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132話 アイとシーと奴隷 7

 老夫婦の病に効く薬が見つかり、ひとまず発作は収まった。

 縄できつく縛り、他の奴隷たちよりも乱暴な扱いで馬車に乗せられるとロウガ達は再度地上を目指していた。


「しかしお前ら怪力だな……」


 馬の代わりに馬車を引くのはアイとシーである。

 完全に傷が直った2人であれば馬車を引くことも可能である。

 それでも疲労はあるようだが、休憩をすれば問題ないらしい。


 ロウガは呆れた顔で2人を見る。


「いいんだよ! 私たちはあれ貰っちゃったし」

「いいんですか? 貴重なものだったようですけど」


 2人は馬車を引く駄賃代わりにこの戦いで手に入れたとあるものを譲られていた。

 駄賃と呼ぶにはあまりにも高価なものであったが。


「いいんだよ。別に俺たちはそれが欲しくてここにやってきたわけじゃねえからな」


 あったところで逆に困るものでもある。

 どうやったところで売りさばくしかないし、それで手に入れるのが結局金であるならば、アイとシーに恩を感じてもらった方がいいだろう。


「しかし落ちるのは一瞬でも昇るのは長いな」

「道はこっちで合ってるんですか?」

「うわ、急な坂道だー」


 アイが尋ね、シーが眼前に控える勾配の急な坂道を嫌そうな目で見る。

 

「どうなんだ?」

「ひぃっ……そ、そうです」

「ここが地上へ繋がる道でございます……」


 薬へと転換された棘を老夫婦に突き付けて道を尋ねる。

 すでに抵抗する気力もない程に棘を突き立てられた老夫婦は素直に答える。


 道はすでにできている。

 地上から落下しているが、それとは別のルートで地下にやってきていた者がいた、

 それが【サウザンドデスフィーラー】である。


 地面を掘り進み地下へとやってきた彼らであるが、その道は決してなくなったわけではない。

 無造作に掘り進めば地上が崩れるであろうから、決まった道はあったはずだ。

 そうあたりをつけたロウガは老夫婦に道を案内させていた。


 しばらくしてロウガ達は地上に出ていた。


「ふう……」


 地上に着いたところで休憩を挟む。

 ロウガは葉巻に火をつけ咥える。


「それ……」

「ん? これか。いや、昔ハコに収められたことがあってな。それから何かから解放された時は無性に吸いたくなるんだよ。あのハコの中は吸えなかったからなぁ」


 遠い記憶を思い出しながらロウガは言い訳をする。

 アイとシーの葉巻を見る目は決して好意的なものではなかったのだ。


「臭いです」

「なんだ、シドウとやらは吸わなかったのか?」


 吸うような年齢でないのか、吸わないのか、あるいは吸うことを隠しているのか。

 どれでも面白いとロウガは心の中で笑う。


「ま、子供には分からんさ。この臭いは大人の臭い。他人を顧みず自分だけが気持ちよくなれたらこの味も臭いも分かるってものさ」


 ちなみにマストックは吸わないが別にロウガが吸うことに否定的な人間ではない。

 目の前で吸っていても咎めることは無い。


「シドウには少しばかり興味が沸いたがすぐに会いたいわけでもないな。とりあえずこいつを吸う頃になったら会おうぜとでも言っておけ」


 葉巻を見せるとアイとシーは嫌そうな顔をする。


「シドウ様は一生吸わないもん!」

「そしたら一生会うことはありませんね」

「はっはっは、冗談だよ。まあ俺たちはグリセント様の商会の人間だ。あの街に住んでるならどこかで会うかもな」

「その時に奴隷を無理やり捕まえていたら怒るからね!」

「はい。げんこつです」


 それは頭蓋骨が割れるだろうなと思いながらロウガは手を振る。


「約束通り、こいつらは借金とかで合意で連れてきている奴以外は解放するさ。自由を望んで、それで俺たちに損が出ないなら自由にさせるよ」

「よろしくお願いします」

「ありがとうね」


 商売としては大損であるが、この2人を怒らせるほうが怖い。

 グリセント様にはどう言い訳しようかと思ったが、グリセント様の商会で売った奴隷が起こしたことである。グリセント様にも責任はあるのではないだろうかとロウガは責任転嫁を考えていく。


 流石にこのままでは馬車を動かせないからと馬車を街の外まで運んでもらったところでロウガ達はアイとシーとお別れになった。


「じゃあな」

「はい!」

「ロウガさんとマストックさんも元気でね!」

「健康だけは俺が保証しよう」


 こっそりとマストックがアイとシーに耳打ちする。


「実は、葉巻の毒は全て薬にしているんだ」

「つまりそれって」

「吸えば吸うほど奴は健康になっていく」


 マストックは口に人差し指を当てる。

 同時にアイとシーは噴き出す。


「あいつは偽善者ぶって不健康ぶって、その実本物なんだよ」

「……? 何の話をしているんだ?」

「んーん、なんでもないよ」

「ロウガさんには関係のない話です」


 首をひねるロウガを見て3人は笑う。


「そんじゃま、俺たちはこのジジイ共をどうにかするわ。ま、この年で織の中に入るのは酷かもしれねえけどな。グリセント様と相談してみるわ」


 魔物使いであろうと、彼らの使役する魔物は【風魔鉄】で死に、街中であるため力も発揮できない。

 本人たちはただの老夫婦でありほとんど無力化されたようなものである。


「ばいばい!」

「またお会いしましょう」


 最後まで手を振りながらアイとシーは街の人波の中へと消えていった。

 小柄な彼女らが見えなくなるのはあっという間である。


「で、奴隷はどうするんだ? あんな子供の言う口約束を守ると?」

「ふん。ただのガキならそうしていたさ。だが、あんな化け物みたいなガキに逆らうなんてできるかよ」


 と、やや上機嫌そうな声をロウガは出す。


「仕方ねえから、今回ばかりは約束通りにしてやるさ。身バレもしちまっているんだ。いつどこで報復されるかもわからねえしな」

「むしろそうした方が会えるかもしれないぞ」

「……俺たちみたいなのに会おうとすることこそが間違いだろ」

「随分と寂しそうな顔をしているな」


 マストックが相方を茶化す。


「ふん。煩いガキがいなくなっただけだ」


 今、商会の人間が新たな馬を手配している最中である。

 ロウガはアイとシーが消えた街をしばらく眺めていた。

 無邪気であり、それが薄気味悪さを際立たせていた2人の少女であるが、いなくなってしまえば名残惜しくなるとロウガは感じていた。





「今日のこと、シドウ様にどう報告しようか」

「冒険に行ってくるって言ったもんね!」


 まさか本当に地下での大冒険をするとは思っていなかった2人だ。

 どう切り出そうかと悩む。


「あ、そういえばこれもあるね」

「まずは皆をびっくりさせようか」


 アイとシーは鞄に入れてあった鉱石を取り出す。

 深緑に輝く鉄……【風魔鉄】である。

 2人の武器で砕かれ、暴風は止まっていたが、内部に溜まっていた魔力全てが放出したわけではない。

 むしろ優秀な武器の素材になるのではないかとロウガに言われ、破片全てを持ち帰ってきたのだ。


「ドラゴンの風の魔力だって」

「これならみんなで集めてる素材にも見劣りしないよね」

「驚くかな」

「驚いてくれるよね」


 2人は無邪気な顔で笑う。

 そこには裏表などない。

 ただ笑いたいから笑う。

 泣きたいから泣く。

 何を考えているか分からないとロウガは感じ取っていたが、アイとシーは考えていること全てが表情に出ていた。

 

 故に、ロウガを助けたときは純粋にロウガを助けたいと思い、ロウガを助けたいから死地に自ら飛び込んでいた。

 地下に落下した直後、ロウガが慌てた顔でアイとシーがどこに行ったか捜索していたことをちゃんと見ていた。

 怪我で足を引きずる2人を心配しているロウガを知っていた。

 2人が逃げきれないときはロウガが抱え、傷1つ負わせまいと自身の体が傷を負いながら魔物からの攻撃を避けていたことも分かっていた。


 ロウガが根からの悪人ではないことをアイとシーは感じ取ったからこそ、それに応えようと動いていただけである。


「あのお爺さんとお婆さんはどうなるかな」

「あんまり可哀そうな目に合わないといいけどね」

「ロウガさん達ならきっとそこまで酷いことしないよね」

「もう十分痛がっていたものね」


 彼女らは甘い。

 捕まえられた殺人未遂の犯罪者の末路などどう甘く見積もっても奴隷以下の境遇になる。

 砂地の民の慣習を考えれば余計に。


 しかしその甘さがロウガにまで伝染したか否かは別の話。

 彼女らの行いや言葉は少なからずロウガとマストックに影響を与えただろう。

 故に、老夫婦の行く末にも影響はあったはずだ。


 2人は走り、老夫婦のことを少しだけ考え、次の瞬間にはシドウを始めとした仲間達の驚く顔を思い浮かべながら宿屋へと帰っていった。


「シドウ様ただいま戻りました!」

「見てください、聞いてください。私たちの冒険を!」


書きため放出完了

またためていくぞ

なんか感想あると嬉しいっす

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