122話 ストリートチルドレン 5
『そんな子だったなんて思わなかった』
『そういう子に育てた覚えなんかない』
『なんでそんな風になってしまったの』
言われるたびに思っていた。
ああ、この人は自分を全く理解していないのだと。
10年間、逆に何を見てきていたのだろう。
何を思いながら自分という個人を育て、向き合っていたのだろう。
それは無関心よりも酷い。勘違いした上で信じ、騙されたと騒ぐ。
騙したつもりなんか毛頭ない。
勝手に騙されたのだと言っているだけだ。
理解が及ばなかったことを相手のせいにし、責任を押し付けているだけ。
だったら、いいじゃないか。
騙されていると思っているのならば、騙してやろう。
これまで以上に勘違いさせてやろう。
それで気が付かなければ親子ではない。
許さないと言うのであれば母親ではない。
一体なぜそこまで怒っているのか。
激昂する理由が分からない。
他人と比べるということは他人しか見ていないということ。
結局、自分の息子と一度たりとも向き合っていなかったのだろう。
結局、自分の息子を一度たりとも理解出来なかったのだろう。
「な、なぜそのようなことを……?」
手を抜けば、母親の満足する結果を出せないのであれば叱られることが分かっている。
全力を出せば叱られずに済むことを分かっている。
なのに、何故彼はそれをしないのか。
私には理解できません。
「逆に聞くけど、なんで全力を出さなきゃいけないのかな?」
「え……?」
チャルタ少年の問いの意味が全く分かりませんでした。
全力を出さなければならない理由……?
「うちの母親もそうだけどさ、大人は勘違いしていない? 俺は嫌だよ。褒められるために全力を出すなんて。命がかかっているならまだいい。人生がかかっているならまだいい。だけど、その瞬間褒められるためだけに何で全力を出さなければならないの?」
「……それでも」
「それでも、育ててくれた親に報いるため? 違うね。優秀な子を持った親はただ自己満足に浸るだけさ。この子は私が育てましたってさ。子供を褒めるんじゃない。自分で自分を褒めるんだよ」
「……」
否定は出来ませんね。
確かに、少しでも子供を育てたという自負があれば、そういった感情を持つことは当然でしょう。
周囲に自慢したいと思うのも、子供を褒めてもらいたいという気持ちと同時に自分の優秀さをひけらかしたくなるのでしょう。
「……別にさ、俺だってそれが悪いことだとは思わないよ。人間として当たり前に浮かんでくる感情だってことも理解しているよ」
決して納得しているような表情ではありませんでしたが、理解を示したようなことをチャルタ少年は言います。
「でもさ、それはどっちが上なんだろうね? 子供を褒める純粋な親心と、自慢したいエゴイズム。親としてはどちらが正解なんだろう」
「……親心と言いたいところですが」
「そうと言い切れないよね。シドドイさんは正直者だ」
嘘つきと罵られたり陰口をさされたりしたことはありませんが、自分で自分を正直者と言える人間は果たして正直者なのでしょうかね。
無論、正しくあろうとは生きていますが。
「だからさ、結局何が言いたいかっていうと、いいんだよ。これ以上俺に何かをしなくても。それはシドドイさんの義務でも義理でも無いんだ。俺はこのままでいい。あれくらいなら耐えられるし、変えるつもりもない」
それに、と少年は付け足します。
「一度でも全力を出すと、それを求められるんだよ。常に全力を出せとね。そんな人生、俺は嫌だね」
同世代の異性には年相応の態度を取ってしまい、
闘いになれば才能と技量、そして冷静に対処し、
興味を失ったしまったものにはとことん自分の世界から追い出してしまう。
そして……全力を隠そうとするところも含めて、
「……似ていますね。あのお方に」
要は天邪鬼なんですよ。
このくらいの年なら反抗期でしょうかね。
素直になればいいのに。
どうしてこうも男の子は周りに迷惑をかけて、それでいて構って欲しいのか。
一度、そう思ってしまえば可愛く見えてきます。
あの方が小さかったら、本当にこんな少年だったのかなと。
だから私はここで彼を切り捨てられません。
行く末を見てみたくなりました。
和解するでも喧嘩別れするでも。
それ以外の道を行くのでも。
私はこのチャルタ少年に興味が沸いてきたのです。
驚くべきにといいますか、当然のようにと言いますか、彼には勉学の方でも才がありました。
四則演算、読み書きは大人並みには出来ています。
10歳の少年とは思えない程です。
隠していなければ、母親は神童と謳ったことでしょう。
本人が嫌がるとは思いますが。
ですが、気になることはいくつもありました。
なので本人に尋ねてみました。
「どこで、魔法を? 流石に書物では限界があるでしょうに」
知識は覚えられようと、技術は1人では限界があるでしょう。
如何に、才能があろうとも知らないものは学べない。
「魔法はボスかな。他はまあ、皆? 色んな人がいるからね」
ボス、ですか。
たしか街を出る際にもボスのところに行くと行っていましたね。
「チャルタ君」
チャルタ少年の秘密の一つが、そして今後の解決策の一つがそのボスにあるのだとしたら、会っておいて損は無いでしょう。
「私もボスさんに会わせて頂けないでしょうか」
「シドドイさんが……? うーん」
少しばかり悩んだ後、
「まあ、ボスもシドドイさんの名前を出したら快諾してくれたし、いいかな。魔物とも闘えそうだって分かったし、今から行く?」
私の名前を聞いて快諾した?
ボスとやらは私の知己なのでしょうか。
いえ……私を一方的に知っている人物であってもおかしくはありませんか。
たとえばご主人様を調べたうえでならば私の名前は出て来るでしょうし。
とはいえ、これから会えるのでしょうからあまり考えていても仕方がありませんね。
街に戻るとしましょうか。
「ん? シドドイじゃないか。ちょうど探していたんだ」
街の中に戻り、チャルタ少年に導かれるままに歩いているとご主人様に会えました。
今日は疲れたから一日中寝て過ごすなんて言っていましたが、やはり勤勉ですね。
「シドウ様だー」
「シドウ様、どちらまで行かれるのですか?」
すぐさまアイさんとシーさんがご主人様のもとへと走っていきます。
ご主人様もお二人のことを可愛がっているため邪険にせず頭を撫でていますね。
……耳を重点的に撫でているのはわざとなのでしょうか。
まあ当の本人たちは気持ちよさそうに眼を細めているので、私からは何も言いませんが。
隣にいるシルビアさんはため息をついていますし、スザルクさんは初めてみたのか、驚いたような顔をしています。あの人もそんな表情をするのですね。
「ちょっと俺達も野暮用が出来たんでな。依頼ってわけじゃないんだが、数日留守にするかもだ。もしかしたら明日には帰ってくるかもしれないが。まあ、一月かかるとかそんなものじゃないから安心してくれ」
「道中は私が魔法で運ぶし、スザルクもいる。まあシドウの安全は確保されている」
「ええ、少しばかり枝拾いに行くだけです」
……枝拾い?
ここ最近は武器の素材集めをしていますし、その一環でしょうか。
移動能力及び魔法全般に長けるシルビアさんと接近戦での技量に長けるスザルクさんがいれば確かに安心してご主人様を任せられますね。
「実は私達も依頼を受けておりまして」
「このチャルタ君と一緒に魔物を倒してきたんです!」
「それはもう、見事な魔法と剣の腕でした」
人見知りでしょうか。
何時の間にか私の後ろに隠れていたチャルタ少年を前に出します。
「チャルタ君。私のお仕えするシドウ様です」
「……どうも」
ぺこりと頭を下げています。
「……おう」
ご主人様も短く返事をしています。
「……剣と魔法、ねえ」
ご主人様はシルビアさんに何やら耳打ちをしました。
それを受けたシルビアさんは瞳を輝かした後にご主人様に耳打ちを返します。
「いやぁ、チャルタ君だったかな?」
「う、うん……」
「剣と魔法が得意なんだってね」
「……別に、大したものじゃ」
「いやいや。大したものだよ。それはこのシルビアさんが太鼓判を押したのだもの。……で? 君は他には得意なことは無いのかい? ……たとえば鉄を打ったりとか」
瞬間、チャルタ少年は恐ろしい形相でご主人様を睨みました。
が、すぐに表情を無くします。
「ああ、別に君くらいの年の子が出来るとは思っていないよ。そうだね、お父さんお母さんの方がもしかしたら得意なのかな? うん、まあ俺にとっては別にどうでもいいことだ。君が何が得意なのか、何が苦手なのかはね。他人の俺にとって、それは博物館に飾ってある宝石くらいどうでもいいことなんだ」
「君の口調はいつにもましておかしいけどね。気味の悪い話し方をするときはたいてい何かを企んでいるときだぞ」
ご主人様の滅多にない話し方にシルビアさんは突っ込みますが、それを無視して続けます。
「君が隠していること。曝け出していること。それだって、周囲が気づいているか気づいていないかでだいぶ違う。曝け出していたって、気づかれなければ隠しているのと同じなんだよ」
「何を言って……」
「君だって気が付いているんだろう? だから隠した」
「――っ!?」
「まあ、上手くやるといいよ。うん、失敗したところで俺にとっては何の責任も無いことなんだけどね」
じゃあな、とご主人様は私達に手を振ってどこかへと行ってしまいました。
私はご主人様の仰った言葉の意味を考えてみましたが、とうてい理解出来ずただ混乱するだけ。
その真意を理解していたであろうチャルタ少年に尋ねようにも、彼は黙ってしまい尋ねることも出来ません。
しばらく固まっていた少年でしたが、
「じゃあ、行こうか」
明らかな作り物の笑顔を張り付けて再び歩き出したのでした。