126話 アイとシーと奴隷 1
その日、アイとシーは珍しく2人だけで行動していた。
常に2人セットで扱われているアイとシーであるが、彼女らは年齢的にまだ幼く、どこかへ行くのであれば保護者的存在であるシドウやその他の仲間達が行動を共にする。
まだ仲間となって日が浅いスザルクはともかくとして、シルビアやシドドイを姉のように慕う彼女らにとっても付きまとわれるというよりも一緒にいてくれるという意味合いが強い。
とはいえ、街中を歩くくらいであれば2人で遊びにいくこともある。だが、3人以上ではなく2人だけで街の外に出ることは、初めてであった。
「やっぱり外はいいね。今日は天気もいいし」
「だね。ここら辺の魔物は襲ってくるの少ないし、襲ってきても簡単に倒せるし」
シーの言葉にアイが頷く。
ほのぼのとした会話であり、2人の笑顔は可愛らしいもの。
チャルタを始めとした同年代の異性、元奴隷商会従業員がそれを見れば見惚れていたかもしれない……街中であれば。
しかし、周囲の魔物や冒険者として魔物と戦う者たちは彼女らを見て唖然とし、一歩退く。
年端もいかぬ子どもが自分でも持ち上げるのに苦労するような斧と槌を掲げてスキップでもしそうな歩調で歩く様は現実離れしていた。
「シドウ様は忙しいし、たまにはこうして2人で遊ぶのもいいよね!」
「シルビアさんもシドウ様と一緒に何か考えていたね。武器の素材だったかな」
「今集まったのって、【熱石】と【竜牙木】かぁ」
「シャルザリオンっていう強いドラゴンのお鬚もあるみたいだね。それは【竜牙木】と合わせてシドドイさんの弓を作るみたい」
「【熱石】はハンマーと相性が良さそうってシドウ様が言ってた! そしたらアイのハンマーに使えるね!」
「うん。シーの斧も良い素材が見つかるといいね」
シドウは自分の武器は後回しにして、先に仲間達の武器を作ろうとしていた。
現状集まったのはアイのハンマーとシドドイの弓の素材。
アイはシーと同じタイミングで武器を作りたいと希望しているため、シドドイの弓のみ制作している。
素材が素材であるため、鍛冶屋もしばらく完成には時間がかかると言っていた。
であれば、他の武器も早いところ素材を集めなければ、全員の武器が揃うまでにどれだけの時間がかかってしまうか。
シドウとシルビアはそれを危惧し早急な素材集めのための会議を開いていた。お菓子付きで。
「あんまり遠くまで行くと帰ってこられなくなるね」
「それに、魔物もどんどん強いの出てきちゃう!」
街の周囲はコボルドやゴブリンといった、数こそいれど単体ではそこまで強くない魔物ばかり。
少し離れれば、【フットスタンプ】のような比較的強力な魔物が出没する。
「でも光魔法の対策はバッチリだし、シドウ様にお守りも貰ったからね!」
「これで大抵の魔物は大丈夫……だよね?」
アイとシーはそれぞれ指に指輪を嵌めていた。
特に目立った装飾品の付いていないシンプルなものであるが、贈り主がシドウであることを思い出すだけで2人の気持ちは弾む。
「だったら、リベンジしに行く? あのキリンのところに」
「うーん……あまり無茶しすぎるとシドウ様を心配させそうだし、みんながいるときにしよ?」
「そうだね! なら、冒険しよ」
「あ、ちょっと」
走り出しそうなシーをアイがやんわりと諫める……が、結局走り出してしまう。
アイも慌てて走り追いかける。
「この先はシドウ様に危ないから行くなって言われてた場所あるんだからね」
「【逆戻しの谷】でしょ! 分かってるよ!」
身の丈もある槌と斧を手に持ちながら走る2人の少女を見て周囲の冒険者達は幾度も眼を擦ることとなった。
「ん? なんで子供がこんなところに」
遠眼鏡を覗く男が御者に尋ねる。
「何でって、ちょっと見せてみろ……」
御者は遠眼鏡を受け取ると、荷台から身を乗り出している男の指さす方を覗く。
と、御者が手綱から片手を離したためか荷台が大きく揺れた。
小さな悲鳴や息を漏らす声がいくつも聞こえる。
荷台にいた男は舌打ちをすると、御者は苦笑し頭を小さく下げた。
「……2人組のガキか」
「メスのようだぜ。亜人みたいだが、獣人タイプは好事家ならよく売れる」
「オスのガキでも物好きは買っていくがな」
彼らは馬車で移動していた。
彼らは馬車で運んでいた。
彼らは馬車で探していた。
商品を。
商売を。
奴隷を。
クラリー商会。
グリセントの経営する奴隷商会にて、捕獲部門を担当する彼らは、馬車の積み荷を重量耐久ぎりぎりまで積んでいる。
御者が定期的に馬に回復薬を与えているため最小限の休憩で移動できている。
御者と荷台を自由に動く男の2人は馬車での移動に慣れている。
だが、積み荷――運ばれる奴隷候補たちにとっては馬車での長距離の移動は大きく体力を消耗させており、更には御者の不注意で揺らされたのだ。
当然、彼らにとって奴隷候補たちがどれだけ疲労を重ねようと関係ない。
生死に関わるならともかく、多少酔うくらいで馬の歩みを止めることはない。
荷台の男――ロウガは荷台の中を見ると、
「まだ乗せられそうだな」
「そうか? かなりいっぱいのようだが」
「ガキ2人ならそう場所は取らねえだろ。最悪……年寄にゃ降りてもらうしかねえがな」
奴隷候補は老若男女乗っており、若い女奴隷は価値があり、逆に体力も衰えた頃合いの年齢の奴隷に価値は少ない。
彼らが儲けようとすれば、どちらを運べばいいか。計算するまでもない。
商会の主のスキルを使うまでもなく、彼らの嗅覚は見据える幼女二人の価値がとてつもなく高いものであると確信させていた。
「手筈はどうする?」
「んー、見たところ武器は斧とハンマーか。スキルの類か知らんが力はありそうだな。力づくで、ってのはやめておいた方がいいな」
「だが、借金ってのはこの場所だと難しいだろうな。それにそれなりの強さがあるなら稼ぐ手段を持っていそうだ」
「ああ、だから俺たちの常套手段を使う。価値の低そうな奴らを減らせる一石二鳥のやり方だ」
荷台の老人を見て、ロウガはニヤリと笑った。
かつて伝説手前の存在を捕らえた彼の眼は未だ獰猛に輝きを放っている。
「あれ、なんだろ」
「どうしたの?」
数度の魔物との戦闘を終えた2人は休憩をしていた。
アイが何かを見つけると目を細める。
シドウのような遠距離を見る手段は無いため、アイとシーには人影が魔物に襲われているように見える以上の詳細は分からなかった。
「助けに行かないと」
「うん! まだ間に合うよ」
それぞれ己の武器を持つと全力で駆ける。
道行く途中で2人を見かけた冒険者達は、よく2人はあの重量の武器を手に持って走れるなと感心し驚いていたが、今の彼女らの速度はその時以上のものである。
数分とかからず到着した2人が見たのは、地面から飛び出した巨大な百足に襲われている老人と若者の姿であった。
「ひ、ひぃぃ……助けてくれ」
老人は気絶し動けないのか、ただ蹲っているだけ。
若者は腰が抜けてしまったのか、情けない悲鳴を出しその場からアイとシーへと手を伸ばしていた。
アイとシーはそれぞれ駆けだす。
アイが槌を地面へと叩きつける。
勢いよく舞う土煙は百足すらも覆い、その場全ての者を隠す。
アイは老人を、シーは若者を抱えると、魔物から離れた場所へと移動する。
彼女らの力からすれば、気絶していようがいまいが、抵抗されようとされまいと、一般人相手であれば些細な差であった。
「あ、あいつは……【サウザンドデスフィーラー】だ! 気を付けろ、全ての足に毒があるぞ!」
【サウザンドデスフィーラー】と呼ばれる百足。この周囲一帯の主である百足の足は数えるのも馬鹿らしく、それぞれ棘のようなものが付いている。
100以上……1000にも迫る足全てに棘はあり、毒がある。
そして、その毒は足ごとに配分が異なる。
1種類の抗体を持っていようと、他999の毒に体を蝕まれていくため、他の魔物すら迂闊に近づけない。
いくら縄張りが狭いとはいえ、よほど腕の立つ冒険者でなければこの土地を歩く者はおらず、また互角以上に戦える冒険者であっても、面倒であるから遠回りする者が多い。
アイとシーは百足型の魔物の知識は無かったが、親切にも凶悪な魔物がいると看板が立っていたためその場所は行かないようにしていた。
だが、凶悪な魔物がいる場所に襲われている人がいる。
助けずにはいられなかった。
「もう大丈夫だよ!」
「たぶんここならあの魔物の縄張りから離れているはずです」
縄張りの半径は周囲数百mといったところ。
それらよりも大幅に目印があり、人を抱えたアイとシーはその外へと出ていた。
「……おいおいおい。なんだよその速さ……予想以上じゃねえか」
「……へ?」
「チッ……奴はまだ追いかけてきているぞ!」
土煙が晴れたとき、その場に【サウザンドデスフィーラー】はいなかった。
無事に逃げおおせたと一息ついていたアイとシーの眼前に、地面を食い破るようにして【サウザンドデスフィーラー】は地中から姿を現したのであった。