しているのか。
少しばかり魔物が生まれた程度では使いきれない魔力はダンジョンを出現させるにそう長い時間を置かなかった。
「【腐肉山】を知っていますか? 迷い込んだら魔力で爆死するか魔物に殺されるかの2択しか待ち受けないあの山にダンジョンは出現しました」
シルビアを見れば、目をそらしていた。
……おい。
「どうもあの山の魔物の数が減っていたようですね。魔法使いたちの帰還率が高かったので尋ねてみれば、魔物に全然襲われなかったとか。知らずに入った魔法を使わない方々尽く爆死したようですが」
あっけらかんとすごいことを言っていることなアシュリー。
慣れっこなのか? 人の死に。
「……魔王の仕業かもしれないな」
深刻な顔をしてそんなことをのたまうシルビア。
こいつよく平気な顔して嘘付けるな。
普段からそうしろよ。大事な時は絶対見破られるくらい下手になるくせに。
「……あり得るかもしれませんね。魔王マモンが倒され、他の魔王たちも均衡が崩れました。何か理由があってダンジョンを出現させた可能性は十分に考えられます」
いいえ。
考えなしにシルビアが魔物を枯渇させました。
「……だったら俺たちも一冒険者として出来ることはしなければならないな」
しかしシルビアのやらかしたことで俺に危害があっても困る。
ここは乗っかるしかない。
「ええ。まさに私たちは一丸となるしかないのですが……ダンジョンとなればそうもいきません」
「そうなのか?」
「魔物の巣窟とは言われていますが、宝物も多くあります。それこそ国の力関係を崩しかねない程のものも。だから、国は必ずダンジョンが出現したら潜る人間に規制をかけます。人数、強さ、人柄等々……。今回は多くて7人ですね」
「ダンジョンに7人以上は潜れないってわけか」
「というよりも、国からかき集められた人材でダンジョン内部の魔物を偵察してきてもらいます。何度か偵察したら一般にも公開されますね。流石に反発が起きますので」
依頼というのはその一般公開された時にスザルクと潜ってきて来いとかいう内容なのだろうか。
と思って内容を見ると、
「……は?」
「そうですよね。その反応が正解です」
「どれどれ……すごいね。クレジッドとはそこまでの影響力のある人物だったのか」
自分でもどんな顔をしたのか分からないが、アシュリーは仕方ないと肩をすくめる。
「偵察隊に加わって来いだと? 枠は取ってあるからスザルクを同行させて行ってこい……か」
流石に一度目は無理だったのか、二度目の偵察のようだが、それでもまだ国が総力を挙げて調べ上げている最中だろうに。
アネミア・クレジッドなる人物が勝ち取った枠は3人分。
7人の内完全な部外者が3人も加わるとか、不安な偵察になること甚だしいが、よく国も認可したな。
「危険を感じたらすぐに戻ってもいいらしいが……不甲斐ない偵察だとどうなるか分からないねこれ」
「国に消されるとか……やめてほしいなぁ」
シルビアと2人で遠い目をしてみるが現状は変わらない。
「偵察とはいえ、ダンジョン内で手に入れたアイテムは各自持ち帰ってもいいとのことですね。まあ物欲の少ない方が偵察隊に加わることが多いので、アイテム欲しさに争いは起きないでしょうけど」
「そして依頼内容には手に入れた宝石類は全て依頼主に渡すようにと書いてあるな」
なるほど。
【暗黒の帳】とやらを手放してでも、新規ダンジョンで手に入れた宝石が欲しいのか。
「シルビア」
「なんだい?」
「このダンジョン、【暗黒の帳】と釣り合う価値があると思うか?」
「さて。【腐肉山】にできたことを考えると相当嫌らしいダンジョンにはなると思う。だからこそ、そこに満ちるアイテムもそれなりにはなるだろう」
なるほど。
「宝石類だけでいいんだよな。この【蒐集家】に渡さなきゃいけないのは」
「だね」
シルビアと2人して笑う。
「よし、受けようじゃないか。メンバーは俺とスザルク、そしてここにいるシルビアだ。シルビアは冒険者じゃないが、別にいいよな?」
「シドウさんのお仲間ということでしたら大丈夫かと。それにエルフですか、それなら魔法職……スザルクさんという前衛がいるならぴったりでしょう」
前衛スザルク。後衛シルビア。俺も後衛向きであるが中衛でサポートも兼ねられるな。
「では受注しておきましょう」
「頼む。2回目の偵察隊の出発日は?」
「ええと、2日後ですね」
「分かった。急な話だが、出来るだけ準備しようじゃねえか」
「まずはどこに行こうか」
「そりゃ、依頼主のとこだろ。訳の分からん条件加えられたんだ。そのままにしておけるかよ」
【蒐集家】アネミア・クレジッドは老人だとシルビアは言っていた。
だから爺さんか婆さんが出てくるのだと思っていた。
しかし、
「よく来たのぉ。儂の下へ直接来るとは、感心感心じゃぁ」
やや間延びした話し方は良いとして、それよりも一番の特徴がこのクレジッドさん……さんと敬称を付けたくない相手は幼女であった。
屋敷に赴けば、すぐさまこのクレジッドの部屋へと通された。
俺たちが来ることは容易く想像できるものな。
黒を基調としたゴシックドレスに身を包んだ幼女は偉そうに柔らかな椅子にふんぞり返っている。
「合法ロリかよ」
「なんじゃぁ、その呼び名はぁ。儂はこう見えても80過ぎなんじゃぞぉ」
「合法を軽く飛び越えてるな。もはやBBAじゃねえか」
「びーびーえー? よう分からんが褒められてはいなさそうじゃぁ。まあ、言いたいことは分かる。儂が若く見えることに驚いているのじゃなぁ」
若いどころか年を取っていないんじゃないかと。
そう見紛う程に年齢と見た目が一致しない。
「なに、ちと若い時に呪いをかけられてしまっての。それ以来、見た目の年を取れないのじゃぁ」
「ずいぶんとマニアックな呪いじゃねえの。誰だよそんなのかけたやつ」
「まあ色欲の魔王とやらじゃなぁ」
「……」
随分と訳の分からない魔王もいたものだ。
どういうスキルを使ったのか分からないが、どういう意図があったのか。
ただのロリコンと言われたら納得できそうだ。
「儂の見た目はどうでもよいよぉ。儂の依頼を受けるかどうか。それが儂にとっては大きな問題じゃぁ」
「あー、依頼な。別に受けること自体はいいんだけどよ」
「他に何かあるかのぉ?」
「なんでスザルクが条件に入ってるんだ? 因縁とか余計なものあるんならこの依頼受けるの面倒くさくなるんだけど」
「んん? そんなことかぁ。いやなに、一陣目の偵察での、竜がいるという情報が持ち帰られたのじゃぁ。ほら、竜といえば隣町で名高い男が居たと思い出してなぁ。じゃから、お前を通して依頼をかけたのよぉ」
竜……ねぇ。
別にスザルクは竜特攻のスキルを持っているわけではないのだが。
竜を相手取れる力があるだけで、竜を倒しなれているわけではない。
「第一陣は斥候が多かったからのぉ。戦闘系スキルを持つ者は少なく、撤退せざるを得なかったらしい。じゃが、二陣目以降は本職がバンバンと出てくる。これは負けてられぬとな。それに、最近スザルクはこちらの街に越してきたらしいし」
「まあ、確かに俺の仲間にはなったけどよ」
「お前達はお前達で珍しい鉱石などを集めていると聞いたよぉ。ならば儂のコレクションの中から比較的数のあるものでどうかなと思ってなぁ」
「……良い情報網だな」
「長生きすれば自然と多くなるのよぉ。それで、引き受けてくれるかぁ?」
まだ疑問に残っていることはある。
だが、それを今聞いても恐らくはのらりくらりと躱されてしまうだろう。
「今なら、報酬を一つ追加しよう」
「ということは宝石2つか。勿論、別種だよな?」
「それは勿論」
シルビアとうなずき合う。
「引き受けた」
俺達への指名依頼。
条件はスザルクの同行。持ち帰った宝石類の譲渡。
報酬は希少宝石2つ。
ダンジョン探索が始まる。