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127話 アイとシーと奴隷 2

 アイとシーに油断は無かった。

 縄張りはあくまで目安であり、魔物に知恵があるにしろ無いにしろ、獲物が逃げるのであれば縄張りの外へ出ることもあるのだと分かっている。

 一息ついたのは、文字通り、息を整えるためであり、魔物を迎え撃つ準備も並行し行っていた。

 戦えぬ者を背後に庇い、武器を構えて地中から出現した【サウザンドデスフィーラー】を見据える。

 アイの膂力が人並み以上とはいえ、土煙が舞ったのだ。

 【サウザンドデスフィーラー】の縄張りの地面はそう固くない。つまり、潜る可能性があることは十分に考えられた。


 【サウザンドデスフィーラー】の体表を覆う装甲は鉄のように光を反射している。

 シーの斧では弾かれる可能性がある。刃こぼれを起こすかもしれない。

 二人は頷くと、シーがまず駆けだした。

 【サウザンドデスフィーラー】の周囲をぐるぐると走り回り、注意を引き付けていく。


「こっちだよ!」


 時折向かってくる足を斧で弾き返しながら、やはりその装甲の固さは斧では斬れないとシーは感覚的に理解する。

 その頭上をアイが跳躍していく。

 アイは【サウザンドデスフィーラー】の顔面まで跳ぶと、横振りに槌で強く叩きつけた。


「……がはっ」


 槌によって大きく吹き飛ばされ、吐血したのは――シーであった。

 決して槌の間合いに入っていたわけでもなく、訳も分からずに大きなダメージを負いながら地面を転がっていく。


「っ!? シー!」


 【サウザンドデスフィーラー】に手応えなし。

 代わりにシーからくぐもった悲鳴が聞こえてきたためアイが振り返ると、シーが吹き飛ばされているところであった。


 呆然としているアイを逃すはずもなく、【サウザンドデスフィーラー】はその小さな体にいくつもの足の棘を打ち込んでいった。


「……がっ」


 獲物を生きたまま齧り喰らうこの魔物の毒はいずれも即効性はあれど、即死に至るような致命的な毒性の高さは無い。

 多種の毒と即効性。殺すのは【サウザンドデスフィーラー】本体で事足りる。

 生きたまま食われる恐怖を味わうのだ。

 冒険者を始めとした多くの人間に恐れられる魔物所以である。


「ククッ……やったぞ。同時に二匹だ!」


 その魔物の縄張りを我が庭とばかりに横断していく者達がいた。

 クラリー商会捕獲部門実働隊であるロウガとその御者マストックである。


 冒険者の中でもBランクの者すら遠ざかるその縄張りを悠々と渡ることのできる2人のうち、シーの助けた若者――ロウガは倒れる2人を見ると高らかに笑う。


「さて。さてさてさて……毒も回り切った少女に全身を巨大な武器とキスしちまった少女だ。どっちも放っておけば死にそうだが、安心しろよ。俺たちが治してやるからよ。治した後で売っ払ってやるからよ」

「Gyaaaaaaaaaa」


 ロウガに向け【サウザンドデスフィーラー】は咆哮を放つ。

 まだ生きて立っている人間がいる。

 それだけで魔物にとっては許せぬことであり、そもそも最初の獲物である。

 みすみす逃すことはない。


 【サウザンドデスフィーラー】がその足の棘をロウガへと突き立てようと大きく振り上げる


「んーと、あいつでいいか」


 ロウガは近くで這う小さな蜥蜴型の魔物を見つけると、指で鉄砲を作り、蜥蜴型魔物へとバンと撃つ仕草を見せる。


「【友撃】」


 【サウザンドデスフィーラー】の棘がロウガへと刺さった瞬間、蜥蜴型魔物が悲鳴を上げながらひっくり返った。

 その手足はぴくぴくと、まるで痺れているかのように不規則に動く。


「邪魔するなよ。別にお前を取って食おうってわけじゃねえんだから。いつも通りじゃねえか、少しばかり道を開けてくれや」


 いくらロウガへ棘を刺そうとも、ロウガ自身には傷1つ付かず、代わりに周囲の生物が地に伏していく。果ては空を飛ぶ鳥ですらもがき苦しみ落ちていく。


 異質な男に気圧されたのか、これ以上は無駄と悟ったのか、【サウザンドデスフィーラー】はやがて自身の巣へと戻っていった。


「おい出て来いよ。縄で縛った後に体の毒治してやらねえときつそうだぜ?」

「それもそうだが……あの力でも切れぬ縄があったかどうか」


 ロウガの呼びかけに、男が現れる。

 先ほどまで馬車を引いていた御者である。


「奴隷候補たちは?」

「薬草を使った。弱い毒になるだろうし、しばらくは動けないだろう」

「そんじゃ、こっちの毒も治しちまうか」


 御者から縄を受け取ると、ロウガは倒れるアイとシーに近づく。


「縛り方ってのがあるんだよ。人体には、そこを押さえつけられると絶対に力が出せなくなる関節なり筋肉がある。縄でそこを動かせなくしちまえば、こっちのものだ」

「そういうものか」


 御者もまた、ロウガとともに倒れる2人の少女に近づきスキル発動の準備をする。


「こいつらは高く売れるだろうな。……ま、その価値を決めるのはグリセント様ではあるけど――」

「そうですか。奴隷商会の……」


 縄を片手に、毒に蝕まれていたアイへと伸ばしていたロウガの手が止められる。

 

「なっ!?」


 ロウガの手首が軋むほどアイに握りしめられ顔を苦痛に歪めながらも、御者に叫ぶ。


「お前、まさか!?」

「いや、違う! 俺はまだスキルを……」

「痛かったよ!」


 後ずさる御者の背中へと小さな影が降る。

 それは、ロウガのスキルにより吹き飛ばされていたシーであった。


「誰か知らないけど、私たちを攻撃したんだよね? 危ないよ! 死んじゃうかもしれないんだから」

「くそ……なんでお前も動けるんだよ」


 ロウガは知らない。

 【サウザンドデスフィーラー】の毒は生物の体を蝕み行動を阻害させるものであるが、すでに死体となっているアイの肉体には僅かな時間しか効果がなかったことを。

 シーの肉体は蘇生された死体として頑丈になり、かつ痛みを感じても幾たびの闘いを経て動けるようになっていた。


「奴隷を扱う人……ということは近くに運ばれている人がいるんですか?」


 すでに形勢はアイとシーに傾いており、ロウガは内心溜息をつきながら縄を手放す。


「やれやれ……しくじっちまったか」


 御者もロウガがアイとシーの捕獲を諦めたことを察したのか、一点を指さす。


「あちらに馬車が停められている。その中だ」

「……ついてきてください」


 逃がすつもりはないらしく、アイとシーはそれぞれロウガと御者に武器を突き付けたまま馬車へと案内されていく。


「……よく見りゃ、お前ら見覚えがあるな」

「……?」

「どこかでお会いしましたか?」


 ふとロウガが呟いた。


「……ああ、そうか! お前たち、元奴隷だな?」


 ロウガが思い出したと二人を振り返る。


「自身らが生きるために自ら身を売った双子の少女がいたと聞いたことがある。街中の出来事は俺の管轄外だがな。一度商会に戻った時にでも見かけたんだろうな」

「現奴隷です」

「シドウ様に助けてもらったんだよ」

「シドウ……? 聞いたこともないやつだが……そうか、買われたのか。すでに売買の成立した奴隷に手を出そうとした……俺の眼も濁っちまったものだぜ」


 やがて4人は一台の馬車の前にたどり着く。

 中に人間がいるとは思えぬほどに、静寂な場にアイとシーは緊張を見せる。


「まさか殺したりは……」

「してねえよ。おい、薬草って何使ったんだよ」

「……少しばかり興奮作用が強すぎたか」


 馬車の扉を開けると、ぐったりと気絶しているのか寝入っているのか分からない者たちが横たわっていた。


「まあ直に起きるだろう。何だったらスキルを解除すればすぐに騒ぎだす」

「それは面倒だ……お二人がそちらが好みならそうするが?」

「この方たちが解放して頂けますか?」

「……少しばかり惜しいが、勝者の特権だ。今回は言うこと聞いてやるよ」

「別に、奴隷を全否定しているわけではありませんが……私たちもシドウ様に出会えましたから。ですが、目の前で見過ごすことは出来ません。それと……」

「乱暴に攫った人たちじゃないよね?」


 合意の上で奴隷になったのならばまだいい。

 だが、アイとシーにそうしたように力づくで攫おうとしていたのであれば、誘拐や人攫いを実行していたのであれば、見過ごすことは出来ない。


「あー……まあ想像にお任せするぜ」


 苦笑し誤魔化そうとするロウガであるが、アイとシーに睨まれ、やれやれと両手を掲げる。


「……わかったよ、無理に捕まえようとしない。一度、痛い目を見ているしな……これで二度目か」


 アイとシーが捕まえられた人間全員の無事を確認した頃であった。

 それは突如やってきた。


 地面が揺れている。

 感覚も大小も不規則に。

 自然災害である地震というよりは、何者かが無理やりに地面を動かしているかのような。


「……なんだ?」

「……すぐに馬車を出す。全員乗れ」


 ロウガは訝しみ、御者は手綱を握る。

 アイとシーにも乗るよう急がせ、全員搭乗したところで馬は走り出そうとし――地面が崩れた。


「なっ――」


 地が割れ、底が見える。

 馬車ごと落下する中で見えたのは、暗視でも見えるよう発達した光る目と触手のような昆虫の手足であった。


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