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120話 ストリートチルドレン 3

 怒号と鈍い音が聞こえ、私達は顔を見合わせ……次の瞬間にはアイさんとシーさんは音の方へと向かって行きました。

 一瞬でも躊躇してしまった私と比べ、行動が早いですね。

 ご主人様はこの場合どうするでしょうか。

 面白半分で覗きに行くでしょうか。

 それとも厄介ごとに巻き込まれないとばかりに背を向けるでしょうか。

 私はご主人様を聖人君子とは思っていません。

 だから、ご主人様の行動が私利私欲にまみれたものであることも否定しません。

 しないからこそ、私達のことも考えてくれていると知っています。


 ……ひとまずアイさんとシーさんを追いかけなければいけませんね。

 私も気になります。


『アンタがそういう子だったなんて!』


 十中八九、親が子に向ける言葉でしょう。

 自宅や表通りでは無く、裏路地から聞こえてきたことも気になります。

 何か人に言えない事情を隠しているのでしょうか……。


「アイさん、シーさん……」


 ようやく追いつくと、お二人はその場で固まっていました。

 正確には動けなくなっていたと表すべきでしょうか。

 その光景は、特に二人には思い出したくない記憶を想起させてしまったのでしょう。


 頬を赤く腫らした10歳程の少年と、少女……いえ、成人した女性です。姉、もしくは母親でしょうか。随分と小柄なようです。

 少年は立ち尽くしており、母親は時折少年の頬を叩きながら何か声を荒げています。

 

「……アイさん、シーさん。こちらへ」


 お二人を抱き寄せます。

 ……良い匂いがしますね。

 そして小さい。

 こんな小さい体で今まで闘ってきたのですね。

 魔物や魔王、そしてこの世界と。


「……シドドイさん。あの人、あの子のお母さんだよね?」

「いいのでしょうか。その……あの人は怒っているのですよね」


 ……そうですね。

 教育の一環、なのかもしれません。

 家庭に他人が口出しして良いかと言われれば、それは結局他人事。私が今、何かを言ったところで何が変わるわけでもないかもしれません。


「良いはずがありません。このままでは4人の人生が曲がったものになってしまいます」


 アイさん、シーさん、あの少年……そしてあの女性。

 ここであの少年を見捨てるようでは、これから先、私が何を言ったところでこのお二人はこのことを忘れるわけはありません。

 少年は母親に何も言い返せない傀儡人形のような人生になるでしょう。

 女性は誰かを攻撃することでしか自分の意見を通せなくなることでしょう。


 私の一言が誰かの人生を大きく変えることはないかもしれない。

 ですが、ほんの少しの軌道修正だって、長く見れば正しい道に戻るかもしれない。

 正しい人間に非ずとも、胸を張れる人生を歩めれば。

 

「ですが、覚えておいてください。私達から首を突っ込むのです。相手からすれば嫌なこと。私達に対し、悪感情を持たれる覚悟はしてください」


 もしかすれば、お二人が助けようと思っている少年からこそ攻撃されるかもしれない。

 それはお二人からすればショックでしょう。

 

「事情も分からずこちらの言い分を通そうとする。私達がやろうとしていることはそういうことなんですよ?」

「でも……」

「あの子、泣いています」


 勿論、私も気づいていました。

 必至に歯を食いしばり耐えているのでしょうが、少年の赤く腫れた頬には涙が伝っています。


「自分が嫌な思いをするよりもあの子を助けたいと?」

「うん、だって!」

「私達は叩かれて、怒鳴られて、嫌な思いをしましたから!」


 当時は何も言い返せなかった自分を少年に重ねているのですか。

 それも、ご主人様からすれば利己的あるいは自己中心的と言うのでしょう。

 ですが同時に、ご主人様はそれを肯定してくれるはず。

 

『ま、いいんじゃねーの?』


 まるで聞こえて来るようですね。


 心の中で少し笑った後、


「このまま放っておいた方がお二人は嫌な思いをしそうですね。でしたら行きましょう! 私も実は少し不愉快な気分ではありました。ええ、肯定する気はありませんが、体罰であれば一度だけでいいのです。それで子供の目を覚まさせる。そういう考えを持つ大人もいましたから。ですがあれは、やり過ぎです。体罰とは言い聞かせるために使うものではありません!」


 こうしている間にも少年の顔は涙で塗れていきそうですね。

 言い返そうとしてはいるようですが、その度に叩かれ、言葉を発せていないようです。


「すいません、少し宜しいでしょうか?」


 だから、叩こうとするタイミングで言葉を掛けました。

 女性も、これが後ろ暗いことだと分かっているのでしょう。

 だから路地裏で叩いている。

 私という第三者の目があることに気づいた女性は振り上げた手をそのまま下ろしました。


「……なんでしょうか」

「いえ、最近は物騒な世の中です。誘拐した子供を虐待する、なんて事件もよく聞きます。失礼ですが、そちらの女性とのご関係は?」


 少年を見て尋ねました。


「本当に失礼ですね。私はこの子の母親です。しかも、なにその子達……亜人族じゃないの!?」


 少年の頭を抑えつけて女性は答えました。 

 ……ああ、やはり貴方が答えますか。

 そして、アイさんとシーさんを見ると目を細めています。


「亜人族で何か悪いことでも?」

「……ふん」


 特にそれ以上は言わないようですが、亜人族に良い思い出が無いのでしょうか。


「私は少年に尋ねました。貴方には尋ねていませんよ。そこの方は貴方のお母様ですか?」


 しっかりと、少年を見て再度尋ねました。

 少年は無言で、しかし小さく頷きます。

 

「ほら、本当に親子なんです! なんなんですか貴方は! これは私達の問題なんですから、どこか他の場所へ行ってくださらないかしら!?」

「ですが、ただ事ではない事態のようです。これが虐待であるならば、私は然るべき場所へ報告しなければなりません」

「っ……」


 まずは正論から。

 挑発はしましたが、それは相手から冷静さを無くさせるため。

 その後を正論で固めてしまえば、たとえ感情論を強く述べられようとも、こちらに非は一切無い。どころか、こちらに主導権が渡ることでしょう。


 ……随分と捻くれた考えをするようになりました。

 毒された……とは言えませんね。薬になったとも言い切れませんが。

 毒とも薬とも違う。ご主人様の影響を受けたのでしょう。


「別に私に一切を預けてくださいとは言いません。ですが、何があったか、それくらいは教えて頂けませんか? 何も知らなければ、一市民としての行動を全うするまでですが」

「……つまらない話ですよ」


 母親の語る内容はよくあるものでした。

 

 息子の勉学が人よりも遅れている。

 息子の剣術が人よりも劣っている。

 周囲と比べると明らかに才能も努力も足りていないのに、何もやらない。

 だから、母親自らやる気を出させようと炊きつけようとしたのだが尽く失敗。

 逆にやる気をなくした少年はふらふらと遊び歩いている。


 遂には外出を禁止し、母親監修のもとで学習や訓練を行わせようとしたところ、家出したということでした。


 ……随分と判断に困りますね。

 息子の将来を心配した母親の行き過ぎた教育。

 だけど、私に口が出せるかと言えば、難しいことです。


「そんなのつまらないよ」

「子供は自由です。シドウ様も仰っていました」


 後ろからアイさんとシーさんが小さな声で話しています。

 自分達は自由で無かったのに……。

 あの少年の方を案じますか。


「ですね。自由ではありません。籠の中の鳥も同じ。躾が上手くいかず、鞭で叩く調教師のようです」


 折り合いを付けさせるという関わり方も出来るでしょう。

 息子が自由に使いたい時間と母親の求める学習時間。

 互いに譲歩すれば、今よりはマシになるでしょうか。


 ですが、マシになるとは最善策ではない。

 これもまた譲歩です。


「お母様は少年に何をさせたいのですか?」

「ですからそれは、将来の為に……」

「ああいえ、今何をさせたいのかではありません。将来何をさせたいかです」

「それはもう、立派な職に就いて、皆様に誇れるような……」

「立派? 誇れる? 少年が望んだのですか?」

「そんなこと言わなくても分かります。何せ母親ですから」


 要は母親の願望が入り混じっているだけではありませんか。

 もしかしたら、今よりも幼い時に学者になりたい、騎士になりたいという夢事を語ったことを今も同じであると思っているのでしょうか。


「でしたら、母親なのでしたら、具体的な将来というものを少年と話したのですか?」

「ええ、勿論」

「本当に? 一方的に語った後に、頷かせただけでは?」


 目に浮かびますよ。

 同意を得たから支持を得た。

 頷いているのだから積極性もあるだろう。

 そう勘違いしている人は多い。


「本当にやりたいこと。それを何か知っているのですか?」

「それは……」


 母親の口はそれきり開きません。

 何かを思い出そうとしているのか、それとも知らないことを今更に知ったのか。


「……分かりました。少年」


 きっと一度距離を置いた方が良いのでしょう。

 時間的にも、空間的にも。


「私達と一緒に冒険に行きませんか?」

「……はぁ!? 何を言っているのですか? だいたい、さっきから黙って聞いていれば、どこの誰とも知らない人が……」

「はい、冒険者カードです」


 まくし立てる母親の眼前に冒険者カードを出します。

 そこに記された冒険者のランクはC。先日の爆弾魔は偽物とは言え、街を騒がせていたことに変わりありません。

 情報集めどころか、捕らえたのですから、ランクは一気に上がりました。

 ご主人様は確認されたのでしょうか? 確かBくらいにはなっていたような気もしますが。


「Cランク……」

「ちなみに、このお二人も冒険者です」


 同等以上ですがね。

 でもそれを言ってしまうと、子共でも取れるくらいにCランクは簡単なものだとこの母親は勘違いするでしょう。


「身元は保証されましたね? もしこれ以上の信頼が必要であれば、依頼でも出してみてください。一日冒険の護衛とでも。依頼金は必要ありませんから」

「何を勝手な……」

「勝手なのは貴方ですよ。自分の意見を通すために子供の意見を押し殺させる。対話などそこには無い。少しは1人で考えてみてください。少しは1人で考えさせてあげなさい。他人の意見で生きる人間に育てたいのですか? それは誰かに胸を張って生きていけるというのですか? 立派な人間なのですか?」

「……」

 

 母親は何も言い返せないようです。


「と、一方的に貴方はそこの少年に言っているのですよ。一見、正論に聞こえる言葉であれば反論は難しい。少しでも言葉に詰まれば、更に畳み掛ける。誰が言い返せるでしょう」


 少しでも冷静に思考出来ていれば、私だってこの方々に何かを言う資格はありません。

 ですが、それもまた勢いで流してしまいます。


「一日、お預かりしてもいいですね? 依頼という形でよろしいですか?」

「……はい」


 こうして私は母親の元から一日だけ子供を預かることとなりました。

 しかし私もまた、大人となっていたのですね。

 忘れていたのです。

 救っていると思っていたこの少年の意見を、私も聞かずに預かってしまったことを。

 少年は私と一緒に冒険をした方がいい。

 そんなこと、一度も少年から聞いていない。

 ただ、そうであると思い込んでいただけなのでした。

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