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121話 ストリートチルドレン 4

 今になってみれば、何故共に冒険に行こうなどと言ってしまったのでしょうか。

 売り言葉に買い言葉、では無いでしょうが、ただの勢いで言ってしまった感は否めません。

 ですがそれ以上に気になったのは、少年の目でした。

 涙を流していたのですから、泣き腫らしていたと思って見たのですが、そこにはただ目の前の母親すらどうでもいいと虚を映した瞳だったのです。

 つまり、彼にとっては母親すら興味の対象外。

 この少年が何を考えているのか、何をしたいのか。

 少しばかり気になってしまったのでした。





「あ、アイちゃんとシーちゃんって言うんだ……ふうん……」


 頬が赤いのは母親に叩かれていたからであったはずなのですが、少年は先ほどよりも赤くしています。

 顔は背けているようですが、視線は幾度もアイさんとシーさんへと向けられています。

 全てに興味が無いと思いきや思いっきり異性に興味のある年頃じゃないですか……。


 まあ、アイさんとシーさんは可愛らしい少女です。

 キツネの耳も含めてですが、同世代の少年にはさぞかし魅力的に映っていることでしょう。


「お、俺……チャルタって名前なんだ。なんだか間抜けみたいだろ?」


 ハハハと自身の名前を笑いながら伝えてきます。


「そう?」

「いい名前だと思いますけど」

「そ、そうかな!? 初めて言われたよ」


 アイさんとシーさんに褒められて嬉しそうなチャルタ少年。

 

「あの……無理に冒険に連れていくなんて言ってすいません。貴方の意見を聞かずにつれ出してしまい……これでは貴方のお母様とやっていることは同じですよね」

「全然良いよ! だ、だって……アイちゃんとシーちゃんとこうして出かけられるだから」


 ……何でしょう

 この私の葛藤全てが無駄になるような感覚は。


「それに、冒険ってのは憧れていたんだ。俺のような子供1人じゃ行けないけど、シドドイさんと一緒なら問題ないんでしょ?」

「それは保証します。無事に貴方を帰してみせると」

「別に、少しくらい危険な目にあってもいいけどな。あ、でもこの街を離れるんだよな?」

「ええ、そうですね……。まあこの街の付近にはなりますが。門の外には出ます」

「……だったらボスに一言言っておかないとか」


 小さく呟いたチャルタ少年の言葉が私の耳に届きました。

 ……ボス?


「少し寄り道してきていい? シドドイさん達は門のところに先に行っててよ」

「ええ、構いませんが……」


 気にはなりますね。

 子供が使うボスとは、この場合、何か遊び仲間でのリーダーのようなものなのでしょう。

 母親がふらふらと遊び歩いている。

 その遊び相手の下へと向かうのでしょうか。


「じゃ、すぐに合流するから!」


 少年は人込みに紛れ、すぐに姿を消してしまいました。

 ……追いかけそびれてしまいましたね。

 まあ、合流すると言っているので、待つとしましょうか。


 このまま逃げられてしまったなんてことになったら母親に立つ瀬がありませんが。

 母親からの説教を逃げる体のいいその場しのぎに使われていませんよね……?





「お待たせー!」


 戻ってきました。

 テンションはやけに高いですね。

 いえ、母親と別れてからはこうだったのでしょうか。

 あの、何事にも関心の無いような目が忘れられず、今のチャルタ少年と中々結びつかないですね。


「で、何を倒しに行くの? ドラゴン?」

「ドラゴンなんて、私達にだって倒せませんよ。……まあ、簡単なものでゴブリン。大物でオーガとかでしょうかね」


 下手すればドラゴンよりも強い魔王なんてのを倒してしまったりもしましたが、今はご主人様が不在です。

 私達で出来ることなんてたかが知れているでしょうし、少年もいることですから無茶はしないようにしましょう。


「えー? つまらないよ」

「ですが、回復系のアイテムを用意してあります。ゴブリンくらいならチャルタ君も闘えるのではないでしょうか」

「ゴブリンかぁ……まあ本物の魔物見られるならそれでいいか」


 何とか乗り気にさせられたみたいです。

 母親に書いて頂いた護衛依頼者を門兵さんにお見せし、門を通って行きます。

 少年は初めてだったのでしょうか。感慨深げに頭上を過ぎていく門を見上げています。


「そういえば、武器を一応用意しておきました。どうぞ、身を守るために使ってみてください」


 そう言って私が出したのは一振りのナイフ。

 刃の部分が柄と同じくらい重く分厚いため、攻撃力は見た目のわりに高いです。

 片手で扱うには少し重いかもしれませんが、まあ男の子です。大丈夫でしょう。


「おお、かっこいい!」


 意外に軽々と振り回していますね。

 チャルタ少年の母親は剣術が他の子共よりも劣っている、なんて言っていましたが様になっています。

 実戦は人を強くする……というにはまだ闘ってもいませんが。

 どういうことなのでしょうか?

 母親の目標がかなり高く設定されているとか?


「では、まず私から。チャルタ君は見るだけにしておいてください」

「うん」


 ゴブリンの群れがいますね。

 5匹ですか……3匹削ってあとは2人に任せましょう。


 こちらに気が付く前にまずは一匹の頭部を撃ち抜きます。

 新しい弓を手に入れるまでの代替品ですが、中々手に馴染みますね。

 予備としてこれからも使えるかもしれません。


 残り4匹のゴブリンがこちらに気が付きますが、走り出した瞬間に更に1匹のゴブリンを射抜きます。

 更に次の矢を番えている間にゴブリンは接近していますが焦らず3匹目を沈めました。


 残り、2匹ですね。

 アイさんとシーさんとアイコンタクトを取ると、二人は頷きながらそれぞれの武器を手にします。

 ゴブリンは自身と同じくらいの武器が振り上げられると一歩、後退しますが、その隙を見逃されるはずも無く、潰され、半分に叩き切られてしまいました。

 豪快です。流石のお力です。

 ご主人様にお力を頂いたようですが、羨ましいですね。

 私は生きた人間としてご主人様にお仕えすることを命じられているのでその力を与えられることは無いです。……どの道、光属性の矢を使えなくなってしまうので私には向かない力なのでしょうけれど。


「と、このような感じなのですけれど……どうでしょうか?」

「うん、大丈夫そう。たぶん、あれくらいなら勝てるね」


 やけに自信たっぷりですね。

 まあ、ゴブリン程度であれば一撃で致命傷になることは無いでしょう。


 一匹のゴブリンを見つけ、足元に矢を放ちます。

 こちらからの攻撃であることを理解したゴブリンは真っすぐに駆けてきます。

 チャルタ少年はナイフを構え、待ち受けていますね。

 ゴブリンの武器は棍棒。コボルド同様にあまり力の無い魔物に共通した武器です。

 時折、死んだ冒険者から剥ぎとったと思わしき錆びた剣などを使う魔物もいるのでその時は注意ですが。


 対峙するチャルタ少年とゴブリン。

 体格は同じくらい。ゴブリンの技能はあまり高くないでしょうが、チャルタ少年も未知数。

 武器の差はありますから、チャルタ少年の勝機はそこでしょうか。


「キシャァァァ」


 ゴブリンががむしゃらに棍棒を振り回します。

 近距離にまで近寄られれば、思っていたよりも体格の良いゴブリンであることが分かりました。チャルタ少年よりも少しばかり背が高い。

 当たり所が悪ければ、棍棒とて十分に殺傷性のある武器です。

 大人であれば、ゴブリンよりも背が高いため頭部への一撃を貰う可能性は低いですが、チャルタ少年はむしろ高くなってしまいます。


「……」


 チャルタ少年は一歩横にずれ、棍棒を躱しました。

 何度も、何度も、小柄な体躯を活かして棍棒から逃れています。

 そして、ゴブリンが疲弊し動きが止まった頃、


「……『ヒート』」


 ナイフが高熱を纏った。

 そう感じたのは、ナイフの周囲の景色が歪んで見えたからでしょう。

 

 何の抵抗も無くゴブリンに刺さったナイフはその高熱をゴブリンに伝え、全身を沸騰させました。


「ギ、シャァァァァァ!?」


 絶叫を伴いながらゴブリンは絶命していきました。


「……お見事」


 思わず見入ってしまい、反応が遅れてしまいました。

 

 火属性の魔法の一つだったでしょうか。

 高熱を付与する『ヒート』。武器に付与する場合は柄の部分にだけ付与しないという技術が必要であるため使い手が少ないと聞いたことがありますが……


「柄には熱を付与せず、逆に刃から相手に熱を伝導する。それを制御出来たと言うのですか……」


 それだけの制御力があるのであれば……いや、それ以前に。


「ゴブリンの攻撃を回避する術もある。それなのに……それなのに、何故」


 何故あの母親はあれほどまでに自分の息子が他人に劣っているなどと……


「それはね」


 しかし私が考えるよりも先に、チャルタ少年は答えを述べました。


「俺がわざと手を抜いていたからだよ。あの母親の前でだけ。誰が見ても愚息にしか映らないように」


 ニッコリと笑いながら。

 その笑みはまるで、ご主人様が悪巧みに成功した時のような、純粋さの欠片もない、子共らしくない笑顔でした。

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