115話 真【爆弾魔】 6
爆風が晴れると、そこには体中に細微な怪我を負った氷の魔法使いが倒れていた。
「んー? んんんん? おかしいな。こんな怪我で済むはずじゃねえのによ。俺の審美眼が濁ったか?」
そう言いながらジャバウォーズは近くにいた残りの魔法使い2人へと手を伸ばす。
「ひっ!?」
その手の正体を知っている2人は逃げようとする素振りを見せるも、すでに遅く。
それよりも前にジャバウォーズの手が触れてしまっていた。
「【富裕爆砕】」
「【価格変動】」
同時であった。
何とか間に合った。
「……お前さんかグリセント」
煙が晴れれば、気絶している魔法使い2人が倒れている。
怪我はそう深くはない。
表面に火傷を負っている程度だ。
「ああ。一時的に物質の価値を落とすスキルだ。この世界基準で価値を落とすものだからな、迂闊に使えばどうなるか俺にも分からない。一時の儲けの後に待つのは世界の終わりかもしれんな」
かりにそこいらの小石の価格を無理やりに上げることだって、宝石を小石にまで落とすこととて出来る。
それが【価格変動】というスキルである。
正確には【勘定】から派生したスキルだ。
大元は同じ、俺が勝手に価値を押し付けるスキルに違いないのだから。
「まさか通じるとは思っていなかった。ある種の賭けだったのだがな。だが、おかげで攻略法も見つかった。これで俺は死なずに済むようだ」
自身にも【価格変動】を使用する。
一時的だ。数日もすれば効果も無くなってしまう。
だが、その間にジャバウォーズのスキルが発動し、価値の落ちた俺が気絶程度の爆破を熾せば解決する。
死なずに済むし、街も無事だ。
「ここまでやっておいて逃げられると思うなよ。負傷者多数。その上、隣町では貴族殺しか。良かったな、高くつくぞ……その罪は」
「……なんだよそりゃぁ。そんなのがあるのか……あるならもっと早く言えよ」
言えばどうなるか。
そうすれば、その辺の奴隷だってこの街を軽く吹き飛ばせる威力の爆弾に仕立て上げることが可能になるだろう。それだけの価値に俺が持ち上げてしまえばいい。
街の人間全てが凶悪な爆弾。世界とて滅ぼす力になるだろう。
それは避けなくてはならない。
それに……
「中身の伴わない価値に何の意味がある。貨幣と同じだ。それそのものに価値はない。俺達が価値があるからと、勝手に決めて流通させているだけに過ぎないのだ。そんなものは……扱いたくない」
俺は金が欲しい。
儲けたい。
だが、それはある種の遊戯で以て勝ちたいと願う子供のようなもの。
ただ儲けたいのではなく、稼いで儲けたいのだ。
「ジャバウォーズ、貴様のスキルはこれで封じられたも同然だ。いくら高額な人間を爆破しようともその前に俺が全て低価値へと引き下げてやる」
「やれるもんならよぉ……」
「やるさ。だがその前にまずは貴様を捕縛せねばな。シュロロクライ」
「はっ!」
シュロロクライが俺の前に立つ。
「先ほど貴様は言ったな。【アイテムボックス】は商人にとって必需スキルだと。ああ、そうだな。確かに必要不可欠だ。だから俺の傍には常にシュロロクライが控えている」
流石に付近には人影が無い。
魔法使い達の爆破によって霧散したようだ。
すぐさま兵や騎士が駆け付けるだろうが、その前に決着を付けてやる。
「【アイテムボックス】」
俺には無いがシュロロクライにはある。
スキルの持ち主の魔力量によって許容量が変化するスキルだが、シュロロクライの魔力量はそう多くはない。比例してそう多くは入らない【アイテムボックス】内の大半を占めている魔導式固定機関銃が取り出された。
「なんだよそりゃぁ」
「竜をも仕留める宝物だ。貴様を沈めるには少し勿体ないかもしれないがな」
シュロロクライが機関銃に魔力を通すと、4つの脚部が地面へと固定される。
全長3m。固定しても尚、反動で地面が削れるじゃじゃ馬のようだが、シュロロクライはそれを扱うだけの技量を持っている。
シュロロクライが引き金を引くと重心がゆっくりと、徐々に回転を始める。1人の専門家が言っていたが、これは作り手の遊び心らしい。本来はもっと簡易な造りでも良かったとのこと。
やがて、銃口から銃弾がばら撒かれていく。
一つ一つが人間の頭部をそれこそ爆弾のように弾き飛ばしていく威力である。
正確にジャバウォーズ目掛けて発射された弾は鎧と盾を削っていく。
「うぉ……うおおぉぉぉぉ!?」
魔法使いの中でも高位である者達の氷と炎の槍でも無傷であった鎧が少しずつ剥げていく。
ジャバウォーズもたまらずに後退していく。そうしなければ吹き飛ばされそうなのだろう。
対するシュロロクライも魔力を消費しながら銃弾を撃っているため長くは持たないだろう。だが……このままであれば先に膝をつくのはジャバウォーズだろう。
「忠告だ。これ以上は命に関わるぞ。大人しく両手を上げて降伏しろ」
夥しい数の銃弾が放たれているわりに静かである。
火薬を使っているわけでも無く、魔力で編まれた弾丸を使っているため薬莢も落ちることは無い。
銃弾と鎧がぶつかり合う音が響くのみである。
ジャバウォーズはただ銃弾を受ける。
すでにこの状況で覆せる手は無い。
奴の爆破は先ほども言ったようにすでに封じ……て無い?
「待てよ。俺がまだ爆発しないのは時限爆弾だからだ。奴はすでに……」
「【富裕爆砕】!」
街のあちこちで爆発音が轟いた。
音の大きさは大小まちまちである。
その爆発は俺達を見て避難しようとしていた人間からも起きていた。
「貴様……」
シュロロクライが銃撃の手を止める。
続けるべきか、と俺に目で問う。
俺は首を横に振ると、
「止めて正解だぜ。なんせ次の一発でもう一人、更に次の一発で追加で一人爆破予定だったんだからな」
鎧はところどころ砕けており、中身が見えていた。
破片を落としながらジャバウォーズは笑う。
「問題だ。この街の何人が爆弾になったでしょうか?」
……道行く人間に触れることは誰にだって出来る。
肩と肩がぶつかり合うだけでもいい。
落としたものを拾ったでもいい。
呼び止めてもいい。
きっかけは何だっていいのだ。
互いに認識していようがいまいが、触れることなら出来るのだ。
「だが……そう多くは無いはずだ。無暗に触れまくれば、流石に怪しいと勘づかれるはず……っ!?」
思い出した。
触れていないはずの頭目が爆破したことを。
頭目はジャバウォーズを認識していた。
触れられれば爆破することを知っていた。
なのになぜ……。そのカラクリを考えることを放棄していた。
「少し考えれば分かることだった」
「グリセント様?」
体に触れる。その条件が前提だ。
だが……体とはなんだ。どこからどこまでが含まれている?
「汗や皮膚片。分泌物や排泄物……垢すらも自身の一部とでも言うのか」
「正確には俺の細胞、だな」
水を被れば、そこには少なからずジャバウォーズの体の一部が溶ける。
程度はどうあれ、汗や垢が混ざるのだ。
「間接的に触れても爆破する。それをあえて俺達に意識させていたな? その盾に意識が向くようにと」
接触だけでなくその体を通った水すらも触れれば爆破の条件を満たしてしまう。
「接触感染と粘膜感染だ。空気感染は無理だから安心しな」
「……安心できるわけなかろう」
幸い、俺とシュロロクライは水には触れていない。
だが、先ほどまで通り過ぎていった人々。
ジャバウォーズには触れずとも、道を過ぎるために水を踏みつけていった人々の数は数えきれない。
「もう一つオマケだ。この水だって永遠じゃない。俺が離れたらそれはもう俺の一部では無くなる。分泌物の混ざった水はいわば俺の延長みたいなものなんだぜ」
その言葉を信じるかどうかはさておき、ジャバウォーズがこの場にいる限りは振れることはどの道出来ない。
出来ない中でやれることは
「シュロロクライ」
「はい」
銃撃を再開することだろう。
「いいのか? 言っておくけどよ、俺はもう誰に触れたのか、どいつが価値が高いのか知らねえんだぞ!」
銃撃の再開と共に爆破も再会する。
「……」
悲鳴が聞こえる。
血と煙の混ざった臭いが漂う。
一際大きな爆発が起こった。
建築物すらも壊すような爆発。
死人が出たことは間違いない。
爆弾となったその人物がすでに死んでいるだろう。
「シュロロクライ」
「はい」
「中止だ」
「……はい」
シュロロクライが手を止めると爆破音も止まる。
「賢明だねぇ。健気なのかね。お前さんはもっと冷たいかと思っていたが」
鎧は半壊している。
だが……それ以上の攻撃は出来なかった。
「買う人間がいなければ商売は成り立たないのだ」
「顧客を絞るチャンスじゃねえのかよ。遠回りな野郎だぜ」
ジャバウォーズは背を向ける。
「まだ時間はある。さっさと価値の高い人間を見つけるんだな。無差別の爆発も良かったけどよ、分からないうちに巻き込まれて死ぬよりも知った上で見届けたい爆破もあるってものさ」
手出しを許されず、俺は黙って見送るしかなかった。
煽るようにジャバウォーズはゆっくりと歩き去るのであった。