111話 真【爆弾魔】 2
触れたら爆弾に変わる。
そう言われながら伸ばされる手はさながら死神の鎌を思わせ、グリセントは思わずのけぞろうとして……しかし座る椅子に阻まれる。
ジャバウォーズの手がグリセントの肩を掴もうとした瞬間、細長い鉄製の棒が間に割り込んだ。
「……そこを退け」
軽傷であった従業員の1人が気絶から目覚めのだろう。
これまでの会話を聞いてはおらず、しかし自身を害したこととグリセントの表情と場の雰囲気から、ジャバウォーズを敵と判断した。
「あー……?」
鉄の棒――持ち手もあることから十手によく似た武器を従業員は振りかざす。
手足に当たれば骨折は免れない。
頭部は一歩間違えば致命傷になりかねない。
従業員はジャバウォーズのスキルも目的も知らぬまま、グリセントに伸ばされたジャバウォーズの手を十手で叩き折ろうとして、
「邪魔すんじゃねえよ。今良いところなんだからよ」
ジャバウォーズが腰から抜き出した小剣で受け止められた。
装飾も無い、実用性に富んだ小剣は部屋の灯をギラリと反射する。
「運悪く使い物にならなくて、生きていられたんだからよ、もう一回寝とけや。【富裕爆砕】」
従業員の全身が爆破に包まれる。
隣にいたグリセントにも爆風は感じられるが、不思議と全く痛くもない。
同室内という近い距離にも関わらず、爆破によるダメージはその本人しか無かったのだ。
「つまんねえ価値だなぁ。気を失うだけ、少しばかり全身に浅い熱傷を負うだけ。他人を傷つけるだけの価値もねえとか、安い人間だぜ」
倒れる従業員を見てジャバウォーズは笑う。
まるで爆破によってジャバウォーズ自身が巻き込まれようと構わないという命の無頓着さを感じた。
命の価値によって爆破の威力が変わる。
ジャバウォーズの言葉を信じるのであれば、価値が高ければそれだけ爆破の被害は大きくなっていくはず。
「……隣の街で爆破騒ぎがあったな。それもお前か」
「むしろ他に誰がいるよ……って言わせられるほど有名にはなってねえのかねぇ。爆弾、爆破といえばジャバウォーズだと噂されるほどの有名人になりたいもんだぜ」
本心で言っているのかは測りかねない。
本気で有名人になろうとしているのならそれは、指名手配される時であろう。
「コイツの命の価値はどうだった? 果物一つ分か? 優雅なランチでも食べられそうだったか? はたまたその辺の石ころにも負ける無価値だったか……いや無価値なら爆破しないから安心しろよ」
グリセントが【勘定】を倒れた従業員の男に使う。
まさしくジャバウォーズが言った通り、その男の価値は果物一つと大差ない。
忠誠心はあるが向こう見ずであり、大して強いとも言えない腕前の護衛。
いるだけマシ。その程度の価値とグリセントの【勘定】は判定していた。
「……」
「答えないってことはそれが答えだな。安い価値は安い爆弾にしかならねえ。とりあえずはそれが証明されたぜ」
続いてグリセントは【勘定】をジャバウォーズに使用する。
スキルの発動条件は対象を視界に収めるだけ。
目を凝らしている間だけ確認が可能だが、グリセントは会話しながら、目を時折外しながらでも使えるまでには使いこなしていた。
――なんだこの男は……ほとんど無価値ではないか
当然といえば当然だが、グリセントにとっては有害でしかない存在である。
しかしながら、この【勘定】はグリセントにとってだけでは無く、相対的にも判定される。
つまりは、強ければ、頭脳明晰であれば、それだけ価値は上がりやすい。
だが、目の前の触れたものを爆破するスキルを持つ男の価値はほとんど無い。
それは一般的にも価値が無いと表している。
国に、世界にとっても有害であると。
「別に世界の終焉を見たいとか大それた願いを持っているわけじゃない。俺のスキルを使えば魔王も倒せるかもしれねえが、そんな役目は糞ったれだ。俺はただ、人間の価値に上限はあるのか……どこまでの爆破が出来るのか見たいだけなのさ」
「……勝手にやっていろ。俺を巻き込むな」
それはグリセントがいなくとも成立する夢だ。
世間からは歓迎されないが、どこぞの他国なりでやってくれればグリセントにとってはむしろ有益かもしれない。
商売敵を巻き込めれば、爆破によって希少な種族が壊滅となり捕獲出来れば……グリセントの商売も繁盛するだろう。
だがしかし、忘れてはいけないのが【勘定】は無価値だと決めつけたことだ。
どれだけそのスキルに使い道があろうと、それを使うジャバウォーズそのものが打ち消す程のどうしようもない人間であると示している。
「だけどよ、王様クラスも大臣クラスも貴族クラスも。爆破しちまえばまず間違いなく俺も巻き込まれちまう。それじゃ意味ないんだ。死ぬことは良いけどよ、その爆発を観測出来ないことは嫌なんだよ」
駄々をこねる子供のようにジャバウォーズは世間からすれば迷惑極まりない行為を是としながらそれを物足りないと言う。
「ある意味じゃぁこれは実験だ。一度限りの大実験。だけどよ、実験するのだって予測は必要だよな。どれだけの爆破になるのか、それを予測立てなければならねえ」
「だから……俺の【勘定】か」
ジャバウォーズの【富裕爆砕】はグリセントの【勘定】と相性が良い。
確かに組み合わせれば有効的に、効率的に爆破していけることだろう。
人は決して見た目だけで価値を判断出来ない。
隠された価値基準を秘めている。
それを【グリセント】は数値として表せられる。
しかしそれは必ずしも絶対に必要であるわけでは無い。
ジャバウォーズが無差別な爆弾魔であるならば、手当たり次第に爆破していけばいいだけのこと。
巻き込み巻き込まれ、人間の死体は加速的に増えていく。
ジャバウォーズがその中で死んでも良いと考えているのであれば、連鎖していく爆破の中で死ねばいい。
その爆破の威力を知りたいという興味さえ無ければ。
「凄まじい威力の爆破で死にたいということか……?」
「いやいや、違うぜ。俺が死ぬのなんか副産物? オマケみたいなもんだ。どれだけの爆破になるのか、それだけが知りたいんだよ」
単純に威力に興味がある。
それを見たい。体験したい。
その情動にジャバウォーズは突き動かされていた。
「でもさ、王様に触るのなんてまず無理じゃね? 貴族も同様だ。護衛ってのが必ずそこにいて、家族がいて、俺を邪魔する奴が絶対に出て来るんだ」
それら全てを爆破する……のは流石に無理なのだろう。
回数に制限があるのか、別の欠点があるのか。
ジャバウォーズの【富裕爆砕】とて決して無敵ではない。
「……俺に何をしろと」
「王様にも負けない価値を持つ人間を見つける。それをお前さんに頼みたいんだ」
臆面も無くジャバウォーズはグリセントへ頼む。
それがどういう意味を持つのかは考えるまでもない。
「転がる原石って言うの? 実は凄い奴でしたって人間は必ず一定数いるじゃん。偉業を成す人間はその前からやるだけの力を持っているってやつさ。まだ何もしていないから無価値なのではなくて、これからやるから価値が高い奴」
たとえば、いるかもしれない。
英雄の素質を持ち、ゆっくりと育っている子供が。
遠くない将来に世界を揺るがす発見をするかもしれない科学者が。
剣の使い手が、魔法の使い手が、建築士が、医者が、予言者が……これから何かを成し遂げる力を持つ原石は護衛も付けず、自分でもその価値を分からず街を歩いているかもしれない。
誰に見つかることもなく、ただその時を待つだけの原石を、しかしグリセントの【勘定】は見つけられる。
一国の頂点である王にも引けを取らない価値が街中を彷徨っているのであれば、ジャバウォーズの格好の餌であり爆破対象だ。
「断ると、言ったら? これでも俺はこの街を気に入っているのでな」
そうでなくとも犯罪に喜んで手を貸すグリセントではない。
こんなこと、一文の価値にもならない。
「んー、でもさ。お前さんは自分の命が一番大事。価値が高いって思っている男だろ?」
何の気なしにジャバウォーズがグリセントに触れる。
その動作は前触れも無しに、友人が気さくに肩を回してくるのと同じ様に自然なことであった。
「一度目はあえて警戒されようとするのさ。そうすることで警戒心を強くさせ、どのくらいの動作が危ないかを認識させる。だから、もっと軽い動きになれば何の警戒も無くなっちまうのさ」
「しまっ……!?」
爆破される。
身構えようとも、その爆破は外からではなく内側から。
自身が爆弾そのものなのだから防ぎようは無いのだが、しかしグリセントの焦りとは別に時間はただ過ぎていく。
「……爆破しない?」
数分が経とうともグリセントの体が爆破することも無ければ、周囲が吹き飛ぶこともない。
ジャバウォーズはその様子をただニヤニヤと眺めていた。
「時限爆弾ってやつだ。安心しろよ、すぐには爆破しねえ」
時限式……なるほど、とグリセントは一つの謎が解ける。
隣町での貴族の爆破は死人が出る程。それも、護衛すらを巻き込む威力。
なぜジャバウォーズ本人が爆破の影響を受けていないのかは、時限式であるからかと納得した。
「すぐに答えが出てもつまんねえしな。二日後だ。二日以内にこの街でとびきりの爆弾になる逸材を見つけてきな。そうしたらその爆弾は解除してやるし、逃げる時間もくれてやるよ」
「……お前も逃げれば良いのではないか? そうすれば延々と巨大な爆破を楽しめるだろうに」
出来れば早いところ死んでほしいが、それとは別にして疑問を解いておきたい。
グリセントの問いに対して、
「俺はこれでも控えめな性格でね。絶対に価値は王様よりも低いと思っているんだ」
王とは比べ物にならないほど低価値であることをグリセントは知っているが。
「だけどよ、王様の価値のある爆弾で死ねたなら俺は王様と同じくらいの価値があるんじゃねえのか? 街一つ分を消し飛ばす爆弾。そんな爆弾で死ねるくらいの価値になるってのは人生の締めくくりとしちゃぁ、十分なんだろうさ」
二日後にまた来るぜ。
そう言い残してジャバウォーズは部屋を出るとゆっくりと階段を降りていくのであった。