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123話 ストリートチルドレン 6

「へえ、アンタがシドドイか。それにアイ、シーだったっけか? なんだ、聞いていたよりも優秀そうじゃないか。あるいは、強くなったのか」


 青髪、そして狼の耳が印象的な少女は、そう少女らしくない言葉使いで私たちを出迎えました。

 出迎えたとは言っても、そこは家屋の中ではなく、路地裏の一角。

 やけに開かれた場所でごみ箱を積み重ねた上に座り足を組んでいました。

 

「あなたが、ボスさんですか?」

「よせよ、そんな言い方されてもくすぐったいだけだ。私はただ、本能に従って群れを形成してしまっただけだよ」


 どこかでお会いしたことがあったでしょうか。

 あちらは私たちを知っているような口ぶりですが。

 ……いえ、やはりないでしょうね。

 少女でありながらこれだけの強者に覚えはありません。

 アイさんやシーさんと同じくらいの年齢であるのに、ドラゴンを相手にするよりも震えがあります。


「あなたは一体……」

「気にするな。それこそ、伝説に踏み入れる勇気があるなら別だがな。それは私の雇い主さんも、アンタたちのご主人様も望みはしないだろう。……いや、ご主人様のほうは別か? 喜々として首を突っ込みたがりそうだものな」

「……」


 気にするなという割には、気になることを言いますね。

 ……まあ、おおよその予想は付いていますが。

 私、アイさん、シーさんの名前が出てシルビアさんの名前が出ない。

 ご主人様の仲間を語るのであれば、最も力あるのはシルビアさんです。

 それよりも私たちの名前を先に出したということは……。


「なるほど、あの人ですか」

「私の雇い主さんは売られた後のフォローも完璧らしいぞ。どれだけ役に立つ奴隷を売るか……それだけ自身の商会の名声も上がるからな」


 アイさんとシーさんはさすがに気が付いたでしょうか。

 チャルタ少年は何のことだかわからないといった顔ですね。

 私たちが奴隷であることを伝えてないので当たり前でしょう。

 

「それで? チャルタに案内させて何の用だ。生憎と私も休憩時間や休暇中にここで戯れているだけなんでな。時間が惜しいと言わずとも、いつまでも暇なわけではない」

「一つ、このチャルタ少年についてのお話がありまして」


 私はボスさんにチャルタ少年の抱える問題について語りました。

 いえ、私が一方的に問題視しているだけかもしれないですが、それでも誰かに語り、共有したかったのかもしれません。

 それに、このボスさんがチャルタ少年の文字通りグループのボスというのなら、ボスさんを巻き込んで解決に導けると、そういった下心もありました。

 仲間意識につけ込む、とは言い方が悪いですが。それでも、知ったからには放っておけないとボスさんに少なからず思わせたかったのです。


「……それで?」

「どうか、お力添えを頂けないかと」

「チャルタがそれを望んだのか?」

「……いえ」

「こいつの母親が望んだのか?」

「……私が母親のもとから連れ出してきました」


 ボスさんの目は驚くほどに冷めて、冷たいものでした。

 私が予想していた、仲間のために情熱的に燃える目ではありません。

 体温を奪われるような、寒気に襲われます。


「私に協力しろと?」

「ここまでの流れで、貴方はチャルタ少年たちを纏める立場と判断しました。彼が困っていれば助けると思ったのですが」

「ああ、助けるさ。こいつらが本当に困っているならな」

「でしたら!」


 だったら、助けない理由などないはず。


「本当に困っているのか?」


 と、ボスさんの表情は冷徹なものから不思議そうなものへと変わっていました。


「要は、才能がありすぎて未来の選択肢が選びきれないみたいなものだろう。本気を出さなくて母親に怒られるなら本気を出せばいい。隠し通したいのであれば隠し通せばいい。贅沢すぎて全然困りごとに聞こえない」

「なっ!?」

「いや僕だって別に解決してほしくてシドドイさんについているわけじゃないよ。魔物と戦えそうだからいるだけで。だからボス、そんなに睨まないで。寒いから」


 周囲の温度が下がっている感覚に陥っていましたが、どうやら本当に寒かったようです。

 ボスさんの魔法、あるいはスキルでしょうか……。

 使った素振りはありませんでしたがいつの間に……あの商会の人間だけはありますね。


「選択肢が多いというのなら、魔法はあなたに教わったそうじゃないですか。剣や足さばきは別の方のようですが」

「ああ、そうだったな。この路地裏にはいろんな人間がいる。一芸に秀でた人間もな。多芸であれば輝けた連中もいるようだが……私を含めたそういった連中はな、眩しく見えてしまうんだ。チャルタのような未来に明るい奴を見ると」


 見計らうように、ぞろぞろと老若男女、様々な人が現れました。

 敵意はないようですが、無害な人間と楽観視することはできませんね。


 アイさんとシーさんが構えていないところを見ると、恐らく危険はないのでしょう。

 むしろ、お二人が手を振っているおかげで殺伐とした雰囲気が和らいでいる気がします。


「チャルタは私たちの希望だ。技の粋を叩き込んでいる。だけど、勘違いするなよ。それは私たちの希望であり、本人の希望だ。使いたくなければ使わなきゃいい。使いたきゃ使えばいい」


 チャルタ少年に任せるということでしょうか。

 本人が本気で助けを求めているならまだしも、何も困っている様子はない。

 自分たちはすでに力を与えた。あとは本人次第、と。


「基本的に厄介ごとには巻き込まれるのはもううんざりしている連中ばかりだ。私たちが首を突っ込んで、その母親にこの路地裏の生活を脅かされることになってみろ。誰が責任を取る?」

「っ!?」

「もし、アンタが私らにどうにかしてほしい、とチャルタ抜きで言うんだったら、その瞬間から敵になる。いくらチャルタを助けたいと善意があろうとも、それは私らには悪意なんだよ」

「……そうですね。私の考えが及びませんでした」


 チャルタ少年もそのあたりの事情は分かっていたのでしょう。

 教えを乞うことはしても、自身の事情は語らなかったのはそういうこと。

 助けを求めれば、彼らの生活は破綻する。

 

「わかったら……」

「分かりました。あとは私たちで何とかします」





 何とかしますとは言っても、何とかとは何なのでしょうか。

 そもそも、問題が問題として起こっていないのが今回の問題点。

 チャルタ少年の母親の過剰な教育も、見る人が見れば当たり前に映ること。

 本人が本気を出せばいいのではないかとチャルタ少年を叱る人もいるでしょう。

 

「才能、ですか……」


 そういえば、ご主人様がチャルタ少年に何か言っていましたね。


『剣と魔法が得意なんだってね』


 私がお伝えした情報ですね。


『君は他には得意なことは無いのかい?』


 私の情報だけでは足りなかったと判断したご主人様が訪ねたのでしょう。


『たとえば鉄を打ったりとか』


 ……鉄。これです!

 なぜご主人様はそのようなことを?

 鉄を打つなどという発想がどこから出てきたのでしょうか。


 魔法と剣が得意であって、ほかに得意なことがあるとしたら鉄を打つ?

 結びつきません。


 もう一つ、引っかかったといえば、ご主人様自身が何か引っかかった言葉があったことを思い出しました。


『シドドイ、チャルタの母親は子供が嫌いなのか?』

『……? いいえ、そんなことはないかと』

『ふむ。だったら、亜人が嫌いはそのまま亜人嫌いと受け取っていいか……』

『アイさんとシーさんを見て顔を顰めていましたね……』

『こんなに可愛いのにな。一体、何が気に食わなかったんだろうな』


 亜人族と一口に言っても、種々様々です。

 アイさんやシーさんは狐系統の亜人族、大きく分ければ獣と人が混ざったような亜人族ですね。

 その他にも滅多に見ませんが、巨人やエルフといった亜人族もいます。

 ゴブリンやコボルドも同じような見た目ではありますが、人語を介さない、知性が欠落している、人を攻撃し魔物と共存している点から魔物と分別されています。


「剣、魔法、亜人族……なるほど」


 解決の糸口に結びつくとは思いませんが、一つ分かったことはあります。

 チャルタ少年の強さの一つ。

 いえ、この場合は二つあるかもしれません。


「チャルタ君、君は自分の力の正体を理解している。そう捉えて構いませんね?」

「……うん」


 小さくチャルタ少年は頷きました。


「どういうこと?」

「あの人たちと修行したから強くなったのではないんですか?」


 アイさんとシーさんが分からないのも無理はありません。

 お二人は他の亜人族とはほとんど会ったこともなければ知識としても知っていないでしょうから。

 

「あらゆる武器に精通するドワーフ。貴方の母親がそうなのではないですか?」


 子供と見紛う程に低い背丈。

 ドワーフの特徴でしたね。さすがに女性ですから毛深くはありませんでしたが。

 そして、鍛冶に秀で、武器に精通することでも有名。

 重量級の武器でも軽量のものでも、触った瞬間に扱い方が分かるとか。

 その子供であるチャルタ少年も力を受け継いでいてもおかしくはありません。


「うん、ハーフだけどね」

「そして父親はエルフでしょうか」


 ドワーフは武器に精通する半面、魔法に対しては全くといっていいほどに使えなくなると言います。

 しかし、チャルタ少年は剣と同様に魔法も卓越した才能を見せていました。

 打ち消すほどにチャルタ少年の魔法の才が強いと考えるよりも、エルフを父親に持っていると考えるほうが自然かもしれません。


「……よく分かったね」

「ご主人様が気づかせてくれました」


 あれだけの会話でご主人様は見抜いていたのでしょうか。

 隠していること――エルフとドワーフのハーフであることを。

 

「別に隠していたことじゃ無いけどね。むしろ僕の両親が隠そうとしていることさ」

「なぜでしょう? 互いに相性の良くないとは昔の話でしょう」

「単純に、エルフの子供のくせに魔法が上手くない、ドワーフの子供のくせに剣が使えないっていう理由だよ。おかしいよね、どっちも僕の全力を知らないんだ」

「それは、君がひた隠しにしているせいでは?」

「それくらい見抜いてほしかったんだよ。なのに、亜人族の力が全く受け継がれなかった子供として、あげくの果てに他の亜人族の子供は優秀だと憎むようになっちゃってさ」


 それで、アイさんとシーさんを睨んでいたのですか。

 とんだ八つ当たりです。


「全力を見せればいいと思いますけどね」

「嫌だよ、疲れるし」


 常に全力を出すことを求められるから隠す、でしたか。

 ですが、チャルタ少年も強く、賢くなることに対して拒否感は無いようです。

 でなければ、路地裏の方々に師事を仰がなかったでしょうから。


「全力を出さければ天井はすぐに見えてしまう」

「……?」

「一度、全力を出す楽しみを見つけてみましょう」


 限界を突破するには限界近くまで力を出すことが一番と言います。

 全力が疲れると言いますが、出し続けていればその全力もいずれは全力で無くなるはず。


「チャルタ君。私と戦ってみませんか?」

「へ?」

「君の全力を知りたくなりました。ドワーフとエルフのハーフですか。ただの人である私がどれだけ抗えるか、楽しみですね」

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