125話 ストリートチルドレン 8
「それで、結局その少年はどうなったんだ? 意地悪なお姉さんに苛められて恋しいママのところへ帰ったか?」
「別に私は苛めていませんし、彼は最後まで自身の母親とは決別したままでしたよ」
チャルタ少年の件も一応は解決し、宿へ戻るとご主人様もすでに戻られていました。
ご助言頂いていたため報告しますと、そんな質問をされました。
「あれ? シドドイの語りだとてっきり母親のところに帰したと思ったが……。母親の下で正しい教育だかを受けさせるっていう、これまでの流れが無駄になるような展開になったんじゃねえの?」
まあ、そうですね……。
チャルタ少年に私は自分の言葉でやりたいことを母親に告げてみなさいと言いました。
それはつまり、母親に縛られる生活に戻るということ。
いくら、自身の興味のあるものに絞って学習できるからといって、範囲が狭まっただけで母親の指示に従う毎日になることは必至。
私もつまりは母親と同じ立場だったのでしょう。
母親をどうにかするべく動こうとしているつもりでしたが、チャルタ少年を納得する為の起因を探していただけに過ぎず、何一つ状況は好転しないまま収束しようとしていました。
「だって、あれだろ? 苛めがあって、虐められている奴にお前は苛められているんじゃないぞと無理やり納得させて苛めがなかったことになるみたいな。そんな愉快な解決方法を取ろうとしたんだろ。実に俺好みで愉しいねぇ」
「そんな意地の悪い考え方をするのはご主人様だけです。私はただ、チャルタ君の視界を広げようとしただけで……」
「視界を広げて曇らせただけだぞ。広くは見えるが細かくは見えない。狭くクリアな視界だったころとどっちが幸せか。他人に測れるものかどうか」
そうです。
私がチャルタ少年の幸せを勝手に決めるべきではなかったのです。
選択肢を与えようとして、選択肢以外の道を閉ざそうとする。
彼にとってそれは有益だったかといえば、言えないはず。
「んでも、違う解決法になったんだろ? 母親に預ける以外の道を歩んだんだ。そのレールから外れた道の先には一体何があるんだ?」
レールから外れた道……それは母親の敷いた線路の上を歩く子供を表しての言葉でしょうか。
人道ともまた違う、だけど子供にとっては正しいと思い込みたい線の上。
一歩踏み外せば人生の終わりを意味していると思い込む純粋な子供がいるからこそ、大人はその線を人道と繋げ、重ねようとするのでしょう。
自分から線の上から飛び出したチャルタ少年の行動は勇気あるものだったのでしょうか。
「彼は家を出ることを選びました。そのうえで、きちんと学べる場所へ行くことも決めました」
彼の年齢では少し早いと思っており、その選択肢は端から捨てていました。
ですが、
「アイさんとシーさんが教えてくれたのです。なぜチャルタ君は冒険者にならないのかと。魔法や剣で戦うのは楽しそうだったから、もっと強くなって魔物を倒せる冒険者になればいいのではないかと」
「……? なら、より母親の下で勉強するか路地裏連中に鍛えてもらえばいいんじゃねえのか?」
「いえ……母親の下では行動を制限される。路地裏の方々では教え方に綻びがある」
何も、母親の下でだけが教育者を揃える場では無かったということです。
鍛冶師になるにしろ魔法を極めるにしろ、騎士になるにしろ……冒険者になるにしろ、いいえ、興味のあること全てを学ぶのであれば、揃っている場所に赴けばいいのです。
「すなわち、学校です冒険者を育成する学園があることをご主人様は知っていますか?」
「いや」
「この街からは少し距離がありますからね。私も噂程度でしか話を聞かなかったですが、無いという話は聞いたことがありません」
路地裏の方の一人がそこの学園でかつて教鞭をとっていたともお話されていました。
「へえ、だったら初めからそうすればよかったじゃねえか。なんだって学校に入れるって選択肢は除外されていたんだ?」
「時が来れば母親も、私だってチャルタ君には話していたかもしれません。ですが、入学条件というものがあります」
入学条件。適性検査。適性年齢。
「15歳からなんですよ、その学園に入れるのは。だから、選択肢から排除……というか後回しになっていたわけです」
「なら入学できないじゃねえか」
「そこは、やはり路地裏の方々のお力です」
まず、かつて学園で教鞭をとっていた方を始めとした、学園に縁のある方々。
そして、ボスさんもお力を貸してくださるそうです。
「どうせだったら雇い主さんを巻き込んでやろう。手数料さえもらえれば満足するだろうしな、とボスさんは仰っていましたね」
ボスさんの雇い主さんが私の想像する通りの方でしたら、言いそうなことですね。
「特別入学が認められるように働きかけているみたいです。優秀であれば年齢が低くても入学できるように」
学寮があるため母親に縛られることはなく、
その道の指導者に基本から学ぶことが出来、
教科を選べるから興味のある分野に手を出せる。
「……ふうん」
と、ご主人様は一言頷きます。
「チャルタ少年は母親の下を離れて勉学を学べることに納得しました。母親も真面目に勉強するならと首を縦に振りました。路地裏の方々は少し寂しそうでしたが、それでも未来ある若者の将来を邪魔しようとは思わないでしょう」
「ま、いいんじゃねえの? それがシドドイにとっての最善策で、全員が納得した結果ならさ」
「……ありがとうございます!」
ご主人様にお褒めの言葉を頂きました。
それだけでも関わって良かった。そう思えます。
「アイとシーもよく頑張ったなー」
「シドウ様、新しいお友達が出来ました」
「チャルタ君とボスさんです。ボスさんはシドウ様のことを知っているみたいでしたが」
「ああ、あの犬っころだろ。仲良くしておけ。そんで、あいつの飼い主にもよろしく言うよう伝えておくといい。きっとお菓子とかくれるぞ」
「本当ですか!?」
「やった。早速遊びに誘おうかな」
アイさんとシーさんはご主人様に頭を撫でられて喜んでいます。
素直に自分の言葉を伝える。
チャルタ少年にも、私にもなかなか出来ないことです。
その素直さは幼さではなく性格なのでしょうか。
いえ、シルビアさんから当初のお二人は警戒心の塊であったと聞きましたね。特にアイさんは。
であれば、ご主人様がお二人の心を解いたのでしょう。
だからご主人様にここまで心を開いている。
「ところで私たちが不在の間、ご主人様たちもお出かけになられていたようですが」
「おう。ちょっとドラゴンと戦いにな」
「へ?」
ドラゴン?
ああ、スザルクさんがいらっしゃいましたね。
ではワイバーンを狩りに行っていたのでしょうか。
「いやまさか、またシャルザリオンの奴と出くわすとはな」
「君が前にドラゴンの素材を持ってきた理由が何となく察せたよ。しかし、その時どんな冒険者と一緒にいたかは知らないが、この私と一緒だったんだ。遅れは取らせなかったさ」
「まあその時は勇者一行がいたんだけどな」
シャルザリオン? あの伝説の輝竜である?
勇者? あの伝説の? 身近にも一人子孫はいましたが。
「それでも一番の功労者はスザルクで決まりだな。シルビアの魔法でも掠り傷だったシャルザリオンを撤退させちまったんだからな」
「ああ。彼には対竜のスキルが備わっているね。私や勇者よりも竜種との戦いに強い」
撤退? 竜王を?
「とはいえ、シャルザリオンもシャルザリオンだ。あの強さはやべえな。本格的に戦うとなったらこっちも戦力を整えておかないと勝てそうにないぞ。前衛をスザルク、アイ、シーで固めて俺たちが後方支援でようやくまともに戦いになるだろうさ。今回はお互いに戦意が大して無かったから撤退に持ち込まさせたところもある」
「しかしシャルザリオンとて竜王。常に一匹で行動しているとはいえ、従う竜種は多い。全面的に戦うのであれば、そちらを相手取る必要も出てくるね」
えっと、本格的に戦うのですか?
竜王と?
……いえ、魔王と戦ったことすらまともではありませんでしたが。
大量のドラゴンを従える竜王と戦うとか、魔王との戦いよりも激しくないでしょうか。
「あ、そうだシドドイ」
「……はい!」
いけません。
思わず現実と空想を混ぜていたようです。
ご主人様が竜王と戦ったなど、まさかあるはずがございません。
「これやるから、武器作ってきな」
そう言って手渡されたのは、数本の紐と巨大な枝でした。
「っと」
枝もそうですが、紐の方も思ったよりも重量があり、思わず落としてしまいそうになりました。
「……これ、なんですか?」
嫌な予感がしながらも尋ねるとご主人様は笑顔で
「【竜牙木】っていうドラゴン御用達の木と、竜王シャルザリオンの髭。これで弓作れるだろう?」
重量よりも大きなショックでまたも手に持った物を落としそうになってしまいました。
私たちが子供の将来をどうこうやっている間に……流石と言いますか。
普通であれば出会うことすら忌避する生物と出会い笑顔で帰ってくる。
ご主人様には理不尽という言葉すら飲み込んで自身の糧にしてしまえるのでしょうか。
私にもそんな真似ができる日が来れば、胸の奥に秘めた想いも、いつか誰かに打ち明けられるのでしょう。