117話 真【爆弾魔】 8
【グリセント視点】
眼前には地面に這いつくばるジャバウォーズと2人の少女、そして仮面を付けたエルフがいる。
このうち明確な敵はジャバウォーズ。
明確な味方は俺の隣のシュロロクライだけだろう。
「無様なことだなジャバウォーズ。そうして這った姿は貴様の価値によく似合っている」
「……グリセント」
ジャバウォーズの睨む目はギラついている。
充血しているのはただ増悪に満ちているだけではない。単に寝不足もあるのだろう。
……夜通し、時間の間隔を空けて頭目の部下のうちで無事な者を向かわせた甲斐があったものだ。
おかげでこちらの意図を理解されずに済んだ。
「へへへ……見つかったかよ? 俺に捧げる哀れな子羊ちゃんは」
「今の貴様より哀れな者もそういないだろう」
「……その様子じゃか見つかって無さそうだな」
「探す気も無かっただけだ」
ジャバウォーズの顔が赤く染まっていく。
明らかに俺に馬鹿にされて怒り心頭といったところだろう。
「分かってんのか? この街の人間が無差別に爆破されていくんだぜ」
「貴様こそ分かっているのか。それをしたら最後、貴様を守る盾は消え失せるのだ」
人質というのは手を出せばそこでお終いだ。
それは犯罪者にもそれに相対する者にも当てはまる。
「守るだって? いやいや。賭けにはなるがよ、条件を満たした奴の中には高価値がいるかもしれねえ。だったら……もう爆破条件を満たせない俺には試すしかねえよなぁ!」
奴に触れた水を踏んだ人間。
街のあちこちに散らばってしまい、そもそも誰が踏んだのかすら特定困難な人間全てに向けて――
「【富裕爆砕】!」
爆破のスイッチを押したのであった。
「……あれ?」
静かなものだ。
普段は活気のある街の早朝。
朝早くから露店で肉や魚、野菜を売り冒険者達は買っていく。
その光景も今朝に限っては見ることは無い。
「【富裕爆砕】!」
ジャバウォーズは再度スキルを発動させるも徒労に終わる。
「なぜだ! なぜ、スキルが発動しねえ! ……まさか」
「まさかとは心外だな。貴様を止めるのは俺の仕事だ」
意外そうな顔をするな。
それこそまさか、だ。
もしや俺が一昨日、街中の人間が爆弾に変えられて何も出来ず絶望に打ちひしがれているとでも思っていたか。
そんなことは無い。
ただ時間が必要だった。
だからあの場は引いただけだ。
「一度目はこいつらだ」
「……?」
仮面のエルフ――シルビアと2人の少女――アイとシーに視線を向ける。
アイとシーは怪力を発しジャバウォーズを抑えつけ、シルビアは魔法でジャバウォーズが逃げ出せば捕まえられるように構えている。
「俺のスキルである【価格変動】とて完全なゼロには出来ない。出来なければ少なからずの爆破を起こす」
「……ッ!? ならばなんでこいつら……」
ジャバウォーズも気が付いたようだ。
爆破のスキルを使っても微塵もダメージも負わず気絶もしないこいつらの奇怪さに。
「理屈は知らんがな、こいつらに価値はない。それどころかマイナスだ。マイナスの価値では爆破しないだろう、貴様のスキルであれば」
俺のスキルが通用すると分かった時、思い出したのはシドウと行動を共にするこいつらのことであった。
俺のスキルでは限界がある。価値を低くさせても無価値には出来ない。
小石に等しい価値というのも結局は小石並みには価値があるということだ。
ならばいっそのこと……ゼロを通り越したマイナスの価値であればどうだろうか。
問題は試すよりも頼むこと。
何を要求されるか……更にはアイとシーは元々俺の商会にいた身。引き受けてくれるどころか敵に回る可能性も有り得なくはなかった。
「賭け……だった。こいつらが俺の敵にならぬかはな」
「いやいや。グリセント、シリアスになっているところ悪いけれど、君の敵になるってことはこの街を爆破するってことだ。そこまで私達は狂気に満ちていないよ」
「まだ武器が完成していません。武器屋さんが無くなるのは困ります」
「私なんてまだ作り始めてもないよ!」
「……ふん、いいだろう」
私利私欲に満ちた理由であれば殊更信用に足りる。
こちらが益を与えているうちは敵には成り得ない。
「俺の商会で用意できる額であれば払おうではないか」
「ほう……私達は高いぞ?」
「高いですよ」
「高いよ!」
高いだと?
一般市民の言う高額と俺の扱う奴隷達によって得た高額は桁が違う。
お前達の高いは俺にとってのはした金だ。
「俺の命に比べれば安い方だ」
「ヒッ……ヒヒヒ……マイナス……マイナスかぁ……。やってくれたもんだなグリセントよぉ!」
アイとシーによる拘束からは抜け出さないままジャバウォーズは笑う。
「理屈は知らねえだって? そんなわけねえだろ! 他人の価値を弄れるのはお前さんのスキルだって、そう言ったのはお前さん自身じゃねえか!」
「だからそれではマイナスには――」
「うるせえ! だったらどうやった……どうやって街中に散らばった爆弾人間を無効化した!」
ああ……そうか……。
俺すら困惑しているシルビア達のマイナス事情よりも更に理解が及んでいないジャバウォーズは怯えているのだ。
打てる手は全て打った。
その上で全て封じられた。
「二度目に俺が頭を下げた相手は教会だ」
「教会……?」
別に俺も鬼ではない。
説明しろと言われればしないこともない。
その料金については触れないがな。
「ああ。街中に散らばった、貴様の言うところの爆弾人間……それら全てを探し出して俺のスキルで出来る限り低価値にして、教会に預けて来た。爆破したとしても気絶が良いところの、価値になった上でな」
「有り得ねえだろ……」
馬鹿な、という顔をする。
信じられない物を見た時のような顔だ。
「そんなこと、簡単に言っているが出来っこねえ。時間と人手、金がいくら掛かるか……」
「俺を誰だと思っている。時間も人手も金もある。だから出来たのだ」
この街で最大の奴隷商会の主、グリセント・スパラシア。
名ばかりの男ではない。
その名を背負う男である。
「あの時間、あの場所を通った人間を労働、冒険、家事、趣味といった行動範囲からかき集め目撃情報と合致させる。絞りに絞ったがまだ千を超えていた時は眩暈がしたな」
あの道を通っただけではまだ爆破条件を満たしていない。
あの水を踏んだ者だけを選出しなければならない。
「……千人の価値を下げたってわけか?」
「いいや違う。千人の価値を見定めたのだ。【勘定】でな」
まさかこのような使い方があるとは知らなかった。
シルビアにジャバウォーズの確保を依頼した時に、何となしに言われたのだ。
当人は俺が知らないとは知らなかったのだろう。
スキルを使いこなしていると思っていたのだろう。
……俺も慢心が過ぎていた。
「貴様のスキルはバフデバフの類だろう? 呪いのような。そんなことをされてはな、価値に傷が付くのだ。【勘定】で見比べて驚いたわ、一時的な暴落を示すかのような印が【勘定】の示す値に付いていたのを」
気が付いたことで成長したのか。
【勘定】で見える価値には定額、高額、低額が示されるようになっていた。
定額は何もない時の価格だろう。日常を当たり前に過ごしている時の価格。
高額は魔法やスキルで能力を高められた時……価値を高められた時だ。低額はその逆だな。
【富裕爆砕】はその者の価値を低くする。
考えれば当たり前のことだ。爆弾化されて高まる価値など無い。
世界にとっては忌むものだ。
「254人……これが貴様の触れていた水を踏んだ者の人数だ。貴様が価値を貶め、俺が極端に低くしてしまった人間の数」
「何だよ……思ったよりも少なかったな」
「この者らは、数日は価値が無いと扱われるのだ。200人以上の人間がだぞ」
そのための教会でもある。
爆破した後の回復とその後数日間の保護。
価値が無いからと家族や、あるいは道行く者に石を投げつけられかねない。
「関係ないね……なんせそいつらごとこの街は沈むんだからよ!」
ジャバウォーズの目は……まだ死んでいなかった。
諦めていない。何か奥の手を隠している……。
「ずーっと考えていたのよ。先祖がどうやって魔王を倒したのか。魔王を倒すことには興味ねえが倒し方には興味があった。だけどやっぱ思いつかねえ。なんでかなって考え直してみたら答えはすぐ見つかった」
……魔王?
何を言っているんだこいつは……。
「勇者のパーティだからといって精神までも聖人とは限らねえんだよな。生き汚く、魔王を倒すことを最優先にすりゃぁ、手はあったんだ……おい、出番だぞ!」
ジャバウォーズの懐が動いた……ような気がした。
数か所が同時に、めくり上がったかと思うと小さな動物が飛び出してきた。
「あれは……【ダイヤモンド・キャット】か!」
眼球が宝石のように輝き、死後は全身が宝石となる魔物の中では愛玩用としても観賞用としても人気のある種だ。
攻撃力など皆無。猫のすばしこさくらいが特徴といえば特徴だが……この状況を覆す程の何かは……!
「アイ、シー! 離れろ。爆破するぞ!」
怒号と共に2人はジャバウォーズから手を離し下がる。
同時に【ダイヤモンド・キャット】は爆破……しなかった。
「よく気づいたなぁ。そうだ、俺の【富裕爆砕】は別に人間専門じゃねえ。魔物を爆破させることだって可能だ。とは言え、手懐けられて価値の高そうな魔物ってのも限られるんだけどよぉ」
すぐには爆破しない……その理由は分かり切っている。
「まずは教会か? 残りは冒険者ギルドに貴族の屋敷……そしてお前さんの商会だ」
4匹の【ダイヤモンド・キャット】。
そいつらの向かう先はこの街の中でも要所……その中に俺の商会も含まれているのはどう捉えるべきだろうか。
「さあ行け!」
「させないぞ。【ウィンド・ウォール】」
「捕まえるよ!」
「今更爆弾如きに遅れはとりません」
シルビアが風の防護壁を張り、アイとシーが捉えようと手を伸ばす。
しかしそのどれもをすり抜けていく。
……回避能力に優れているから、捕獲が難しいから【ダイヤモンド・キャット】は希少価値も高いと聞く。
風は地面を撫でられない。空中を舞うのみだ。
姿勢を低くした【ダイヤモンド・キャット】は包囲網から突破し目的地へと駆けようとして――手足を氷に包まれた。
「ジャバウォーズ本人ではなく、爆弾そのものであれば凍らせようと爆破の心配は無かろう……アオ」
「ゲホッ……そうだな。こいつらなら……やれる」
シュロロクライに次いで俺の懐刀とも呼べるアオが出て来る。
もがき氷漬けから脱しようとする【ダイヤモンド・キャット】は、しかし侵食するアオの氷魔法からは逃げられない。
やがて全身を氷に覆われた【ダイヤモンド・キャット】は風に晒された砂のように崩れ散っていった。
「……」
信じられぬものを見たかのようにジャバウォーズは座り込み固まっている。
この様子からして本当に最後の手であったのだろう。
俺としても助かる。こちらも残りは数手しかない。
「いや……まだだ……」
「……ほう」
何を思い付いたか。
ジャバウォーズの思考はすでに読み切っている。
何をしようと対策は打っているが……さて、どれを使えばいいか。
「最後の爆弾はよぉ……この俺だ! 【富裕爆砕】……あ?」
ジャバウォーズはその全身を爆破させ……周囲を一切巻き込むことなく、その身に少しばかりの火傷と擦り傷を負って気絶した。
「雇い主さん……こいつまさか……」
「ああ、その通りだ。自身に周囲一帯を吹きとばせる程の価値があると……貴族並みに価値が高いと思っていたようだ。犯罪者になり果てた時点で、そのような道を選んだ時点で価値などは無いはずだろうに」
罪を犯した者の末路など、投獄か奴隷かだろう。
奴は殺しを重ねている。奴隷という希望すら与えられない。闇の中への投獄か……もしくは秘密裏に処理されることだろう。
しかし、勇者がどうとか言っていたな。
先祖が勇者の一行……ならば魔王をも倒した力を受け継いでいたのか。
価値によって爆破威力が変化するスキルで魔王を討伐する……。
もしそのスキルで魔王自身を爆死させられたのだとしたら……いや、考え過ぎか。
魔王に価値などあるはずがない。
ジャバウォーズと同じく、気絶が良いところだろう。
戦闘中に無条件で気絶させられるのであればむしろ有用なスキルではあるが……ジャバウォーズもそうやって大成出来れば相応にして価値も高まっていただろう。
ジャバウォーズが気絶して間もなく、駆け付けた騎士や宮廷魔術師によってジャバウォーズは連行されていった。
鎖や縄が使えないため、風魔法による鎌鼬を周囲に纏わされて、だ。
少しでも不審な動きを見せれば体を切り刻まれる。
流石にジャバウォーズも大人しく連れていかれたのであった。
数日後、ジャバウォーズに触れられていた街の者らは無事に気絶止まりの爆破を受けていた。その中には足や腕など才に恵まれていた部位に重点的に爆破があったらしいが、それでも骨折に至らない程度とのことだ。
すぐに教会による手厚い看護を受けて治ったらしい。
「随分と男前になったではないか、雇い主さんよ」
「……五月蠅い」
「あの……グリセント様? やはり【髪結い】をお呼びしましょうか? あの者であればその髪も……」
「……要らぬ」
アオとシュロロクライの言葉を斬り捨て、自分の業務に集中する。
……が、ふと水を飲もうと水差しからグラスへと入れる際に自分の顔が反射するのを見て思わず顔を顰めてしまう。
「……糞。やはりあのスキルに価値など無い」
俺の才は商会を盛り立てた腕にあるが、それは比喩であり自身の両腕が素晴らしいものではない。
結局は頭脳に起因するものであり、頭脳とは頭部に存在する。
よって俺の最も重点的に爆破された部位は……頭部であり、価値を低くしたがために頭皮のみに抑えられた。
爆破により抜けてしまった髪と、残されたが爆破で燃やされ縮れ毛となってしまった髪。
この2つが最悪なことに、同時に俺の頭部で起きてしまっていた。
帽子を被れば良いことだが、それではジャバウォーズに負けた気がする。
……毎日、回復薬を頭部にかけているのだ。
いずれは生え揃うことだろう。
「それで、グリセント。私達への報酬だが」
強欲なエルフが先日の協力への謝礼を求めてくる。
「思い切って……この額ではどうだろうか!」
「ふん……いいだろう」
提示された額は俺が一月働けばお釣りが出そうな程の額であった。
教会と連携しジャバウォーズを確保したことになっているこの件。指名手配されていたジャバウォーズの報奨金からしても少ない額である。
……価値を知らないと思うと哀れで仕方ない。
「変な髪型ー」
「やめないかシー。グリセントは好きでやっているんだから……ククク」
「好きでやっているのであれば、なぜあのような苦い顔をしているのです?」
……哀れでは無くただただ憎らしい。
が、寛容な俺は正当な取引を心掛けている。
安い賃金で働かせるのは安い能力を持つ者だ。
こいつらはジャバウォーズに対しては効果的に、高い能力で対応してくれた。
ならば、俺は相応の報酬を提示しなくてはならない。
だがまあ、こいつらが金はあれきりでいいと言うのであればそれ以上は言わない。
他の、こいつらにとって求めている価値の高い物を与えるだけだ。
「……確か、武器の素材となる物を探していたな。鉱物や木材を。ならばつい最近入った情報だが……」
前置きをすると、シルビア達は前のめりでこちらへと耳を傾けてくる。
先ほどと態度は一変していた。
「【竜牙木】……そう呼ばれている木材を知っているか?」