114話 真【爆弾魔】 5
「……なんだあれは」
どうやらジャバウォーズという男は俺が思っているよりも常軌を逸した考えを持っているようだ……それが考えた末にあった結果であるならばだが。
探すよりも先にその男が、鎧の中身がジャバウォーズであることは分かった。
街中で鎧を付けている者は少なくは無いが、フルフェイスヘルムまでとなるとそう多くはない。ましてや、大通りの中央に座り込んで頭から水を被るなんて奇行をする者など。
脇に樽を置き、柄杓で掬っては自身にかけている。
鎧がやっているなど、気が狂ったとしか思えん頭の痛くなるような光景だ。
「……お前達はあやつが何をしているかその真意が分かるか?」
「分かりません……分かりたくもないと言いますか……」
魔法使いは知識だけでなく知能そのものが高いと聞く。
彼らに分からないのは、ジャバウォーズらしき鎧の中身の人物の意図が常人の枠に当てはまらないからなのか、それとも意図が無いからなのか。
案外、ただの暑さを凌ぐだけかもしれないが。
「シュロロクライ、お前はどうだ? あの鎧は何故水を被っていると思う?」
もはや鎧の中身がジャバウォーズであることを前提とした会話であるが、それは間違いで無いことを【勘定】が示している。
鎧越しに定めた価値が最初に見たジャバウォーズと全くの同額であったのだ。
「……そうですね。鎧を脱げない理由があるとして、水分補給を兼ねて……は馬鹿馬鹿しすぎる考えでしょうか」
「どうだろうな。その馬鹿馬鹿しい考えが思いの他当たっていることもあるのだ。真っ当な考えこそ、奴らのような真っ当ではない人間からしたら馬鹿馬鹿しい考えなのだろう」
「それでどうしましょうか。まずは対話を?」
このまま眺めていても、それは自室で呆然と座っているのと同じだ。
残り2日の猶予を飛ばして時限爆弾という呪いをどうにかするために頭目や魔法使いに頼っているのだ。
どうしてもというときには下げたくもない頭を下げねばならぬが、避けられるのであれば、この魔法使い達でどうにかなるのであれば終わらせたい。
「火を、氷を放て。元より犯罪者。語る言葉には鎖に捕らえてから耳を傾ければいいだろう」
魔法使い2人が杖を構える。
杖先には俺でも分かるほどに魔力が充満し、やがて炎と氷の球形を作っていく。
球形はやがて鋭く、槍の穂先となる。持ち手はない。
貫き、燃やし、凍らせることだけに特化した槍である。
「【アイシクル・ランス】」
「【ファイアー・ランス】」
2本の槍が鎧へと到達する。
氷と炎、しかし互いに打ち消し合うことなく半身を凍らせ、残りを炎が包み込んでいく。
だが、鎧から魔法陣が出現したかと思うと、氷と炎の侵略は突如として消え去った。
貫くことも無く、魔法を撃ち込まれたという形跡すら残さず鎧は健在。傷一つ無かった。
「んぁ? おお、お前さんかグリセント」
今更気が付いたとばかりに、こちらへと手を振ってくる。
鉄仮面越しに聞こえるその声は、くぐもっているがジャバウォーズのもので間違いない。
「どうだ見つかったか……って、なんか物騒な連中がさっきから俺のところへ来るけどお前さんだよな? 探すよりも俺を倒す方が楽と考えたか、もしくはお前さん自身が俺に爆破を見せてくれるのか?」
ジャバウォーズを襲う刺客など俺以外で手配するわけもない。
失敗はそのまま俺が従う意志が無いと伝えることに繋がってしまう。
「でもその3人……いや、4人か。さぞかし見事な爆発を見せてくれそうだな。どうだ、ちょいと俺に触らせてくれねえか?」
酒場にでも出没しそうな酒乱の台詞を吐きながら、ジャバウォーズは手招きする。
しかしそれはそのまま死の扉に手をかけるのと同義。
触れようでもすれば、こいつらの価値は間違いなく致死量の爆発を起こすだろう。
下手をすれば周囲を巻きこむ程になりかねない。
「断る、と言ったら?」
「そしたら仕方ねえ。勝手に爆破させてもらうだけだ」
ジャバウォーズは自身に水を振りかける手を止めると、立ち上がる。
鎧を装備しているからか、やけに大きく見える。
俺は気圧されないように一歩踏み出そうとして、
「お待ちください」
シュロロクライに手で制された。
足元を見ながら、こちらへと忠告してくる。
「……何時の間にか水がこちらまで流れて来ています。まだ正体不明の液体。迂闊に触れるのも危険かと」
「シュロロクライはこれをただの水でないと言うのだな」
「いえ、臆病と言うのであれば……杞憂であれば後でいくらでも笑えば済む話です。しかしジャバウォーズはあの頭目をも手にかけた男です」
「何をするか分からない、か」
「何をしているのかも分からないが正解かもしれませんが」
ふむ。
現在実行中の行動が何を意味しているか、か。
しかし俺とジャバウォーズは向かい合って睨み合っているわけだが、当然ながら他の通行人は気にしていないな。
シュロロクライが危険視している地面を濡らす液体を気にせずに踏み、通り過ぎていく。
別に何かあるわけではない。
ただの一般人として通過し、過ぎ去っていく。
「んー……俺としてはよ、グリセントと争う気は本当に無いんだぜ? その証拠にこの街を吹き飛ばせる価値の人間を見出してくれればお前さん達を逃がすだけの時間はつくるつもりだ。というか、お前さんをすぐさま爆破しないのも敵対していない証拠だと思うぜ」
「それは敵対ではない。脅迫というものだ。対等に交渉をしたいのならば、相手の価値を貶める行為はするな」
……ん?
価値を貶める……?
頭の中で一つ違和感が浮き上がる。
なんだ……何が引っ掛かった?
「おっと、水が切れちまったか」
樽に柄杓を沈ませても空を切る。
どうやら奇行は終了したのか……と思いきや
「よっと」
新たな樽を取り出した。
「【アイテムボックス】持ちか……」
「おうよ。別に珍しくもないだろこんなもん」
珍しくはない。
全体数で言えば【勘定】よりも圧倒的に多い。
一定クラスの冒険者にもなればパーティに数人はいるのも当たり前だろう。
「そう、だな……」
「お、その様子だと持ってねえのか? 天下のグリセント様ともあろう者が、大商人と謳った男がまさか【アイテムボックス】が無いと。嘘だろお前さん、商人の必需スキルって聞いたぜ俺は」
ケラケラとジャバウォーズは笑う。
反論は出来ない。
俺のスキルは【勘定】のみ。
【アイテムボックス】というスキルは俺の中には無い。
「俺には必要ないものだ。それにしても、樽ごと水を買ったのか。豪華なものだな。最後の晩餐か」
「ありったけの金をよ、水と食料、それにこの鎧につぎ込んだからな。後がねえんだよ俺には」
むしろ後先考えていないと言うべきか。
「ほら、俺ってば貴族をたくさん襲ったじゃん? 金もたくさんあるわけよ。だから宝物レベルの鎧もギリギリ手が届いたってわけ」
頭目の手下の武装をはねのけ、魔法使い2人の攻撃すらも防ぐ。
鎧そのものが物理魔法に強い耐性があるのだろう。
その価値は測るまでも無く、高い。
「さーてよ、俺は優しいからグリセントだけは無事で帰してやるよ」
ジャバウォーズは立ち上がったまま柄杓から水を自身にかける作業を再開する。
鎧の間隙から零れ落ちる水はただの水だ。
柄杓から零れる時と何の変りもない。
「だがよ、ペナルティってのは必要だよな。襲ってきて何もしないってのは優しさじゃねえよ。ただの甘やかしだ」
ジャバウォーズが一歩踏み出す。
こちらへと手を伸ばす。
それだけで死へのカウントダウンが始まっていくようだ。
「その魔法使い2人とお付きの秘書みたいな男の首は貰っていくぜ。死ぬか死なないかは運次第……いや価値次第だ」
……見極めた魔法使い2人の価値はそこいらの貴族には及ばない。
及ばないが、特段劣るわけでもない。
シュロロクライも同じようなものだろう。
「位置について……ようい、ドン!」
鎧を装備しているとは思えない速さでジャバウォーズは走り出した。
その先には2人の魔法使い。
「くっ……【ファイア……」
「遅えよ!」
魔法が完成するよりも先にジャバウォーズの魔の手が氷の魔法使いに届く。
と、同時に俺は魔法使いに向けて一つのスキルを使用していた。
「スキル【価格変動】」
氷の魔法使いの体が爆破に包まれる。
俺は必死に爆風に耐えながら、煙が晴れるのを待つのであった。